落月後宮溺愛譚~救国の兎、皇帝陛下の寵妃となる~

あかね真凛

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6 耳に届くもの

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 幼い頃より、人の声に混じって聞こえてきたものがある。
 言葉のような、鳴き声のような。
 
 意味をなさない雑音混じりのそれのせいで、義母と義妹の指図を聞き逃したことは一度や二度ではない。
 それが何なのかわかったのは、つい最近。後宮に放り込まれてからだ。
 
 この耳は、モノの声を捉えている。
 それも、持ち主から離されたモノが、主を探す声だけだ。

 確信を得たのは後宮に入ったばかりの頃だ。
 洗礼とばかりに持ち物を隠された時に、植え込みから自分の筆の声が聞こえた。
 翠花の髪結い紐が軒先に吊るされていた時にも、悲鳴が聞こえた。
 何度でも、どんなものでも、隠されてもすぐに見つけられた。
 そうしたことが続いたおかげで、いくら物隠しをしても無駄だとわかってもらえたようで、そうした被害はなくなった。

 ……代わりに、犬みたいに鼻が利く、気味が悪い女だと噂が立ったけれど。
 
 残念ながら私が優れているのは嗅覚ではなく、聴覚だ。
 少しだけ風変わりな能力。けれど、手放すつもりは毛頭ない。
 
 物語で見聞きしていたのは、花や蝶と語らう美しい公主だ。
 そうした能力があったらと望んだけれど、現実はもっと地味で──そして有益だった。
 
 人が集まる場所ではモノも集まり、そして悪意の有無に関わらず、ひょんなことから持ち主の手を離れることも多い。
 騒ぎになる前に見つけ出して事なきを得る。
 もしくは恩を売る。はたまた──
 
 おっといけない。
 欲をかいては身を滅ぼす元だ。


「月鈴様ったら、あたしが居ない間にまたそんな妙な話を……」

 湯船の外に膝をついた翠花が、やれやれと首を振って湯を掬う。
 肩に掛けられた湯がとろりと肌をすべり、先程の木登りでついた傷にしみた。
 
「っつ」
「あっ! お怪我にしみましたか? 申し訳ございません!」
「いいの、大丈夫」

 目をつぶってやり過ごす。こんなことには慣れているのだ。
 ぐっと湯船の中で手足を伸ばせば、自然と息が漏れた。

「はああ……」
「ふふ。月鈴様、いい笑顔です」
「だって気持ちいいもの。すっきりするし」

 湯船にくぐらせた手ぬぐいをしぼって、翠花の顔を拭ってやる。
「わあ、あったかいです」
「早めに出るからね。その分、翠花も長く熱いお湯を使えるから」
「もう、あたしのことなんて気にしないで、ごゆっくり入ってくださいよ! それよりさっきのお話の続きを聞かせてください」

 湯船に入りながら会話させようというのは、私の烏の行水をどうにか伸ばそうとする翠花の気遣いだろう。
 あまり遠慮するのもおかしいので、気遣いに甘えることにした。
 
「あの御方……そう、香麗様。なかなかのご身分とご気性であらせられるわ。ねえ、香氏って義母の商館の上得意じゃなかったっけ?」
「え? あっ……そう、そういえば! 何度かいらっしゃいましたね。こんなおヒゲの方」
 
 翠花が鼻の下に指で波を描く。
 
「そうそう、そんなお方だったわね」

 噴き出しそうになるのを堪えて頷く。
 確かに、うにょん、とした雲のようなヒゲの御仁だった。香麗様のご尊父だろうか。

「……そういう方と繋がりがあれば、何かの足がかりになるかもしれない」
「ま、月鈴様ったら抜け目ない」
「必死なだけよ」
「あたしも聞いたことありますよ。押しも押されもせぬ香貴妃のお名前。なかなかの才媛らしい……ですが良くない噂もございますよ」
「……それはまあ、そうね。信頼を得るに値するお方かどうかは、私自身が判断しないといけないわ」

 ふう、と大きく息をついた。
 手の甲で顔に跳ねた飛沫を拭う。
 翠花が慌てて手拭いを差し出した。それを受け取りながら振り返る。

「この後、こっそり庭院に行くつもり。一緒に来る?」
「もちろんお供しますとも! なんのために沐浴したかわからなくなるほど泥だらけにならないようにだけ、気をつけてくださいね!」

 ぐっと拳を握る翠花に元気づけられて、湯船から立ち上がった。
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