リエル~孤独の世界へ~

天倉永久

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第九話 壊れた私

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夏の終わりのあの日。寂れた映画館でレユは眠るように死んだ。まだ夢を見ている子供のように穏やかな最後だった。
私はスラムにある墓地へと毎日足を運んでいた。レユのお墓の前に何時間も立ち尽くすのが日課になっている。生き返って私とまた二人でいられる日々などもうこないと知っているのに、私は立ち尽くし続けていた。

「また来てたのか?」

ふと後ろを振り向けば花束を持ったランスがいた。穏やかな表情をしているが、今では私を哀れんでくれている唯一の人……だけど気に入らない……ランスのことも……自分のことも……私たちのような者が、レユを殺したようなものなのだから……

「家にいても寂しいだけだし……ほかにすることもないから……」

気に入らないのについ本音を言葉にしてしまう。私は誰かに言えば楽になるとでも思ったのか? そんなことは決してない。寝ている以外の時間。いつもレユのことを思い出すのだから……せめて夢の中だけでも会いたいと思うのに、会えたことは一度もなかった……

「思い出の中で生きてくれるだけでもう十分じゃないのか? 一つ一つがお前にとって大切な思い出のはずだろ?」

レユは私の思い出の中で生きている。そんなことはもうわかっているけど……私は今でもレユに会いたいという気持ちがおさまらない。

「二人でこの街を離れてみないか?」

「え……?」

私は小首を傾げる。

「どこか田舎の街に引っ越して、二人で暮らそう。生活は大変かもしれないが、寂しい思いはさせない。学校にも通えるし、友達だって……」

今さらどうして……? 学校に通って、友達を作る……? 今さらどうしてそんなことができるの……?

「今まで散々許されない行いをしてきたのに、私たちは平穏に生きるの?」

レユは私に気づかさせてくれた……私やランスのせいでたくさんの人たちが不幸になって死んでいったということを……

「二人で罪と向き合おう。償うために生きるんだ」

「償う? 今さら? それで許されるなら私は喜んで償うよ! レユが返ってくるなら償い続ける……!」

レユがいない悲しみ……自分を許せない私……ただ俯きながら涙するしかない……

「すまない……すまないアイル……苦しかったな……」

ランスは泣き止むまで私のことを抱きしめてくれた……

自宅のアパートへと戻った私。相変わらず誰もいない……泣いたせいで目が赤くなったので、顔を洗おうと洗面台へと向かう。
ふと気づいた洗面台の棚に、前に売れ残った古いリエルが入った紙袋の存在に……レユが欲しがるといけないので隠していたのをすっかり忘れていた……

「……幻覚でもいいのかな……?」

リエルの持つ幻覚作用と幸福感。今の私には必要なのだろうか……?

「幻覚のレユは私の知っているレユなのかな……?」

思わず静かに笑ってしまう……どんな形でもまたレユと会える可能性があるかもしれないことへの静かな喜びだった……

「会いたいよ」

私は一粒のリエルを飲む……別に自分に何か変わった様子はない……
もしかしたら、私の部屋のどこかにレユが幻覚のようにいるのではないのかと探し回るのだが……相変わらず私一人しかいない……

「もういるわけないのに……私はどうかしている……」

部屋の隅に私は倒れると……まるでぐったりとするような眠気に襲われる……別に疲れているわけでもないのに、酷く眠いのに……その心は幸せに満ち溢れているかのよう……

「会える……また出会える……レユに……」

それはありえないとわかる幸せなのに、私は静かに瞳を閉じることにした……


「……本当はもう出会えないって……自分でもわかっているくせに……」

それは暗闇の中で聞こえる私の声だった……
私が瞳を開けるとそこは星一つない暗闇の空と、色とりどりの花が咲いた花畑のような見知らぬ世界だった……
立ち尽くす私。空は夜のように暗いはずなのに、目の前に広がる暗い花畑だけは薄暗い中なのに、なぜか視界に映っていた……

「どうして立ち尽くしているの? ここにはレユのお墓はない。私とアイルだけの場所だから」

後ろを振り向けば、悪魔を思わせるような黒いドレスを着た私がいた。

「私の視界にはなにも映らないのに、自分だけズルいよね?」

少し俯いていたからよくわからなかったけど、もう一人の私は両目を覆うように血で少し汚れた包帯を巻いている。

「目をどうかしたの……? 怪我して包帯を巻いているの……?」

恐れるように私が訊くと、もう一人の私は壊れた笑い声を少し上げる。

「これはアイルが見ようとしないから……自分を許せなくなって結局はなにも見ようとしないから私の目は潰れたの。別に恐れなくていい。訊いたって私は噛みつかないから」

私が見ようとしない人々……それは私のせいで不幸になった人……? 死んでいった人……?

「それでもレユのことだけは見ようとした。かけがえのない存在にしようとしたのに、結局は自分のような人のせいで殺してしまった。どうしてそんなに哀れなの?」

哀れ……? そうだ確かに私は哀れだ……

「最初に好きになった男は体が目当てだった。ある夜拒んだだけで、殴られてそれっきり」

それは体だけじゃないって私は信じたかったから……少しだけでもいいから自分の信じた恋を信じたかったから……

「リエルが売れないと、ランスにだって殴られた。だけど今はそんなことしないランス。どこか田舎の街で二人だけで暮らそうと誘うランスをどう思う?」

今さら私は償えない。

「私は、リエルを売り続けた罪人だから……罪人だから学校にも行けないし、友達だって作ることはできない……」

綺麗な学校の制服を着てみたいと憧れていた……でもそれは無理……

「レユを死なせてしまったのは、アイルのような人だから……だから罪人……今では自分を責め続けているから、普通の女の子のような日々は送れない……」

悪魔のような黒いドレスを着たもう一人の私は笑い声を上げる。暗い空の花畑の下で……

「アイルが生き続けていたらどうせ心が壊れるだけ」

包帯で両目を覆っていても、もう一人の私はしっかりと私の目を見ているようだった……

「……だから体を私にちょうだい……アイルのかわりに生きてあげるから……」

生きていて、心が壊れるくらいなら……それも悪くない……

「暗い空の下で休んで……きっと安らげないと思うけど……」

暗い空……色とりどりの花畑が広がる世界で私は立ち尽くした……
色鮮やかな花びらが、暗い空に舞っていく……

「……綺麗……」

私はどのくらい眠っていたのだろうか? 部屋の隅で起き上がると、ただ鏡を探した。自分で見る視界が初めてだったので少しだけ舞い上がっていた。こぢんまりとした部屋を歩き回り洗面台を見つける。

「この服嫌いだな……それでも顔は気に入っている……」

洗面台の前にある鏡越しに私は笑みを浮かべずにはいられない……こんなにも可愛らしい顔が私のものなのだから……

「どうしたの私? 今まで瞳でも潰れていた?」

目に包帯がない……薄汚れたスラムの街のアパートだと知っているけど、鏡にはちゃんと私の顔が映っている。
ピンク色の髪に色白の肌。容姿は確かに気に入ったけど、着ている服が気に入らない。白いパーカーに黒いハーフパンツ。これじゃ変態の男しか私に寄り付かない。

「ガキくさくて嫌になるよ」

ふと思い出す。レユが死ぬ少し前のことを……私に似合う黒いドレスが飾られたショーウィンドウ……
洗面台の床に何粒か転がっているリエルを二粒ほど飲むと、私は外へと出る。
スラムとやらの冷たく薄暗い空。夕方と夜の中間だと思う。肌寒くて私には癖になりそうな過ごしやすい世界をすぐに好きになれた。
薄暗く冷たい空……微かに暖かく冷たい僅かな光の下で生きられることを好きにならずにはいられない……

「ショーウィンドウに飾られているドレスを譲ってください」

古いドレス屋の店内に私はいる。首にメジャーをかけたどこか胡散臭い若い店主は驚いた様子で私を見つめている。

「別に売るのは構いませんが、これはかなり手の凝ったドレスで、お値段もそれなりになりますよ? お嬢さんにはもっとお安いドレスがよろいいかと存じ上げるのですが……」

どこか困った様子の店主に、私はクシャクシャになった大量の紙幣を店主に差し出す。アイルが都会の街の古い洋館でリエルを売って得たものだが、今では私のものだ。

「こ、これは大変な失礼をいたしました。しばらくお待ちください」

首にメジャーをかけた若い店主は店内からショーウィンドウの鍵を開けると、私に似合う黒いドレスを丁寧に両手で抱えて持ってきてくれる。

「綺麗な箱でお包みしますので、どうかそのままでお待ちください」

「いいよ。今着ている服は嫌いだから」

私はその場で着ている服を脱いだ。

「まったく……下着もありきたりで嫌になる」

どこにでもいるような女の子が着ている白い下着に私は嫌悪する。どうせならもっと派手な黒色の薄い下着が私の好みだ。

「この店には下着も売っていますか?」

下着姿で私が訊くと。

「残念ながらございません。どうかドレスだけをお召しください」

店主は黒いドレスを私に差し出す。まるでさっさと店から出ていけといわんばかりに、震えた涙目を浮かべている。

「まぁいいよ。黒いドレスを着れば、ありきたりな下着なんて隠れることだし……」

悪魔を思わせるようなドレスに着替えられて私は幸せだ。これからは本当の自分でいられる。

「ドレスが気に入ったのなら、おぞましいからさっさと出ていってくれ……! 麻薬中毒のアバズレめ……!」

「なるほどアバズレ……それも悪くないかも」

私は古いドレス屋を後にする。
店の外は肌寒い風が吹いていると思う。リエルを飲んでいるせいで肌寒い風が心地いい。暗い空を見上げれば夏の終わりの夜空。綺麗で美しさを感じ、私はうっとりとしてしまう……

「なぁ、君! 待ってくれ!」

古いドレス屋の店主が私を呼び止める。私は半ば後ろを振り向く。

「今ならまだ間に合うかもしれない! 麻薬なんて絶つんだ! 本当の自分の姿を知っているはずだ! 思い出せばまだ引き返せると信じてみてくれ!」

こいつは私やアイルの何を知っている? アイルなんて今頃は悲しみに暮れ続けている。それは暗いお花畑で。それが償いだと信じてくれれば、私だって少しは嬉しい。

「信じてみる気もないし、引き返す気もない。これからは壊れ続けるから」

リエルをやって、いい男に抱かれて壊れ続ける自分を思い描いただけで、不思議と口元から笑みがこぼれてしまう。
それにしても、私の最後は廃人にでもなるのだろうか? それはそれで美しさを感じずにはいられない。
ドレス屋の主人は呆然としながら私を見つめていたから……私には笑い返すことしかできなかった……
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