11 / 17
ヤット タビニデル
ミッション1-7 秘密ができました
しおりを挟む
今朝、というかギリギリ昨日。
おっちゃんと稽古をした広場まで戻ってきた俺たち。
椅子とか座るのに良さそうなものはないので、適当に座って、おっちゃんにも座るようにジェスチャーする。
おっちゃんは俺とやや間隔を開けて座り、腕を組んで無言を通す。
その顔の複雑そうったらない。
哀愁。そういうものが似合っていた。
「んでー?あのオネェさんを団長って呼んでたよね?知り合いなんでしょ?」
待っても口を開きそうにないので、俺から話を切り出す。恩になるかはともかく、リスタートすることになったら、この情報は貴重な部類だ。確信を得たい。
おっちゃんは渋面を止めることなく、ゆっくり答え始める。
「私の前の、騎士団長であられたお人だ。大変ご立派で、輝かしい功績を残し、惜しむ我々に強くあれと言って、騎士を辞めた…」
白む空に微かに残る星の光。そのどれかでも見ているかのように遠くを見つめるおっちゃん。
渋面は止めたけど、今度はむちゃくちゃ寂しそうだ。
「団長は、2度と見えることはないだろうと仰られてな。国を出て行かれたのだとばかり思っていた」
さらにうなだれ始めたおっちゃん。そろそろ聞き手はフォローに回る頃合いか?
「それが、偶然再会したわけだな」
頷き、今度は両手で顔を覆ったおっちゃん。
感情と現実をうまく噛み砕くことができていないのが丸分かりだ。
「憧れだった、あの人のようになりたいと思っていた。それがっ」
俺はおっちゃんの背中をあやすように叩く。鎧着てるから、おっちゃんにはこの優しい手付きは伝わらないかもしれないけど。
「受け入れられない?今のオネェさん」
ジッとおっちゃんを見つめて訊ねる。おっちゃんは俺のことなんか見ていなかったけど答えてはくれる。
無言の、とっても苦しそうな頷き方だった。気付いたら泣き始めていた。すごく堪えているから痛々しそうにしか見えなかった。
「そっかー。そうだよねー」
ぽんぽんと優しくおっちゃんの背中を叩きながら、俺も空を見る。
「再会したらさ、見た目じゃなくて、いや見た目もなんだけど。心!」
慰めの言葉ってのは肝心な時にスラスラと出てこないのな。
「自分が知ってた心の在り方が変わってるなんて、驚くよね?」
前の団長さんならなおさらだ。と付け足せば、おっちゃんは鼻をすすった。
漏らせない声が、喉を締め付けているのが分かる。
「ま、初対面がオネェさん状態だった俺にさ。何を言われても、おっちゃんとしては腑に落ちないだろうけど、俺なりに共感してるよ?おっちゃんに」
俺よりも背丈のあるおっちゃんの頭に手を伸ばして、無理やりグシャグシャに撫でまわす。
茶化しているのか、顔を見ないようにしているのか分からないよう、おっちゃんの方に顔は向けない。
「っ…」
それから空に太陽の光が見え始める頃まで、俺はただおっちゃんの隣に座っていた。
お互いに何も言わず、顔も見ない。でも離れようともしなかった。
「…すまない」
掠れた声がしたから横を向くと、ひどい顔したおっちゃんがいた。
「謝ってもらうことなんて…あ、外泊もどきしたことは、うん?」
茶化しながら、俺はこっそり神力で創り出した即席水筒とタオルを、堂々と最初から持っていたかのように取り出して、タオルを水で濡らしてから、おっちゃんに渡した。
「戻るんなら、顔拭いていきな。男前が台無しだぜ♪」
おっちゃんは受け取ったタオルで顔を覆い、俺の脳天にチョップをくらわせた。
「茶化すな」
「いやいや。本気だって。国じゃモテるでしょ?」
チョップを受けた箇所を撫でながら聞くと、おっちゃんは声を出して笑った。
「強面でモテた試しなどない」
「うそっ、周りの女性ら見る目なさすぎっ」
ギャップ萌えや強面萌えのがいないのかー俺もモロ好みってわけじゃないけどさー。と考えていたらタオルを投げ返された。
「帰ったら休め。今日は来るな」
手短に言って、おっちゃんは立ち上がる。俺はそれを視線だけで追う。
「……礼を言う。だが、」
「恩は売ってないし、買ってもらってないから大丈夫♪」
そう返したら、おっちゃんは普段の渋面に戻って屋敷に帰っていった。
俺はおっちゃんが見えなくなるまで見送って、着いた砂を払いながら立ち上がる。
「やだなー。おっちゃんのことも放って置けなくなってきたぞ?」
恋愛的かはともかく、人として。
◆ ◆ ◆
兄とおじさま騎士が店を出て、お店からお客が消え、オネェさんがセンチメンタルしてる途中。
