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第二話 天音の誘い
しおりを挟む「さぁ、動かないでね……君の綺麗な姿をこの目で見たいから……」
綺麗にしてあげようと思った……
美羽を……美しい羽が血だらけならきっと飛べないと思ったから……
「……冷たい……」
そりゃそうだ。シャワーからは冷水しか出ない。ガスが死んでいるのか? 元々ないのか?
いくら手を尽くしても電源が入ることはなかった。そうなれば電気も死んでる? じゃあ、水だけ浴びられれば十分じゃない。綺麗に小刻みに震える美羽を見ていられるから……ああ……とても可愛らしい……見る見るうちに美羽の体からへばりついた血が落ちていくと、美しい羽という名前に相応しい少女の顔がそこにある。可愛くて赤い瞳を何度もパチパチとして、どこか恥ずかしそうに両手で胸を隠し続けている。本当に美しい羽さえあれば、それは天使だ。きっと私にとって……
「……お姉さん……これからどうするの……?」
小刻みに震える美羽が訊いてくるから私はうーんっと考えるしかない。
ここは偶然見つけた誰かの家だし、しばらく住処にするのも悪くないと思うけど、今は……
「とりあえず一緒にシャワー、浴びよう」
外は暑いし、それに怖いから……だから気を紛らわせたい……
美羽に抱き着いた途端に、冷たい肌の感触だけが私を支配した……
男は嫌い……でも、女は好き……
シャワーを浴び終えた私は美羽のために着れる服はないのかと探した。あんな血でベットリの服を着させるなんて優しくない行いだから……
居間の押し入れには白い短パンと白いシャツがある。私が着ていたものにきっと……似ている気がする……
「美羽。君の新しい服。とてもよく似合うと思って持ってきた」
戻った浴室には、美羽がガタガタと両腕で自らを抱きしめながら震えている。
「きっと、この家にも美羽みたいな可愛い子がいたんだよ」
せっかく作り笑いを浮かべてあげているのに、美羽はガタガタと震えているだけ。
「私の初めては男だよ。美羽の初めては女の私でよかったでしょ?」
美羽はコクリと頷いた。
「さぁ、着替えたら外に行こう」
正直外は怖い。またあの怪物が現れるのではないのかと気が気じゃない。夏の外は相変わらず蝉の鳴き声が聞こえ、すぐそこにある海には生物の気配がない。普通は海鳥の鳴き声でもしそうなのにそれがない。ただ波の音が静かに聞こえるだけ……
「お腹、空いてるでしょ?」
美羽は数回首を横に振る。
「そう。私は空いてるから」
溜息交じりに私は言葉する。この夏町に来てから何も食べていない。このままじゃきっと飢える……
「とにかく二人で食べるもの探そう」
「うん……」
美羽が言葉で返事してくれただけで救いに思えた。本当に口数が少ないから……
それにしても綺麗な服に着替えた美羽は美少女で私は思わず見惚れるしかない……
白い短パンと、白いシャツ姿。この夏町でお似合いの姿な気がする……犯して正解だ……
「……死んだ……みんな死んだ……私だけがここにいる……」
美羽は歩く度にうわ言のようにそう口にし続けた。普通の状態の少女じゃないことはわかるけど、私は空腹でイラついている。
「美羽」
このとき私は初めて声に出して美羽の名前を口にした。
お腹が空いているからやめてくれと言葉したかった。
「……うふふ……忘れてた。涼葉さんもいた……」
美羽は私に笑みを見せてくれた。どこか壊れたかのような笑み。まさかこんな私といられて嬉しいの? もしそうなら少しだけ嬉しいのかも……
「私を犯した人。何度も」
美羽は小首を傾げて笑った。
「はぁー……」
溜息をつくしかない私。
「仕方ないでしょ。女なんてずっと抱いていなかったから」
怖いし、ずっとご無沙汰だった。それだけだ。
「……いつまでも夏町から出られない涼葉さん……とても可愛そう……この夏町で怖い怖い日々が待っている涼葉さん……うふふ……」
それは内緒といわんばかりに美羽は笑い始める……この子はとことん壊れている気がした……
少しだけ癇に障ったから首を絞めて殺す? 駄目だ。それではいけない……
笑う美羽に導かれるように、私たちは商店街へとたどり着いた。相変わらずひとけがない。だから、何か盗んだって誰も咎めない。
私たちがやってきたのは当然のことながら誰もいない雑貨屋。水や食べ物が手つかずで置かれている。ふと目に付いたレトルト食品は駄目で中身が破裂して、腐った嫌な臭いを放っていた。手に取ると使用期限はとっくに過ぎている。だから床に捨てた。
この状況じゃ一昔前のものが目立つ目の前のお菓子類もきっとそうだと思う。
「……飢えて死ぬの……? もしかしたらいいことかもしれない……」
とにかく殺そう……
「……美しい羽って、いい名前だね……」
雑貨屋を物色する美羽の細い首を後ろから両手で静かに締めようとした……殺したら、どんな形でもいいから私も死のう……
「涼葉さん。缶詰ならまだ食べられそう」
美羽が振り返る。トウモロコシの缶詰を両手で持ちながら。私はばつが悪く、壊れた殺意が静かに消えていく。
「た、食べ物……缶詰くらい?」
両手を後ろで組み、私は作り笑いを浮かべるしかない。
「そう。缶詰くらい」
美羽は笑う。私がしようとしていたことを知っていたのか、知らないのか、ただ笑っていた。
「なら食べよう。お腹空いた。涼葉さんもでしょ?」
小首を傾げて訊いてくる美羽に私は、平然を装うように頷いて見せた。
平然……私には息ができないくらいに、不器用に装うしかない。
誰もいない夏町の砂浜へと続く石段で、私と美羽は缶詰を静かに食べている。
「甘くて美味しい……うーん……不思議な気分……」
無表情で桃の缶詰を食べている美羽。私はトウモロコシの缶詰を食欲がなくても食べるしかない。飢えて死ぬのがきっと怖いのに食欲がない。プラスチックのフォークを使い缶詰のトウモロコシを口に運んでも、クスリのような感覚がして気持ち悪いばかりだ……まるで病院で飲んだ不味いクスリの味に似ている……
「……クスリ……私も飲んでみたい。きっと晴れやかな気分になれんですよね? ねぇ、涼葉きっとそうでしょう?」
目の前に天音がいた。突然そこにいた。
「……クスリとやらを私にください……」
天音は妖艶に笑う。
「睡眠薬の強いのと、心を落ち着かせる不思議なクスリ。飲めば頭がボーとして、気がつけばいつまでも眠っている」
私が嬉しそうに言うと。天音も嬉しそうな表情を浮かべた。
「私は妖怪だからきっと、その気持ちがわからない。眠ることがわからない。心が落ち着くとはどういった気分なんですか? きっとどこかで一人でいる気分なんだと私は思いますが……」
妖怪? こんなに美しい顔をして自信を妖怪だと言う天音。
「人の姿をしている。妖怪だと言うのはなぜ?」
「うふふ……涼葉が私を抱いてくれるのなら、耳元で語ってあげます。それはいくらでも……」
そう囁く天音。私は誘惑に負けそうで彼女を砂浜へと押し倒して、彼女が着ている浴衣をはだけさせて、まずは首筋を舐めて見たかった……それは、それは……自分と同じ女が好きだから……
「……きっと気持ちいいんでしょ……天音の体……」
長い桜色の髪をなびかせながら、天音は両手を差し伸べる。まるで同じ女を誘惑させるような、甘い感覚……
「……きてください……私の夏屋敷に……とてもいい場所ですよ」
私は天音の体に溺れることにする。いい匂いがする……だから……
……溺れる……
「涼葉さんがいなくなれば、私はどうすればいいの……?」
それは壊れた美羽の言葉……壊れているはずなのに、その声色は無垢で私を正気にさせた……?
「せっかく……美しい女が手に入ると思ったのに……」
静かに怒りを見せる天音。私は美羽に駆け寄り、ただ抱きしめるしかない。
「私の夏屋敷は、それは、それは美しいのに……頭のおかしな娘を選ぶ? 涼葉は少し贅沢すぎませんか? せっかく私が慈悲を与えようとしているのに!」
激高する天音。見た目は美しいけどそれだけだと思う。ただ支配欲の強い怪物のような存在。きっと人じゃない。妖怪というものに相応しい。
「まぁ、その娘を選ぶなら好きにしてください。どうせこの夏町からは逃げられない。困ったら私の夏屋敷に来てください」
「困らない。あなたが妖怪なら人である私たちには、もう関わらないで!」
私は声を荒げる。
「身の程知らずですね。自分のしてきたことを欺いて……果たして涼葉は人なんですか?」
天音の問いに私は、ゆっくりと頷く。
「涼葉さんは、人……」
美羽が言葉すると、天音は静かに笑う。
「せいぜい現実逃避とやらに励んでください。それは飢えて、飢えて……」
天音は消える。まるで最初から存在しなかったかのように……
私と美羽は夏町の生物の気配がない海を呆然と見つめるだけだった……
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