37 / 38
宝探しは君の手で
第三十六話
しおりを挟む
「へ……──ぇ、」
目の前で、どこまでも透けるような空が揺れ動いた。一拍の間を置いたあと、じわじわと広がりを見せるその反応に思わず吹き出しそうになる。
不謹慎だと言われれば確かにそうだ。
けれどあの時、埃だらけの空き教室で待ち望んでいた表情を、ようやく得ることができたのだから。胸のすくような思いがしたのも変えようのない事実であって。
「気づかないとでも思ったのかよ。いつもはもっと気色悪いくらいスピード合わせてくるだろうが」
「うっ」
「それにさっきから重心左に寄りすぎ、傾きすぎ。普段から無駄に姿勢がいいのが仇になったな馬鹿天勝」
「ぐ……っ、ぅ」
反応からして隠し通せると思っていたのだろう。
俺のことは四年もストーカーし続けているくせに、自分が観察されているとは思わないなんて。やっぱりこいつは変なところで抜けている。
「ごめんね、でも本当に置いて行ってくれて大丈夫だから」
薄オレンジに差し込む光が、段々と角度を変えて洞窟内を照らしていく。
タイムリミットは残りわずか。いつまでも悩んでいたって仕方がない。……それに、俺だって朔魔の人間だ。口内に溜まった唾を飲み込んで、いまだしょぼくれている天勝の背後に回り込む。
「これ持っとけ。あと動くなよ、ついでに喋るな」
「えっ、なに、なに、……っ、光が俺に抱きついて……? これは……夢……?」
「舌噛むから黙ってろ──『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」
少し待ったあと試しに翼を動かせば、多少の重みこそ感じるものの、何とか持ち上げることができた。
兄さんがよく使っている言霊のひとつ『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』
対象の質量を変えることができ、使い方と魔力量によっては巨大な岩すら持ち上げることが可能だという。
まあ俺は正式に教わったわけでもなく、見よう見まねで真似しているだけだから、ギリギリ及第点レベルの代物だ。実際、持ち上げてみると結構重い。
「宝箱、ちゃんと両手で持っとけよ。落としたら承知しないからな」
聞こえているかは知らないが、まだ何やら呟いているらしい男に釘を刺し、空の上へと飛び上がる。幸いにも雨は止んだままで、風の流れも強くない。このまま順調に行けば時間内には着くだろう。
少し離れた位置でほっと後ろを振り返れば、いつの間に広がったのか再び巨大な雨雲が洞窟付近を覆い隠し、滝のような雨を降らせていた。
もう知るか、どうせ二度と行かない場所だ。
「よいしょっと」
それにしても、洞窟を出てからというもの天勝が借りてきた猫みたいに大人しい。抱え直してもピクリともしないし、ひとことも言葉を発さない。
確かに黙っていろと言いはしたが、もしかしたら高い場所が怖くて気を失ったりしているのだろうか。
この体勢では顔も確認できないし、話しかけるにしても、心配していると思われたら癪である。別に失神していようが生きていたらそれでいいけど。
「流石に生きてはいる、よな?」
「ああうん。俺を抱えて飛べるなんて光はやっぱりすごいね」
「ぁ……ッぶない、マジで、お、落とすかと……」
正直、返ってくるとは思っていなかったから、驚きから手を滑らせて冷や汗を流す。けれど、落とされかけた張本人は楽しげな声で言葉を続けた。笑い声に合わせて蜂蜜色の髪がさらさらと揺れる。
「あははっ、そんなに驚いた? 光が喋るなって言ったのに」
「そりゃ確かに言ったけど」
まさか本当に俺の言葉を守っていただけだなのか。今まで忠告も希望も、涼しい顔して何一つ聞き入れなかったくせに。
「ほら、昔は持ち上げられなくてさ、こんなはずないって地団駄踏みながら泣いてたよね。我儘で自信家で、すっごく可愛かったなぁ」
