だって魔王の子孫なので

深海めだか

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夜会嫌いの魔王様

第二十三話

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 手を引かれるままに歩いていれば、いつの間にか会場の入り口まで戻ってくる。

 次期生徒会長の発表を前にして、会場を出る人間などそうそういない。案の定他に人影は見当たらず、点々と配置された警備員たちが、ただ一瞥を寄越すだけだった。
 多分怪しまれてはいるのだろうけど、そこはプロ。特に表情を浮かべるでもなく、静かに頭を下げられる。

「すみません、少し外の空気を吸いたくて」

 琉架がさらりとうそぶけば、扉はすぐに開かれた。途端に冷たい空気が肌を撫で、密かに体を震わせる。まだ春ともいえない季節の夜は、薄着で出歩くようなものではない。……やっぱり戻ろう。

 そう思って足を引けば、後ろから、ふわりと何かをかけられる。目に入ったのは水色のショール。驚いて振り向いた視線の先には、一人の生徒が立っていた。

(あれ、生徒会の……?)

「言伝です。光様のお体を冷やさないように、と」
「うっわぁ……、お気遣いどうもぉ~」

 忌々しげに吐き捨てて、琉架は強く腕を引く。言葉を出す暇もなく、頭を下げるだけで精一杯だった。柔らかなショールはまだほんのりと暖かい。繋がれていない方の手で抑えながら、思い当たる人物に、心の中で礼を告げた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 しばらく飛んで着いた先は中等部校舎の裏庭園。"植物に親しむ"という目的から作られた場所ではあるのだが、土や虫を嫌って、大半の生徒は寄り付かない。今では雇われた庭師が、細々と手入れを続けているだけだ。

「いい場所でしょ? この前見つけたんだぁ」
「よく見つけたな、こんな分かりにくい場所。……教えてもらったわけでもないんだろ?」
「うん。ふらふら~って散歩してたら偶然。庭師のおじさんがいたんだけどぉ、人が来ないから好きに使っていいって」
「なるほど、だから連れてきたのか」

 ひとり頷きながら辺りを見渡す。庭園は小さいながらもよく手入れされており、色とりどりの花を咲かせていた。少し開けた場所には小さな噴水があり、天使が弓矢を構えている。確かに綺麗な場所ではあるけど──

「でも、ここじゃ踊れないだろ。どう考えてもヒールが埋まる」
「みつるは頭が固いねぇ。かちんかちん」
「……帰ろうかな」
「わーっ、ごめんってぇ。……だってさぁ、ハイヒールなんて脱いじゃえばいいんだよ」

 その言葉に、少しだけ固まる。──いや、わかるぞ。理解できないわけじゃない。邪魔だから脱ぐんだもんな。うん。
 
「……それありなのか!?」
「ありでしょ。だって俺たちしかいないも~ん!」

 嬉しそうに笑いながら、琉架はハイヒールを放り投げる。銀色のそれが一瞬だけ夜空に光って、すぐに地面へと落っこちた。あまりの天真爛漫さに笑ってしまう。──俺は多分、琉架のこういうところが好きなんだ。

 片足を思いっきり蹴り上げれば、勢いに任せてハイヒールが飛んでいく。もう片方も引っ掴んで放り投げ、素足のまま、柔らかい土を踏みしめた。
 ずっとつま先立ちのような状態でいたからか、まだ地面が凹んでいるようにも思える。

「あははっ! すごい飛んでったぁ~」
「ははっ。いいなこれ、楽しい」

 夜色のハイヒールがどこに落ちたかなんて、知る由もないし、探す気もない。きっと貴重なものなんだろうけど、今は何も考えず笑っていたかった。

「……みつるがそんなに笑ってるの、初めて見たぁ」
「そうか?」
「うん。今までは──フッ、て感じだった。テンション低めのやつ」
「なんだそれ」

 真似をしているのだろうが、琉架には不思議なほどに似合わない。そもそも俺自身、あんな笑い方をしているか疑問なのだけど。
 
「お手をどうぞ、おひ……えーと、王子様?」
「ちゃんと覚えてたのは褒めてやる。でも、こういう時は『踊ってください』だけでいいんだよ」
「みつる、俺と踊ってください?」
「ふはっ、なんで疑問系なんだよ。……言っとくけど俺、女役は嫌だからな」

 差し出された手に右手を重ねれば、琉架はパッと目を輝かせて姿勢を正した。 
 けれど、それもほんの一瞬。いきなり腕を引っ張られ、その勢いのまま、ステップを踏み始める。………いや、ステップというには、少々アレンジが効きすぎているんじゃないだろうか。

「あははっ! だからみつるはかちんかちんなんだよぉ。くるくる回ってればダンスでしょ? 男役とか女役とか関係ないってぇ」
「ちょ、あんまり回るな。目が、足が……!」

 夜会嫌いの人間が、ダンスだけ得意なはずがないだろう。
 最低限、基本のステップは覚えてるけど、それだって数回実践したきりだ。加えて、運動神経の無さが邪魔をする。

 くるくると回る視界には、楽しげに笑う琉架の顔と、夜と緑しか入ってこない。軸になる音楽すらもなく、もうてんでめちゃくちゃだ。ああ本当に、めちゃくちゃなんだ。

「琉架!」
「なぁに~?」
「もっとスピード上げろ。あと、足踏んでも怒るなよ」
「あはっ、仰せのままにぃ」

 月明かりの下、二つの影が揺れている。回って、離れて、また戻って。楽しげに舞うその様は、まるで戯れ合う蝶のようだ。──けれど、音楽もない静かな夜に、観客なんて見当たらない。たった二人だけの夜会を、月が静かに見下ろしていた。
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