8 / 15
第8話 夕焼けに溶ける手のひら
しおりを挟む
放課後の校舎は、窓の外に傾き始めた夕陽に照らされ、廊下の床に長い影を落としていた。
教室を飛び出した僕は、人気の少ない廊下をできるだけ静かに歩く。誰の目にも留まらず、息を潜めて帰るつもりだった。
だけど、そんな願いはすぐに打ち砕かれる。
「優!一緒に帰ろ!」
弾むような明るい声が、背後から響く。廊下にいた生徒たちの視線が、一斉に僕へと集まる。
振り返ると、そこには真珠が満面の笑みを浮かべて立っていた。
校舎に響き渡るほどの声で、堂々と僕を呼び止める。僕にとっては信じられない光景だった。今まで目を合わせることすら避けられてきた僕に、こんなふうに声をかけてくれるなんて。
「ちょ、ちょっと……」
戸惑う僕を気にも留めず、真珠はさっさと僕の腕を取る。周囲からは驚きの声と共に、信じられないものを見るような目が注がれる。
「なんであいつが……?」
「早乙女さんと?」
ひそひそとした声が追いかけてくる。それでも真珠は全く気にした様子もなく、僕の腕を引いた。
「行こ!」
強引に手を引かれ、気づけば僕は真珠と並んで校門をくぐっていた。夕焼けのオレンジ色が、校門から続く道を染め上げている。
西日に照らされる真珠の髪は、白金に輝いて見えた。
「ねぇ優、もっと近く歩いてよ。せっかく一緒なんだからさ」
真珠が楽しそうに笑いながら、今度は僕の腕に自分の腕を絡めてくる。近すぎる距離に心臓が跳ね上がる。周りからの視線も、後ろから聞こえるひそひそ声も、すべてが僕を焦らせた。
「ちょ、ちょっと……!」
「何照れてるのー?優、かわいー!」
真珠はケラケラと楽しそうに笑う。
僕の肩越しに校門を振り返ると、千秋や梢、翔子、陽介たちが目を丸くしてこちらを見つめていた。
梢は校門の近くで部活の仲間と話していたが、僕と真珠の姿に気づくと、手に持っていたノートをきゅっと抱きしめたまま動きを止めていた。知的で社交的、めったなことでは動じない梢が、珍しく目を見開き、目の前の光景をどう受け止めればいいのか判断に迷っているようだった。
翔子は少し離れたところで友達と並んでいたが、僕と真珠を見た瞬間、静かに立ち尽くしていた。控えめでおとなしい翔子は、胸の前で小さく手を握りしめながら、どこか不安そうな表情で僕たちを見つめていた。ふわりとした栗色の髪が頬にかかり、その隙間から覗く瞳には、驚きと戸惑い、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいた。
陽介はグラウンド帰りのジャージ姿で、片手にボールを抱えたままじっと僕を見ていた。いつもの兄貴分としての軽いノリは影を潜め、何か言いたそうな表情を浮かべていたが、結局言葉にはせず、その場で黙り込んで僕たちを睨むようにして見ている。
特に千秋は、信じられないとでも言いたげに唇を強く噛んでいた。鞄のベルトを両手で握りしめ、声を出すこともできずに、ただ僕と真珠を見つめている。その瞳には焦りとも苛立ちとも後悔ともつかない、複雑な感情が交錯していた。
僕が目を合わせる前に、四人はそれぞれ視線を逸らし、何事もなかったように通り過ぎていった。
だけど、あの一瞬に感じたそれぞれの思いだけは、確かに僕の胸に刻まれていた。
さらに少し離れたところで、数人の仲間を引き連れた、浅間の姿もあった。ポケットに手を突っ込みながら僕たちを睨みつけるように見ている。あれほど余裕に満ちていた顔には、わずかな苛立ちがにじんでいるようにも見えた。
真珠の明るい声と笑顔だけが、僕の足を前へと進ませる。
校門を抜け、住宅街へと続く道を歩き出す。静かな並木道、風に揺れる木の葉が夕陽に透けて黄金色に輝く。住宅の窓からは晩ご飯を作る音や、子供の笑い声が微かに漏れ聞こえる。
今まで何度も通ったこの道が、今日は全く違う景色に見えた。
「優ん家って、この先だよね?」
何気なく真珠が尋ねる。
「え……どうして知ってるの?」
「だって優のSNS、昔から見てるもん。風景とか写真に写ってたから、何となく覚えてるの」
悪戯っぽく笑う真珠に、僕は言葉を失う。
もしかして僕の個人情報って思ってたよりダダ洩れじゃないのか……?
