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◇戻りたいけど戻れないし2◆
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「はぁ……」
これ見よがしなため息にもエルトリーゼは笑みを崩さない。崩さないだけではらわたは煮えくり返っている。
二人、アヴェルスとエルトリーゼは例によって彼の私室に居た。
互いに向かい合ってソファに座っているが、エルトリーゼはまず「この男と話すくらいなら置物になったほうがマシ」という意思から、アヴェルスは「この女の声さえ聞きたくない」ということから互いに無言の時間がすぎていた。
(くっ……陛下も何をお考えなのよっ! この男の本性も想い人もご存知なのではないの!? 冗談じゃないわよ、まさか式の日までこんな男に縛られるんじゃないでしょうね! こちとら忙しいのよ! この馬鹿みたいな結婚から逃げ出す方法も見つけなきゃいけないし!)
苛立ちから一瞬笑みが崩れた。爪を噛みそうになるのを堪えていると声がかかる。
「……あんた、今何を考えてる?」
アヴェルスに鋭い視線を向けられ、エルトリーゼはあえてニコッと笑った。
「あんたに言うようなことじゃないわよ」
言えるものか、言えばどうせ邪魔をするに決まっている。それはもちろんエルトリーゼがどうのこうのではなく、自分のためだろう。
「俺には言えないようなこと、の間違いだろ。ろくでもないことを考えてる顔をしてた」
「あんたにとってはろくでもなくないと思うけどね」
エルトリーゼの言葉に、彼は苛立たしげに口を開いた。
「ろくでもないことだろ。俺に迷惑をかけてくれるなよ、おまえが不祥事でも起こして破談にでもなったら、こっちの風評にも関わるんだよ。不細工に足引っ張られるのだけはごめんだね。ひとがいちいち演技して築いてきたものを他人に台無しにされるのは耐え難い」
チッ。と、思わず舌打ちをしそうになったのをエルトリーゼは堪えた。
(この野郎、とんでもない奴ね。少しは目上に対する敬意を持ったらいいわ)
エルトリーゼはアヴェルスより一つ上なのだが、彼は年齢などどうでもいいらしい。
部屋がギスギスとした空気に満たされ始めた頃だった。
「アヴェルス様、ユーヴェリー様がいらっしゃいました」
執事の声が外から聞こえた途端、彼の顔がぱっと明るくなる。
(あぁなるほど、こいつの想い人ってユーヴェリー・アッサレア伯爵令嬢か)
そういえば幼馴染だと聞いたことがあるが、ユーヴェリーはアヴェルスより二つくらい年上だったはずだ。
それにしてもこのすがすがしいほどの態度の豹変ぶり、頭にくるものだ。
「通してくれ」
まぁまぁ声の明るいこと、とエルトリーゼは内心で唾を吐き捨てた。
やがて入ってきたのは金色の長い髪を編んで肩から流した、緑の優しい瞳を持ついかにもな美女だった。実年齢より大人びて見える。幼さの残るエルトリーゼとは逆のタイプだ。
「アヴェルス、久しぶり。元気にしていた?」
「ああ、何も問題ないよ」
問題だらけでしょうが、私とか。というのは伏せておく。
どうせ口を挟もうものならあとで厭味の倍返しがあるだろう。
「エルトリーゼ様とご婚約なさったと聞いて、お祝いに来たの。って……エルトリーゼ様もいらしていたのね! わたくしったら、お邪魔をしてしまいましたわね……」
「まぁ、お気になさらないで」
ふふっと作り笑いを浮かべて言うと、ユーヴェリーは困ったような顔で言う。
「いえ、お二人の邪魔はできませんわ、わたくしは――」
ぞわっとするような悪寒を感じて、エルトリーゼは席を立った。
「お、お待ちくださいませ! 私、今日はどうも調子が悪くて……殿下、御前失礼させて頂きますわ!」
などと言って、エルトリーゼは嵐のように部屋から飛び出した。
冗談じゃない、ここでユーヴェリーが帰るなどと言った日にはあの性悪が何をするか。
エルトリーゼはさっさと王城をあとにすると、清々したとばかりに王立図書館へ向かった。
城下町は今日も活気に溢れていて、治世が安定していることを証明しているかのようだ。
(あんなやつでも、仕事はできるのね、仕事は。仕事は)
大事なことなので三度言う。
ふと、視界の隅を見知った……シヅルのような人物がよぎった気がして立ち止まった。
(――? いえ、そんなわけ……ないわよね……?)
ついに幻覚でも見え始めただろうかと思いながら、エルトリーゼは首を横に振って歩みを進めた。
これ見よがしなため息にもエルトリーゼは笑みを崩さない。崩さないだけではらわたは煮えくり返っている。
二人、アヴェルスとエルトリーゼは例によって彼の私室に居た。
互いに向かい合ってソファに座っているが、エルトリーゼはまず「この男と話すくらいなら置物になったほうがマシ」という意思から、アヴェルスは「この女の声さえ聞きたくない」ということから互いに無言の時間がすぎていた。
(くっ……陛下も何をお考えなのよっ! この男の本性も想い人もご存知なのではないの!? 冗談じゃないわよ、まさか式の日までこんな男に縛られるんじゃないでしょうね! こちとら忙しいのよ! この馬鹿みたいな結婚から逃げ出す方法も見つけなきゃいけないし!)
苛立ちから一瞬笑みが崩れた。爪を噛みそうになるのを堪えていると声がかかる。
「……あんた、今何を考えてる?」
アヴェルスに鋭い視線を向けられ、エルトリーゼはあえてニコッと笑った。
「あんたに言うようなことじゃないわよ」
言えるものか、言えばどうせ邪魔をするに決まっている。それはもちろんエルトリーゼがどうのこうのではなく、自分のためだろう。
「俺には言えないようなこと、の間違いだろ。ろくでもないことを考えてる顔をしてた」
「あんたにとってはろくでもなくないと思うけどね」
エルトリーゼの言葉に、彼は苛立たしげに口を開いた。
「ろくでもないことだろ。俺に迷惑をかけてくれるなよ、おまえが不祥事でも起こして破談にでもなったら、こっちの風評にも関わるんだよ。不細工に足引っ張られるのだけはごめんだね。ひとがいちいち演技して築いてきたものを他人に台無しにされるのは耐え難い」
チッ。と、思わず舌打ちをしそうになったのをエルトリーゼは堪えた。
(この野郎、とんでもない奴ね。少しは目上に対する敬意を持ったらいいわ)
エルトリーゼはアヴェルスより一つ上なのだが、彼は年齢などどうでもいいらしい。
部屋がギスギスとした空気に満たされ始めた頃だった。
「アヴェルス様、ユーヴェリー様がいらっしゃいました」
執事の声が外から聞こえた途端、彼の顔がぱっと明るくなる。
(あぁなるほど、こいつの想い人ってユーヴェリー・アッサレア伯爵令嬢か)
そういえば幼馴染だと聞いたことがあるが、ユーヴェリーはアヴェルスより二つくらい年上だったはずだ。
それにしてもこのすがすがしいほどの態度の豹変ぶり、頭にくるものだ。
「通してくれ」
まぁまぁ声の明るいこと、とエルトリーゼは内心で唾を吐き捨てた。
やがて入ってきたのは金色の長い髪を編んで肩から流した、緑の優しい瞳を持ついかにもな美女だった。実年齢より大人びて見える。幼さの残るエルトリーゼとは逆のタイプだ。
「アヴェルス、久しぶり。元気にしていた?」
「ああ、何も問題ないよ」
問題だらけでしょうが、私とか。というのは伏せておく。
どうせ口を挟もうものならあとで厭味の倍返しがあるだろう。
「エルトリーゼ様とご婚約なさったと聞いて、お祝いに来たの。って……エルトリーゼ様もいらしていたのね! わたくしったら、お邪魔をしてしまいましたわね……」
「まぁ、お気になさらないで」
ふふっと作り笑いを浮かべて言うと、ユーヴェリーは困ったような顔で言う。
「いえ、お二人の邪魔はできませんわ、わたくしは――」
ぞわっとするような悪寒を感じて、エルトリーゼは席を立った。
「お、お待ちくださいませ! 私、今日はどうも調子が悪くて……殿下、御前失礼させて頂きますわ!」
などと言って、エルトリーゼは嵐のように部屋から飛び出した。
冗談じゃない、ここでユーヴェリーが帰るなどと言った日にはあの性悪が何をするか。
エルトリーゼはさっさと王城をあとにすると、清々したとばかりに王立図書館へ向かった。
城下町は今日も活気に溢れていて、治世が安定していることを証明しているかのようだ。
(あんなやつでも、仕事はできるのね、仕事は。仕事は)
大事なことなので三度言う。
ふと、視界の隅を見知った……シヅルのような人物がよぎった気がして立ち止まった。
(――? いえ、そんなわけ……ないわよね……?)
ついに幻覚でも見え始めただろうかと思いながら、エルトリーゼは首を横に振って歩みを進めた。
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