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◇底辺召喚師と魔王2◆
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意識を失っていたのはどのくらいの時間だろうか?
フィロメーナは薄闇の中で目をさました。身体はあたたかなものに抱きしめられていて、意識はまだまどろみに戻ろうとする。
「っ⁉」
しかし、彼女の意識は一気に覚醒した。自分がどこか知らない部屋のベッドの上で、魔王に抱きしめられていると気づいたからだ。
「あはは……可愛いなフィロ、そんなに驚くなんて」
笑っていても彼には感情というものがない。黒い礼服の彼はフィロメーナの白いワンピース越しにその細い身体を撫でた。
「ひ……や、やめてください! 触ら……ないで!」
恐怖から震え、声を絞りだすと彼はくすくすと笑った。逃れようとしても、彼の腕に抱きしめられていてできそうにない。
「少し話をしたいというだけじゃないか。今はまだ、きみをどうこうするつもりなんてないんだよ?」
今はまだ、というのは不穏な言葉だ。
つまり、数分後なり数十分後なり、フィロメーナは人形にされてしまうのかもしれない。
「ねえ、私はずっと疑問に思っていたことがあるんだ。きみはどうして、私を捨てたの?」
そこまで言って、彼は「ああ」と言って続けた。
「違うか。きみではない、私の世界に居たきみは、私のことなど本当の意味ですっかり忘れてしまったよ。レイスルトの妻になり、彼の子を産み、幸せそうだった……私は、きみが笑って居てくれればいいと思っていたけれど、きみは、私のことなど最初から存在していなかったと思うようになった」
「そ……んな、こと」
フィロメーナが震える声で呟くと、彼は彼女の髪を撫でて、きつくその身体を抱きしめた。
「それが、どういう意図からのものであったのか私には知るよしもない。私など、最初からきみにとってどうでもいい存在だったのか、それとも、私を愛してくれていたからこそ耐えかねたのか。そのことを、ずっと知りたかった」
彼の声音に切なさが混ざり、フィロメーナはしばし迷った末に、幼子にするように彼の背を優しく撫でた。
「それに、私が答えて意味があるのでしょうか? そのかたは、私ではないのでは?」
「うん。そうだよ。だけど、ある意味ではきみの影にあたる存在だ。セヴェリアと結ばれることのないきみと言える」
フィロメーナはしばし迷ったが、やがて小さく呟いた。
「……私は、セヴェリアさんの訃報を聞いたとき、耐え切れませんでした。だから、彼を忘れようと思って、本当は……召喚が失敗したら、ラングテール家を出ることになるなら、彼の遺品を処分しようと思っていました」
それを青年は黙って聞いていた。なので、フィロメーナも言葉を続ける。
「もしも……もしも、その世界の私に、私の要素があったなら、きっとあなたを想い続けて、心が耐え切れなくなって、忘れることしかできなかったのでしょう。あなたとセヴェリアさんが剣を交えたとき、私は確かに、もうセヴェリアさんが消えてしまうのは嫌だと……思ったのですから」
その言葉に、彼は「そう」と呟いた。
そして、フィロメーナの華奢な腰を撫でる。
「本当にそうだったなら、どれほど嬉しいだろう……でもフィロ、私はもうあの頃の私ではなくてね……きみが愛しくてたまらないのに、同時にめちゃくちゃに壊してしまいたいんだ」
「っ」
彼の手が身体をなぞるたびに、フィロメーナはびくりと震える。それを見て、青年は首を傾げた。
「まるで生娘のような反応をして、どうしたの?」
「な、ななな……っ!」
フィロメーナの頬がみるみる真っ赤になっていく。しばらくそれを見つめていた彼は、ある可能性に思い至ったようだ。
「ああ、もしかして、この世界のきみたちに肉体的な――」
「黙ってくださらないと殴りますからね!」
生娘というわけではない、残念ながら。だが、異世界の自分ほど慣れてもいないのだろう。
恥ずかしくてたまらず、フィロメーナはシーツに顔をうずめたのだが、その首筋を彼の指がなぞったのでびくっと身体が跳ねた。
「ひっ……だ、だから、やめて、くださいって、言っているでしょう……!」
