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仲良く喧嘩するな
第十六話
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次の日。案の定というか何というか、俺は好奇の視線にさらされていた。
教室のど真ん中で婚約を発表し、当事者二人で姿を消して、尚且つ丸一日授業を欠席。その上兄に抱き抱えられて下校など、野次馬が喜びそうな話題のオンパレードである。
一応呼び出されることも覚悟していたのだが、担任はただ一瞥を寄越すだけで、何も言ってはこなかった。おおかた、天勝あたりが上手く言いくるめているのだろう。
──そして現在。
俺は苦境の真っ只中で、懸命に抗っていた。
「光、一緒に食べよう」
「……嫌だ」
「今日は多めに作ってもらったんだよ。昨日抱えた時、あんまり軽くて驚いたからさ」
「だから、いらないって」
語尾を強めてそっぽを向く。普段ならば逃げ出している時間帯なのに、いつまで経っても弁当バトルは始まる兆しを見せやしない。
……まあ、普通はそうだ。昨日の今日でアピールできる生徒がいるのなら、そいつの心臓は間違いなく、鋼の毛で覆われている。
でもだからこそ、俺は声を大にしてこう言いたい。お前らの気持ちはその程度だったのか!? 簡単に諦めんなよ!! ───と。
スポーツ漫画のような台詞だが、生憎こちらは本気である。
天勝を狙っていた紳士淑女の皆々様。好きな男が取られそうになっているのだから、もっと殺す気で来て欲しい。もちろん俺ではなく天勝を、だ。
「気に入ったのがあったら教えてね。料理長に伝えるから」
……いや、知るかよそんなこと。机の上に広げられていく馬鹿デカイお重を、どこか遠い目で見つめる。
言葉が通じていないなら、最初からそう言ってくれればいいのに。
よく何のために勉強するのか――なんて言葉を聞くけれど、今この瞬間だけは無駄に他言語を習得させられたことを感謝した。こいつの理解できる言語を当てるまで、延々と断り続けてやろうか。
捻くれた思考を膨らませていると、教室の外がざわつき始めた。
また野次馬でも湧いたのだろうか。そう思って入口の方に視線をやれば、鮮やかなオレンジ色が目に入る。ぱちり。互いに、小さな瞬きをひとつ。
「あ、みつるいた~」
間伸びした声。銀色の髪。特徴的すぎて、どれひとつとっても見覚えしかない。
「……え、惡澤ッ?!」
「ぶっぶー、惡澤じゃありませーん」
どう見ても惡澤にしか見えない男は、指で小さくバッテンを作り、首を横に振っていた。あからさますぎる拒否の意だ。……かと思えば、入口付近に固まる生徒を押し退けて、こちらに一歩一歩近づいてくる。
「本名教えたばっかじゃん。もう忘れたの~?」
「………レヴィアタン」
「それじゃ長いでしょ。琉架って呼んで」
「……………」
「もー、何がそんなに不満なのぉ? 惡澤って名前そんなに気に入ってた?」
何がそんなに不満なのだと言われても、答えは教えているはずだ。
そもそも俺は、人を下の名前で呼ばない。だって、名字に統一した方が圧倒的に楽だし、人によって呼び方を変えるなんて随分非効率的じゃないか。
………というのは建前で、本当はフルネームを覚えるのがただ面倒臭いだけである。
まあ確かにレヴィアタンは言いにくい。言いにくいけど、素直にそう呼ぶのも負けたみたいで嫌なのだ。
「……君、中等部の子だろ。なんで高等部の校舎に?」
「は~? あんた誰?」
拗ねたように押し黙っている間にも、時間は止まってなどくれない。目の前で交わされる言葉のやり取りに、そっと内頬を噛みしめた。…………やっべ。
「俺? 俺は光の婚約者だけど」
「あはっ、面白い冗談言うんだねぇ。……もしかして、天勝って名前だったりする?」
「何だ、知ってるんじゃないか」
「まあみつるに散々聞かされてたからね~。しつこくて面倒くさい大っ嫌いなストーカーがいるって」
やめろやめろやめろ。煽るな煽るな煽るな。三回唱えたら願いが叶うだなんて、流れ星のようなジンクスに賭けてみる。それほどまでに追い詰められた状況だった。
いや確かにニュアンスは合ってるし似たようなことも愚痴ったけど、お前が言っちゃ駄目なんだよ!
