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1巻
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「ん……ッ」
ねっとりと、秀ちゃんの舌が私の舌を余すところなく舐め回す。敏感な粘膜同士を、愛おしむみたいに睦み合わせる。
気持ちいい。うっとりと蕩けた視線の先に、私を力強く見つめる秀ちゃんの黒い瞳があった。その瞳にぎらつく欲が宿っているのを見て取った瞬間、ぞくっと背筋が甘く痺れる。
「ん、んぅ……は、んっ」
歯列をなぞられたり、口の中をかき混ぜるみたいにくちゅくちゅ口腔粘膜を舐められたり、舌同士を絡めたり。
秀ちゃんから施される濃密な口づけに、理性なんてあっという間に取り払われてしまった。甘美なキスの気持ちよさに、もうどうにでもしてほしいような淫らな気持ちになる。
十分か、十五分か、時間感覚もわからなくなるくらい、大人のキスをたっぷりと与えられて。その間、私は蹂躙される気持ちよさにひくひくと震え、秀ちゃんに縋りつくことしかできなかった。
解放されたときには、全身の骨が溶けてしまったみたいにくったりと力が抜けて、秀ちゃんにもたれかかり、ぽぉっとその整った顔を見つめていた。
濡れて光る唇をぺろりと舐め取った美形が小さく笑う。
「なにその顔。もっとしてほしい?」
「ちが、ん……っ」
ちゅ、ともう一度唇を塞がれる。
「違わないだろ。そんな真っ赤な顔で目うるうるさせて」
「だって、秀ちゃんキス、すごい、上手だから」
「やっぱり、キスのおねだりじゃないか」
くすり、と笑われて、恥ずかしくって顔を俯ける。
「キス、よかっただろ?」
そんなこと、素直に答えられるわけがなくって、ますます深く俯くと、ちゅっとつむじに口づけを落とされた。思わず身を強張らせると、ぎゅっと私を抱き寄せた彼が熱っぽい吐息とともに囁いた。
「いつでもしてやるから、遠慮なく言えよ」
そのドロドロに甘い声に半ば意識を失いそうになってるというのに、男前は再び私の顎に手をかけて、顔を上げさせた。
「沈黙は了承ってことでいいんだよな」
スリッと親指で私の唇をなぞって。
熾烈なまでの色香を放って笑みを深める美形に、ときめきと羞恥が限界点に達した。
「~~っ秀ちゃんのばかぁ」
半泣きで身を捩って秀ちゃんの手から逃れる。縮こまって、真っ赤になっているだろう自分の顔を両手で隠した。
ため息が聞こえて、そっと顔を上げると、自分の前髪をくしゃりと握って乱した秀ちゃんが、眉間に皺を寄せていた。――明らかに後悔している顔で。
ちらりとこちらを向いた黒い瞳に先ほどまでの艶っぽさはない。完全に冷静さを取り戻していた。いっそ白けたとでもいうように。
「俺、ちょっと風呂に入ってくる。真白はここでゆっくりしてろ」
クッションの上に私を下ろすと、秀ちゃんはお風呂に消えていった。
「……え?」
なに、今の。
もしかして、酔った勢いでしちゃって、冷静になって、後悔している、の?
先ほどまでのキスで高揚した気持ちから一転、今度は泣きたいくらいの不安が押し寄せてきた。
ぐるぐる、ぐるぐる同じことを考えては唇に触れて青くなる。
冷静になったら、イヤだったってこと? うわぁ、妹としちゃったよ、みたいな?
そんな……恥ずかしいけど、すごく嬉しかったのに!
最初のキス以外は秀ちゃんからしてきたくせに! しかも、最初のキスも無理矢理させたくせに!
体育座りをした膝に、ぽすっとおでこをのせて、ため息をつく。――もう、わけがわからない。
『ましろ、しゅうちゃんのおよめさんになりたい』
小さい頃、よくそう言って告白しては、『ませガキ』の一言であっさりとフラれていた。いつからか告白することはやめてしまったけど、秀ちゃんのことはずっとずっと好きだった。
でも、六歳の年の差は残酷だった。
私が小学校三年生でランドセルを背負ってるときに、中学校三年生の秀ちゃんの周りには綺麗で可愛いお姉さんたちが群がっていた。小学校三年生から見た綺麗なお姉さんたちは、もう絶対的に敵うはずのない相手で。それに、その頃には自分が特別に可愛い子ではないことはわかっていて。お家に帰ってこっそり涙した。
『ましろ、いい女になるから。それまで待っててね、先にけっこんしちゃダメだからね』
『いや、俺まだ中学生なんだけど』
『とにかく、すぐけっこんしないでね』
『ほんと、ませガキだよな』
『おねがい、しゅうちゃん。おねがい』
『はいはい』
高校のときの秀ちゃんには、年上の綺麗な彼女がいた。大学以降は知らないけど、それでも自分が恋愛対象外のお子様なのだといつも思い知らされてきた。
眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能で面倒見のいい秀ちゃんは、男子からも女子からも人気があって、いつも大勢の人の中心にいた。眩しくて、誇らしくて。手が届かなくて、切なくて。でも、諦められなくて。
