だって魔王の子孫なので

深海めだか

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宝探しは君の手で

第三十六話

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「へ……──ぇ、」

 目の前で、どこまでも透けるような空が揺れ動いた。一拍の間を置いたあと、じわじわと広がりを見せるその反応に思わず吹き出しそうになる。

 不謹慎だと言われれば確かにそうだ。

 けれどあの時、埃だらけの空き教室で待ち望んでいた表情を、ようやく得ることができたのだから。胸のすくような思いがしたのも変えようのない事実であって。

「気づかないとでも思ったのかよ。いつもはもっと気色悪いくらいスピード合わせてくるだろうが」
「うっ」
「それにさっきから重心左に寄りすぎ、傾きすぎ。普段から無駄に姿勢がいいのがあだになったな馬鹿天勝」
「ぐ……っ、ぅ」

 反応からして隠し通せると思っていたのだろう。
 俺のことは四年もストーカーし続けているくせに、自分が観察されているとは思わないなんて。やっぱりこいつは変なところで抜けている。

「ごめんね、でも本当に置いて行ってくれて大丈夫だから」

 薄オレンジに差し込む光が、段々と角度を変えて洞窟内を照らしていく。
 タイムリミットは残りわずか。いつまでも悩んでいたって仕方がない。……それに、俺だって朔魔の人間だ。口内に溜まった唾を飲み込んで、いまだしょぼくれている天勝の背後に回り込む。

「これ持っとけ。あと動くなよ、ついでに喋るな」
「えっ、なに、なに、……っ、光が俺に抱きついて……? これは……夢……?」
「舌噛むから黙ってろ──『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」

 少し待ったあと試しに翼を動かせば、多少の重みこそ感じるものの、何とか持ち上げることができた。

 兄さんがよく使っている言霊のひとつ『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』
 対象の質量を変えることができ、使い方と魔力量によっては巨大な岩すら持ち上げることが可能だという。
 まあ俺は正式に教わったわけでもなく、見よう見まねで真似しているだけだから、ギリギリ及第点レベルの代物だ。実際、持ち上げてみると結構重い。

「宝箱、ちゃんと両手で持っとけよ。落としたら承知しないからな」

 聞こえているかは知らないが、まだ何やら呟いているらしい男に釘を刺し、空の上へと飛び上がる。幸いにも雨は止んだままで、風の流れも強くない。このまま順調に行けば時間内には着くだろう。

 少し離れた位置でほっと後ろを振り返れば、いつの間に広がったのか再び巨大な雨雲が洞窟付近を覆い隠し、滝のような雨を降らせていた。
 もう知るか、どうせ二度と行かない場所だ。

「よいしょっと」

 それにしても、洞窟を出てからというもの天勝が借りてきた猫みたいに大人しい。抱え直してもピクリともしないし、ひとことも言葉を発さない。
 確かに黙っていろと言いはしたが、もしかしたら高い場所が怖くて気を失ったりしているのだろうか。
 この体勢では顔も確認できないし、話しかけるにしても、心配していると思われたら癪である。別に失神していようが生きていたらそれでいいけど。

「流石に生きてはいる、よな?」
「ああうん。俺を抱えて飛べるなんて光はやっぱりすごいね」
「ぁ……ッぶない、マジで、お、落とすかと……」

 正直、返ってくるとは思っていなかったから、驚きから手を滑らせて冷や汗を流す。けれど、落とされかけた張本人は楽しげな声で言葉を続けた。笑い声に合わせて蜂蜜色の髪がさらさらと揺れる。

「あははっ、そんなに驚いた? 光が喋るなって言ったのに」
「そりゃ確かに言ったけど」

 まさか本当に俺の言葉を守っていただけだなのか。今まで忠告も希望も、涼しい顔して何一つ聞き入れなかったくせに。

「ほら、昔は持ち上げられなくてさ、こんなはずないって地団駄踏みながら泣いてたよね。我儘で自信家で、すっごく可愛かったなぁ」
「…………は?」
「やっぱり覚えてないか」

 ぽそり。意図して調整された小さな声音は耳元で鳴る風に紛れて消えていく。

「俺ね。昔、誘拐されたことがあるんだ」
「誘拐?」 
「うん。しかもそれが、よりにもよって大事な会合の場だったからそれはもう大騒ぎで」
「ふーん、わざわざ人が集まってるところを狙ったのか。その犯人も度胸あるな」

 誘拐騒ぎなんてのは別に珍しくもない話。
 上手いこと身代金の獲得までいくのは稀なケースではあるが、連れ去られた・監禁されたあたりの話題は結構よく耳にする。この学園は名家の出身が多いから尚更だ。

「やっぱり目的は身代金か?」

 誘拐の理由としてぶっちぎりに多いのが身代金、続いて家業に関する何かしら、他は人身売買とか個人的な恨みとか、まあ色々。
 珍しくもない話とは言ったが、人によっては複雑な裏話があったりで案外面白かったりもするのである。

「ふふっ、それがね。俺がつまらなさそうにしてたから誘拐してくれたそうなんだ」
「…………はぁ~~??」
「誘拐してあげようかって真正面から聞かれたのは初めてだったなぁ」
「何それ逆に怖いんだけど」

 どう考えても怪しさしかない。どうせ捕まったら「合意はとったから犯罪じゃない」とかなんとか主張して言い逃れをするつもりだったんだろう。子ども相手に卑怯な手口を使うものだ。

 一見優しそうなやつほど裏の顔があるものだし、俺も兄さんから知らない人にはついて行くなと耳にタコができるほど言い聞かされた。
 結局、俺本人は覚えてもいないたった一度の誘拐騒ぎのせいで、人が集まる場所には滅多に連れて行ってもらえなくなってしまったけど。

「とりあえず本部テント見えてきたから一回降りるぞ」
「そう? 光に運んでもらってるってみんなに自慢したかったんだけど」
「死んでも御免だ」
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