「どうして? もしかしたら、今、この場で、彼からきみを奪ってしまえるかもしれないのに。彼のことだから、手をだしていないなんて……思ってはいないけど」
にこりと感情なく微笑んだ彼に絶句して、フィロメーナは黙ったまま離れようとしたのだが無駄で、ベッドに押し倒される。
「や、やだ、やめてください……っ!」
翠の瞳に涙をうかべてフィロメーナが暴れると、彼は薄っすらと笑みをうかべて顔を近づける。
「どうして? 私はセヴェリアだよ? きみが愛している男と何も変わらない」
「あなたは、違います。私のセヴェリアさんではないでしょう!」
その言葉に彼は「ふむ」と考える仕草をした。
「私のセヴェリアさん、か。そうは見えなかったがきみにも独占欲というものがあったんだね?」
「っ……と、とにかく、離してください!」
追求は避けたかった、実際、自分はきっとセヴェリアに対して独占欲があるから。ただそれを才能だとか、いろんな理由をつけて押さえこんでいるだけなのだから。
涙目で金色の瞳を睨みつけると、彼は歪に嗤った。
「嫌だよ。そんなふうに彼への執着を見せられると、余計にめちゃくちゃにしてあげたくなるだろう? きみったら、同じ存在なのに私にはちっとも興味を持ってはくれないし」
「な、ないわけでは……」
「哀れんでくれている、それだけだ。私が欲しいのはねフィロ……きみの愛だよ」
耳元で囁かれたかと思うと、そのまま耳を食まれて彼女は大袈裟に身体を震わせた。
「ひっ、や……っ!」
「でもきっと手に入らないから、きみの自我に干渉してでも手にいれたいんだ」
嫌な予感がした。彼の手が胸元にあるペンダントに触れる。
「や、だ、やだ……! セヴェリアさん……っ!」
フィロメーナが呼んだのは目の前に居る彼ではない。遠くか近くか、どこかに居るはずの愛した幼馴染のほうだ。
そのことにはこの青年も気づいているだろう、金色の瞳を冷たく細め、ペンダントの宝石に触れるとそれが割れてしまう。
「さあ、フィロ、もう一度戻ろうか……共に笑いあった日々に」
「っ、ぁ、う……」
頭が痛い。フィロメーナにとってのセヴェリアは彼ではない。彼ではないのだ。
それが理解できなくなっていくようで恐ろしかった。
「セヴェリア、さ……」
苦痛の中でもう一度名を呼ぶ。それからすぐのことだった――。
魔王の姿が一瞬で消えたかと思うと、剣のぶつかる音が響く。
「――どうやってここまで……っ!」
くらくらと眩暈を覚えながらもなんとか身体を起こして、広い部屋の中をぐるりと見回すと、剣を構えたセヴェリアと魔王の姿がある。
「わざわざきみに教える義理もない。きみはもう二度と誰にも喚ばれず、かといって死ぬこともなく、永遠の眠りにつくのだからね」
「……そう、封印するつもりなんだ?」
「それが一番安全だからね」
二人の会話のほとんどを、現状のフィロメーナには理解できなかった。
頭痛がする。けれど、どちらが自分の愛しているセヴェリアであるかは理解できていたので、ひとまず安心した。
セヴェリアのうしろからロレンスや騎士、魔術師たちも駆けつけてくる。
「……そうか」
魔王と呼ばれた青年は小さく呟いた。
そしてフィロメーナに視線を移して、初めて、薄っすらと感情のうかぶ笑みを浮かべた。どこか、嬉しそうな。けれど何一つ言葉を発することもなく、彼はセヴェリアに視線を戻すと剣を手放した。
「抵抗するつもりはないから、好きにやったらいいよ。だけど、生半可な封印じゃ、すぐに破ってしまうかもね」
それにはセヴェリアもロレンスも、他の騎士や魔術師たちも驚いていたが、セヴェリアを始めとしてすぐに詠唱を開始する。
そのあいだ、フィロメーナはどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
まだ頭が痛い、眩暈がする。
けれど、彼にたずねたかった「なぜ?」と。
「ま、って……ど、して……?」
フィロメーナがなんとかそれだけ言うと、彼は視線を彼女に移して薄く微笑んだ。
「さあ? どうしてだろう? あれから随分長い時間が経ったけど……初めてきみがあのとき、あの場所で何を思っていたのか理解できた気がするんだ。それだけだよ」
そして彼は足元から結晶に覆われていく中で、最後に言った。