軽く身震いする僕をよそに、真珠が話を続ける。
「それに」
真珠は僕の前にくるりと回り込むと、夕陽を背にキラキラと微笑んだ。
「もちろん、優ん家に遊びに行くためにも覚えておかないとでしょ!」
「……は?」
「え?知らなかった?言ってなかったっけ?今日、優の家に行くって決めたの!」
「そ、そんな勝手に……!」
「いいじゃん、私だって優Pのファンなんだよ?生の優の作業部屋見れるとか、超楽しみ!」
真珠は両手を広げ、スキップでもするように先へと進む。
「ちょっと待って、掃除とか……何も……!」
「気にしなーい!」
くるりと振り返り、笑顔で手を振る真珠。その無邪気な笑顔を前にすると、僕は何も言えなくなる。
ブロンドの髪が夕焼けに溶け込み、真珠の背中が輝いて見える。
「ほら、優!置いてくよ!」
差し出された手を、僕はおそるおそる握った。
夕焼けの中、手を引かれながら歩くこの道が、僕にとってどれほど特別なものになるのか。
その時はまだ、気づいていなかった。
でも確かに、真珠の温もりだけは、僕の手のひらに残っていた。
教室を飛び出した僕は、人気の少ない廊下をできるだけ静かに歩く。誰の目にも留まらず、息を潜めて帰るつもりだった。
だけど、そんな願いはすぐに打ち砕かれる。
「優!一緒に帰ろ!」
弾むような明るい声が、背後から響く。廊下にいた生徒たちの視線が、一斉に僕へと集まる。
振り返ると、そこには真珠が満面の笑みを浮かべて立っていた。
校舎に響き渡るほどの声で、堂々と僕を呼び止める。僕にとっては信じられない光景だった。今まで目を合わせることすら避けられてきた僕に、こんなふうに声をかけてくれるなんて。
「ちょ、ちょっと……」
戸惑う僕を気にも留めず、真珠はさっさと僕の腕を取る。周囲からは驚きの声と共に、信じられないものを見るような目が注がれる。
「なんであいつが……?」
「早乙女さんと?」
ひそひそとした声が追いかけてくる。それでも真珠は全く気にした様子もなく、僕の腕を引いた。
「行こ!」
強引に手を引かれ、気づけば僕は真珠と並んで校門をくぐっていた。夕焼けのオレンジ色が、校門から続く道を染め上げている。
西日に照らされる真珠の髪は、白金に輝いて見えた。
「ねぇ優、もっと近く歩いてよ。せっかく一緒なんだからさ」
真珠が楽しそうに笑いながら、今度は僕の腕に自分の腕を絡めてくる。近すぎる距離に心臓が跳ね上がる。周りからの視線も、後ろから聞こえるひそひそ声も、すべてが僕を焦らせた。
「ちょ、ちょっと……!」
「何照れてるのー?優、かわいー!」
真珠はケラケラと楽しそうに笑う。
僕の肩越しに校門を振り返ると、千秋や梢、翔子、陽介たちが目を丸くしてこちらを見つめていた。
梢は校門の近くで部活の仲間と話していたが、僕と真珠の姿に気づくと、手に持っていたノートをきゅっと抱きしめたまま動きを止めていた。知的で社交的、めったなことでは動じない梢が、珍しく目を見開き、目の前の光景をどう受け止めればいいのか判断に迷っているようだった。
翔子は少し離れたところで友達と並んでいたが、僕と真珠を見た瞬間、静かに立ち尽くしていた。控えめでおとなしい翔子は、胸の前で小さく手を握りしめながら、どこか不安そうな表情で僕たちを見つめていた。ふわりとした栗色の髪が頬にかかり、その隙間から覗く瞳には、驚きと戸惑い、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいた。
陽介はグラウンド帰りのジャージ姿で、片手にボールを抱えたままじっと僕を見ていた。いつもの兄貴分としての軽いノリは影を潜め、何か言いたそうな表情を浮かべていたが、結局言葉にはせず、その場で黙り込んで僕たちを睨むようにして見ている。
