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一部
◇ヴァンピール? 3◆
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「私に話とは?」
話すのには勇気がいったが、それでも黙っているよりはいいはずだ。
シェラは一度深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
「先に言っておきますが私は孤児でしたので、両親を知りません」
ここまでまきこんでしまったのに、ローレントに隠し事をしておくのもなんだと、シェラはあらかたの事情を話しておこうと決めた。
「ですので、本当にヴァンピールの血筋であったとしてもおかしくありませんが、まず、私は人間を裏切るつもりなどないことを知っておいてください」
少なくとも、人々を守るために戦ってきたつもりだ。
ひとを裏切るために、傷つけるために、ここに居たわけではない。
「……ああ、きみがそんなことをするとは思っていないよ」
ローレントの表情は痛ましそうなものだった。
彼の家族構成を詳しく聞いたことはないが、妹の髪を結ったりしていたのなら、そう悪いものでもなかったのだろう。
シェラは思案するように口もとに手をあてて、俯いて言う。
「それと、先程イストさんが言っていたのですが……もしかすると、ここに潜伏している人狼は家族を人質にとられているのかもしれないと、それをどうにかできれば……あるいは戦闘にならずにすむのではないかと思ったのですが」
都合が良すぎるのは承知している。
だが、真っ向から挑めばこちらにも大勢の負傷者どころか犠牲者がでるだろう。
それを避けたかったのだ、可能であれば。
けれど、期待を抱いて彼を見あげたシェラの瞳と反対に、ローレントの表情は険しいものだった。
「それはむずかしいのではないかな……ここに居るのは上位の者なんだろう? 私も噂話を小耳に挟んだくらいのものだけど、彼らの……魔族の王は反抗する者を従わせるため、城の地下牢にその親族を閉じこめていると聞いたことがある。けれど、いくら精鋭を集めたとしても、そこまで辿りつくことはできないだろう」
ローレントの言葉に、シェラは一瞬めまいを感じた。
「城……ですか」
シェラの声には大きな落胆が滲んでいた。
もし戦わずにすむのならそれが一番良いと思ったが、やはりそううまくいかないようだ。
相手も馬鹿ではない、そのくらい予想して当然と考えるべきだった。
「だから、裏切り者を発見すれば戦闘になるのはまず避けられない。犠牲を減らす策を考えるくらいしか、私たちにはできないね。あるいは、抹消してしまえれば良いのだが」
「……そのようですね、残念です。とても」
再び俯いたシェラを見おろして、ローレントはその黒い髪をさらさらと撫でる。
驚いた彼女が顔をあげると、彼は優しく微笑んでいた。
まるで安心させるように、彼はシェラの長い黒髪を撫でる。
それは壊れ物に触れるように優しい仕草だった。
「大丈夫。きっとなんとかなるよ。悪い想像に頭を使うなら、良い想像に使ったほうがましだ、未来がどうなろうとも」
「そう、ですね」
シェラはくすぐったさを感じながらも、ひとのぬくもりに僅かな安堵も覚えていた。
ローレントは騎士団に入隊した頃からよくしてくれた人物だ、以前も今も、こうしてシェラを支えてくれる。
彼はシェラより少し前に、一位で入隊したらしい。
剣の腕前といい、知識の豊富さといい、付け焼刃のシェラとはやはり比較にならず、助けられることのほうが圧倒的に多い。
「あの……ローレント」
そっとすぐ側に立つ彼の袖を引っ張ると、不思議そうな翡翠の瞳がシェラを見つめる。
「どうしたんだい?」
シェラは少し視線をそらして、恥ずかしさを堪えるようにして震える唇を開いた。
「あ……りがとう、ございます……いつも、助けてくださって……感謝しています」
頬を赤らめてそう言った彼女に、ローレントは驚いたような顔をしていたが、やがてふっと柔らかな笑みをうかべると、彼女の頭を撫でた。
「きみはとても素直な子だね。気にしないでくれ、私がそうしたくてしているだけなのだから」