「…………は?」
「やっぱり覚えてないか」
ぽそり。意図して調整された小さな声音は耳元で鳴る風に紛れて消えていく。
「俺ね。昔、誘拐されたことがあるんだ」
「誘拐?」
「うん。しかもそれが、よりにもよって大事な会合の場だったからそれはもう大騒ぎで」
「ふーん、わざわざ人が集まってるところを狙ったのか。その犯人も度胸あるな」
誘拐騒ぎなんてのは別に珍しくもない話。
上手いこと身代金の獲得までいくのは稀なケースではあるが、連れ去られた・監禁されたあたりの話題は結構よく耳にする。この学園は名家の出身が多いから尚更だ。
「やっぱり目的は身代金か?」
誘拐の理由としてぶっちぎりに多いのが身代金、続いて家業に関する何かしら、他は人身売買とか個人的な恨みとか、まあ色々。
珍しくもない話とは言ったが、人によっては複雑な裏話があったりで案外面白かったりもするのである。
「ふふっ、それがね。俺がつまらなさそうにしてたから誘拐してくれたそうなんだ」
「…………はぁ~~??」
「誘拐してあげようかって真正面から聞かれたのは初めてだったなぁ」
「何それ逆に怖いんだけど」
どう考えても怪しさしかない。どうせ捕まったら「合意はとったから犯罪じゃない」とかなんとか主張して言い逃れをするつもりだったんだろう。子ども相手に卑怯な手口を使うものだ。
一見優しそうなやつほど裏の顔があるものだし、俺も兄さんから知らない人にはついて行くなと耳にタコができるほど言い聞かされた。
結局、俺本人は覚えてもいないたった一度の誘拐騒ぎのせいで、人が集まる場所には滅多に連れて行ってもらえなくなってしまったけど。
「とりあえず本部テント見えてきたから一回降りるぞ」
「そう? 光に運んでもらってるってみんなに自慢したかったんだけど」
「死んでも御免だ」
目の前で、どこまでも透けるような空が揺れ動いた。一拍の間を置いたあと、じわじわと広がりを見せるその反応に思わず吹き出しそうになる。
不謹慎だと言われれば確かにそうだ。
けれどあの時、埃だらけの空き教室で待ち望んでいた表情を、ようやく得ることができたのだから。胸のすくような思いがしたのも変えようのない事実であって。
「気づかないとでも思ったのかよ。いつもはもっと気色悪いくらいスピード合わせてくるだろうが」
「うっ」
「それにさっきから重心左に寄りすぎ、傾きすぎ。普段から無駄に姿勢がいいのが仇になったな馬鹿天勝」
「ぐ……っ、ぅ」
反応からして隠し通せると思っていたのだろう。
俺のことは四年もストーカーし続けているくせに、自分が観察されているとは思わないなんて。やっぱりこいつは変なところで抜けている。
「ごめんね、でも本当に置いて行ってくれて大丈夫だから」
薄オレンジに差し込む光が、段々と角度を変えて洞窟内を照らしていく。
タイムリミットは残りわずか。いつまでも悩んでいたって仕方がない。……それに、俺だって朔魔の人間だ。口内に溜まった唾を飲み込んで、いまだしょぼくれている天勝の背後に回り込む。
「これ持っとけ。あと動くなよ、ついでに喋るな」
「えっ、なに、なに、……っ、光が俺に抱きついて……? これは……夢……?」
「舌噛むから黙ってろ──『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」
少し待ったあと試しに翼を動かせば、多少の重みこそ感じるものの、何とか持ち上げることができた。
兄さんがよく使っている言霊のひとつ『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』
対象の質量を変えることができ、使い方と魔力量によっては巨大な岩すら持ち上げることが可能だという。