「もしかしたら私の世界のきみも、私を愛していてくれたのかなって」
それを最後に彼は瞳を閉ざし、冷たい白銀の檻の中で眠りについた。
フィロメーナは薄闇の中で目をさました。身体はあたたかなものに抱きしめられていて、意識はまだまどろみに戻ろうとする。
「っ⁉」
しかし、彼女の意識は一気に覚醒した。自分がどこか知らない部屋のベッドの上で、魔王に抱きしめられていると気づいたからだ。
「あはは……可愛いなフィロ、そんなに驚くなんて」
笑っていても彼には感情というものがない。黒い礼服の彼はフィロメーナの白いワンピース越しにその細い身体を撫でた。
「ひ……や、やめてください! 触ら……ないで!」
恐怖から震え、声を絞りだすと彼はくすくすと笑った。逃れようとしても、彼の腕に抱きしめられていてできそうにない。
「少し話をしたいというだけじゃないか。今はまだ、きみをどうこうするつもりなんてないんだよ?」
今はまだ、というのは不穏な言葉だ。
つまり、数分後なり数十分後なり、フィロメーナは人形にされてしまうのかもしれない。
「ねえ、私はずっと疑問に思っていたことがあるんだ。きみはどうして、私を捨てたの?」
そこまで言って、彼は「ああ」と言って続けた。
「違うか。きみではない、私の世界に居たきみは、私のことなど本当の意味ですっかり忘れてしまったよ。レイスルトの妻になり、彼の子を産み、幸せそうだった……私は、きみが笑って居てくれればいいと思っていたけれど、きみは、私のことなど最初から存在していなかったと思うようになった」
「そ……んな、こと」
フィロメーナが震える声で呟くと、彼は彼女の髪を撫でて、きつくその身体を抱きしめた。
「それが、どういう意図からのものであったのか私には知るよしもない。私など、最初からきみにとってどうでもいい存在だったのか、それとも、私を愛してくれていたからこそ耐えかねたのか。そのことを、ずっと知りたかった」
彼の声音に切なさが混ざり、フィロメーナはしばし迷った末に、幼子にするように彼の背を優しく撫でた。
「それに、私が答えて意味があるのでしょうか? そのかたは、私ではないのでは?」
「うん。そうだよ。だけど、ある意味ではきみの影にあたる存在だ。セヴェリアと結ばれることのないきみと言える」
フィロメーナはしばし迷ったが、やがて小さく呟いた。
「……私は、セヴェリアさんの訃報を聞いたとき、耐え切れませんでした。だから、彼を忘れようと思って、本当は……召喚が失敗したら、ラングテール家を出ることになるなら、彼の遺品を処分しようと思っていました」
それを青年は黙って聞いていた。なので、フィロメーナも言葉を続ける。
「もしも……もしも、その世界の私に、私の要素があったなら、きっとあなたを想い続けて、心が耐え切れなくなって、忘れることしかできなかったのでしょう。あなたとセヴェリアさんが剣を交えたとき、私は確かに、もうセヴェリアさんが消えてしまうのは嫌だと……思ったのですから」
その言葉に、彼は「そう」と呟いた。
そして、フィロメーナの華奢な腰を撫でる。
「本当にそうだったなら、どれほど嬉しいだろう……でもフィロ、私はもうあの頃の私ではなくてね……きみが愛しくてたまらないのに、同時にめちゃくちゃに壊してしまいたいんだ」
「っ」
彼の手が身体をなぞるたびに、フィロメーナはびくりと震える。それを見て、青年は首を傾げた。
「まるで生娘のような反応をして、どうしたの?」
「な、ななな……っ!」
フィロメーナの頬がみるみる真っ赤になっていく。しばらくそれを見つめていた彼は、ある可能性に思い至ったようだ。
「ああ、もしかして、この世界のきみたちに肉体的な――」
「黙ってくださらないと殴りますからね!」
生娘というわけではない、残念ながら。だが、異世界の自分ほど慣れてもいないのだろう。
恥ずかしくてたまらず、フィロメーナはシーツに顔をうずめたのだが、その首筋を彼の指がなぞったのでびくっと身体が跳ねた。
「ひっ……だ、だから、やめて、くださいって、言っているでしょう……!」
「どうして? もしかしたら、今、この場で、彼からきみを奪ってしまえるかもしれないのに。彼のことだから、手をだしていないなんて……思ってはいないけど」
