9 / 12
第九話 壊れた私
しおりを挟む
夏の終わりのあの日。寂れた映画館でレユは眠るように死んだ。まだ夢を見ている子供のように穏やかな最後だった。
私はスラムにある墓地へと毎日足を運んでいた。レユのお墓の前に何時間も立ち尽くすのが日課になっている。生き返って私とまた二人でいられる日々などもうこないと知っているのに、私は立ち尽くし続けていた。
「また来てたのか?」
ふと後ろを振り向けば花束を持ったランスがいた。穏やかな表情をしているが、今では私を哀れんでくれている唯一の人……だけど気に入らない……ランスのことも……自分のことも……私たちのような者が、レユを殺したようなものなのだから……
「家にいても寂しいだけだし……ほかにすることもないから……」
気に入らないのについ本音を言葉にしてしまう。私は誰かに言えば楽になるとでも思ったのか? そんなことは決してない。寝ている以外の時間。いつもレユのことを思い出すのだから……せめて夢の中だけでも会いたいと思うのに、会えたことは一度もなかった……
「思い出の中で生きてくれるだけでもう十分じゃないのか? 一つ一つがお前にとって大切な思い出のはずだろ?」
レユは私の思い出の中で生きている。そんなことはもうわかっているけど……私は今でもレユに会いたいという気持ちがおさまらない。
「二人でこの街を離れてみないか?」
「え……?」
私は小首を傾げる。
「どこか田舎の街に引っ越して、二人で暮らそう。生活は大変かもしれないが、寂しい思いはさせない。学校にも通えるし、友達だって……」
今さらどうして……? 学校に通って、友達を作る……? 今さらどうしてそんなことができるの……?
「今まで散々許されない行いをしてきたのに、私たちは平穏に生きるの?」
レユは私に気づかさせてくれた……私やランスのせいでたくさんの人たちが不幸になって死んでいったということを……
「二人で罪と向き合おう。償うために生きるんだ」
「償う? 今さら? それで許されるなら私は喜んで償うよ! レユが返ってくるなら償い続ける……!」
レユがいない悲しみ……自分を許せない私……ただ俯きながら涙するしかない……
「すまない……すまないアイル……苦しかったな……」
ランスは泣き止むまで私のことを抱きしめてくれた……
自宅のアパートへと戻った私。相変わらず誰もいない……泣いたせいで目が赤くなったので、顔を洗おうと洗面台へと向かう。
ふと気づいた洗面台の棚に、前に売れ残った古いリエルが入った紙袋の存在に……レユが欲しがるといけないので隠していたのをすっかり忘れていた……
「……幻覚でもいいのかな……?」
リエルの持つ幻覚作用と幸福感。今の私には必要なのだろうか……?
「幻覚のレユは私の知っているレユなのかな……?」
思わず静かに笑ってしまう……どんな形でもまたレユと会える可能性があるかもしれないことへの静かな喜びだった……
「会いたいよ」
私は一粒のリエルを飲む……別に自分に何か変わった様子はない……
もしかしたら、私の部屋のどこかにレユが幻覚のようにいるのではないのかと探し回るのだが……相変わらず私一人しかいない……
「もういるわけないのに……私はどうかしている……」
部屋の隅に私は倒れると……まるでぐったりとするような眠気に襲われる……別に疲れているわけでもないのに、酷く眠いのに……その心は幸せに満ち溢れているかのよう……
「会える……また出会える……レユに……」
それはありえないとわかる幸せなのに、私は静かに瞳を閉じることにした……
「……本当はもう出会えないって……自分でもわかっているくせに……」
それは暗闇の中で聞こえる私の声だった……
私が瞳を開けるとそこは星一つない暗闇の空と、色とりどりの花が咲いた花畑のような見知らぬ世界だった……
立ち尽くす私。空は夜のように暗いはずなのに、目の前に広がる暗い花畑だけは薄暗い中なのに、なぜか視界に映っていた……
「どうして立ち尽くしているの? ここにはレユのお墓はない。私とアイルだけの場所だから」
後ろを振り向けば、悪魔を思わせるような黒いドレスを着た私がいた。
「私の視界にはなにも映らないのに、自分だけズルいよね?」
少し俯いていたからよくわからなかったけど、もう一人の私は両目を覆うように血で少し汚れた包帯を巻いている。
「目をどうかしたの……? 怪我して包帯を巻いているの……?」
恐れるように私が訊くと、もう一人の私は壊れた笑い声を少し上げる。
「これはアイルが見ようとしないから……自分を許せなくなって結局はなにも見ようとしないから私の目は潰れたの。別に恐れなくていい。訊いたって私は噛みつかないから」
私が見ようとしない人々……それは私のせいで不幸になった人……? 死んでいった人……?