掃除が終わってしまった。
オネェさんは未だ遠くを見ているし、店長は困り顔だし。何となく報告しにくい空気があった。
だけど、終わってしまったのだから仕方ない。なるべくオネェさんの考えの邪魔をしないように、こっそり店長を手招きして、耳打ちで報告する。
「終わりました」
「見りゃ分かる」
沈黙。私と店長は意味があってしているわけじゃないけど見つめ合う。
恐らくどちらも困り顔であると思う。
「いいのよ、そんなに分かりやすく気を遣わなくても」
ギシ、と音を立てる椅子から緩やかな動きで降りるオネェさん。寂しそうに笑ってから、ゆっくりこちらに歩いて来る。
「坊や、ゴメンなさい。明日は休ませてもらえないかしら?」
「こっちからも頼むぜ。あんたにしょげられちゃ、客どもが騒ぎ過ぎるからな」
「ありがとう。すぐに心の整理をするわ」
店長との静かな、でも気遣い合っているのが分かるやり取りの後、オネェさんは少し、いや、予想を超えて膝をついて私と目線の高さを合わせた。
「妹ちゃんも、ゴメンなさいね。忙しい時に来てくれたのに先輩のあたしがフォローさせる側になっちゃって」
あんまりにも寂しそうに言うものだから、私はわざとらしく大きく首を横に振って見せる。
「ううん。えっと、店長がいるんだから大丈夫!オネェさんはちゃんと休んで?知り合ったばっかりだけど、オネェさんの寂しそうな顔、私は見たくないよ」
初対面時、オネェさんの容姿に驚いた私を事も無げに対処してくれたオネェさん。
優しい人なんだとすぐに分かるくらいの笑顔、私の緊張をほぐすために自虐的なことを言って、それを罪悪感なく笑いに変えてくれた。
「だから、明日は素敵な笑顔で帰ってきてね」
オネェさんだし、初めてこの世界で心許した相手だからこそ。私は抱き締めて笑った。
オネェさんは微笑んで、私の頭を何度か撫でた後、店の裏口から帰って行った。
「はー!重いっ」
オネェさん気配が遠のくのを確認してから、盛大なため息を吐き深呼吸をする。
店長も同じようなことをしている。それからカウンター席に私を呼んで座らせた。
一応、ミーティングである。
「こりゃ、明日は客を絞るかな…」
「しぼる?」
首を傾げると、店長は怠そうに頷く。
「オレと不慣れな新人。そんなんで回せるほど、今は静かじゃねぇ」
王子様の存在は経済効果抜群で、何処もかしこも賑やかなので頷く。むしろ頷くしかない。
「で、だ。騒がしいってこたぁ静かに飲みたいヤツもいるわけだ。今夜は、そういう客を取る」
「意味は、分かりますけど出来るんですか?」
酒場には、バーのような高級感がなく、庶民でも気軽に楽しく呑めるイメージがある。それを崩さずにお客を選ぶようなことってできるのだろうか?
「何年この仕事してると思ってる。簡単だよ」
店長はカウンターの下にしゃがむと、小さめの黒板とチョークらしきものを手に、したり顔で立ち上がる。
「こうして、と」
学生時代に聞いた滑らかにチョークが滑る音とは違い、黒い板きれにガリガリと音を立てて文字が書かれていく。
今、文明の差を少し感じた。
「ほいよ」
書き上がった文字を見せてくる店長。私はそれを思わず読み上げる。
「本日、安酒厳禁?」
これだけ?と顔をしかめて店長を見ると、したり顔のままである。
黒板を裏からコンコン叩いて、歯を見せて笑う。
「ウチがこれを出す時は決まり事があってな」
一旦、黒板を置いて店長は続ける。
「デートや出会いの場として、いい雰囲気作りますよって意味なんだよ」
何だろう、中学か高校の時。同じような感情でぽろっと失言した記憶がある。
「単純」
「分かりやすく、かつスマートな文句と言え」
「ぅぎゃ!」
黒板片手にカウンターから出てきたと思ったら、店長は私の尻を叩いて入り口に歩いていく。
「色気のねぇこって」
「店長に使う色気なんてないですからねー。ってかセクハラ!セクハラです!」
「ガキのケツで潤うような渇いた生活してねぇっての」
「それは店長側の意見であって、私の意見はセクハラされたです!」
そうやって言い合う間に、店長は黒板を分かりやすい場所に引っ掛けて戻ってくる。
「…さぁて、本題にでも入るか?」
カウンターの中に戻り、ガシガシと頭を掻く店長。声から疲れの色が聞き取れた。
「本題、ですか…。聞くに及ばずって感じでしたし?ふわ~っと流そうかと思ったんですが」
「姐さんがテメーを連れて帰んなかったのは、オレに説明を投げたからだ」
ツーカーなの?
思わず出そうになった言葉を飲み込む。
単に付き合い長そうだし、経験則なのかもしれないけど…。
「投げたのなら聞きません」
それより。とカウンターに身を乗り出す。
「店長から見て、うちの兄はいかがでしたか?」
「あん?」
結構真剣に聞いたつもりだったのだが、主語が足りなかった様子。咳払いして言い直す。
「店長の基準で、私の兄はどんな人に見えましたか?」
正直これを切り口にして、第三者からの兄の評価や執事さんの好みとか王族への礼節とか。この世界やミッションに足りない情報を聞き出そうとしていた。
でも店長は渋い顔で顎を撫でると、どこか不愉快そうに視線をそらす。
「またブラコン話か?」
「そうですよ。私、おにいちゃんにはどんな相手であれ。幸せになって欲しいんです」
「昨日も聞いた。だがあいにく王族の趣味も、その世話してる連中の好みも。ここにゃ来てねぇよ」
求められた情報を持っていないからなのか。はたまたあの日の反応がいけなかったのか。
店長は私と裏のお仕事の話をするのがお好きではないらしい。
「そっすかー。んじゃ、着替えたら帰ります。また今夜~」
従業員用の扉の奥へ素早く向かい、着替え用の部屋に閉じこもる。
「やっぱ、アレは、マズかったのかな?」
『兄を玉の輿に乗せたいんです』
店長との初対面。押し倒された後の第一声である。
おっちゃんと稽古をした広場まで戻ってきた俺たち。
椅子とか座るのに良さそうなものはないので、適当に座って、おっちゃんにも座るようにジェスチャーする。
おっちゃんは俺とやや間隔を開けて座り、腕を組んで無言を通す。
その顔の複雑そうったらない。
哀愁。そういうものが似合っていた。
「んでー?あのオネェさんを団長って呼んでたよね?知り合いなんでしょ?」
待っても口を開きそうにないので、俺から話を切り出す。恩になるかはともかく、リスタートすることになったら、この情報は貴重な部類だ。確信を得たい。
おっちゃんは渋面を止めることなく、ゆっくり答え始める。
「私の前の、騎士団長であられたお人だ。大変ご立派で、輝かしい功績を残し、惜しむ我々に強くあれと言って、騎士を辞めた…」
白む空に微かに残る星の光。そのどれかでも見ているかのように遠くを見つめるおっちゃん。
渋面は止めたけど、今度はむちゃくちゃ寂しそうだ。
「団長は、2度と見えることはないだろうと仰られてな。国を出て行かれたのだとばかり思っていた」
さらにうなだれ始めたおっちゃん。そろそろ聞き手はフォローに回る頃合いか?
