だって魔王の子孫なので

深海めだか

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宝探しは君の手で

第三十五話

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 頭を撫で回すだけでは飽き足らず、ついには体ごと引き寄せ始めた感覚に何のつもりだと薄目を開ける。確かに目を閉じはしたが、そこまで許した覚えはない。

「……おい、いい加減離れろ。いつまで触ってんだ」
「ああごめん。光が大人しく触らせてくれる機会なんて滅多にないから」

 嬉しくて。続く言葉はもちろん無視をし、胸元に手をつき体を逸らす。
 特に抵抗することもなく離れていったが、聞き分けの良さが逆に怖いなんて思うのも、普段の行いがあまりにストーカーじみているせいだ。いつもこうなら少しは鬱陶しさもマシなのに。

「宝箱拾って、とりあえず出口に行くぞ」
「そうだね。歩けそう? おんぶしようか」

 さも当然のような口ぶりに、げんなりとして眉根を寄せる。こいつは俺のことを幼児か何かだと思っているのか。
 確かにさっきは助けられたが、そこまで見くびられるほど弱くはないつもりだし、道中の移動は魔力感知に集中するため仕方なくだ。

 それに、誰が歩くと言った。黙って翼を広げれば、そこでようやく察したらしい。

 暗い道を照らしながら進んで行くことしばらく。直線のさほど深さもない洞窟だったから、転がっていた宝箱を見つけるにも、見覚えのある景色に辿り着くにも、そう時間はかからなかった。

「……で、この中をどうやって帰るか…………だな」

 ザァァァァア

 天気が変わりやすいのであれば、晴れとまではいなくても雨足が弱まるくらいはあり得るはず。そんな期待はものの見事に打ち砕かれ、目の前では轟々と勢いを増した雨風たちが渦巻いていた。

 まあ、あの看板に「雨風の洞窟」と書かれていた時点で薄々勘付いてはいた部分はある。
 魔術か自然によるものかは知らないが、多分ここはそういうタイプの洞窟なのだ。
 気温・天候に関係なく、この洞窟の周囲にだけ常に雨風が吹き荒れる最悪の立地。そもそも見つけにくいということもあり、なるほど宝を隠すにはもってこいの場所だろう。

「うわぁ、俺が降りてきた時よりもさらに酷くなってるね。……これは流石に素で登るのは厳しそうだ」
「お前の場合、そもそも身体強化だけで降りてこられたのが異常なんだろうが」
「あははっ、光に褒められるなんて嬉しいな」
「別に褒めてない」

 数メートル先は晴れているのに目の前は土砂降りの雨だなんて、まったくめちゃくちゃな天候だ。

 当然ではあるが、こうしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っている。
 時計にスマホ。時間を正確に測れるものがないからこそ、焦りはどんどん肥大していった。せっかく宝を手に入れたのに、時間切れなんて冗談じゃない。

「…………ん? あれ?」
(どうする。探せば反対側に入り口があるか)
「ねえ光、ちょっと見て」
(でも見た感じ行き止まりだったし、それにあの魔獣がいるんじゃどっちにしろ危険──)

 腕の中の箱を握りしめ、ざらついた表面を指でなぞる。
 なんとか打開策を考えないと。焦りのままに無理やり思考を巡らせていれば、いきなり強い力で顎を掴まれ、そのままぐいと持ち上げられた。

 ぱちり 瞬きをひとつする間に、土と箱ばかりの視界は一転し、夕陽が溶け出たオレンジ色へと変わっていく。
 それは、空と海との境目すらをも曖昧に感じさせるほど、遠く、どこまでも澄みきった景色。あんなにうるさかった雨音は、気づけばとうに消え失せていた。

「は……──え? はれ、晴れ…………なんで?」
「さぁ? 理由はわからないけれど、見る限り雨は止んだみたいだね」
「んだそれ、意味不明すぎるだろ」

 顎を掴まれていることも忘れ、驚きから率直な感想が滑り落ちる。
 きっと今、鏡を差し出されでもしたら口を半開きにした間抜けな顔が写っていることだろう。
 もちろん嬉しい気持ちがないわけではない。あまりに急なものだから、驚きと疑問が瞬間的に勝ってしまっているだけだ。

「とりあえず雨が止んだなら光は飛んで帰れるよね」
「まあ、それはそうだな」
「うん。じゃあそれぞれ別々に動こうか。宝箱も見つかったことだし、俺が背負って走るより飛んだ方が早いだろう?」

 するりと回されていた腕が離れていき、振り向いた先で、天勝は笑って肩をすくめた。もちろん、その提案に異論はない。
 そもそも雨さえ降っていなければ、この洞窟から出ていくのなんて容易なのだ。
 宝は既に見つけているし、ふらふら寄り道をして他生徒に見つかる心配もない。真っ直ぐ本部に行くだけでいいのなら、二人で森を抜けるよりも飛んだ方が断然早いのは明らかだろう。

 ……ただし、それはこいつが普段となんら変わりなく、万全の状態であるならの話。

「で、お前はどうするんだよ」
「俺は後から追いつくよ。いつもと同じようにね」
「ふーん。足、怪我してんのに?」
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