ついつい、彼に甘えてしまっていると再確認して。
シェラは日々の鍛錬の時間を増やそうと考えた。
話すのには勇気がいったが、それでも黙っているよりはいいはずだ。
シェラは一度深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
「先に言っておきますが私は孤児でしたので、両親を知りません」
ここまでまきこんでしまったのに、ローレントに隠し事をしておくのもなんだと、シェラはあらかたの事情を話しておこうと決めた。
「ですので、本当にヴァンピールの血筋であったとしてもおかしくありませんが、まず、私は人間を裏切るつもりなどないことを知っておいてください」
少なくとも、人々を守るために戦ってきたつもりだ。
ひとを裏切るために、傷つけるために、ここに居たわけではない。
「……ああ、きみがそんなことをするとは思っていないよ」
ローレントの表情は痛ましそうなものだった。
彼の家族構成を詳しく聞いたことはないが、妹の髪を結ったりしていたのなら、そう悪いものでもなかったのだろう。
シェラは思案するように口もとに手をあてて、俯いて言う。
「それと、先程イストさんが言っていたのですが……もしかすると、ここに潜伏している人狼は家族を人質にとられているのかもしれないと、それをどうにかできれば……あるいは戦闘にならずにすむのではないかと思ったのですが」
都合が良すぎるのは承知している。
だが、真っ向から挑めばこちらにも大勢の負傷者どころか犠牲者がでるだろう。
それを避けたかったのだ、可能であれば。
けれど、期待を抱いて彼を見あげたシェラの瞳と反対に、ローレントの表情は険しいものだった。
「それはむずかしいのではないかな……ここに居るのは上位の者なんだろう? 私も噂話を小耳に挟んだくらいのものだけど、彼らの……魔族の王は反抗する者を従わせるため、城の地下牢にその親族を閉じこめていると聞いたことがある。けれど、いくら精鋭を集めたとしても、そこまで辿りつくことはできないだろう」
ローレントの言葉に、シェラは一瞬めまいを感じた。
「城……ですか」
シェラの声には大きな落胆が滲んでいた。
もし戦わずにすむのならそれが一番良いと思ったが、やはりそううまくいかないようだ。
相手も馬鹿ではない、そのくらい予想して当然と考えるべきだった。
「だから、裏切り者を発見すれば戦闘になるのはまず避けられない。犠牲を減らす策を考えるくらいしか、私たちにはできないね。あるいは、抹消してしまえれば良いのだが」
「……そのようですね、残念です。とても」
再び俯いたシェラを見おろして、ローレントはその黒い髪をさらさらと撫でる。
驚いた彼女が顔をあげると、彼は優しく微笑んでいた。
まるで安心させるように、彼はシェラの長い黒髪を撫でる。
それは壊れ物に触れるように優しい仕草だった。
「大丈夫。きっとなんとかなるよ。悪い想像に頭を使うなら、良い想像に使ったほうがましだ、未来がどうなろうとも」
「そう、ですね」
シェラはくすぐったさを感じながらも、ひとのぬくもりに僅かな安堵も覚えていた。
ローレントは騎士団に入隊した頃からよくしてくれた人物だ、以前も今も、こうしてシェラを支えてくれる。
彼はシェラより少し前に、一位で入隊したらしい。
剣の腕前といい、知識の豊富さといい、付け焼刃のシェラとはやはり比較にならず、助けられることのほうが圧倒的に多い。
「あの……ローレント」
そっとすぐ側に立つ彼の袖を引っ張ると、不思議そうな翡翠の瞳がシェラを見つめる。
「どうしたんだい?」
シェラは少し視線をそらして、恥ずかしさを堪えるようにして震える唇を開いた。
「あ……りがとう、ございます……いつも、助けてくださって……感謝しています」
頬を赤らめてそう言った彼女に、ローレントは驚いたような顔をしていたが、やがてふっと柔らかな笑みをうかべると、彼女の頭を撫でた。
「きみはとても素直な子だね。気にしないでくれ、私がそうしたくてしているだけなのだから」
ついつい、彼に甘えてしまっていると再確認して。
シェラは日々の鍛錬の時間を増やそうと考えた。
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