たまにこんな私と付き合いたいと言ってくれる人もいたけれど、秀ちゃんしか目に入らなかった私は、揺らぎもしなかった。
それは、秀ちゃんがニューヨークに行って、二年間まったく会えなくても変わらなかったし、変われなかった。
でもそれと同じように、秀ちゃんの私への想いが変わるきっかけもこの二年間なかったはずで……
彼が入っていったお風呂のドアをじっと眺めてしまう。
二年ぶりに会った。ただ、それだけ。
「どうして、キスなんて」
この数週間で、何度となく秀ちゃんとキスをする妄想はしてきた。
でも、さすがの私だって、妄想は妄想だと思っていたわけで。まさか実際に起こるなんて、まったく思っていなかったわけで。
「期待してもいいの、かな……」
でも、最後の後悔したような表情が胸に突き刺さる。
落ち着かなくて、ワイングラスを口に運ぶ手が自然と進んでしまう。
恥ずかしくて、嬉しくて、ドキドキして、ぐるぐるして、胸が痛くて。もうなにがなんだかわからない。
SIDE 秀一
頭からシャワーを被り、水の滴る髪を後ろに撫でつける。
――ヤバいな、しくじった。
何度目かのため息をつき、「ガキか」と独り言ちる。
初日からここまでするつもりなんて毛頭なかった。なに、うっかりキスなんかしてんだ。
『彼氏は……今は、いない、けど』
その事実を聞いた瞬間の苦々しさは、生涯忘れないだろう。
二年も離れていたんだし、年齢も年齢だ。いてもおかしくないことはわかりきっていたのに。
実際、控えめな性格だから目立たないだけで、真白は整った容姿をしている。
雪のように白い肌と艶やかな黒髪、黒いブラウス、すらりとした脚を包むタイトなジーンズ。シンプルな格好が、積もったばかりの雪のような彼女の綺麗さを引き立てていた。
真白の灰色がかった黒の印象的な瞳と目が合って、微笑まれた瞬間、二年前よりずっと綺麗になったな、と思った。
俺がいない間に、こんな風にあいつを綺麗にさせた男がいると思うと、反吐が出るような気分だ。
真白は、男ばかりの俺の親戚の中で唯一の女の子だった。
最初は祖父母の家に行くと必ずいるな、程度の認識だった。ちまちましたのに懐かれたから普通に可愛がった。当時の俺にとっては、ただそれだけの存在だった。
おかしいなと気づいたのは、親戚で集まった日の夜に、大人たちが真白のことで話し合いをしているのが聞こえてきたからだ。聞いていても楽しい話でもないのでその場を去ろうとしたら、少し離れたところに小さな存在がいるのに気がついた。
――ヤベ。
明らかに真白に聞かせてはならない話だった。ヒートアップした大人たちの会話は、真白を邪魔者扱いして押しつけ合うような様相になっていたからだ。
――ああ、クソ。理解してなきゃいいんだけど。
その微かな希望は、真白の横顔を見たときに打ち砕かれた。
泣いてはなかった。
悲痛そうでも、落ち込んでもいなかった。
ただ無垢な大きな瞳でじっと大人たちを見つめていた。
それでも、まだ四歳かそこらのこの少女が、なにを言われてるか理解してしまっているんだと、直感でわかった。
真白、と呼びかけると、くりっとした大きな瞳がこちらを向いた。
「あっちに行こう」
真白は頷いて、素直についてきた。
それからは、できるだけ構ってやった。
真白の両親は、いつまで経ってもカップル気分で、〝親〟になりきれない人たちだった。
両親からの電話に出ては、目にいっぱい涙を溜めて、早く帰ってきてね、と伝える真白を見て、ガキの頃の俺はいつも居た堪れない気持ちになった。それでも、あいつはずっと〝いい子〟だった。祖父母にも両親にもわがままを言わず、なるべく面倒をかけないように、部屋の片隅で静かに絵をかいて一人で過ごしている〝手のかからない子〟だった。
『寂しくないのか?』
まだあいつが小学校低学年ぐらいのときに、そう聞いたことがあった。その頃には、ブンブン揺れる尻尾と耳の幻が見えるくらい真白から懐かれていたから、寂しいという本音を言って頼ってもらえるものだと思っていた。
『お父さんとお母さんから、なかまはずれにされちゃうのは、やっぱり、さみしい、かな』
『俺からおじさんたちに言ってやろうか』
『ううん、だいじょうぶ。さみしいけど、その分いいこともたくさんあるから』
『いいことって?』
『しゅうちゃんにあえる!』
『可愛いこと言ってくれるじゃん』
小さな頭を撫でると、ふにゃふにゃと嬉しそうな顔で笑う。
『あとね、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょにいられるでしょ、おばあちゃんのごはんおいしいでしょ、おばあちゃんとオヤツつくるのたのしいでしょ、おじいちゃんとお庭いじりするのたのしいでしょ、お庭でひみつきち作るのたのしいでしょ』
指折り数えながらキラキラした目で話し続ける真白を見て、喉が詰まった。
純真な笑みを浮かべ、両手で数えきれなくなってもなお、小さな嬉しいことや小さな楽しいことを口にし続けるその姿に、なにも言えなくなった。
もっと同世代の子どもたちみたいに親にわがままを言っていいんだって言ってやりたかった。欲しいものをねだったり、外出をねだったり、一緒に遊んでくれって言ったっていいんだって。