「それが、偶然再会したわけだな」
頷き、今度は両手で顔を覆ったおっちゃん。
感情と現実をうまく噛み砕くことができていないのが丸分かりだ。
「憧れだった、あの人のようになりたいと思っていた。それがっ」
俺はおっちゃんの背中をあやすように叩く。鎧着てるから、おっちゃんにはこの優しい手付きは伝わらないかもしれないけど。
「受け入れられない?今のオネェさん」
ジッとおっちゃんを見つめて訊ねる。おっちゃんは俺のことなんか見ていなかったけど答えてはくれる。
無言の、とっても苦しそうな頷き方だった。気付いたら泣き始めていた。すごく堪えているから痛々しそうにしか見えなかった。
「そっかー。そうだよねー」
ぽんぽんと優しくおっちゃんの背中を叩きながら、俺も空を見る。
「再会したらさ、見た目じゃなくて、いや見た目もなんだけど。心!」
慰めの言葉ってのは肝心な時にスラスラと出てこないのな。
「自分が知ってた心の在り方が変わってるなんて、驚くよね?」
前の団長さんならなおさらだ。と付け足せば、おっちゃんは鼻をすすった。
漏らせない声が、喉を締め付けているのが分かる。
「ま、初対面がオネェさん状態だった俺にさ。何を言われても、おっちゃんとしては腑に落ちないだろうけど、俺なりに共感してるよ?おっちゃんに」
俺よりも背丈のあるおっちゃんの頭に手を伸ばして、無理やりグシャグシャに撫でまわす。
茶化しているのか、顔を見ないようにしているのか分からないよう、おっちゃんの方に顔は向けない。
「っ…」
それから空に太陽の光が見え始める頃まで、俺はただおっちゃんの隣に座っていた。
お互いに何も言わず、顔も見ない。でも離れようともしなかった。
「…すまない」
掠れた声がしたから横を向くと、ひどい顔したおっちゃんがいた。
「謝ってもらうことなんて…あ、外泊もどきしたことは、うん?」
茶化しながら、俺はこっそり神力で創り出した即席水筒とタオルを、堂々と最初から持っていたかのように取り出して、タオルを水で濡らしてから、おっちゃんに渡した。
「戻るんなら、顔拭いていきな。男前が台無しだぜ♪」
おっちゃんは受け取ったタオルで顔を覆い、俺の脳天にチョップをくらわせた。
「茶化すな」
「いやいや。本気だって。国じゃモテるでしょ?」
チョップを受けた箇所を撫でながら聞くと、おっちゃんは声を出して笑った。
「強面でモテた試しなどない」
「うそっ、周りの女性ら見る目なさすぎっ」
ギャップ萌えや強面萌えのがいないのかー俺もモロ好みってわけじゃないけどさー。と考えていたらタオルを投げ返された。
「帰ったら休め。今日は来るな」
手短に言って、おっちゃんは立ち上がる。俺はそれを視線だけで追う。
「……礼を言う。だが、」
「恩は売ってないし、買ってもらってないから大丈夫♪」
そう返したら、おっちゃんは普段の渋面に戻って屋敷に帰っていった。
俺はおっちゃんが見えなくなるまで見送って、着いた砂を払いながら立ち上がる。
「やだなー。おっちゃんのことも放って置けなくなってきたぞ?」
恋愛的かはともかく、人として。
◆ ◆ ◆
兄とおじさま騎士が店を出て、お店からお客が消え、オネェさんがセンチメンタルしてる途中。
掃除が終わってしまった。
オネェさんは未だ遠くを見ているし、店長は困り顔だし。何となく報告しにくい空気があった。
だけど、終わってしまったのだから仕方ない。なるべくオネェさんの考えの邪魔をしないように、こっそり店長を手招きして、耳打ちで報告する。
「終わりました」
「見りゃ分かる」
沈黙。私と店長は意味があってしているわけじゃないけど見つめ合う。
恐らくどちらも困り顔であると思う。
「いいのよ、そんなに分かりやすく気を遣わなくても」
ギシ、と音を立てる椅子から緩やかな動きで降りるオネェさん。寂しそうに笑ってから、ゆっくりこちらに歩いて来る。
「坊や、ゴメンなさい。明日は休ませてもらえないかしら?」
「こっちからも頼むぜ。あんたにしょげられちゃ、客どもが騒ぎ過ぎるからな」
「ありがとう。すぐに心の整理をするわ」
店長との静かな、でも気遣い合っているのが分かるやり取りの後、オネェさんは少し、いや、予想を超えて膝をついて私と目線の高さを合わせた。
「妹ちゃんも、ゴメンなさいね。忙しい時に来てくれたのに先輩のあたしがフォローさせる側になっちゃって」
あんまりにも寂しそうに言うものだから、私はわざとらしく大きく首を横に振って見せる。
「ううん。えっと、店長がいるんだから大丈夫!オネェさんはちゃんと休んで?知り合ったばっかりだけど、オネェさんの寂しそうな顔、私は見たくないよ」
初対面時、オネェさんの容姿に驚いた私を事も無げに対処してくれたオネェさん。
優しい人なんだとすぐに分かるくらいの笑顔、私の緊張をほぐすために自虐的なことを言って、それを罪悪感なく笑いに変えてくれた。
「だから、明日は素敵な笑顔で帰ってきてね」
オネェさんだし、初めてこの世界で心許した相手だからこそ。私は抱き締めて笑った。
オネェさんは微笑んで、私の頭を何度か撫でた後、店の裏口から帰って行った。
「はー!重いっ」
オネェさん気配が遠のくのを確認してから、盛大なため息を吐き深呼吸をする。
店長も同じようなことをしている。それからカウンター席に私を呼んで座らせた。
一応、ミーティングである。
「こりゃ、明日は客を絞るかな…」
「しぼる?」
首を傾げると、店長は怠そうに頷く。
「オレと不慣れな新人。そんなんで回せるほど、今は静かじゃねぇ」
王子様の存在は経済効果抜群で、何処もかしこも賑やかなので頷く。むしろ頷くしかない。
「で、だ。騒がしいってこたぁ静かに飲みたいヤツもいるわけだ。今夜は、そういう客を取る」
「意味は、分かりますけど出来るんですか?」
酒場には、バーのような高級感がなく、庶民でも気軽に楽しく呑めるイメージがある。それを崩さずにお客を選ぶようなことってできるのだろうか?
「何年この仕事してると思ってる。簡単だよ」
店長はカウンターの下にしゃがむと、小さめの黒板とチョークらしきものを手に、したり顔で立ち上がる。
「こうして、と」
学生時代に聞いた滑らかにチョークが滑る音とは違い、黒い板きれにガリガリと音を立てて文字が書かれていく。
今、文明の差を少し感じた。
「ほいよ」
書き上がった文字を見せてくる店長。私はそれを思わず読み上げる。
「本日、安酒厳禁?」
これだけ?と顔をしかめて店長を見ると、したり顔のままである。
黒板を裏からコンコン叩いて、歯を見せて笑う。
「ウチがこれを出す時は決まり事があってな」
一旦、黒板を置いて店長は続ける。
「デートや出会いの場として、いい雰囲気作りますよって意味なんだよ」
何だろう、中学か高校の時。同じような感情でぽろっと失言した記憶がある。
「単純」
「分かりやすく、かつスマートな文句と言え」
「ぅぎゃ!」
黒板片手にカウンターから出てきたと思ったら、店長は私の尻を叩いて入り口に歩いていく。
「色気のねぇこって」
「店長に使う色気なんてないですからねー。ってかセクハラ!セクハラです!」
「ガキのケツで潤うような渇いた生活してねぇっての」
「それは店長側の意見であって、私の意見はセクハラされたです!」
そうやって言い合う間に、店長は黒板を分かりやすい場所に引っ掛けて戻ってくる。
「…さぁて、本題にでも入るか?」
カウンターの中に戻り、ガシガシと頭を掻く店長。声から疲れの色が聞き取れた。
「本題、ですか…。聞くに及ばずって感じでしたし?ふわ~っと流そうかと思ったんですが」
「姐さんがテメーを連れて帰んなかったのは、オレに説明を投げたからだ」
ツーカーなの?
思わず出そうになった言葉を飲み込む。
単に付き合い長そうだし、経験則なのかもしれないけど…。
「投げたのなら聞きません」
それより。とカウンターに身を乗り出す。
「店長から見て、うちの兄はいかがでしたか?」
「あん?」
結構真剣に聞いたつもりだったのだが、主語が足りなかった様子。咳払いして言い直す。
「店長の基準で、私の兄はどんな人に見えましたか?」
正直これを切り口にして、第三者からの兄の評価や執事さんの好みとか王族への礼節とか。この世界やミッションに足りない情報を聞き出そうとしていた。
でも店長は渋い顔で顎を撫でると、どこか不愉快そうに視線をそらす。
「またブラコン話か?」
「そうですよ。私、おにいちゃんにはどんな相手であれ。幸せになって欲しいんです」
「昨日も聞いた。だがあいにく王族の趣味も、その世話してる連中の好みも。ここにゃ来てねぇよ」
求められた情報を持っていないからなのか。はたまたあの日の反応がいけなかったのか。
店長は私と裏のお仕事の話をするのがお好きではないらしい。
「そっすかー。んじゃ、着替えたら帰ります。また今夜~」
従業員用の扉の奥へ素早く向かい、着替え用の部屋に閉じこもる。
「やっぱ、アレは、マズかったのかな?」
『兄を玉の輿に乗せたいんです』
店長との初対面。押し倒された後の第一声である。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる