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一部
◇ヴァンピール? 2◆
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「え、あ、ローレント⁉ どうしたんです急に!」
「急ではないよ。部屋に居るようなのに、何度ノックをしても返事がないから、不自然に思ってね。失礼を承知で開けてみたら……何をしてるんだい?」
完全に目が据わっている。このままでは、ローレントは本当にイストを殺しかねない。
シェラは慌ててイストを突き飛ばそうと試みるが、彼の身体はびくともしなかった。
ここで離れてくれなければ、ローレントに切り伏せられてもおかしくないというのに。
イストは普段からこうなのだろう、どこかぼんやりした表情でシェラを見つめている。
「良い匂いがするから、嗅いでいるだけ」
のんびりしたイストの返事に、ローレントは怒りの滲んだ低い声で言う。
「彼女が了承しているようには見えないのだが」
それでも離れるどころか、シェラの首筋に顔をうずめて香りを楽しんでいるイストにあきれたのか、ローレントは大きく息を吐いて、二人に近づくとイストの首根っこを掴んで引き剥がした。
シェラではびくともしなかったのに、さすがだと感心してしまう。
ローレントはぽいっとイストを扉側に放り投げると、腰に片手をあてて叱るように、言い聞かせるように言う。
「そもそも、シェラはきみたちのせいで手負いなんだ。嫌がることをしないでやってくれ」
「あれはジェシカが馬鹿だから……ううん、なんでもない。王城にぼくが行ったのは正解だった……うん」
今しれっと、ジェシカのことを悪く言わなかっただろうか。彼女がこの場に居たら笑顔で指を鳴らし、怒りをあらわにしていただろう。
しかしシェラはそれどころではなかった。
「ローレント、どのあたりから……聞いていました?」
その言葉に彼は気まずそうに視線をそらす。
それが全てを物語っているように思えたが、一縷の望みに賭けたいと思った。
しかし、その希望はあっけなく打ち砕かれる。
「きみがヴァンピールの血筋である、というあたりからかな……」
「……よく、分かりました」
無駄な望みだったようだ。
シェラはため息を吐いて、ベッドからおりてローレントに近づくと、その顔を見あげる。
「軽蔑なさるならそれでもいいです。けれど、内密に願えますか。まだ本当かどうかも分からないことですから」
諦めたようなシェラの言葉に、彼は怪訝そうな顔で首を横に振る。
いったい何を言っているのかというような顔だ。
「軽蔑? まさか。そんなこと思っていない」
「でも、あなたは魔族が嫌いでしょう?」
そう言うと、ローレントは困ったような顔をした。
なぜそんな顔をするのだろうか? 今までの彼の行動や言動を見て、嫌っているのだろうと思っていたが……違ったのだろうか?
「べつに魔族が嫌いだというわけではないよ、仲間に害をなす存在が嫌いなだけだ」
その視線はシェラの腕にあって、なるほどと思った。
ジェシカへの明確な敵意は、シェラの腕をこのようにしてしまったからなのだろう。
けれど、彼女にも彼女なりの怒りがあったのだ。
詳しいことは知らないが、少なくとも、それだけはシェラにも分かる。
シェラはイストに視線を向けると、唇を開いた。
「……イストさん、少しローレントと話があるので、席をはずしていただいても?」
その言葉にイストはあからさまに残念そうな顔をした。
いったいどんな匂いがするのかは分からないが、彼にとっては離れがたいほど良いものらしい。
けれどローレントが無言のまま彼の襟首を掴んでずりずりと扉のすぐ手前まで引きずり、彼はしぶしぶ頷いた。
けれどその銀色の視線はじっとシェラの首筋に向いている。
「分かった……」
イストが部屋を出て行ったあと、扉を閉めたローレントはシェラに向き直る。
「急ではないよ。部屋に居るようなのに、何度ノックをしても返事がないから、不自然に思ってね。失礼を承知で開けてみたら……何をしてるんだい?」
完全に目が据わっている。このままでは、ローレントは本当にイストを殺しかねない。
シェラは慌ててイストを突き飛ばそうと試みるが、彼の身体はびくともしなかった。
ここで離れてくれなければ、ローレントに切り伏せられてもおかしくないというのに。
イストは普段からこうなのだろう、どこかぼんやりした表情でシェラを見つめている。
「良い匂いがするから、嗅いでいるだけ」
のんびりしたイストの返事に、ローレントは怒りの滲んだ低い声で言う。
「彼女が了承しているようには見えないのだが」
それでも離れるどころか、シェラの首筋に顔をうずめて香りを楽しんでいるイストにあきれたのか、ローレントは大きく息を吐いて、二人に近づくとイストの首根っこを掴んで引き剥がした。
シェラではびくともしなかったのに、さすがだと感心してしまう。
ローレントはぽいっとイストを扉側に放り投げると、腰に片手をあてて叱るように、言い聞かせるように言う。
「そもそも、シェラはきみたちのせいで手負いなんだ。嫌がることをしないでやってくれ」
「あれはジェシカが馬鹿だから……ううん、なんでもない。王城にぼくが行ったのは正解だった……うん」
今しれっと、ジェシカのことを悪く言わなかっただろうか。彼女がこの場に居たら笑顔で指を鳴らし、怒りをあらわにしていただろう。
しかしシェラはそれどころではなかった。
「ローレント、どのあたりから……聞いていました?」
その言葉に彼は気まずそうに視線をそらす。
それが全てを物語っているように思えたが、一縷の望みに賭けたいと思った。
しかし、その希望はあっけなく打ち砕かれる。
「きみがヴァンピールの血筋である、というあたりからかな……」
「……よく、分かりました」
無駄な望みだったようだ。
シェラはため息を吐いて、ベッドからおりてローレントに近づくと、その顔を見あげる。
「軽蔑なさるならそれでもいいです。けれど、内密に願えますか。まだ本当かどうかも分からないことですから」
諦めたようなシェラの言葉に、彼は怪訝そうな顔で首を横に振る。
いったい何を言っているのかというような顔だ。
「軽蔑? まさか。そんなこと思っていない」
「でも、あなたは魔族が嫌いでしょう?」
そう言うと、ローレントは困ったような顔をした。
なぜそんな顔をするのだろうか? 今までの彼の行動や言動を見て、嫌っているのだろうと思っていたが……違ったのだろうか?
「べつに魔族が嫌いだというわけではないよ、仲間に害をなす存在が嫌いなだけだ」
その視線はシェラの腕にあって、なるほどと思った。
ジェシカへの明確な敵意は、シェラの腕をこのようにしてしまったからなのだろう。
けれど、彼女にも彼女なりの怒りがあったのだ。
詳しいことは知らないが、少なくとも、それだけはシェラにも分かる。
シェラはイストに視線を向けると、唇を開いた。
「……イストさん、少しローレントと話があるので、席をはずしていただいても?」
その言葉にイストはあからさまに残念そうな顔をした。
いったいどんな匂いがするのかは分からないが、彼にとっては離れがたいほど良いものらしい。
けれどローレントが無言のまま彼の襟首を掴んでずりずりと扉のすぐ手前まで引きずり、彼はしぶしぶ頷いた。
けれどその銀色の視線はじっとシェラの首筋に向いている。
「分かった……」
イストが部屋を出て行ったあと、扉を閉めたローレントはシェラに向き直る。
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