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宝探しは君の手で
第三十一話
しおりを挟む「……っ、は、は……ぁ、けっこう、歩いたね……」
ぜえぜえと荒くなる呼吸の合間を縫って、なんとか言葉を吐き出した。
雪之院と夜重咲さんも同じく限界なのだろう。二人とも力なく首を横に振っていた。
「は、……っ、山……きっつ、……」
「も、もう嫌……っ、」
「……ちょっと、休憩しようか」
そう、このチームに足りていないもの。それは圧倒的に体力値。
誰一人として身体系の能力を持っていない上、俺と夜重咲さんは翼もち──歩くよりも飛ぶほうが得意なタイプの人間だ。
けれど雪之院は飛べないし、この雲ひとつない青空では標的になりに行くようなものである。つまり必然的に歩くしかない。
「夜重咲さん、宝の場所とか調べられたりしないかな……」
「難しいですわ。ここは障害物が多すぎますもの」
ダメ元で口にした期待もあっさり切り捨てられてしまい、背後にあった木の幹に体重を任せてもたれかかった。
そのまま重力に従ってずるずる滑り落ちてしまえば、もう立ち上がることなどできやしない。春先の地面は湿り気を帯び、ひんやりとした冷気をズボン越しにも伝えてくる。
「朔魔くん、大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫だよ」
はたして『大丈夫か』と聞かれて、大丈夫じゃないと答えられる人間がどのくらいいるのだろうか。
許されるのなら今すぐ帰って寝てしまいたい。船も迎えもいらないから、自力で飛んででも帰りたい。本当はそう思っているけれど、流石に口に出さないくらいの理性はあった。
「……ねぇ二人とも、ちょっといいかな」
少しの休憩を挟んで、迷った末に口を開く。本当は内緒にしておくつもりだったけど、この二人になら話してみてもいいかもしれない。
手招きで近くに呼び寄せてから、音量を落として再び話を再開した。
「これは兄さんから聞いた話なんだけどね。宝ってそれ自体に魔力反応があるみたいなんだ」
「魔力反応、ですか」
「うん。といってもかなり微弱なものだから、魔力感知が鋭ければなんとか見える程度だろうって」
「……俺、魔力感知は自信ないなぁ」
雪之院がぽつりと吐いた呟きに、夜重咲さんも同調する。魔力感知は基本的に後から鍛えることのできない能力だ。視力や聴力と同じく、生まれ持った部分によるところがかなり大きい。
「朔魔様は見えますの?」
「…………────た、ぶん」
たっぷりの沈黙を挟んで、なんとか言葉を絞り出す。兄さんは『みつになら見えるはずだよ』と微笑んでくれたけど、自分でもあまり自信はないのだ。
事実、ここまで歩いてきて一度も、宝と思しき魔力を感知できなかったのだから。
「ほら、僕は兄さんと違って落ちこぼれだし」
笑いながら口にした言葉を反芻し、ああやってしまったと唇を噛む。
こんな自虐的なセリフを吐いても反応に困るだけではないか。恐る恐る顔を上げれば、案の定二人はきょとんとした顔で固まっていた。
「ご、ごめん。今のなし、やっぱ忘れ────」
「待って! わかるよ、その気持ち」
「ええ、まさか朔魔様がそのように思われているなんて。少し親近感が湧きました」
「……え、…………え?」
何故自分の方が困惑しているのだろうか。
反射的にそんな言葉が浮かんだものの、仄暗い部分を肯定してもらった心地よさは、じんわり胸に染み入っていった。
「俺の姉様さぁ、すっごく美人で小さい頃から何やったって敵わないんだ」
「……お恥ずかしい話ですが、私は弟の方が優秀で。姉としては情けない限りです」
「あ……そ、そうなんだ」
どんな表情をすればいいのかわからなくて、万が一にも緩まぬよう、内頬を強く噛み締める。
こんな贅沢で卑屈な悩み、自分だけが持っているものだと思っていた。共通の悩みを抱える安心感にずるりずるりと心は引き寄せられていく。
「ね、雪之院って言いづらいだろ。薫って呼んでよ」
いつもの俺なら断っていたはずだ。
当たり障りのない笑顔を浮かべ『そんな、悪いよ』と首を振る。考えるまでもないような簡単なこと……だったのに。
「──かおる」
ぱっと華やぐ笑顔につられ、ついつい口元が緩んでしまう。馴れ合いの場ではないというのに。
「わ、私も! よろしければ彩華とお呼びくださいませ!」
「……ごめん、女性を呼び捨てにするのはちょっと抵抗あるかも」
「じゃあ俺が彩華って呼ぶよ」
穏やかな会話に緩みかけた頬を叩き、土を払って立ち上がる。きっとこの間にも、他チームは必死で宝を探していたはず。俺たちなんて出遅れもいいところ──ではあるけれど。
「頑張って宝、見つけようね」
建前ではなく本心から漏れ出た言葉。自分でも少し意外だった。
それでも二人が嬉しそうに笑うものだから、無理やり座らされたリーダーの席も悪くないような気がしたのだ。
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