「それでもレユのことだけは見ようとした。かけがえのない存在にしようとしたのに、結局は自分のような人のせいで殺してしまった。どうしてそんなに哀れなの?」
哀れ……? そうだ確かに私は哀れだ……
「最初に好きになった男は体が目当てだった。ある夜拒んだだけで、殴られてそれっきり」
それは体だけじゃないって私は信じたかったから……少しだけでもいいから自分の信じた恋を信じたかったから……
「リエルが売れないと、ランスにだって殴られた。だけど今はそんなことしないランス。どこか田舎の街で二人だけで暮らそうと誘うランスをどう思う?」
今さら私は償えない。
「私は、リエルを売り続けた罪人だから……罪人だから学校にも行けないし、友達だって作ることはできない……」
綺麗な学校の制服を着てみたいと憧れていた……でもそれは無理……
「レユを死なせてしまったのは、アイルのような人だから……だから罪人……今では自分を責め続けているから、普通の女の子のような日々は送れない……」
悪魔のような黒いドレスを着たもう一人の私は笑い声を上げる。暗い空の花畑の下で……
「アイルが生き続けていたらどうせ心が壊れるだけ」
包帯で両目を覆っていても、もう一人の私はしっかりと私の目を見ているようだった……
「……だから体を私にちょうだい……アイルのかわりに生きてあげるから……」
生きていて、心が壊れるくらいなら……それも悪くない……
「暗い空の下で休んで……きっと安らげないと思うけど……」
暗い空……色とりどりの花畑が広がる世界で私は立ち尽くした……
色鮮やかな花びらが、暗い空に舞っていく……
「……綺麗……」
私はどのくらい眠っていたのだろうか? 部屋の隅で起き上がると、ただ鏡を探した。自分で見る視界が初めてだったので少しだけ舞い上がっていた。こぢんまりとした部屋を歩き回り洗面台を見つける。
「この服嫌いだな……それでも顔は気に入っている……」
洗面台の前にある鏡越しに私は笑みを浮かべずにはいられない……こんなにも可愛らしい顔が私のものなのだから……
「どうしたの私? 今まで瞳でも潰れていた?」
目に包帯がない……薄汚れたスラムの街のアパートだと知っているけど、鏡にはちゃんと私の顔が映っている。
ピンク色の髪に色白の肌。容姿は確かに気に入ったけど、着ている服が気に入らない。白いパーカーに黒いハーフパンツ。これじゃ変態の男しか私に寄り付かない。
「ガキくさくて嫌になるよ」
ふと思い出す。レユが死ぬ少し前のことを……私に似合う黒いドレスが飾られたショーウィンドウ……
洗面台の床に何粒か転がっているリエルを二粒ほど飲むと、私は外へと出る。
スラムとやらの冷たく薄暗い空。夕方と夜の中間だと思う。肌寒くて私には癖になりそうな過ごしやすい世界をすぐに好きになれた。
薄暗く冷たい空……微かに暖かく冷たい僅かな光の下で生きられることを好きにならずにはいられない……
「ショーウィンドウに飾られているドレスを譲ってください」
古いドレス屋の店内に私はいる。首にメジャーをかけたどこか胡散臭い若い店主は驚いた様子で私を見つめている。
「別に売るのは構いませんが、これはかなり手の凝ったドレスで、お値段もそれなりになりますよ? お嬢さんにはもっとお安いドレスがよろいいかと存じ上げるのですが……」
どこか困った様子の店主に、私はクシャクシャになった大量の紙幣を店主に差し出す。アイルが都会の街の古い洋館でリエルを売って得たものだが、今では私のものだ。
「こ、これは大変な失礼をいたしました。しばらくお待ちください」
首にメジャーをかけた若い店主は店内からショーウィンドウの鍵を開けると、私に似合う黒いドレスを丁寧に両手で抱えて持ってきてくれる。
「綺麗な箱でお包みしますので、どうかそのままでお待ちください」
「いいよ。今着ている服は嫌いだから」
私はその場で着ている服を脱いだ。
「まったく……下着もありきたりで嫌になる」
どこにでもいるような女の子が着ている白い下着に私は嫌悪する。どうせならもっと派手な黒色の薄い下着が私の好みだ。
「この店には下着も売っていますか?」
下着姿で私が訊くと。
「残念ながらございません。どうかドレスだけをお召しください」
店主は黒いドレスを私に差し出す。まるでさっさと店から出ていけといわんばかりに、震えた涙目を浮かべている。
「まぁいいよ。黒いドレスを着れば、ありきたりな下着なんて隠れることだし……」
悪魔を思わせるようなドレスに着替えられて私は幸せだ。これからは本当の自分でいられる。
「ドレスが気に入ったのなら、おぞましいからさっさと出ていってくれ……! 麻薬中毒のアバズレめ……!」
「なるほどアバズレ……それも悪くないかも」
私は古いドレス屋を後にする。
店の外は肌寒い風が吹いていると思う。リエルを飲んでいるせいで肌寒い風が心地いい。暗い空を見上げれば夏の終わりの夜空。綺麗で美しさを感じ、私はうっとりとしてしまう……
「なぁ、君! 待ってくれ!」
古いドレス屋の店主が私を呼び止める。私は半ば後ろを振り向く。
「今ならまだ間に合うかもしれない! 麻薬なんて絶つんだ! 本当の自分の姿を知っているはずだ! 思い出せばまだ引き返せると信じてみてくれ!」
こいつは私やアイルの何を知っている? アイルなんて今頃は悲しみに暮れ続けている。それは暗いお花畑で。それが償いだと信じてくれれば、私だって少しは嬉しい。
「信じてみる気もないし、引き返す気もない。これからは壊れ続けるから」
リエルをやって、いい男に抱かれて壊れ続ける自分を思い描いただけで、不思議と口元から笑みがこぼれてしまう。
それにしても、私の最後は廃人にでもなるのだろうか? それはそれで美しさを感じずにはいられない。
ドレス屋の主人は呆然としながら私を見つめていたから……私には笑い返すことしかできなかった……
私はスラムにある墓地へと毎日足を運んでいた。レユのお墓の前に何時間も立ち尽くすのが日課になっている。生き返って私とまた二人でいられる日々などもうこないと知っているのに、私は立ち尽くし続けていた。
「また来てたのか?」
ふと後ろを振り向けば花束を持ったランスがいた。穏やかな表情をしているが、今では私を哀れんでくれている唯一の人……だけど気に入らない……ランスのことも……自分のことも……私たちのような者が、レユを殺したようなものなのだから……
「家にいても寂しいだけだし……ほかにすることもないから……」
気に入らないのについ本音を言葉にしてしまう。私は誰かに言えば楽になるとでも思ったのか? そんなことは決してない。寝ている以外の時間。いつもレユのことを思い出すのだから……せめて夢の中だけでも会いたいと思うのに、会えたことは一度もなかった……
「思い出の中で生きてくれるだけでもう十分じゃないのか? 一つ一つがお前にとって大切な思い出のはずだろ?」
レユは私の思い出の中で生きている。そんなことはもうわかっているけど……私は今でもレユに会いたいという気持ちがおさまらない。
「二人でこの街を離れてみないか?」
「え……?」
私は小首を傾げる。
「どこか田舎の街に引っ越して、二人で暮らそう。生活は大変かもしれないが、寂しい思いはさせない。学校にも通えるし、友達だって……」
今さらどうして……? 学校に通って、友達を作る……? 今さらどうしてそんなことができるの……?
「今まで散々許されない行いをしてきたのに、私たちは平穏に生きるの?」
レユは私に気づかさせてくれた……私やランスのせいでたくさんの人たちが不幸になって死んでいったということを……
「二人で罪と向き合おう。償うために生きるんだ」
「償う? 今さら? それで許されるなら私は喜んで償うよ! レユが返ってくるなら償い続ける……!」
レユがいない悲しみ……自分を許せない私……ただ俯きながら涙するしかない……
「すまない……すまないアイル……苦しかったな……」
ランスは泣き止むまで私のことを抱きしめてくれた……
自宅のアパートへと戻った私。相変わらず誰もいない……泣いたせいで目が赤くなったので、顔を洗おうと洗面台へと向かう。
ふと気づいた洗面台の棚に、前に売れ残った古いリエルが入った紙袋の存在に……レユが欲しがるといけないので隠していたのをすっかり忘れていた……
「……幻覚でもいいのかな……?」
リエルの持つ幻覚作用と幸福感。今の私には必要なのだろうか……?
「幻覚のレユは私の知っているレユなのかな……?」
思わず静かに笑ってしまう……どんな形でもまたレユと会える可能性があるかもしれないことへの静かな喜びだった……
「会いたいよ」
私は一粒のリエルを飲む……別に自分に何か変わった様子はない……
もしかしたら、私の部屋のどこかにレユが幻覚のようにいるのではないのかと探し回るのだが……相変わらず私一人しかいない……
「もういるわけないのに……私はどうかしている……」
部屋の隅に私は倒れると……まるでぐったりとするような眠気に襲われる……別に疲れているわけでもないのに、酷く眠いのに……その心は幸せに満ち溢れているかのよう……
「会える……また出会える……レユに……」
それはありえないとわかる幸せなのに、私は静かに瞳を閉じることにした……
「……本当はもう出会えないって……自分でもわかっているくせに……」
それは暗闇の中で聞こえる私の声だった……
私が瞳を開けるとそこは星一つない暗闇の空と、色とりどりの花が咲いた花畑のような見知らぬ世界だった……
立ち尽くす私。空は夜のように暗いはずなのに、目の前に広がる暗い花畑だけは薄暗い中なのに、なぜか視界に映っていた……
「どうして立ち尽くしているの? ここにはレユのお墓はない。私とアイルだけの場所だから」
後ろを振り向けば、悪魔を思わせるような黒いドレスを着た私がいた。
「私の視界にはなにも映らないのに、自分だけズルいよね?」
少し俯いていたからよくわからなかったけど、もう一人の私は両目を覆うように血で少し汚れた包帯を巻いている。
「目をどうかしたの……? 怪我して包帯を巻いているの……?」
恐れるように私が訊くと、もう一人の私は壊れた笑い声を少し上げる。
「これはアイルが見ようとしないから……自分を許せなくなって結局はなにも見ようとしないから私の目は潰れたの。別に恐れなくていい。訊いたって私は噛みつかないから」
私が見ようとしない人々……それは私のせいで不幸になった人……? 死んでいった人……?
「それでもレユのことだけは見ようとした。かけがえのない存在にしようとしたのに、結局は自分のような人のせいで殺してしまった。どうしてそんなに哀れなの?」
哀れ……? そうだ確かに私は哀れだ……
「最初に好きになった男は体が目当てだった。ある夜拒んだだけで、殴られてそれっきり」
それは体だけじゃないって私は信じたかったから……少しだけでもいいから自分の信じた恋を信じたかったから……
「リエルが売れないと、ランスにだって殴られた。だけど今はそんなことしないランス。どこか田舎の街で二人だけで暮らそうと誘うランスをどう思う?」
今さら私は償えない。
「私は、リエルを売り続けた罪人だから……罪人だから学校にも行けないし、友達だって作ることはできない……」
綺麗な学校の制服を着てみたいと憧れていた……でもそれは無理……
「レユを死なせてしまったのは、アイルのような人だから……だから罪人……今では自分を責め続けているから、普通の女の子のような日々は送れない……」
悪魔のような黒いドレスを着たもう一人の私は笑い声を上げる。暗い空の花畑の下で……
「アイルが生き続けていたらどうせ心が壊れるだけ」
包帯で両目を覆っていても、もう一人の私はしっかりと私の目を見ているようだった……
「……だから体を私にちょうだい……アイルのかわりに生きてあげるから……」
生きていて、心が壊れるくらいなら……それも悪くない……
「暗い空の下で休んで……きっと安らげないと思うけど……」
暗い空……色とりどりの花畑が広がる世界で私は立ち尽くした……
色鮮やかな花びらが、暗い空に舞っていく……
「……綺麗……」
私はどのくらい眠っていたのだろうか? 部屋の隅で起き上がると、ただ鏡を探した。自分で見る視界が初めてだったので少しだけ舞い上がっていた。こぢんまりとした部屋を歩き回り洗面台を見つける。
「この服嫌いだな……それでも顔は気に入っている……」
洗面台の前にある鏡越しに私は笑みを浮かべずにはいられない……こんなにも可愛らしい顔が私のものなのだから……
「どうしたの私? 今まで瞳でも潰れていた?」
目に包帯がない……薄汚れたスラムの街のアパートだと知っているけど、鏡にはちゃんと私の顔が映っている。
ピンク色の髪に色白の肌。容姿は確かに気に入ったけど、着ている服が気に入らない。白いパーカーに黒いハーフパンツ。これじゃ変態の男しか私に寄り付かない。
「ガキくさくて嫌になるよ」
ふと思い出す。レユが死ぬ少し前のことを……私に似合う黒いドレスが飾られたショーウィンドウ……
洗面台の床に何粒か転がっているリエルを二粒ほど飲むと、私は外へと出る。
スラムとやらの冷たく薄暗い空。夕方と夜の中間だと思う。肌寒くて私には癖になりそうな過ごしやすい世界をすぐに好きになれた。
薄暗く冷たい空……微かに暖かく冷たい僅かな光の下で生きられることを好きにならずにはいられない……
「ショーウィンドウに飾られているドレスを譲ってください」
古いドレス屋の店内に私はいる。首にメジャーをかけたどこか胡散臭い若い店主は驚いた様子で私を見つめている。
「別に売るのは構いませんが、これはかなり手の凝ったドレスで、お値段もそれなりになりますよ? お嬢さんにはもっとお安いドレスがよろいいかと存じ上げるのですが……」
どこか困った様子の店主に、私はクシャクシャになった大量の紙幣を店主に差し出す。アイルが都会の街の古い洋館でリエルを売って得たものだが、今では私のものだ。
「こ、これは大変な失礼をいたしました。しばらくお待ちください」
首にメジャーをかけた若い店主は店内からショーウィンドウの鍵を開けると、私に似合う黒いドレスを丁寧に両手で抱えて持ってきてくれる。
「綺麗な箱でお包みしますので、どうかそのままでお待ちください」
「いいよ。今着ている服は嫌いだから」
私はその場で着ている服を脱いだ。
「まったく……下着もありきたりで嫌になる」
どこにでもいるような女の子が着ている白い下着に私は嫌悪する。どうせならもっと派手な黒色の薄い下着が私の好みだ。
「この店には下着も売っていますか?」
下着姿で私が訊くと。
「残念ながらございません。どうかドレスだけをお召しください」
店主は黒いドレスを私に差し出す。まるでさっさと店から出ていけといわんばかりに、震えた涙目を浮かべている。
「まぁいいよ。黒いドレスを着れば、ありきたりな下着なんて隠れることだし……」
悪魔を思わせるようなドレスに着替えられて私は幸せだ。これからは本当の自分でいられる。
「ドレスが気に入ったのなら、おぞましいからさっさと出ていってくれ……! 麻薬中毒のアバズレめ……!」
「なるほどアバズレ……それも悪くないかも」
私は古いドレス屋を後にする。
店の外は肌寒い風が吹いていると思う。リエルを飲んでいるせいで肌寒い風が心地いい。暗い空を見上げれば夏の終わりの夜空。綺麗で美しさを感じ、私はうっとりとしてしまう……
「なぁ、君! 待ってくれ!」
古いドレス屋の店主が私を呼び止める。私は半ば後ろを振り向く。
「今ならまだ間に合うかもしれない! 麻薬なんて絶つんだ! 本当の自分の姿を知っているはずだ! 思い出せばまだ引き返せると信じてみてくれ!」
こいつは私やアイルの何を知っている? アイルなんて今頃は悲しみに暮れ続けている。それは暗いお花畑で。それが償いだと信じてくれれば、私だって少しは嬉しい。
「信じてみる気もないし、引き返す気もない。これからは壊れ続けるから」
リエルをやって、いい男に抱かれて壊れ続ける自分を思い描いただけで、不思議と口元から笑みがこぼれてしまう。
それにしても、私の最後は廃人にでもなるのだろうか? それはそれで美しさを感じずにはいられない。
ドレス屋の主人は呆然としながら私を見つめていたから……私には笑い返すことしかできなかった……
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる