だって魔王の子孫なので

深海めだか

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宝探しは君の手で

第三十二話

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 歩き始めて数分か、はたまた数十分か。冷たい感覚に顔を上げれば、追い討ちのように数滴の雫がひたいに落ちた。木々の間から見える雨雲は先ほどよりもずっと大きい。

「降ってきそうだね」
「…………」

 立ち止まったことに気づいたのか、数歩先を進んでいた男が戻ってくる。
 こんなに歩いて息切れのひとつもしていないとは。今ばかりはその並外れた体力値が羨ましい。

「光、大丈夫? ずっと歩き続けてるし体力的にも限界だろ。一度休憩しようか」
「……っ、いい、」
「でも」
「……時間がない。お前だって分かってるだろ」

 薫たちと行動を共にしていた時間、天勝のせいで引き離され元の場所まで歩いている現在、どんなに少なく見積もっても宝探しが始まって既に三時間以上は経過している。

 宝探しは十一時から十七時までの時間制。

 つまり、残るタイムリミットはニ時間程度としかないということで、空砲が鳴るまでに宝を持ち帰ることを考えれば、使える時間は多くて一時間ちょっと。その上時間が経てば経つほど宝の数は減っていく。

「俺は……、っは、兄さんの顔に、泥塗るわけには、いかないんだ」

 爪がめり込むほど強く手のひらを握り込み「みつならできるよ」と微笑んでいた姿を思い出す。

 兄さんは怒らない、俺の不出来を責めたりしない。──いつだってそうだ。だからこそ、わずかな期待にすら応えられない自分が不甲斐なくて、いっそ死んでしまいたいとすら思う。

 胸を掻きむしりたくなるほどの劣等感も、自己嫌悪も、兄さんに向けた敬愛だって、いつのまにか全部ぐちゃぐちゃに混ざり合い、よどんだ泥みたいに奥深くへとへばりつくのだ。……自分で自分の醜さに笑ってしまう。

「わかった。光、顔をあげて」

 いつになく真剣な声に顔を上げれば、いつの間にか激しく降り出していたらしい雨粒が視界をぼんやり彩った。少し高い位置にある表情は雨に阻まれてよく見えない。

「俺が背負って走るから、光は魔力感知だけに集中して。宝に魔力があることは聞いてるよね?」
「……で、でも、そしたら合流は」
「合流するには時間も情報も足りないし、誰か一人が持って帰ればチーム全員合格なんだ。そっちの方が手っ取り早いよ」

 淡々と紡がれていく言葉は的確で、反論の余地すらありはしない。
 薫と夜重咲さんのことは気にかかるが、二人のためにも、まずは宝を見つけることが先決だ。

「……頼んで、いいか」

 雨音にかき消されるほどの小さな声は果たして聞こえていたのだろうか。結局、言葉が返ってくることはなく、気づけば広い背中に揺られていた。



 目を閉じて息を整え、深く深くに沈んでいく。眠るのではない。暗い海から波を、揺らぎを見つけるのだ。呼吸ひとつにも気を張って、見落とさないように、見逃さないように。

 遠く端の方で、ちゃぷっと波がさざめき立った。

「っ、天勝! 見つけた!」

 見失わないよう目は閉じたまま、微細な魔力を感じる方へ誘導していく。右へ、北へ、少し南へ。ようやく正しい座標と思しき場所に到着した時、頭上で小さく息を呑むような音がした。

「光、宝があるのはこの場所で間違いない?」
「? なんだよ、ここであって……──」

 目を開いた先には荒れ狂う波と切り立った崖。雨のせいで視界は悪いが、ここからほんの二、三歩進めば海の中であることは理解できた。
 もちろん目の前に宝箱が置かれているわけでもなく、ただ波と吹き荒れる雨風の音が、ごうごうと虚しく耳元で鳴り響くだけ。

「行き止まり……なのか」
「そうみたいだね。もしかしたら下にあるのかもしれないけど……この悪天候じゃ危険すぎる」
「そんなっ、!」

 ここに辿り着くまでどれほどの時間を使ったのか。正確には分からないが、ただひとつ言えることは新しい宝を探しにいくような時間はもうないということ。
 つまり、この宝を手に入れられなかった時点で失格だ。

「…………」
「あっ! 待って!」

 背中から飛び降りて何とか崖下を覗き込めば、海面との中間あたりに黒い影──空洞らしきものが見えた。
 魔力感知は間違っていない。宝は十中八九、あの横穴の中にある。

「まさか……下に降りる気なのかい?」
「それしか方法がないだろ。天勝はここで待っててくれ、降りて取ってくる」
「無茶だよ。流石に危険すぎる!」

 いつになく必死な声に、場違いにも笑ってしまいそうになる。他に婚約者がいるのかとあんなに激昂した時ですら、淡々とした喋り方を崩さなかった天勝が、こうも分かりやすく焦った声を出すものかと。

「天勝、お前は勇者の子孫だな?」
「え……そう、だけど」
「じゃあ俺は?」
「…………それは。君は魔王、の……」

 そう、俺は誇り高き魔王の血を引く朔魔家の次男。だから笑ってこう言ってやるのだ。

たわけ、これぐらいのこと造作もない」

 それは本の中の魔王が口にした台詞。
 俺の祖先が本当に、この言葉を口にしたのかは分からない。だけど、今はこんなやり方でしか自分を奮い立たせられないから。

 この悪天候で翼は使えない。

 ならばいっそ落ちればいい。

『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱 ℑ𝔫 𝔞𝔡𝔡𝔦𝔱𝔦𝔬𝔫 𝔴𝔦𝔫𝔡 𝔠𝔯𝔞𝔡𝔩𝔢』
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