だって魔王の子孫なので

深海めだか

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宝探しは君の手で

第三十二話

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 道とも言えない草木が生い茂る森の中を、一歩一歩進んでいく。遠く聞こえる爆発音や悲鳴たちはもう聞こえないフリをした。あんなもの気にした時点で負けである。

「よ……っと。宝物、見つからないね」

 倒木を跨ぎながら、薫が残念そうに口を開く。

「そうですわね。それに他の生徒にも会いませんわ」

 このエリアに宝がないのだとしたら、今までの時間は完全に無駄になる。
 平静を装って足を進めてはいるものの「人がいない」なんて理由で安易に方向を決めたことを、今さら後悔し始めていた。もう内心では冷や汗ダラダラである。

「……島の中央に大きな山があるからそこに行ってるのかもね。あんなに目立つ場所、宝がない方が不自然だし」
「確かに悲鳴が聞こえてくるのは主にあの方向だよね───あ、光った」

 バゴォーンッ!!!

 遠目からでもわかるほど鮮やかな光──と、不釣り合いな爆発音。薫もいい加減慣れてきたのか音がするたびに怯えることもなくなった。
 引き攣った頬はそのままに、乾いた吐息を吐き出して再び一歩足を進める。ほら見ろ、過度な攻撃は禁止だなんて結局お飾りのルールじゃないか。
 あんなことが数分おきに起こる場所だなんて、もし宝があるのだとしても絶対に行きたくない、というか戦闘向きじゃない俺たちが生き残れるはずもない。やっぱり、こっちを選んで正解だった。

(…………あれ)

 そう胸を撫で下ろしているところに、ほんの僅かな違和感を覚える。
 危機感知とでもいうのだろうか。チリッと髪の先が焼け付くような、普段であれば気にも止めないほどの痛み。けれどその時は何故だか無視できなくて、顔を上げた瞬間血の気が引いた。

「っ、伏せて!」

 ザシュッッ

 咄嗟に前屈みになって倒れれば、一瞬の間を置いて頭上に鋭い風が吹く。刈り取られた木の葉や枝、砂埃が舞い散る中、なんとか立ち上がりながら薄目を開けて振り返る。
 風を起こす能力は多々あれど、ここまで鋭く刃のような性質をもつ能力はそうそうない。……まさか、自分の中の第六感が警鐘の如く鳴り響いた。

「二人とも、っ……悪いけど早くいど────ぅ"わっ!!」
「朔魔くん!」

 けれど、言葉を発する前にとんでもない質量が弾丸の如く飛びついてきた。
 不安定な体制では受け身すらも取れなくて、勢いのまま緩やかな斜面を転がっていく。途中、何度か打ち付けるような痛みに眉を顰めはしたけれど、それでも勢いは止まらない。
 わざとらしく守るように回された腕が不快で、今すぐにも逃げ出したいと、そればかりを考えていた。だって目を開かなくてもわかってしまう。こいつはきっと──

「…………ごめんね、光。怪我はない? 少し目を離した隙に鎌矢くんが先走ってさ」

 ようやく振動が治って、そろりそろりと薄目を開ける。
 やたら目に染みる金髪は光を反射しているせいだろうか。どうにか触れてこようとする手を幾度も幾度もはたき落とし、最大級の威嚇を込めて目の前の相手を睨め付けた。
 
「ふざけんな。お前がぶつかってこなきゃ、そもそも無傷だったんだよ」

 事実だ。事実以上の何ものでもない。
 こいつが"攻撃"を目的として突っ込んで来たのなら、間違いなく脅威ではあったのだろうが、あくまで俺を助けようと"善意"で突っ込んできたのなら、これほど馬鹿らしい話はない。余計なお世話とはまさにこのことだ。

「ってて……」

 痛む体を押して、もぞもぞと体の下から抜け出しつつ、目につく範囲を流し見る。木と草ばかりの殺風景な島ではあるが、中央の山が遠く見えることから察するに、先ほどの場所からはかなり離れてしまっているらしい。

「………はぁ~~……どこまで転がってきたんだこれ」
「さぁ、どこだろうね。周りに人影もないみたいだし」
「分からない場所に来る前に止まれよ」
「ごめんね、思ったより勢いつけすぎたみたい」

 眉を下げて困ったように微笑む姿は、常人であれば一も二もなく頷いてしまうほど、計算し尽くされた表情だ。あいにく俺には効かないが。

「早く戻るぞ。薫と夜重咲さんに何かあったら困る」

 先ほどの青空とは打って変わって、重く垂れ込み始めた雨雲を睨む。事前に天気が変わりやすい島とは聞いていたが、ここまで雲の流れが早いとは。
 本当は飛んで帰れたら一番いいのだが、天勝は飛べないし、狙撃対象が俺ひとりに絞られてしまうのはごめんだ。

 とりあえず上の方に進めばいいだろう。

 おおよそ目星をつけた方向にさっさと足を進めていれば、後ろから手を掴まれぐいっと体を引き寄せられる。

「今は聞かないでおくけど、その呼び方については後でじっくり教えてもらうからね」

 耳元で囁く低い声に動きが止まる。あの日、体中に走った痛みがどうしようもなく胸の奥をざわつかせた。

「…………じゃ、みんなを探しに行こうか。光と行動できるなんて思ってもなかったから嬉しいな」

 けれど天勝は思いの外あっさり手を離し、笑顔を向けると何事もなかったかのように先陣を切って進んでいく。不気味に思いはしたものの、今は黙ってついていくことが最善だと自分でもよくわかっていた。

 ──とにかく宝がなくなる前に、早く、早く見つけないと。

 焦る気持ちのまま踏みしめた落ち葉の感触は、いつもより少し湿っぽく、靴の裏にいつまでも貼り付くようだった。
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