「へぇ……初対面で散々な言い草だね」
「別に俺が言ったんじゃないし。みつるからの受け売りぃ~」
「……君はもう少し上級生に対する態度を考えた方がいいんじゃないかな。俺は気にしないけど、そんなんじゃ今後の学園生活で苦労するよ」
「あははっ、指摘する時点で気にしてんじゃん」
───無理だ、耐えきれない。
逃げよう。頭に浮かんだ考えを全面的に肯定しつつ、そっとそっと、音を立てないように椅子を引く。互いに夢中で俺になんか気づかないと思っていたのに、立ちあがろうとした瞬間、同時に腕を掴まれた。
『どこ行くの?』
「あ、ですよね………」
何故か敬語で呟いて、大人しく椅子に戻った。いやだって目が怖い。据わってるというか、濁ってるというか。もしこれが水槽なら即水換えを推奨するレベルである。
教室のど真ん中で婚約を発表し、当事者二人で姿を消して、尚且つ丸一日授業を欠席。その上兄に抱き抱えられて下校など、野次馬が喜びそうな話題のオンパレードである。
一応呼び出されることも覚悟していたのだが、担任はただ一瞥を寄越すだけで、何も言ってはこなかった。おおかた、天勝あたりが上手く言いくるめているのだろう。
──そして現在。
俺は苦境の真っ只中で、懸命に抗っていた。
「光、一緒に食べよう」
「……嫌だ」
「今日は多めに作ってもらったんだよ。昨日抱えた時、あんまり軽くて驚いたからさ」
「だから、いらないって」
語尾を強めてそっぽを向く。普段ならば逃げ出している時間帯なのに、いつまで経っても弁当バトルは始まる兆しを見せやしない。
……まあ、普通はそうだ。昨日の今日でアピールできる生徒がいるのなら、そいつの心臓は間違いなく、鋼の毛で覆われている。
でもだからこそ、俺は声を大にしてこう言いたい。お前らの気持ちはその程度だったのか!? 簡単に諦めんなよ!! ───と。
スポーツ漫画のような台詞だが、生憎こちらは本気である。
天勝を狙っていた紳士淑女の皆々様。好きな男が取られそうになっているのだから、もっと殺す気で来て欲しい。もちろん俺ではなく天勝を、だ。
「気に入ったのがあったら教えてね。料理長に伝えるから」
……いや、知るかよそんなこと。机の上に広げられていく馬鹿デカイお重を、どこか遠い目で見つめる。
言葉が通じていないなら、最初からそう言ってくれればいいのに。
よく何のために勉強するのか――なんて言葉を聞くけれど、今この瞬間だけは無駄に他言語を習得させられたことを感謝した。こいつの理解できる言語を当てるまで、延々と断り続けてやろうか。
捻くれた思考を膨らませていると、教室の外がざわつき始めた。
また野次馬でも湧いたのだろうか。そう思って入口の方に視線をやれば、鮮やかなオレンジ色が目に入る。ぱちり。互いに、小さな瞬きをひとつ。
「あ、みつるいた~」
間伸びした声。銀色の髪。特徴的すぎて、どれひとつとっても見覚えしかない。
「……え、惡澤ッ?!」
「ぶっぶー、惡澤じゃありませーん」
どう見ても惡澤にしか見えない男は、指で小さくバッテンを作り、首を横に振っていた。あからさますぎる拒否の意だ。……かと思えば、入口付近に固まる生徒を押し退けて、こちらに一歩一歩近づいてくる。
「本名教えたばっかじゃん。もう忘れたの~?」
「………レヴィアタン」
「それじゃ長いでしょ。琉架って呼んで」
「……………」
「もー、何がそんなに不満なのぉ? 惡澤って名前そんなに気に入ってた?」
何がそんなに不満なのだと言われても、答えは教えているはずだ。
そもそも俺は、人を下の名前で呼ばない。だって、名字に統一した方が圧倒的に楽だし、人によって呼び方を変えるなんて随分非効率的じゃないか。
………というのは建前で、本当はフルネームを覚えるのがただ面倒臭いだけである。
まあ確かにレヴィアタンは言いにくい。言いにくいけど、素直にそう呼ぶのも負けたみたいで嫌なのだ。
「……君、中等部の子だろ。なんで高等部の校舎に?」
「は~? あんた誰?」
拗ねたように押し黙っている間にも、時間は止まってなどくれない。目の前で交わされる言葉のやり取りに、そっと内頬を噛みしめた。…………やっべ。
「俺? 俺は光の婚約者だけど」
「あはっ、面白い冗談言うんだねぇ。……もしかして、天勝って名前だったりする?」
「何だ、知ってるんじゃないか」
「まあみつるに散々聞かされてたからね~。しつこくて面倒くさい大っ嫌いなストーカーがいるって」
やめろやめろやめろ。煽るな煽るな煽るな。三回唱えたら願いが叶うだなんて、流れ星のようなジンクスに賭けてみる。それほどまでに追い詰められた状況だった。
いや確かにニュアンスは合ってるし似たようなことも愚痴ったけど、お前が言っちゃ駄目なんだよ!
「へぇ……初対面で散々な言い草だね」
「別に俺が言ったんじゃないし。みつるからの受け売りぃ~」
「……君はもう少し上級生に対する態度を考えた方がいいんじゃないかな。俺は気にしないけど、そんなんじゃ今後の学園生活で苦労するよ」
「あははっ、指摘する時点で気にしてんじゃん」
───無理だ、耐えきれない。
逃げよう。頭に浮かんだ考えを全面的に肯定しつつ、そっとそっと、音を立てないように椅子を引く。互いに夢中で俺になんか気づかないと思っていたのに、立ちあがろうとした瞬間、同時に腕を掴まれた。
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