こんな小さな子が両親から自分だけのけ者にされて辛くないはずがない。
それでも、間近で見てきた自分には――よくわかった。自分の隣に座るこの小さな女の子が、辛い環境でも、そこに心から楽しみを見出す強さを持っているのだと。
両親から普通に愛情を注がれて、まっとうに育てられた自分に、小さな真白の在り方が突き刺さった。
今にして思えば、このときから真白が俺の中で特別になっていたのだろう。
俺が大学生になってからも、兄として誕生日を祝ってやったり、食事に連れていってやったり、一緒に買い物についていってやったりした。
どんどん綺麗に成長していく真白を見て、俺の妹だし当然の結果だな、なんてふざけたことを思っていた。
そんな俺が男として真白を好きだと自覚したのは、ニューヨークに行く直前だった。
ニューヨーク赴任が決まり、引き継ぎや準備で忙しく過ごしていたあの日、会社で残業していると珍しく真白から電話がかかってきた。
『――しゅうちゃん、たすけて』
少し呂律の回っていない声と後ろから聞こえる賑やかな音に大体の事情を察した。酒が飲めるようになったばかりの年頃だ。どこかの馬鹿が酒にまかせて盛ろうとしているに違いない。
『わかった。今どこだ。……そこなら、十五分くらいで着くと思うから』
ありきたりな雰囲気の飲み屋に着いて、通路を歩きながら電話を鳴らす。音が聞こえたほうに向かって進んでいくと、真白が男に肩を組まれて縮こまっていた。身体を守るように両腕を組んで涙目になっているのを見て、自分でも信じられないくらいに頭に血が上った。
『悪いな、そいつ酔っちまったみたいで』
相手の男を殴り倒したい衝動を噛み殺し、自分の外見を最大限に活かした紳士的な笑みを向けると、こちらを睨んでいた男どもの気勢がそがれる。見ると、相手にもならない、粋がった学生どもだった。
ちらりと真白を見ると、あからさまに安堵して、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
誰にもバレないように小さく息を吐き出す。連れ帰りたいのは真白だけだが、彼女の救援要請には周りの友人も含まれているはずだ。
『これ、こいつらの参加費な。迷惑かけたな』
財布から万札をそれなりに抜いてテーブルに置くと、ガキどもの態度が変わった。
『えっ、こんなにいいんすか!?』
盛った貧相な猿どもに内心冷めた目を向けつつ、にっこりと友好的な笑みを浮かべる。
『こいつら連れて帰っちまう詫びだ。悪かったな、それで楽しんでくれ』
口角を上げてその場を去ったが、内心は全員殴り倒したいくらいに苛立っていた。
『しゅうちゃん、ごめんね』
とろんとした瞳、赤らんだ顔、舌足らずな話し方。こんな隙だらけの姿をアイツらに晒していたのかと思うと、さらにドロリとした怒りが腹の底から湧き上がってくる。
『説教は明日だ。とりあえず、怖かったな』
肩を抱き寄せてやると、瞳を潤ませてすんなりと腕の中に収まった。そのことでほんの少しだけ怒りが鎮まったが、それでも怒りがフツフツと湧き上がるのを止められない。真白が他の男に触れられていたことが、どうしようもなく気に食わない。
生まれて初めて感じる強烈な独占欲と支配欲。
必要以上に煮え滾る怒りの中で、俺はやっと自分の気持ちに気がついた。
ニューヨークに行く前にいっそのこと籍でも入れてしまいたかったが、当時は仕事の引き継ぎや引っ越しの準備に追われて口説く時間がまったくなかった。結局、俺は真白に「二度とコンパには行くな」ときつく叱ることくらいしかできなかった。
ニューヨークに行ってからはたまに電話をし、誕生日やクリスマスを口実にして、その辺の男には手が出せないようなハイブランドの品を送りつけた。真白が喜んで使ってくれればいいし、そうでなくともほんの少しでも男避けになることを願って。
……いったいなにをしてるんだ、俺は。我ながら健気すぎて涙が出そうだった。好きな女相手にこんなことしかできないだなんて、馬鹿馬鹿しすぎる。
ニューヨーク赴任が決まったときは出世コース確定だとほくそ笑んでいたのに、その頃の俺は俺をニューヨークに飛ばした上司を恨んでさえいた。
結局、ニューヨークのやつらにワーカーホリックだとバカにされるくらい働いて、真白に会うためだけに誰もが納得する成果を上げて、通常よりも早い帰国を願い出た。
『彼氏は……今は、いない、けど』
聞いた瞬間、スマホを握り壊しそうなほど、苦い思いが込み上げた。それでも、今いないなら奪う手間が省けてよかった、と自分を納得させて帰国してみれば、好きな女の部屋中に他の野郎のいた痕跡が散らばっていた。
ペアのスリッパに始まり、クッション、マグカップ、茶碗、箸置き、皿、歯ブラシスタンド……俺がいない間にさぞ楽しい生活をここで送ったことだろう。
なるべく大人として振る舞おうとしても、どうしても目につく他の野郎の痕跡に苛立ちは募るばかりだった。
一緒に酒を飲みながら、向かいに座る真白に目を向ける。