特に千秋は、信じられないとでも言いたげに唇を強く噛んでいた。鞄のベルトを両手で握りしめ、声を出すこともできずに、ただ僕と真珠を見つめている。その瞳には焦りとも苛立ちとも後悔ともつかない、複雑な感情が交錯していた。
僕が目を合わせる前に、四人はそれぞれ視線を逸らし、何事もなかったように通り過ぎていった。
だけど、あの一瞬に感じたそれぞれの思いだけは、確かに僕の胸に刻まれていた。
さらに少し離れたところで、数人の仲間を引き連れた、浅間の姿もあった。ポケットに手を突っ込みながら僕たちを睨みつけるように見ている。あれほど余裕に満ちていた顔には、わずかな苛立ちがにじんでいるようにも見えた。
真珠の明るい声と笑顔だけが、僕の足を前へと進ませる。
校門を抜け、住宅街へと続く道を歩き出す。静かな並木道、風に揺れる木の葉が夕陽に透けて黄金色に輝く。住宅の窓からは晩ご飯を作る音や、子供の笑い声が微かに漏れ聞こえる。
今まで何度も通ったこの道が、今日は全く違う景色に見えた。
「優ん家って、この先だよね?」
何気なく真珠が尋ねる。
「え……どうして知ってるの?」
「だって優のSNS、昔から見てるもん。風景とか写真に写ってたから、何となく覚えてるの」
悪戯っぽく笑う真珠に、僕は言葉を失う。
もしかして僕の個人情報って思ってたよりダダ洩れじゃないのか……?
軽く身震いする僕をよそに、真珠が話を続ける。
「それに」
真珠は僕の前にくるりと回り込むと、夕陽を背にキラキラと微笑んだ。
「もちろん、優ん家に遊びに行くためにも覚えておかないとでしょ!」
「……は?」
「え?知らなかった?言ってなかったっけ?今日、優の家に行くって決めたの!」
「そ、そんな勝手に……!」
「いいじゃん、私だって優Pのファンなんだよ?生の優の作業部屋見れるとか、超楽しみ!」
真珠は両手を広げ、スキップでもするように先へと進む。
「ちょっと待って、掃除とか……何も……!」
「気にしなーい!」
くるりと振り返り、笑顔で手を振る真珠。その無邪気な笑顔を前にすると、僕は何も言えなくなる。
ブロンドの髪が夕焼けに溶け込み、真珠の背中が輝いて見える。
「ほら、優!置いてくよ!」
差し出された手を、僕はおそるおそる握った。
夕焼けの中、手を引かれながら歩くこの道が、僕にとってどれほど特別なものになるのか。
その時はまだ、気づいていなかった。
でも確かに、真珠の温もりだけは、僕の手のひらに残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
【朗報】俺をこっぴどく振った幼馴染がレンカノしてたので2時間15,000円でレンタルしてみました
田中又雄
恋愛
俺には幼稚園の頃からの幼馴染がいた。
しかし、高校進学にあたり、別々の高校に行くことになったため、中学卒業のタイミングで思い切って告白してみた。
だが、返ってきたのは…「はぁ!?誰があんたみたいなのと付き合うのよ!」という酷い言葉だった。
それからは家は近所だったが、それからは一度も話をすることもなく、高校を卒業して、俺たちは同じ大学に行くことになった。
そんなある日、とある噂を聞いた。
どうやら、あいつがレンタル彼女なるものを始めたとか…。
気持ち悪いと思いながらも俺は予約を入れるのであった。
そうして、デート当日。
待ち合わせ場所に着くと、後ろから彼女がやってきた。
「あ、ごめんね!待たせちゃっ…た…よ…ね」と、どんどんと顔が青ざめる。
「…待ってないよ。マイハニー」
「なっ…!?なんであんたが…!ばっかじゃないの!?」
「あんた…?何を言っているんだい?彼女が彼氏にあんたとか言わないよね?」
「頭おかしいんじゃないの…」
そうして、ドン引きする幼馴染と俺は初デートをするのだった。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる