初恋のイケメン従兄がオス全開の独占欲で私に迫ってきます

まのろ

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1巻

1-1

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   1 『なんでもいうことをきくけん』を持った従兄いとこがやってきた


 華金はなきんの夜といえど、私のこぢんまりとした1Kの部屋はいつもどおりで、どこにも浮かれたところはなかった。
 明かりをつけて、靴を脱いで、スーツをかけ、部屋着に着替えて、意味もなくスマホを開く。

「あれ、着信があったんだ……」

 画面をタップして着信履歴に表示された文字を見た瞬間、省エネモードでダラダラと動いていた身体と心が一気にフル稼働で動き出した。
 画面には【藤道とうどう秀一しゅういち】の文字。――六つ上の従兄いとこだ。
 慌てて折り返しかけて、ドキドキしながら電話の呼び出し音を聞く。
 呼び出し音が切れて、低くて、つやのある声が聞こえてきた。

『――もしもし』

 たった一言。それなのに、まるで耳元で話されているかのような声に、息が詰まった。
 心臓に悪すぎる。

しろ?』
「――秀ちゃん」
『元気か?』

 フッという笑いを含んだ吐息にすら男の色香がのっている気がして、電話越しなのに顔がだる。本当に、ズルい。

「元気だよ。それより、どうしたの?」

 今が金曜日の夜の九時半だから、ニューヨークは金曜日の朝の八時半。これからお仕事のはずなのに。

『いや、日本に帰れることになったから報告しておこうと思って』
「え、ほんと? いつ?」
『来月』
「うそ……!」
『そんな嬉しい?』
「嬉しいよ、二年ぶりだし……」
『へえ』

 ドキドキして言ったのに、へえって!
 相変わらずの脈のなさにがっかりする。
 まあそれもそのはず。平凡顔のド庶民の私と違って、彼はイケメンエリート、実家は資産家という、普通に生活していたら私とは縁のない男性なのだ。

『……なあ、お前って確か職場の近くに一人で住んでたよな』

 顔面・能力・資産――現代版身分差とも言えるそれらを改めて認識してため息をついていると、秀ちゃんが突然、変なことを尋ねてきた。

「ん? うん、そう。一人で住んでるよ。それがどうしたの?」
『頼みがあるんだけど』
「なあに?」
『家が決まるまで、しばらく住まわせてくれない?』
「え。でもうち狭いよ。秀ちゃんの実家の子ども部屋のほうが広いぐらいだよ」
『別に大丈夫』
「1Kだよ」
『へえ』
「駅からも距離が――」
『平気だって。それよか、お前、今、彼氏いる?』

 え? 彼氏?

「彼氏は……今は、いない、けど」

 本当はいたことがない。つい、いらない見栄を張ってしまったけど、私は年齢イコール彼氏いない歴の堂々たる処女おとめだ。

『今は?』

 一段低くなった声にびくっと肩が跳ねた。

『お前、あれからコンパとか行ったんじゃねぇだろうな』
「い、行ってない! あれからは一度も行ってないよ!」
『そう、ならいいけど。彼氏いないなら一緒に住んでも問題ないだろ? じゃあ、頼んだからな』
「え、ちょっ!?」
『仕事が始まるから切る。またな』
「ちょっ、秀ちゃ……!」

 プーッ、プーッ、という機械音がむなしく耳に響く。

「え……ちょ、本気?」

 確かに彼氏はいないけど、いい年をした男女二人が一つ屋根の下とか問題しかないんじゃ?
 サッと1Kの部屋を見渡す。
 シングルベッド一つにローテーブルとクッション二つ、そして、ウォークインクローゼット。一応、二人入居可の物件とはいえ、男女二人で住むにはどう考えても狭すぎる。いや、それよりも秀ちゃんとここで少しの間一緒に住むとか。
 ――真白の作るご飯、美味うまいな。
 ――なにしてるんだよ、いいから一緒に寝るぞ。
 ――真白、このままずっと俺と一緒に暮らさないか。
 ぎゃあああ! と叫び出したいのをこらえながらベッドの上で枕を抱いてのたうち回る。

「ヤバい、空が白んじてきたよ……」

 色んなパターンを想像してはもだえてを繰り返しているうちに、外が明るくなってきてしまった……
 これはもう無理だ。二十年間初恋をこじらせた女に『好きな人と同居』というTLコミックのような衝撃展開は耐えられない。本当に同居したら連日連夜眠れないに決まっている。
 非常に、本当に非常に、垂涎すいぜんものの超絶魅力的な提案だったけど、これはやはりきちんと断るしかない。
 そう思ってスマホを開くと、メッセージアプリに秀ちゃんから一枚の画像と【居候いそうろうの件、よろしく】という一言が届いていた。
 アプリのトーク画面に表示された画像――古ぼけた小さな紙の写真を見て凍りつく。
 見覚えのあるその小さな紙は、私の黒歴史の一ページを飾る『なんでもいうことをきくけん』だった。
 心臓が嫌な音を立てる。
 小さな紙に色鉛筆で書かれたつたない文字。
 ″なんでもいうことをきくけん〟。
 私がこの悪魔の券をこの世に生み落としたのは、小学校一年生のときだった。
 私は初恋の相手である秀ちゃんに自分の作った『なんでもいうことをきくけん』を無理矢理に押しつけ、代わりに秀ちゃんにも無理矢理『なんでも言うことをきく券』を作らせた。そして、ちゅーを迫った。
 ごねて、ごねて、ごねまくり、最終的に泣き落として秀ちゃんに、無理矢理ちゅーをさせた。初恋の格好いいお兄さんにちゅーをしてもらって、ドキドキした幼き日の素敵な思い出は、同時にパワハラ、セクハラ、痴女行為のスリーコンボを決めた最悪の黒歴史でもある。

「……っ」

 枕に顔を押し付けて悶絶もんぜつする。
 黒歴史というものは、どうしてこんなにも的確に自分の心に深手を負わせるのだろう。どうして人は後に自分を苦しめることに気がつかずに黒歴史を作り、自分で自分を痛めつけるのだろう。ジーザス。

居候いそうろうの件、よろしく】

 完璧に整った顔にニヤニヤとドSな笑みを浮かべた従兄いとこの姿がありありと目に浮かんで――格好よすぎてニヤけた。ってそれよりも!

「こんな物騒なものを、どうして未だに持ってるのっ!」

 っていうか、まさかとは思うけど、こんな物騒なものをアメリカまで持っていってたの!? そんなにあのときのことを根に持っているの? だとしたらかなりヤバい……

「でも、まだ持っててくれて嬉しいとか思ってしまう」

 秀ちゃんは思い出とか恨みとかじゃなくて、『いつか使える』と思って今まで持っていたんだろうけどね。そういう人だから。でも、根はすごく温かくて面倒見がよくて優しいから、男女問わず人をきつけるのだ。
 ゴロンと寝返りをうって、目を閉じる。
 私は子どもの頃、頻繁に祖父母の家に預けられていて、そこで秀ちゃんに会っていた。
 うちの両親は、二人でよくデートや旅行に行き、私の学校行事にも二人で参加するオシドリ夫婦で、近所の人たちも、家に遊びに来た友達も、家庭訪問に来た先生も、うちの両親を見ると「素敵な家族だね」と異口同音いくどうおんに評した。
 でも、皆から見た、その『素敵な家族』の中に、私は入れていなかった。
 私は、子どもの頃、両親の旅行やお出かけに、一度も連れていってもらったことがない。
 いつだって、私は祖父母の家でお留守番だった。
 両親はお互いをすごく愛していて、二人の世界が昔から確立していた。だから、私への愛情と関心は希薄だったのだ。

『お母さんたち旅行に行ってくるから、迎えに来るまでいい子で待ってるのよ』

「おいていかないで」とも、「いっしょにいきたい」とも言わなかった。
 私のその一言がおばあちゃんとお母さんの間でひどいケンカを招くことも、結局は両親が私を連れていってくれないこともよくわかっていたから。

『わがままを言って、おばあちゃんたちを困らせたらだめだからね』

 うん、とうなずく。

『真白はいい子だから、できるよね?』

 うん、ともう一度うなずく。

『じゃあ、行ってくるから』
『ましろ、いいこでまってるから』

 ――だから、ぜったいに、迎えに来てね。
 遠ざかっていく両親の後ろ姿と、小さくなっていく車をいつも涙をこらえてじっと見送っていた。
 泣いたら、おばあちゃんたちが私のためにお母さんたちとケンカするから。両手を握りしめて、絶対に泣かないようにこらえて笑顔で手を振っていた。
 わがままを言わないように、手がかからないように、自分なりに一生懸命にいい子で待っていた。
 でも、いい子で待っていても、お母さんとお父さんは約束した日に帰ってこないことも多かった。そういうときは本当に怖かった。
 両親がお互いを想うようには、自分が二人から愛されていないことも、むしろ自分が二人にとって邪魔な存在であることも、幼いながらにわかっていた。
 だからこそ、両親が帰ってこないと、もう迎えに来てもらえないんじゃないか、ついに捨てられてしまったんじゃないかという考えが現実味を帯びてきて、一人でよく泣いていた。
 今になって思うと、そんな私のことをおじいちゃんとおばあちゃんもわかっていたから、私が懐いている従兄いとこの秀ちゃんを家に呼んでくれていたんだと思う。
 隅っこで一人うずくまって泣く私を、秀ちゃんはいつも見つけ出して、優しく頭を撫でてくれた。
 心細くて不安でさびしくってしょうがないときに、超絶格好いいお兄ちゃんに甘やかしてもらって、優しくしてもらって……、私は当然のように恋に落ちた。
 物心ついたときには好きだった。いつも優しく手を引いて歩いてくれて。親には言えないわがままも聞いてくれて。一緒に遊んでくれて。勉強を教えてくれて。
 格好いい秀ちゃんは子どもの頃の私にとっては完璧な王子様であり、ヒーローだった。
 秀ちゃんがいてくれたから、私の子どもの頃の思い出は色鮮やかなものになった。秀ちゃんが隣にいてくれたから、さびしいとは思わなくなった。笑っていられた。生きていられた。いい子になりたい、素敵な女性ヒトになりたいって思えて頑張れた。

「二年ぶりか……また格好よくなってるんだろうな」

 同居なんてびっくりしたし、恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいのも事実で。
 ベッドの上で顔をだらしなく緩ませながら、ごろごろと幸せにのたうち回って週末を過ごした。


   * * *


木之下きのしたさーん、これ、相続人を見落としてる。悪いけど、相続関係図を作り直してくれる?」
「えっ」
「ほら、ここに認知って書いてあるでしょ」

 ギシッと椅子に体重を預けただか先生が悪の親玉のような顔に笑みを浮かべる。どう見ても堅気に見えない、このいかつい人が、この日高司法書士事務所の所長であり、私の雇用主だ。
 その太い指が指し示す古い手書きの時代の戸籍に急いで視線をわすと、確かに記載されていた。
 ちなみに、認知とは、結婚していない男女の間に生まれた子どもとの間で法律上のおや関係を成立させる行為をいう。

「やっちゃったねぇ。もし、これで登記申請してたら、却下か取り下げだね」
「申し訳ありません……!」

 相続人を見落とすとか、本当に有り得ない。確かに被相続人が大正の生まれで、戸籍の量が膨大で相続人が二十人以上いたとしても、それは言い訳にならない。
 しょんぼりと項垂うなだれる。
 大学で法学部に入った私はせっかく法律を勉強するならとダブルスクールをして、大学四年生のときに司法書士試験に合格した。そして、研修を終えた今年の五月からこの日高司法書士事務所で働いている。資格取得のための勉強はすごく大変だったけど、ニューヨークに行ってしまって会えなくなった秀ちゃんへの想いを勉強への情熱に変えて、必死に勉強したのだ。
 ちなみに、司法書士とは土地・建物や会社の登記をはじめ、相続、後見など、法務局や裁判所に対する手続きの専門家。
 幸い試験には合格したものの、受験勉強と実務は全然違って、毎日勉強と失敗の連続でへこみ続けている。

「そんなに落ち込まないで。まだ働き始めて間もないんだからしょうがないって。十分よくやってると思うよ」

 自分の席に戻ると、隣の席の先輩司法書士が微笑みながら励ましてくれた。色素の薄い髪に優しげな目元、スッと通った鼻筋、シャープな輪郭りんかく、引き締まった口元。細身のスーツをスタイリッシュに着こなす文句なしのイケメンだ。

「さすが、『王子』は優しいねぇ」
「その呼び方はやめてくださいって」

 苦笑いを浮かべているのに、洗濯洗剤のCMのようにさわやかでまぶしい。私の教育を担当してくれているぶきそうさんは私よりも三つ上の二十六歳で、優しげな雰囲気とその甘い顔立ちから取引先会社の女性たちに『王子』と呼ばれている。

「いいか木之下、男はな、こういうイケメンじゃなくって、頑張って雰囲気でイケメンっぽく振る舞ってるやつのほうが絶対にいいからな。イケメンは顔に胡坐あぐらをかいて成長を止めているやつが多いから」
「木之下さん、いい年したおっさんのひがみってみにくいよね」
「自分がイケメンだってことを否定しないところがムカつくよな」
「そこを否定してもいつも突っかかってくるじゃないですか」

 二人の定番のやり取りに噴き出す。
 よし、と気持ちをふるい立たせて、もう一度パソコンと書類に向かった。


 ――相続人、見落としてるよ。
 ――あんた司法書士でしょ? これくらいパッと答えてよ。
 ――こんなに若い女性で大丈夫? ベテランの男の先生がよかったな。
 今日あった出来事を思い出し、家に向かってトボトボ歩きながら、周りに気づかれないように深いため息をこぼす。
 社会人一年目。働き始めて一月ひとつきとちょっと。覚えることも勉強することも多くて、とにかくがむしゃらに与えられた仕事をこなす毎日は、正直言ってかなりしんどい。
 電話対応ですら緊張するのに、一歩事務所の外に出れば『先生』なんて呼ばれて、プレッシャーで胃は痛いし、言葉巧みに不動産の営業マンから仕事を押しつけられるし、税金について聞かれてすぐに答えられなくてへこむし。――税金に関しては税理士さんの職分で、司法書士が答えたら税理士法違反になるとはいえ、その一言でバッサリ切り捨てるわけにもいかないのが辛いところ。税理士さんみたいに詳しくある必要はないし、はっきりと答えちゃいけないけれど、せめて税務署が発行しているパンフレットに沿って一般的なアナウンスをして、詳しくは税理士さんに、ぐらい言えないと、顧客なんてつくはずもなく。
 ……こんなはずじゃなかったんだけどな。
 働き始める前に思い描いていた社会人の自分は、もっと上手くやれていた。
 仕事にやりがいを感じて、どんどん難しい案件もこなして、キラキラ輝いて働いているはずだった。でも、そこにあったのは何者でもない自分だけだった。
 司法書士だなんて大層な肩書を背負っちゃっているけど、実際は自分の至らなさや無力感に打ちひしがれて、相手の理不尽な言い分にへこんだり、悔しくなったり、泣きたくなったりする毎日だ。
 家に帰っても、冷たい真っ暗な部屋が待っているだけだと思うと、ため息がれる。
 涙でにじんだアスファルトの道をぼんやり見つめながら歩いていると、鞄の中でスマホが振動するのを感じた。疲れもあって緩慢かんまんな動きで取り出したけど、画面に通知されている名前を見た瞬間に、背筋がシャキッと伸びた。急いでメッセージアプリを開く。

【荷物送るから住所教えて】

 用件だけのメッセージ。それでも嬉しくて即座に返信すると、電話がかかってきた。

「秀ちゃん?」
『もしかして、今、外か?』
「うんそう。ちょっと、調べ物してて遅くなっちゃって。今、帰ってるところなんだ」
『そっか、お疲れ。気をつけて帰れよ』
「うん、ありがと。電話なんかくれて、どうしたの?」
『単純に真白がどうしているか気になっただけだよ』
「仕事前に?」
『仕事前に。案の定、元気なかったしな』

 優しくて少し甘い声に、涙腺がさらに緩みそうになる。
 いつもと変わらない態度のつもりだったのに、どうして、秀ちゃんにはわかっちゃうのかな。
 嬉しくて、温かくて……、少し、困る。

『どうせ、仕事のことでへこんでるんだろ』
「……どうしてわかるの?」

 近況なんて全然話してないのに。

『社会人一年目なんてそんなもんだろ』
「秀ちゃんも、そうだった?」
『俺? あんま記憶がねぇな』
「物忘れ外来は早めに行ったほうがいいらしいよ」
『しばくぞ』

 ふふ、と笑いがこぼれる。

「ニューヨークにいるのにどうやってしばくつもりなの?」
『帰ったら覚えてろってことだよ。めちゃくちゃに泣かせてやるからな』

 帰ったら、という言葉に胸が喜びで膨らむ。
 秀ちゃんは仕事前であんまり時間がないはずなのに、結局私が家に着くまで通話を続けてくれた。

『社会人一年目なんて恥かくために存在してんだから、あんま自分を追い込むなよ』
「うん。ありがとう」

 じゃぁ、と電話を切って、足取り軽くアパートの階段を上る。夜空に浮かぶ半月がなんだかすごく綺麗に見えたりなんかして。さっきまでへこんでたくせに、すっかり浮かれて、我ながらなんて現金なんだろうと思う。