にこりと感情なく微笑んだ彼に絶句して、フィロメーナは黙ったまま離れようとしたのだが無駄で、ベッドに押し倒される。
「や、やだ、やめてください……っ!」
翠の瞳に涙をうかべてフィロメーナが暴れると、彼は薄っすらと笑みをうかべて顔を近づける。
「どうして? 私はセヴェリアだよ? きみが愛している男と何も変わらない」
「あなたは、違います。私のセヴェリアさんではないでしょう!」
その言葉に彼は「ふむ」と考える仕草をした。
「私のセヴェリアさん、か。そうは見えなかったがきみにも独占欲というものがあったんだね?」
「っ……と、とにかく、離してください!」
追求は避けたかった、実際、自分はきっとセヴェリアに対して独占欲があるから。ただそれを才能だとか、いろんな理由をつけて押さえこんでいるだけなのだから。
涙目で金色の瞳を睨みつけると、彼は歪に嗤った。
「嫌だよ。そんなふうに彼への執着を見せられると、余計にめちゃくちゃにしてあげたくなるだろう? きみったら、同じ存在なのに私にはちっとも興味を持ってはくれないし」
「な、ないわけでは……」
「哀れんでくれている、それだけだ。私が欲しいのはねフィロ……きみの愛だよ」
耳元で囁かれたかと思うと、そのまま耳を食まれて彼女は大袈裟に身体を震わせた。
「ひっ、や……っ!」
「でもきっと手に入らないから、きみの自我に干渉してでも手にいれたいんだ」
嫌な予感がした。彼の手が胸元にあるペンダントに触れる。
「や、だ、やだ……! セヴェリアさん……っ!」
フィロメーナが呼んだのは目の前に居る彼ではない。遠くか近くか、どこかに居るはずの愛した幼馴染のほうだ。
そのことにはこの青年も気づいているだろう、金色の瞳を冷たく細め、ペンダントの宝石に触れるとそれが割れてしまう。
「さあ、フィロ、もう一度戻ろうか……共に笑いあった日々に」
「っ、ぁ、う……」
頭が痛い。フィロメーナにとってのセヴェリアは彼ではない。彼ではないのだ。
それが理解できなくなっていくようで恐ろしかった。
「セヴェリア、さ……」
苦痛の中でもう一度名を呼ぶ。それからすぐのことだった――。
魔王の姿が一瞬で消えたかと思うと、剣のぶつかる音が響く。
「――どうやってここまで……っ!」
くらくらと眩暈を覚えながらもなんとか身体を起こして、広い部屋の中をぐるりと見回すと、剣を構えたセヴェリアと魔王の姿がある。
「わざわざきみに教える義理もない。きみはもう二度と誰にも喚ばれず、かといって死ぬこともなく、永遠の眠りにつくのだからね」
「……そう、封印するつもりなんだ?」
「それが一番安全だからね」
二人の会話のほとんどを、現状のフィロメーナには理解できなかった。
頭痛がする。けれど、どちらが自分の愛しているセヴェリアであるかは理解できていたので、ひとまず安心した。
セヴェリアのうしろからロレンスや騎士、魔術師たちも駆けつけてくる。
「……そうか」
魔王と呼ばれた青年は小さく呟いた。
そしてフィロメーナに視線を移して、初めて、薄っすらと感情のうかぶ笑みを浮かべた。どこか、嬉しそうな。けれど何一つ言葉を発することもなく、彼はセヴェリアに視線を戻すと剣を手放した。
「抵抗するつもりはないから、好きにやったらいいよ。だけど、生半可な封印じゃ、すぐに破ってしまうかもね」
それにはセヴェリアもロレンスも、他の騎士や魔術師たちも驚いていたが、セヴェリアを始めとしてすぐに詠唱を開始する。
そのあいだ、フィロメーナはどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
まだ頭が痛い、眩暈がする。
けれど、彼にたずねたかった「なぜ?」と。
「ま、って……ど、して……?」
フィロメーナがなんとかそれだけ言うと、彼は視線を彼女に移して薄く微笑んだ。
「さあ? どうしてだろう? あれから随分長い時間が経ったけど……初めてきみがあのとき、あの場所で何を思っていたのか理解できた気がするんだ。それだけだよ」
そして彼は足元から結晶に覆われていく中で、最後に言った。
「もしかしたら私の世界のきみも、私を愛していてくれたのかなって」
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