創作BL短編集

深海めだか

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二人しかいない写真部の、卒業式前日の話

ねぇ先輩、ありふれた夢を叶えてあげる

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 第二社会科準備室。

 半ば物置と化したその場所は、僅かな規定人数すらも満たせない写真部に、お情けで貸し与えられた避難所だ。
 教材を無理やり端に押しやって作った窓際のスペース。春というにはまだ早い晩冬の陽射しを浴びながら、二人はぐらつく椅子を揺らしていた。

「お前さぁ、俺が卒業したらどうするの? まじめに新入生勧誘しないと、いい加減廃部になるぞ」

 たった二名しかいない部員の内、部長である春輝は明日で卒業してしまう。先生に頼み込んで何とか維持していたものの、部員が一名とあっては流石に庇いきれないだろう。
 けれど、そんな不安など意に介さず、副部長の冬李はスマホから目を離さない。

「や、別にいいです。勧誘とか面倒なんで」
「はあ!? 先輩方が必死に繋いできた写真部を、お前の代で廃部にするのかよ」
「ちょっと、責任転嫁しないでください。二年もかけて俺一人しか捕まえられなかったあんたが悪いんでしょ」
「ぅぐ………」

 事実に他ならないその言葉は、春輝の口をつぐませる。
 そう、優しかった先輩たちが卒業してから早二年。必死に新入部員を増やそうと、チラシを配ったりポスターを貼ったり、色々な努力はしていたのだ。けれども釣れたのは、この無愛想な後輩一人だけ。

 それ以降はうんともすんとも針にかからず、今に至ると言うわけである。まったく世の中は不条理だ。

「……はぁ。でも考えれば、お前の憎まれ口を聞けるのも今日で最後なんだよな。どうせお前は卒業式来ないだろ。自由参加だし」
「わかりませんよ。俺が花束を抱えて出待ちしてるかもしれないでしょう」
「あははっ! ないない! 面倒くさがり屋のお前がそんなことするかよ」
「まあしませんけど」

 あり得ない光景を想像して、自分でも引くほど笑ってしまった。

 表情の乏しいこの後輩は、何故か女子からの人気が高い。花束を抱えて立ってなぞいたら、きっと大騒ぎになるだろう。
 自分だって、そんな注目の中、花を受け取るのは御免である。

 一通り笑った後、押し出された涙を袖に吸わせた。こんな馬鹿言い合えるのも最後だな、なんて、妙に感慨深くなる。
 ………言うか言うまいか少しだけ悩んで、結局無難な言葉を吐き出した。

「忘れないうちに伝えとくけど……ありがとな。正直誰も入ってくれないと思ってたから、お前が部室に来た時は本当に嬉しかったよ」
「は? 何ですか急に。今生の別れみたいな雰囲気出さないでもらえます?」
「いや、だってそうだろ。俺は地元ここに残るけど、お前の志望校は東京だし。……卒業したら、もう会う理由もないだろ」

 自分で言って、自分で落ち込む。馬鹿みたいだけど、これは必要な線引きなのだ。
 ──ああいや。やっぱり線引きなんて、そんな綺麗なものじゃない。こんなもの、後で傷つかないための予防線に他ならないのだから。

「じゃあ付き合いましょうよ」
「………へ、?」
「会う理由があればいいんでしょ。恋人同士だったら、それが理由になるじゃないですか」

 耳に入ってくる言葉は現実のものなんだろうか。頭が追いついていかなくて、ようやく絞り出した声は、おかしいほどに震えていた。

「ほ、本気で言ってる……?」
「逆に聞きますけど、俺がこんな冗談言うと思います?」

 質問に質問で返すな。なんて思いながらも、その問いかけに対する答えはNoだった。
 飄々とした態度で揶揄いながら、その実、人を傷つけるような嘘はつかない男だ。……だからこそ好きになったというのに。

 彷徨う視線は忙しなく、何度も口を開けて、また閉じてを繰り返す。いつの間にか日は落ちて、狭い準備室の中は夕暮れに染まっていた。

「………言っとくけど。俺、よぼよぼの爺さんになっても離れる気ないから。いつもみたいに『飽きました』なんて言っても絶対返却出来ないんだからな!」

 ああ、我ながらなんと可愛げのない返事だろう。しかも重い。
 告白の返事としては余裕で赤点を叩き出すレベルではあるのだが、悩みに悩んで吐き出したそれを、今さら引っ込めることも出来やしない。
 もうヤケになって睨みつけていれば、冬李は一度遠くを見つめ、呆れたように吐き捨てた。

「………あんた馬鹿なんですか」
「馬鹿って何だよ! 俺は真剣に悩んで──」
「好きですよ」
「は」
「あんたが好き。朝弱いとこも、ピーマン苦手なとこも、字が下手なとこも、足が遅いとこも好き」

 指折り数えているそれは、もしかして、好きなところのつもり……なのだろうか。それにしては、些か悪い部分に偏りすぎている気もするのだが。
 いや、絶対に気のせいじゃない。

「だ、だってそんなの、俺の悪いとこばっかじゃん! 好きっていうなら、もっといいとこ褒めろよぉ……」
「ああもう。なんで泣くんですか、面倒くさい」
「ぅ、ぐす、ほら面倒くさいって言ったぁ~!」
「……先輩、こっち向いて」

 告白した側のくせに、面倒くさいとは何事だ。感情のままにしゃくり上げていれば、優しい声が耳を刺す。

「あんたもよく知ってる通り、確かに俺は飽き性です。ゲームも漫画も途中で飽きるし、ドラマだって最終回まで見れたことありません。……でも逆に考えてみてくださいよ。あんたへの返信、一時間以上遅れたことないんですけど。それも二年間ずっと」
「え、そうだっけ……?」

 驚きに目を瞬かせれば、押し出された涙が再び頬を濡らしていった。気にしたことはなかったけれど、思い返せば、確かにそうだったかもしれない。

「こんなクソつまんない部室に通い続けるのも、スマホの通知音にいちいち反応するのも、大して興味もない花の写真を撮ってくるのも。……全部あんたのためだって、いい加減気づいて」

 掴まれた腕が、燃えているような気さえする。灰色の瞳に見つめられれば、もう逸らすことなど出来なかった。

「で、お望みは『よぼよぼになるまで一緒にいたい』でしたっけ? 勿論いいですよ。他には?」
「え、他……? あ、えっと、浴衣着て夏まつりに行きたい」
「予定空けておきます。他には?」
「えー、っと、遊園地でお揃いの耳つけたい」
「可愛くないのなら頑張ります。他には?」
「まだ聞くの!?」
「当たり前じゃないですか。あなたのありふれた夢なんて、全部完璧に叶えてあげます。──だから先輩は黙って俺に愛されてて」

 唇に柔らかいものが触れて、不安定だった椅子は耐えきれず、悲鳴を上げて倒れさった。後に残るのは、赤い顔の二人だけ。

 これが夢じゃないのなら、きっと明日は死ぬだろう。そんなことを思いながら、春輝は再び瞼を閉じた。
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