「色々と頑張らないとなあ」

 私は、要領もあんまりよくないし、頭の回転だって遅い。欠点だらけだってわかっている。でも、だからこそやらなきゃいけないのだ。秀ちゃんに釣り合う女になって、今度こそ告白するためにも。


   * * *


 秀ちゃんとの再会の日まで、平日は仕事でメンタルを削られたりボコボコにされたりしながらも踏ん張り、土日は秀ちゃんとの同居に向けて準備を進める。
 お揃いのカップやお皿や箸置きを買ってみたり、歯ブラシと歯ブラシスタンドを買ってみたり、アメリカから届いた段ボール箱を見ては、本当に秀ちゃんがこの部屋に来るんだな、と同居の妄想にふけってニヤニヤしたり……そんな浮かれきった生活を送っていた。
 ついには小さな花瓶を買ってきて家にピンクのお花を飾り始めたり、「最近明るい色の服が多いね」と先輩の伊吹さんから言われたりと、脳内からあふれ出したピンク色が知らぬ間に外界にまで影響を及ぼす有様だった。でも、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、私は秀ちゃんの彼女ごっこを満喫しまくった。
 ――そして、今日。ついに秀ちゃんが帰ってくる。
 お気に入りの黒色のブラウスとジーンズ。脚が綺麗に見える華奢きゃしゃなストラップヒールのサンダルとグリーンのペディキュア。そして、秀ちゃんから誕生日プレゼントでもらったネックレスとピアス。
 最寄り駅の改札前で秀ちゃんを待つ。家で待っていろと言われたけど、落ち着かなすぎて迎えに来てしまった。髪をいじってそわそわしていると、電車が到着して乗客がぞろぞろと出てきた。

「秀ちゃんだ……!」

 秀ちゃんは大勢の人の中にいても、そこだけスポットライトが当たっているかのように目立つのですぐにわかった。
 男らしく形のいい額。きりっとした眉と目。スッと通った鼻筋と引き締まった口元。漆黒の髪と強く光る黒い瞳が、抜群に整った顔を際立たせて、見る人を魅了する輝きを放っている。顔面だけでも破壊力がすごいっていうのに、一八六センチの長身とモデルみたいに長い手脚が存在感を爆上げしていて、とにかくオーラが半端ないのだ。
 今だって黒いTシャツにジーンズという極めてシンプルな格好なのに、雑誌の表紙のように絵になっている。

「お帰り、秀ちゃん」

 周囲の女性の視線という視線をことごとく奪っている彼が、私のほうを見て口角を吊り上げる。

「ああ、ただいま」

 ギュンッと悲鳴を上げる心臓を抑えた。やっぱり、半端なく格好いい。二年前よりも自信と男の色気が増していて、もう全然太刀打たちうちできる気がしない。

「悪いな、無理言って」
「ううん、頼られて嬉しかったから気にしないで」

 ぱち、と不思議そうにまばたきをした美形に微笑む。

「あの秀ちゃんに頼ってもらえるほど、私も大人になったんだなぁって」
「そういうことな。確かに、あの小さかった真白が働いて独り暮らししてるとか感慨深いよな」

 シミュレーションどおり『大人になったアピール』が成功して、へへっと笑ったところで、スーツケースの上にのせられた手荷物が目についた。

「荷物持とうか?」
「お前に持たせるわけないだろ」

 呆れたような顔で言われて、しゅんと気落ちすると、ポン、と大きな手が頭に置かれる。なんだかその感触が不思議で、まばたきをして秀ちゃんを見つめ返した。

「どうした?」

 小さな頃からこうしてたくさん撫でてもらってきたけど。社会人になった今は……ときめく以上に、込み上げてくる不思議な感覚があった。
 社会人として働き始めたら、誰かに守ってもらえることなんかなくって。日々、司法書士の『先生』として相応ふさわしいように、見下されないように、自信のあるふりをして振る舞って。仕事を押し付けられたり、ミスや責任を押し付けられたりするたびに強くならなきゃって頑張って。傷つくたびに傷つかないようにしようって何重にも何重にもよろいを身に着けて。
 そうやっていつの間にか積み重ねた重たいものが、パキパキと音を立ててがれていくのを感じた。

「なんだろう……、たぶん、今、私、ものすごく安心してるんだと思う……」

『ここなら、もう誰にも傷つけられずにすむ』『守ってもらえる』――そういう絶対的な安全地帯に戻ってこられたかのように感じて、身体からへなへなと力が抜けていく。

「なんだそれ」
「知らないうちに神経を張り詰めて日々過ごしてきたんだなーって実感した」

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