まあ俺は正式に教わったわけでもなく、見よう見まねで真似しているだけだから、ギリギリ及第点レベルの代物だ。実際、持ち上げてみると結構重い。
「宝箱、ちゃんと両手で持っとけよ。落としたら承知しないからな」
聞こえているかは知らないが、まだ何やら呟いているらしい男に釘を刺し、空の上へと飛び上がる。幸いにも雨は止んだままで、風の流れも強くない。このまま順調に行けば時間内には着くだろう。
少し離れた位置でほっと後ろを振り返れば、いつの間に広がったのか再び巨大な雨雲が洞窟付近を覆い隠し、滝のような雨を降らせていた。
もう知るか、どうせ二度と行かない場所だ。
「よいしょっと」
それにしても、洞窟を出てからというもの天勝が借りてきた猫みたいに大人しい。抱え直してもピクリともしないし、ひとことも言葉を発さない。
確かに黙っていろと言いはしたが、もしかしたら高い場所が怖くて気を失ったりしているのだろうか。
この体勢では顔も確認できないし、話しかけるにしても、心配していると思われたら癪である。別に失神していようが生きていたらそれでいいけど。
「流石に生きてはいる、よな?」
「ああうん。俺を抱えて飛べるなんて光はやっぱりすごいね」
「ぁ……ッぶない、マジで、お、落とすかと……」
正直、返ってくるとは思っていなかったから、驚きから手を滑らせて冷や汗を流す。けれど、落とされかけた張本人は楽しげな声で言葉を続けた。笑い声に合わせて蜂蜜色の髪がさらさらと揺れる。
「あははっ、そんなに驚いた? 光が喋るなって言ったのに」
「そりゃ確かに言ったけど」
まさか本当に俺の言葉を守っていただけだなのか。今まで忠告も希望も、涼しい顔して何一つ聞き入れなかったくせに。
「ほら、昔は持ち上げられなくてさ、こんなはずないって地団駄踏みながら泣いてたよね。我儘で自信家で、すっごく可愛かったなぁ」
「…………は?」
「やっぱり覚えてないか」
ぽそり。意図して調整された小さな声音は耳元で鳴る風に紛れて消えていく。
「俺ね。昔、誘拐されたことがあるんだ」
「誘拐?」
「うん。しかもそれが、よりにもよって大事な会合の場だったからそれはもう大騒ぎで」
「ふーん、わざわざ人が集まってるところを狙ったのか。その犯人も度胸あるな」
誘拐騒ぎなんてのは別に珍しくもない話。
上手いこと身代金の獲得までいくのは稀なケースではあるが、連れ去られた・監禁されたあたりの話題は結構よく耳にする。この学園は名家の出身が多いから尚更だ。
「やっぱり目的は身代金か?」
誘拐の理由としてぶっちぎりに多いのが身代金、続いて家業に関する何かしら、他は人身売買とか個人的な恨みとか、まあ色々。
珍しくもない話とは言ったが、人によっては複雑な裏話があったりで案外面白かったりもするのである。
「ふふっ、それがね。俺がつまらなさそうにしてたから誘拐してくれたそうなんだ」
「…………はぁ~~??」
「誘拐してあげようかって真正面から聞かれたのは初めてだったなぁ」
「何それ逆に怖いんだけど」
どう考えても怪しさしかない。どうせ捕まったら「合意はとったから犯罪じゃない」とかなんとか主張して言い逃れをするつもりだったんだろう。子ども相手に卑怯な手口を使うものだ。
一見優しそうなやつほど裏の顔があるものだし、俺も兄さんから知らない人にはついて行くなと耳にタコができるほど言い聞かされた。
結局、俺本人は覚えてもいないたった一度の誘拐騒ぎのせいで、人が集まる場所には滅多に連れて行ってもらえなくなってしまったけど。
「とりあえず本部テント見えてきたから一回降りるぞ」
「そう? 光に運んでもらってるってみんなに自慢したかったんだけど」
「死んでも御免だ」
10
あなたにおすすめの小説
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる