狂ったセカイで踊りましょ☆

肉球は正義

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どっかのセカイで

ぼくはいま

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私は科学者で、君も科学者。
私たちの関係は同じ研究所で働く、一介の研究員と研究所所長令嬢から始まった。
その頃のことが今はとても懐かしくて、今でも甘い胸の痛みを感じる。同時にそれ以上の後悔と恐怖を思い出す。

『研究が、新しい段階に進むらしいの…。お父さん…いえ所長の決定よ』

君は不安そうに、けれど目を輝かせていた。

私たちの研究はかつて滅んでしまった文明・技術・生物の復活を目的とした、それはそれは長いこと大勢の手によって続けられてきたものだった。
最初は伝説と言われていたドラゴンの頭蓋骨を発見したのが始まりだと聞く。

頭蓋骨は研究所のシンボルでもあって、常にエントランスホールの真ん中に鎮座して、保存ケース越しに見ることができた。
下顎が欠けていたけれど人間くらい丸呑みにできそうな大きさだったのを覚えている。

「よかったじゃないか!煮詰まっていたって聞いたけど何か成果があったんだね!」

私は君の言葉を鵜呑みにして、すごく喜んでしまった。
次に何かしら成果が出たらプロポーズする気でいたんだ。仕方ないといえば、仕方なかった。
所長。君のお父さんに私は好かれていなかったけど、きっと説得して君と結婚するんだ!
そんな情熱が胸に湧き上がっていた。

「それで?新しい段階って、具体的には何を?」

バクバクと心臓がうるさくなるのを無視して、私は君に訊ねた。けど君は苦笑して首を横に振った。

『教えてくれないのよ。明日の正式発表まで秘密だ、の一点張り』

頑固なんだからって、君は言ったね。

「えー…。それじゃ、どうしよう…」

なんとなく、プロポーズするタイミングを無くした気がしたんだ。質問が空振りしたから。
でも君はチャンスをくれた。

『なーによ?隠し事?それとも研究の内容、そんなに知りたいの?』

明日には分かるのよ?って首を傾げた君に、私はつい、格好のつかないことへの照れを隠せずに声を震わせた。

「君に、長いこと待たせてしまったプロポーズをしようと思って、さ」

頬をかいて目を泳がせて、何て格好のつかない。
そんなことを照れと緊張からくる体温の上昇に耐えながら私は思ってた。

『ばっ、かね!こんな廊下じゃなくて!そんなっ、照れっぱなしで!私まで照れて黙ってしまったらどうするのよ!』

そう言って、君は私を抱きしめてくれた。強くて優しくてだけどしっかり愛情の伝わる、何よりも、あの頃のどんな思い出よりも輝いて嬉しくて仕方のない、瞬間だった。

締まらない顔で抱きしめ返す私と、嬉し泣きしながらさらに抱きしめてくれた君。
他の研究員に見つかって、すぐに私たちのことは研究所全体に知れ渡った。同僚や後輩に先輩。たくさんの人たちが私たちのことを祝福してくれた。同時に、君のお父さんの説得への心配も。

「頑張るさ!というか、絶対に認めてもらう!」

意気込んだ私を、君やみんなが応援して送り出してくれた。
私もこの勢いで所長に『娘のことを頼む』と言わせてみせる!と所長室に向かった。

それから、挨拶と報告と説得をしたんだ。
君がプロポーズを受けてくれたこと、みんなが応援してくれたことも。
所長は嫌な目で私を見ていたけど、不意に笑って座っていた上等そうな椅子から立ち上がった。

私の手を握って、欲しかった言葉を貰った。けれど。

けれどそれは、ウソだった…。

所長は空いていた方の手で私の顔にハンカチらしき布を押し当てた。
目の前が暗くなり意識も遠退き、私は所長の手を握ったまま床に倒れた。

【誰がお前などに…!】

とても、怒りの込められた所長の声。私の手を振り払い、電話をして誰かを呼んだらしいところで記憶は終わり。

次に意識が戻り、記憶の続きが始まるのは暗闇の中だった。
私は動けなくて喋れなくて、目蓋も開けられなくて、君の泣く声を聞いた。

『どうして?!なぜ彼がここにいるの!彼に何をしたの!!』

しゃくりあげるのを我慢しながら君が怒鳴る。所長は愉快そうな声で返す。

【なにもしていないよ。こいつは自分から望んで実験台になったんだ!お前をたぶらかした罪を償うためにな!】

君も、恐らく周りにいたスタッフも一瞬だけ言葉をのみ、どよめき、再び声を上げた。

『私は!たぶらかされてなんていない!お父さんはっ、自分が何をしたか分かっているの?!』

そうだ!急に生体実験だなんて!
前々から思ってたけど、所長あんた狂ってるぜ!
奥様を亡くしてから変わられた…しかし、まさか娘の幸せを奪うほどとは…。

【黙れ!!こいつのようになりたいのか!】

所長の一喝。
君以外は黙りこんだね。

『彼を返して!私のそばに!この世界に!実験台になんかさせない!』

【ふん、もう幻獣の細胞は植えてある。手遅れだ。だが、お前がそこまでいうのなら生かしておくための実験を続けよう】

歪んだ愉しそうな声に、君の悲鳴。
最悪の瞬間と現実がそこにあった。


それ、から…。
どれくらいが過ぎた頃なのだろう?浮き沈みする意識の中、何度も君は私に語りかけてくれていた。

楽しそうに。
『今日は天気が良くて風が心地いい、あの日のデートみたいな日よ』

悲しそうに。
『バイタル、安定したのね。よかった…本当によかった!』

苦しそうに。
『研究員が、何人も辞めていったわ。お父さんはとっても愉しそう…。私と2人きりになりたい、なんて言うのよ?』

泣きながら。
『お父さんが死んだわ。明日は葬儀なの。原因はね、わからないの。急に笑いだして転げ回って、最期は醜い顔で喉を掻きむしっていたわ』

寂しそうに。
『今日は、今日、は…きょうは…っ今日は!お別れを言いにきたのっ』

その声は随分と時間が経ち、君が年老いたことを教えてくれる。

『研究所は封鎖することになったの…。お父さんがあなたにしたこと、やっぱり公けにはできないって』

それはそうだ。
いくら微々たる成果を何百年と重ねてきた研究者達も、生体実験へ踏み切るにはあと2歩も3歩も足りない状況で、私は培養液に閉じ込められたんだから。

『それだけじゃないっ。あなたをそこから出してあげられないの!いまの私たちじゃっ、あなたがその中で生きているだけでも奇跡なのにっ!外に、外で生きていられるかなんて!』

保証できない。うん、分かってる。
私だって科学者なんだ。自分自身、どうして意識が保てているのかも分からないのに、開けない目蓋を何度も開こうとしたのに、ピクリとも動かないんだから。

『ごめんなさい、ごめんなさいっ!』

しばらく君は泣きじゃくって、それから息を詰まらせながら言った。

『でもね?封鎖するだけよ?ここは、ずっとずっと守って管理される。あなたをいつか、目覚めさせるために』

それが誰の手によるものなのかは分からない。でも、それが君が私にくれた最期の愛情。

『…お休みなさい。今度起きる時は、あなたと私の、結婚式の日よ』


それから永い時間が経った。
意識の浮上回数は減り、鮮明だった記憶はぼやけ、君の声さえ思い出せなくなり、ついには自分が誰だったのかさえ忘れてしまうほど。


◇  ◇  ◇


「ずいぶんとまぁ、古い建物で」
(……だ、れ?)

やたら大きい、そう。研究生物が入っていそうなカプセルっぽいものの中でゴボゴボと怪しげな液体が泡を吐いて音を立てる。
酸素でも送っているんだろうか?

「だとしても封鎖して何百年、ヘタをすれば何千と経ってそうなのにコレは機能してるのか?」

ボロッボロに風化した書類の山。何とか読めるものを探しているが、触っただけで崩れる脆さ。
手に取らずに見ても、読めない箇所の方が多すぎて何を書いたものなのか判別不可能。
それでも何とか見つけたのが、古い上に虫食い状態のデジタルデータ。
私の魔力を電気回路がわりにしてデータを抜き、そこからさらに魔力によるデジタルモニターでの修復作業。
寝ずの番、というのが知らぬうちに過ぎ、何度目かの朝が来た。

「幻獣や魔術の復活研究…」

なるほど人間はよくやるな。
この世界に存在しなくなったものの復活の前に、なぜ存在しなくなったのかを突き止めろ。
自ずと答えは出てきただろうに。

さらに分かったのは、あのカプセルの中身だ。

「核の培養まで成功したモノをデタラメにぶち込んだ、人間ベースのキメラ、か…」
(き、めら?)

これは、うん。生きているわけがない。技術レベルも足りない、読める範囲の資料で判断する限りじゃ原型を留めていられないくらい酷いことになっている。

もし褒めることがあるとするのなら、根性だけで核の復元培養にまで至れたことくらいだ。

「核の先、生物としてのカタチが取れないからこんな暴挙に出たのか?だとしたら無謀、無謀すぎる…」

セキュリティは人間基準。万が一にも成功、もしくは失敗したモノが暴れでもしたらひとたまりもない建物だ。風化する前でもだ。

(ここは、どこ…?)

ビシッ!と不吉な音がした。
振り返れば、件のカプセルがギチギチと悲鳴をあげながらゆるやかにヒビを走らせている。

これ、私じゃなかったら慌てふためいていたのではないか?

(で、たい…ここから、でたい…!)

どの武器にするか悩む私の前で、カプセルは砕けた。
豪快な音と、大量の液体をブチまけて。

「げ、っえ!」

咳?
そう考えた途端、液体の上をのたうつ音がした。
どことなく粘っこい感じのする液体は、その上でもがく相手の身体を急速に冷やしていく。

「さむ、っ、さむい、よ…!さむいっ」
「あーうん。分かった助けよう」

気まぐれだった。
人間では耐えられないはずの状態にされたにも関わらず、原型を留め意識があり、何より。

「あり、ありが、ありがとぉ」

感情と言葉も残っていたから。
それが目の前で呆気なく死んでしまうのが、残念に思えて。

「毛布はあるが、さすがに男物の衣類一式は持ってないぞ…。ここにあるとも思えない」

「ありが、とお」
「うん、うん。分かったからな?落ち着け貴様は毛布にくるまっただけの全裸だ」

無防備に、そして純粋に感謝の感情だけでわたしに抱きついてきた相手に、やや困る。
早急に服を着せよう。


◇  ◇  ◇


「なぁーんてことが、ありましたね♪楔さま♪」
「んあ?」

久方ぶりに楔さまとの出会いを思い出して頬を赤らめる僕に、楔さまは怪訝そうな声で返事をする。

「だから、僕たちが初めて出会った時の話です♪」

ただの人間だった頃とは随分、色の変わってしまった自分。
黒かった髪は目は形容し難い色になった。
楔さま曰く『真珠っぽい。白いけどピンクっぽくて、毛先に虹色っぽいところがある』だそうだ。
目も大体同じ。でも白とピンクというより、銀とピンクっぽいらしい。

「…あれ?もしかして僕の形容詞、◯◯っぽいが多くないですか?いえ、むしろそればかりでは?」
「分かった。ならどこぞの塔にいらっしゃる小動物蹴落として恨まれてる魔じゅ「楔さまったらイジワル~♪」

やめて下さい。メタいし証拠なしですが、僕の容姿が決まったのはアイツが登場する前です!

「しかしだな、ノヴァ…」
「以心伝心は嬉しいですが、今だけは嬉しくありません!」


ノヴァ。

僕の名前。

目覚めた時、名前を思い出せなかった私に、楔さまが付けて下さった名前。

安直に付けたものだから、思い出したのだから本名を名乗れと言われるが、僕はノヴァがいい。

全て忘れて失ってしまった私に、楔さまが最初にくれた大切な名前(もの)だから。


君を忘れはしない。
私の大切な人だから。

だけど僕の大切な人は楔さまだ。
あの日、偶然目覚めた僕を拾ってくれた。側に置いてくれた。
全て思い出した時に、僕の好きなように生きていいと言ってくれた。
いまの、ありのままの僕を認めてくれた。

だから、私は僕でいる。
過去には戻らない。還らない。帰れない。

私はどんな顔で君に会えばいいか分からないし、所長のことを許せない。
今の私なら楔さまの力で過去を変えられる、けどそうしたら楔さまとは出会えない。

いつでも好きな時に。なんて楔さまは言うけど、その日は来ない。
いまの永い時間を、楔さまと過ごすのが好きだから。

「ね、楔さま?次のお仕事まで時間があるのでしょう?たまには私のお側にいて下さい」
「今いるぞー」
「お仕事が決まったら、一緒に行きたいです」
「内容次第」

そう言って、僕の頭を撫でる楔さま。
中身が子供から大人に戻っても、僕の態度がやや変わっても、楔さまは普段通り。

君なら、きっと違う反応をしてくれる。もっと慌てたり、驚いたり呆れたり。

時折どうしようもなく君が懐かしくて会いたくて泣いてしまう。

それでも、君が残してくれた私を、僕は大切にすると決めたから。
君の気持ちをなかったことにしたくないから、僕はここにいるよ。
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