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5 光るまなざし
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「の、飲めた……」
良薬は口に苦し、とは言うけれど、こうも苦くては飲む気も起きない。
せめて何か、飲む気になれるような香りでもつければいいのに。
そんなことを考えながら、薬湯を飲み終えた碗を机に置いて口元を拭う。
かたんと扉の動く音がした。
「翠花?」
振り向くと――翠花ではなかった。
妃だ。
それに、見知らぬ侍女が五、六人。
扇で口元を隠しているが、大きな瞳は何にも隠されずにしっかりとこちらを見つめている。
ぎらぎらとしたまなざしに焼かれそうだ。
「桂月鈴ですね」
侍女に問われて、無言で頷く。
すると、膝を曲げた侍女たちの中心ですっくと立つ妃が、扇をかすかに揺らした。
「貴方の噂を聞いたの。わたくしのお願いも聞いてくださる?」
急いで椅子から降りて頭を下げる。
私に、断る理由などないのだから。
まだ、翠花は戻っていない。
けれど、侍女がいないのでお話はしばしお待ちください、などとお願いができる立場ではないのだ。
「場所を変えてお話しましょ」
「……かしこまりました」
翠花に状況を伝える間もなく連れ出された先は、建物を出た先にある庭院だった。
「わたくし、この髪が自慢なの」
このお方は香麗様、というそうだ。
悩ましげに首を傾げる。結い上げられた黒髪がしなやかに揺れた。
「お気に入りの櫛があってね。月を愛でる陛下のお気に召すようにと、兎の意匠を凝らしてあるのよ。嵌め込まれた玉が陽の光に照らされて宝珠のよう」
夢見がちに語る彼女の後について歩く。
あれほど連れていた侍女は消えていた。そんなに人払いが必要な話なのだろうか。
香麗様に聞こえないように、ごくりと生唾を呑む。
そうしているうちに、整えられた木立がそよぐ庭院から、徐々に景色が変わってきた。
自然の有り様に任せた──わかりやすく言うなれば、非常に野放図な一角にさしかかる。
高位の妃にふさわしい草花など見当たらない。けれど、そこで香麗様は足を止めた。
カァ、と鳥の声が、空気を切り裂く。
待ち構えていたかのような声に、思わず空を見上げた。
「最近、烏が増えてきたわ。この季節って縄張り争いでもしてるの?」
「さ、さあ……私には、わかりかねます」
「そう? きっとこの鳴き声はそういうことなのよ。気が立ってるの。光るものに目が無くって、節操がないのよねえ……」
その口ぶりに、烏そのものの生態を問われているのではないと気がついた。
ちらりと上目遣いで香麗様を窺う。
その黒髪に、兎の櫛は見当たらない。
失くしたわけでは――なさそうだ。
お疑いなのだ。
違う。盗まれたと確信しているのだ。
ごくりと生唾を呑む。
今度は香麗様にも聞こえてしまったかもしれない。
そんなことを心配しているうちに、空の様子も変わってくる。
一羽だけだった鳴き声が次第に重なり、厚みを増した濁り声を響かせる。
仲間への鼓舞か、はたまた敵への威嚇か。
「貴方はそういうことに長けているのでしょう?」
ぎらり、と怪しい光を帯びたまなざしに、慌てて頭を下げる。
開いた扇の向こうで、まだ見ぬ玉より爛々と光るまなこがこちらを見た。
「その兎、必ずやその御髪に舞い戻らせてみせましょう」
両膝を着き目を伏せる。
ここからはこの耳だけが頼りなのだ。
良薬は口に苦し、とは言うけれど、こうも苦くては飲む気も起きない。
せめて何か、飲む気になれるような香りでもつければいいのに。
そんなことを考えながら、薬湯を飲み終えた碗を机に置いて口元を拭う。
かたんと扉の動く音がした。
「翠花?」
振り向くと――翠花ではなかった。
妃だ。
それに、見知らぬ侍女が五、六人。
扇で口元を隠しているが、大きな瞳は何にも隠されずにしっかりとこちらを見つめている。
ぎらぎらとしたまなざしに焼かれそうだ。
「桂月鈴ですね」
侍女に問われて、無言で頷く。
すると、膝を曲げた侍女たちの中心ですっくと立つ妃が、扇をかすかに揺らした。
「貴方の噂を聞いたの。わたくしのお願いも聞いてくださる?」
急いで椅子から降りて頭を下げる。
私に、断る理由などないのだから。
まだ、翠花は戻っていない。
けれど、侍女がいないのでお話はしばしお待ちください、などとお願いができる立場ではないのだ。
「場所を変えてお話しましょ」
「……かしこまりました」
翠花に状況を伝える間もなく連れ出された先は、建物を出た先にある庭院だった。
「わたくし、この髪が自慢なの」
このお方は香麗様、というそうだ。
悩ましげに首を傾げる。結い上げられた黒髪がしなやかに揺れた。
「お気に入りの櫛があってね。月を愛でる陛下のお気に召すようにと、兎の意匠を凝らしてあるのよ。嵌め込まれた玉が陽の光に照らされて宝珠のよう」
夢見がちに語る彼女の後について歩く。
あれほど連れていた侍女は消えていた。そんなに人払いが必要な話なのだろうか。
香麗様に聞こえないように、ごくりと生唾を呑む。
そうしているうちに、整えられた木立がそよぐ庭院から、徐々に景色が変わってきた。
自然の有り様に任せた──わかりやすく言うなれば、非常に野放図な一角にさしかかる。
高位の妃にふさわしい草花など見当たらない。けれど、そこで香麗様は足を止めた。
カァ、と鳥の声が、空気を切り裂く。
待ち構えていたかのような声に、思わず空を見上げた。
「最近、烏が増えてきたわ。この季節って縄張り争いでもしてるの?」
「さ、さあ……私には、わかりかねます」
「そう? きっとこの鳴き声はそういうことなのよ。気が立ってるの。光るものに目が無くって、節操がないのよねえ……」
その口ぶりに、烏そのものの生態を問われているのではないと気がついた。
ちらりと上目遣いで香麗様を窺う。
その黒髪に、兎の櫛は見当たらない。
失くしたわけでは――なさそうだ。
お疑いなのだ。
違う。盗まれたと確信しているのだ。
ごくりと生唾を呑む。
今度は香麗様にも聞こえてしまったかもしれない。
そんなことを心配しているうちに、空の様子も変わってくる。
一羽だけだった鳴き声が次第に重なり、厚みを増した濁り声を響かせる。
仲間への鼓舞か、はたまた敵への威嚇か。
「貴方はそういうことに長けているのでしょう?」
ぎらり、と怪しい光を帯びたまなざしに、慌てて頭を下げる。
開いた扇の向こうで、まだ見ぬ玉より爛々と光るまなこがこちらを見た。
「その兎、必ずやその御髪に舞い戻らせてみせましょう」
両膝を着き目を伏せる。
ここからはこの耳だけが頼りなのだ。
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