胸下までの艶々した細く柔らかな髪、黒目がちの大きな目、長い睫毛、柔らかそうな頬。さくらんぼ色の形のいい口に、小さな顎からすらっとした首すじ……黒いレースのトップスから透ける肌の白さ。
綺麗になった。それに、二年前よりもうんと色っぽくなった。
腕や脚はすらりと細いのにふわふわと柔らかそうで、思わず触れてみたくなる。
成熟した大人の女の身体をしておきながら、ガラスのように透きとおった雰囲気があって、そのアンバランスさが、男の本能と征服欲をこれでもかと刺激してくる。
「ちょっと、近すぎたなって」
「子どものときはあんなに俺にべったりくっついてたくせに」
「子どものときはね。でも、ほら、今は……」
潤んだ瞳、紅潮した頬、ふっくらとした唇。すぐそばから香る、甘く堪らない匂い。
「今はなんだよ」
「……お互い、大人になったから」
恥ずかしそうに目が伏せられると、長い睫毛が微かに揺れた。
俺がいない二年の間に、他の野郎の手によってこの色気を引き出されたのだ。
他の野郎がこの白い肌を暴いて、真白を女にしたのだ。殺してやりたい、と思った。同時に、自分もその白い肌を貪りたいとも。腹の内でそんなことを考えている俺の前で真白は頬を染めて、のこのこと切り出した。
「彼氏、のことなんだけど」
この期に及んで俺の前で他の男の話をするのか。
そんな理不尽な怒りとともに獰猛な感情に支配された結果が、この暴走だ。
真白に無理矢理キスをさせ、それでも足りずに真白の口内を蹂躙し、甘い唇を味わい尽くした。
「ん、は……っ、んぅぅ……っ」
男がいたとは思えないような初心な反応と、初めて見る淫らで可愛らしい姿。抵抗するどころか必死に受け入れようとして俺に縋りつくその可愛らしい媚態に、暴力的なまでの苛立ちはすっかり鳴りをひそめた。――このまま勢いにまかせてなにもかもを奪うのは簡単だ。少しとろくて、お人好しで、優しい真白のことだ。きっと最後には受け入れてくれるだろう。でも、そうやって真白を手に入れたいわけじゃない。
唇を解放してやると、真白は肩で息をしながら、ぽぉっと上気した表情で俺をじっと見上げた。うるうると蕩けきった瞳。ぽってり赤く腫れた唇は力なく半開きになっている。その蠱惑的な姿にまたも走り出しそうになる欲を抑えながら会話を楽しんでいたが――
「秀ちゃんのばかぁ」
その一言で一気に冷静になった。明らかにやりすぎた。
そうして、頭を冷やそうと逃げた先で、俺は再び苛立つことになった。――洗面台に置かれた男物のひげ剃りに。
ペアのカップやらなんやらは引き出物としてもらった物で元からペアだったのかもしれないという希望的観測もあった。だが、ひげ剃りは完全にアウトだ。
捨・て・て・え!
無自覚のまま自分の気持ちを膨らまし続け、自覚した瞬間に二年間もお預けを食らったせいか、完全に真白への想いを拗らせているのはわかっていたが……余裕がなさすぎて、自分でも笑えるレベルだ。
ゆっくりと息を吐き、苛立ちを必死に抑えて部屋に戻ると、真白がローテーブルに突っ伏して寝ていた。
「――おい、真白」
話しかけても、揺らしても、深く寝入っているようで、反応がない。
自分に無理矢理キスをさせた男の前でこんな無防備に寝るか?
指でその柔らかな白い頬を突っつくと、嫌がるように眉根を寄せて小さく顔を振る。その可愛い姿に鬱憤を晴らして。
「しょうがねえな」
そっと抱き上げてベッドに寝かせ、布団をかけてやった。
ちらりと周囲に視線をやる。俺用の布団がしまわれている場所は容易に想像がつくけれど、俺は真白からその場所を聞いていない。よって、俺は知らない。――同じ布団で寝ても文句は言えねえよな。
「男の前で無防備に眠りこけてるお前が悪い」
まさか、ここまで自分が〝兄〟としか思われていないとは。
――まあいい。これからはすぐ近くにいられるのだから、ゆっくりじっくり落とすのも楽しいだろう。それに、ここまで俺が暴走しても嫌がったり怒ったりしないのだから、それなりに脈はあるはずだ。
そう自分に言い聞かせて、腕の中で寝息を立てる真白の顔にかかった髪の毛をそっとどかす。
「真白」
微かな声で囁くとふにゃりと寝顔が緩んだ。それに、相好を崩す。
「会いたかった」
頭に口づけを落として目を閉じた。
2 もう出ていっちゃうの?
え……なに、これ……?
朝起きたらベッドの中で意中の人に抱き枕にされているとか。
うそでしょ……? そんなことってある……?
夢かと思ってほっぺを抓ってみるけど、ちゃんと痛い。現実だ。
もう一度、カーテンの隙間から差し込む光を浴びて輝く秀ちゃんの顔をじっと見つめる。
超至近距離で見ても、本当に綺麗。男らしく太さのあるきりっとした眉、平行二重の大きな目に、高く細く通った鼻と形のいい口、陶器のような肌。目の前にあるご尊顔を拝しながら思うことは――
朝、起きて 輝くイケメン 目が痛い P.N.テキーラましろさん
神々しい……
っていうかどうして同じベッドで寝てるの!? っていうかなにこの状況、感謝しかないんだけど! 神様ありがとう!
しかし秀ちゃんは、寝顔すら凛々しくて素敵。でもちょっと無防備で可愛い、好き。っていうか、私、昨日この色気が溢れる唇とき、きす……を。
「――っ!」
ねっとりと、秀ちゃんの舌が私の舌を余すところなく舐め回す。敏感な粘膜同士を、愛おしむみたいに睦み合わせる。
気持ちいい。うっとりと蕩けた視線の先に、私を力強く見つめる秀ちゃんの黒い瞳があった。その瞳にぎらつく欲が宿っているのを見て取った瞬間、ぞくっと背筋が甘く痺れる。
「ん、んぅ……は、んっ」
歯列をなぞられたり、口の中をかき混ぜるみたいにくちゅくちゅ口腔粘膜を舐められたり、舌同士を絡めたり。
秀ちゃんから施される濃密な口づけに、理性なんてあっという間に取り払われてしまった。甘美なキスの気持ちよさに、もうどうにでもしてほしいような淫らな気持ちになる。
十分か、十五分か、時間感覚もわからなくなるくらい、大人のキスをたっぷりと与えられて。その間、私は蹂躙される気持ちよさにひくひくと震え、秀ちゃんに縋りつくことしかできなかった。
解放されたときには、全身の骨が溶けてしまったみたいにくったりと力が抜けて、秀ちゃんにもたれかかり、ぽぉっとその整った顔を見つめていた。
濡れて光る唇をぺろりと舐め取った美形が小さく笑う。
「なにその顔。もっとしてほしい?」
「ちが、ん……っ」
ちゅ、ともう一度唇を塞がれる。
「違わないだろ。そんな真っ赤な顔で目うるうるさせて」
「だって、秀ちゃんキス、すごい、上手だから」
「やっぱり、キスのおねだりじゃないか」
くすり、と笑われて、恥ずかしくって顔を俯ける。
「キス、よかっただろ?」
そんなこと、素直に答えられるわけがなくって、ますます深く俯くと、ちゅっとつむじに口づけを落とされた。思わず身を強張らせると、ぎゅっと私を抱き寄せた彼が熱っぽい吐息とともに囁いた。
「いつでもしてやるから、遠慮なく言えよ」
そのドロドロに甘い声に半ば意識を失いそうになってるというのに、男前は再び私の顎に手をかけて、顔を上げさせた。
「沈黙は了承ってことでいいんだよな」
スリッと親指で私の唇をなぞって。
熾烈なまでの色香を放って笑みを深める美形に、ときめきと羞恥が限界点に達した。
「~~っ秀ちゃんのばかぁ」
半泣きで身を捩って秀ちゃんの手から逃れる。縮こまって、真っ赤になっているだろう自分の顔を両手で隠した。
ため息が聞こえて、そっと顔を上げると、自分の前髪をくしゃりと握って乱した秀ちゃんが、眉間に皺を寄せていた。――明らかに後悔している顔で。
ちらりとこちらを向いた黒い瞳に先ほどまでの艶っぽさはない。完全に冷静さを取り戻していた。いっそ白けたとでもいうように。
「俺、ちょっと風呂に入ってくる。真白はここでゆっくりしてろ」
クッションの上に私を下ろすと、秀ちゃんはお風呂に消えていった。
「……え?」
なに、今の。
もしかして、酔った勢いでしちゃって、冷静になって、後悔している、の?
先ほどまでのキスで高揚した気持ちから一転、今度は泣きたいくらいの不安が押し寄せてきた。
ぐるぐる、ぐるぐる同じことを考えては唇に触れて青くなる。
冷静になったら、イヤだったってこと? うわぁ、妹としちゃったよ、みたいな?
そんな……恥ずかしいけど、すごく嬉しかったのに!
最初のキス以外は秀ちゃんからしてきたくせに! しかも、最初のキスも無理矢理させたくせに!
体育座りをした膝に、ぽすっとおでこをのせて、ため息をつく。――もう、わけがわからない。
『ましろ、しゅうちゃんのおよめさんになりたい』
小さい頃、よくそう言って告白しては、『ませガキ』の一言であっさりとフラれていた。いつからか告白することはやめてしまったけど、秀ちゃんのことはずっとずっと好きだった。
でも、六歳の年の差は残酷だった。
私が小学校三年生でランドセルを背負ってるときに、中学校三年生の秀ちゃんの周りには綺麗で可愛いお姉さんたちが群がっていた。小学校三年生から見た綺麗なお姉さんたちは、もう絶対的に敵うはずのない相手で。それに、その頃には自分が特別に可愛い子ではないことはわかっていて。お家に帰ってこっそり涙した。
『ましろ、いい女になるから。それまで待っててね、先にけっこんしちゃダメだからね』
『いや、俺まだ中学生なんだけど』
『とにかく、すぐけっこんしないでね』
『ほんと、ませガキだよな』
『おねがい、しゅうちゃん。おねがい』
『はいはい』
高校のときの秀ちゃんには、年上の綺麗な彼女がいた。大学以降は知らないけど、それでも自分が恋愛対象外のお子様なのだといつも思い知らされてきた。
眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能で面倒見のいい秀ちゃんは、男子からも女子からも人気があって、いつも大勢の人の中心にいた。眩しくて、誇らしくて。手が届かなくて、切なくて。でも、諦められなくて。
たまにこんな私と付き合いたいと言ってくれる人もいたけれど、秀ちゃんしか目に入らなかった私は、揺らぎもしなかった。
それは、秀ちゃんがニューヨークに行って、二年間まったく会えなくても変わらなかったし、変われなかった。
でもそれと同じように、秀ちゃんの私への想いが変わるきっかけもこの二年間なかったはずで……
彼が入っていったお風呂のドアをじっと眺めてしまう。
二年ぶりに会った。ただ、それだけ。
「どうして、キスなんて」
この数週間で、何度となく秀ちゃんとキスをする妄想はしてきた。
でも、さすがの私だって、妄想は妄想だと思っていたわけで。まさか実際に起こるなんて、まったく思っていなかったわけで。
「期待してもいいの、かな……」
でも、最後の後悔したような表情が胸に突き刺さる。
落ち着かなくて、ワイングラスを口に運ぶ手が自然と進んでしまう。
恥ずかしくて、嬉しくて、ドキドキして、ぐるぐるして、胸が痛くて。もうなにがなんだかわからない。
SIDE 秀一
頭からシャワーを被り、水の滴る髪を後ろに撫でつける。
――ヤバいな、しくじった。
何度目かのため息をつき、「ガキか」と独り言ちる。
初日からここまでするつもりなんて毛頭なかった。なに、うっかりキスなんかしてんだ。
『彼氏は……今は、いない、けど』
その事実を聞いた瞬間の苦々しさは、生涯忘れないだろう。
二年も離れていたんだし、年齢も年齢だ。いてもおかしくないことはわかりきっていたのに。
実際、控えめな性格だから目立たないだけで、真白は整った容姿をしている。
雪のように白い肌と艶やかな黒髪、黒いブラウス、すらりとした脚を包むタイトなジーンズ。シンプルな格好が、積もったばかりの雪のような彼女の綺麗さを引き立てていた。
真白の灰色がかった黒の印象的な瞳と目が合って、微笑まれた瞬間、二年前よりずっと綺麗になったな、と思った。
俺がいない間に、こんな風にあいつを綺麗にさせた男がいると思うと、反吐が出るような気分だ。
真白は、男ばかりの俺の親戚の中で唯一の女の子だった。
最初は祖父母の家に行くと必ずいるな、程度の認識だった。ちまちましたのに懐かれたから普通に可愛がった。当時の俺にとっては、ただそれだけの存在だった。
おかしいなと気づいたのは、親戚で集まった日の夜に、大人たちが真白のことで話し合いをしているのが聞こえてきたからだ。聞いていても楽しい話でもないのでその場を去ろうとしたら、少し離れたところに小さな存在がいるのに気がついた。
――ヤベ。
明らかに真白に聞かせてはならない話だった。ヒートアップした大人たちの会話は、真白を邪魔者扱いして押しつけ合うような様相になっていたからだ。
――ああ、クソ。理解してなきゃいいんだけど。
その微かな希望は、真白の横顔を見たときに打ち砕かれた。
泣いてはなかった。
悲痛そうでも、落ち込んでもいなかった。
ただ無垢な大きな瞳でじっと大人たちを見つめていた。
それでも、まだ四歳かそこらのこの少女が、なにを言われてるか理解してしまっているんだと、直感でわかった。
真白、と呼びかけると、くりっとした大きな瞳がこちらを向いた。
「あっちに行こう」
真白は頷いて、素直についてきた。
それからは、できるだけ構ってやった。
真白の両親は、いつまで経ってもカップル気分で、〝親〟になりきれない人たちだった。
両親からの電話に出ては、目にいっぱい涙を溜めて、早く帰ってきてね、と伝える真白を見て、ガキの頃の俺はいつも居た堪れない気持ちになった。それでも、あいつはずっと〝いい子〟だった。祖父母にも両親にもわがままを言わず、なるべく面倒をかけないように、部屋の片隅で静かに絵をかいて一人で過ごしている〝手のかからない子〟だった。
『寂しくないのか?』
まだあいつが小学校低学年ぐらいのときに、そう聞いたことがあった。その頃には、ブンブン揺れる尻尾と耳の幻が見えるくらい真白から懐かれていたから、寂しいという本音を言って頼ってもらえるものだと思っていた。
『お父さんとお母さんから、なかまはずれにされちゃうのは、やっぱり、さみしい、かな』
『俺からおじさんたちに言ってやろうか』
『ううん、だいじょうぶ。さみしいけど、その分いいこともたくさんあるから』
『いいことって?』
『しゅうちゃんにあえる!』
『可愛いこと言ってくれるじゃん』
小さな頭を撫でると、ふにゃふにゃと嬉しそうな顔で笑う。
『あとね、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょにいられるでしょ、おばあちゃんのごはんおいしいでしょ、おばあちゃんとオヤツつくるのたのしいでしょ、おじいちゃんとお庭いじりするのたのしいでしょ、お庭でひみつきち作るのたのしいでしょ』
指折り数えながらキラキラした目で話し続ける真白を見て、喉が詰まった。
純真な笑みを浮かべ、両手で数えきれなくなってもなお、小さな嬉しいことや小さな楽しいことを口にし続けるその姿に、なにも言えなくなった。
もっと同世代の子どもたちみたいに親にわがままを言っていいんだって言ってやりたかった。欲しいものをねだったり、外出をねだったり、一緒に遊んでくれって言ったっていいんだって。
こんな小さな子が両親から自分だけのけ者にされて辛くないはずがない。
それでも、間近で見てきた自分には――よくわかった。自分の隣に座るこの小さな女の子が、辛い環境でも、そこに心から楽しみを見出す強さを持っているのだと。
両親から普通に愛情を注がれて、まっとうに育てられた自分に、小さな真白の在り方が突き刺さった。
今にして思えば、このときから真白が俺の中で特別になっていたのだろう。
俺が大学生になってからも、兄として誕生日を祝ってやったり、食事に連れていってやったり、一緒に買い物についていってやったりした。
どんどん綺麗に成長していく真白を見て、俺の妹だし当然の結果だな、なんてふざけたことを思っていた。
そんな俺が男として真白を好きだと自覚したのは、ニューヨークに行く直前だった。
ニューヨーク赴任が決まり、引き継ぎや準備で忙しく過ごしていたあの日、会社で残業していると珍しく真白から電話がかかってきた。
『――しゅうちゃん、たすけて』
少し呂律の回っていない声と後ろから聞こえる賑やかな音に大体の事情を察した。酒が飲めるようになったばかりの年頃だ。どこかの馬鹿が酒にまかせて盛ろうとしているに違いない。
『わかった。今どこだ。……そこなら、十五分くらいで着くと思うから』
ありきたりな雰囲気の飲み屋に着いて、通路を歩きながら電話を鳴らす。音が聞こえたほうに向かって進んでいくと、真白が男に肩を組まれて縮こまっていた。身体を守るように両腕を組んで涙目になっているのを見て、自分でも信じられないくらいに頭に血が上った。
『悪いな、そいつ酔っちまったみたいで』
相手の男を殴り倒したい衝動を噛み殺し、自分の外見を最大限に活かした紳士的な笑みを向けると、こちらを睨んでいた男どもの気勢がそがれる。見ると、相手にもならない、粋がった学生どもだった。
ちらりと真白を見ると、あからさまに安堵して、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
誰にもバレないように小さく息を吐き出す。連れ帰りたいのは真白だけだが、彼女の救援要請には周りの友人も含まれているはずだ。
『これ、こいつらの参加費な。迷惑かけたな』
財布から万札をそれなりに抜いてテーブルに置くと、ガキどもの態度が変わった。
『えっ、こんなにいいんすか!?』
盛った貧相な猿どもに内心冷めた目を向けつつ、にっこりと友好的な笑みを浮かべる。
『こいつら連れて帰っちまう詫びだ。悪かったな、それで楽しんでくれ』
口角を上げてその場を去ったが、内心は全員殴り倒したいくらいに苛立っていた。
『しゅうちゃん、ごめんね』
とろんとした瞳、赤らんだ顔、舌足らずな話し方。こんな隙だらけの姿をアイツらに晒していたのかと思うと、さらにドロリとした怒りが腹の底から湧き上がってくる。
『説教は明日だ。とりあえず、怖かったな』
肩を抱き寄せてやると、瞳を潤ませてすんなりと腕の中に収まった。そのことでほんの少しだけ怒りが鎮まったが、それでも怒りがフツフツと湧き上がるのを止められない。真白が他の男に触れられていたことが、どうしようもなく気に食わない。
生まれて初めて感じる強烈な独占欲と支配欲。
必要以上に煮え滾る怒りの中で、俺はやっと自分の気持ちに気がついた。
ニューヨークに行く前にいっそのこと籍でも入れてしまいたかったが、当時は仕事の引き継ぎや引っ越しの準備に追われて口説く時間がまったくなかった。結局、俺は真白に「二度とコンパには行くな」ときつく叱ることくらいしかできなかった。
ニューヨークに行ってからはたまに電話をし、誕生日やクリスマスを口実にして、その辺の男には手が出せないようなハイブランドの品を送りつけた。真白が喜んで使ってくれればいいし、そうでなくともほんの少しでも男避けになることを願って。
……いったいなにをしてるんだ、俺は。我ながら健気すぎて涙が出そうだった。好きな女相手にこんなことしかできないだなんて、馬鹿馬鹿しすぎる。
ニューヨーク赴任が決まったときは出世コース確定だとほくそ笑んでいたのに、その頃の俺は俺をニューヨークに飛ばした上司を恨んでさえいた。
結局、ニューヨークのやつらにワーカーホリックだとバカにされるくらい働いて、真白に会うためだけに誰もが納得する成果を上げて、通常よりも早い帰国を願い出た。
『彼氏は……今は、いない、けど』
聞いた瞬間、スマホを握り壊しそうなほど、苦い思いが込み上げた。それでも、今いないなら奪う手間が省けてよかった、と自分を納得させて帰国してみれば、好きな女の部屋中に他の野郎のいた痕跡が散らばっていた。
ペアのスリッパに始まり、クッション、マグカップ、茶碗、箸置き、皿、歯ブラシスタンド……俺がいない間にさぞ楽しい生活をここで送ったことだろう。
なるべく大人として振る舞おうとしても、どうしても目につく他の野郎の痕跡に苛立ちは募るばかりだった。
一緒に酒を飲みながら、向かいに座る真白に目を向ける。
胸下までの艶々した細く柔らかな髪、黒目がちの大きな目、長い睫毛、柔らかそうな頬。さくらんぼ色の形のいい口に、小さな顎からすらっとした首すじ……黒いレースのトップスから透ける肌の白さ。
綺麗になった。それに、二年前よりもうんと色っぽくなった。
腕や脚はすらりと細いのにふわふわと柔らかそうで、思わず触れてみたくなる。
成熟した大人の女の身体をしておきながら、ガラスのように透きとおった雰囲気があって、そのアンバランスさが、男の本能と征服欲をこれでもかと刺激してくる。
「ちょっと、近すぎたなって」
「子どものときはあんなに俺にべったりくっついてたくせに」
「子どものときはね。でも、ほら、今は……」
潤んだ瞳、紅潮した頬、ふっくらとした唇。すぐそばから香る、甘く堪らない匂い。
「今はなんだよ」
「……お互い、大人になったから」
恥ずかしそうに目が伏せられると、長い睫毛が微かに揺れた。
俺がいない二年の間に、他の野郎の手によってこの色気を引き出されたのだ。
他の野郎がこの白い肌を暴いて、真白を女にしたのだ。殺してやりたい、と思った。同時に、自分もその白い肌を貪りたいとも。腹の内でそんなことを考えている俺の前で真白は頬を染めて、のこのこと切り出した。
「彼氏、のことなんだけど」
この期に及んで俺の前で他の男の話をするのか。
そんな理不尽な怒りとともに獰猛な感情に支配された結果が、この暴走だ。
真白に無理矢理キスをさせ、それでも足りずに真白の口内を蹂躙し、甘い唇を味わい尽くした。
「ん、は……っ、んぅぅ……っ」
男がいたとは思えないような初心な反応と、初めて見る淫らで可愛らしい姿。抵抗するどころか必死に受け入れようとして俺に縋りつくその可愛らしい媚態に、暴力的なまでの苛立ちはすっかり鳴りをひそめた。――このまま勢いにまかせてなにもかもを奪うのは簡単だ。少しとろくて、お人好しで、優しい真白のことだ。きっと最後には受け入れてくれるだろう。でも、そうやって真白を手に入れたいわけじゃない。
唇を解放してやると、真白は肩で息をしながら、ぽぉっと上気した表情で俺をじっと見上げた。うるうると蕩けきった瞳。ぽってり赤く腫れた唇は力なく半開きになっている。その蠱惑的な姿にまたも走り出しそうになる欲を抑えながら会話を楽しんでいたが――
「秀ちゃんのばかぁ」
その一言で一気に冷静になった。明らかにやりすぎた。
そうして、頭を冷やそうと逃げた先で、俺は再び苛立つことになった。――洗面台に置かれた男物のひげ剃りに。
ペアのカップやらなんやらは引き出物としてもらった物で元からペアだったのかもしれないという希望的観測もあった。だが、ひげ剃りは完全にアウトだ。
捨・て・て・え!
無自覚のまま自分の気持ちを膨らまし続け、自覚した瞬間に二年間もお預けを食らったせいか、完全に真白への想いを拗らせているのはわかっていたが……余裕がなさすぎて、自分でも笑えるレベルだ。
ゆっくりと息を吐き、苛立ちを必死に抑えて部屋に戻ると、真白がローテーブルに突っ伏して寝ていた。
「――おい、真白」
話しかけても、揺らしても、深く寝入っているようで、反応がない。
自分に無理矢理キスをさせた男の前でこんな無防備に寝るか?
指でその柔らかな白い頬を突っつくと、嫌がるように眉根を寄せて小さく顔を振る。その可愛い姿に鬱憤を晴らして。
「しょうがねえな」
そっと抱き上げてベッドに寝かせ、布団をかけてやった。
ちらりと周囲に視線をやる。俺用の布団がしまわれている場所は容易に想像がつくけれど、俺は真白からその場所を聞いていない。よって、俺は知らない。――同じ布団で寝ても文句は言えねえよな。
「男の前で無防備に眠りこけてるお前が悪い」
まさか、ここまで自分が〝兄〟としか思われていないとは。
――まあいい。これからはすぐ近くにいられるのだから、ゆっくりじっくり落とすのも楽しいだろう。それに、ここまで俺が暴走しても嫌がったり怒ったりしないのだから、それなりに脈はあるはずだ。
そう自分に言い聞かせて、腕の中で寝息を立てる真白の顔にかかった髪の毛をそっとどかす。
「真白」
微かな声で囁くとふにゃりと寝顔が緩んだ。それに、相好を崩す。
「会いたかった」
頭に口づけを落として目を閉じた。
2 もう出ていっちゃうの?
え……なに、これ……?
朝起きたらベッドの中で意中の人に抱き枕にされているとか。
うそでしょ……? そんなことってある……?
夢かと思ってほっぺを抓ってみるけど、ちゃんと痛い。現実だ。
もう一度、カーテンの隙間から差し込む光を浴びて輝く秀ちゃんの顔をじっと見つめる。
超至近距離で見ても、本当に綺麗。男らしく太さのあるきりっとした眉、平行二重の大きな目に、高く細く通った鼻と形のいい口、陶器のような肌。目の前にあるご尊顔を拝しながら思うことは――
朝、起きて 輝くイケメン 目が痛い P.N.テキーラましろさん
神々しい……
っていうかどうして同じベッドで寝てるの!? っていうかなにこの状況、感謝しかないんだけど! 神様ありがとう!
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「――っ!」
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