自分を陥れようとする妹を利用したら、何故か王弟殿下に溺愛されました

葵 すみれ

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32.手放せない幸福

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 そして、婚約が解消されてから数日後。
 リグスーン公爵は療養という名目で、マイラと共に領地へ旅立っていった。謹慎となったケイティも一緒だ。
 これにより、リグスーン公爵家は事実上、ジェイクが継ぐことになる。

 グリフィンの処分はまだ決まっていない。
 だが、国王夫妻の甘さを考えれば、彼が廃嫡になることはないだろう。

 レイチェルは騒ぎのほとぼりが冷めるまでの間、しばらく学園を休んでいた。
 その間、レイチェルの元には毎日のようにカーティスから手紙と花束が届けられている。

「カーティスさまはお忙しいのに、私のために時間を割いてくださっているのね」

 レイチェルはカーティスの気遣いに、心が温かくなるのを感じた。
 そして、彼からの手紙を読み返す度に、胸が高鳴っていく。

「今日もお手紙をくださるかしら……。カーティスさまに会いたい……」

 庭でお茶を飲みながら、レイチェルはカーティスからの手紙を心待ちにする。
 すると、その時、突然背後から声がかかった。

「お手紙をお持ちいたしました」

 その声に、レイチェルはびくりと肩を震わせる。
 聞き覚えのある低い声だ。
 だが、レイチェルは振り返ることができなかった。

「お返事をいただけますでしょうか」

 再び声をかけられ、レイチェルはおそるおそる振り返った。するとそこには、予想どおりの人物が立っていた。

「カーティス……さま……」

 レイチェルは呆然として呟く。

「やっと会えたな、レイチェル」

 カーティスは優しく微笑むと、レイチェルに歩み寄る。そして、大輪の薔薇の花束を差し出した。

「会いたかった」

 カーティスは熱のこもった声で告げると、花束ごとレイチェルを抱きしめる。
 突然のことに、レイチェルは混乱した。だが、彼の温もりを感じると、胸が高鳴るのを感じた。

「私も……お会いしたかったですわ……」

 レイチェルはカーティスの胸に顔を埋めると、そっと背中に手を回した。そしてぎゅっと抱きしめると、彼の胸に頬ずりをする。
 薔薇の強く甘い香りが、二人を包む。

「ああ……可愛いな」

 カーティスはそう囁くと、レイチェルの髪を優しく撫でる。
 その心地よさに、レイチェルはうっとりと目を閉じた。

「ずっとこうしてきみを抱きしめたかった」

 カーティスの囁きに、レイチェルの鼓動が速まる。そして、彼の背中に回す手に力を込めた。

「私もです……カーティスさま……」

 レイチェルは潤んだ瞳でカーティスを見上げる。彼の紫色の瞳に自分の姿が映っているのが見えた。

「レイチェル……」

 カーティスはゆっくりと顔を近づけてくる。そして、二人は口づけを交わした。
 唇が触れ合うと、そこから甘い感覚が広がっていく。それと同時に、幸福感に満たされていくのを感じた。

「夢みたいだ……」

 カーティスはそう呟くと、再びレイチェルの唇を奪う。今度は先ほどよりも強く、長く口づけを交わした。

「ん……ふぅ……」

 レイチェルはカーティスの情熱的な口づけに酔いしれる。
 カーティスはレイチェルの後頭部に手を回すと、さらに強く抱きしめた。

「好きだ……レイチェル……愛してる……」

 カーティスは愛の言葉を囁きながら、何度も口づけを繰り返す。その度に、レイチェルの心は幸福感で満たされていった。
 やがて、カーティスはゆっくりとレイチェルから離れた。

「すまない……嬉しくてつい」

 カーティスは恥ずかしそうに頭を掻く。
 その仕草が可愛らしくて、レイチェルは思わず笑みを零した。

「ふふ……私も嬉しいですわ」

 レイチェルが微笑むと、カーティスはほっとしたような表情を浮かべる。
 そして二人は手を繋いだまま見つめ合った。

「レイチェル……以前、私の妃になってくれると言ったね」

 カーティスは真剣な表情で尋ねる。
 レイチェルはその真剣な眼差しに息をのんだ。心臓が激しく脈打っているのがわかる。

「ええ……確かに申し上げましたわ」

 レイチェルが答えると、カーティスは真剣な眼差しのまま続けた。

「あの時、きみは義務感からそう答えてくれたのかもしれない。だが、今は違うと思ってもいいだろうか。きみも望んでくれていると」

 カーティスの真摯な問いかけに、レイチェルは胸が熱くなるのを感じた。
 そして、彼の手をぎゅっと握り返す。

「ええ……もちろんですわ。私も……カーティスさまの妃になりたいです……」

 レイチェルはそう答えると、カーティスの胸に飛び込んだ。
 彼の腕が優しく包み込むように抱きしめる。
 その温もりを感じて、レイチェルの心は喜びで満たされた。

「ありがとう……本当に嬉しいよ」

 カーティスは幸せそうに微笑むと、もう一度強く抱きしめてくれた。
 それがまた嬉しくてたまらない気持ちになる。

「私もです……カーティスさま」

 レイチェルはカーティスの背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめた。
 この温もりをずっと求めていたのだと実感する。

 ところが、レイチェルの頭にふと疑問が浮かんだ。
 カーティスは小説では登場せず、世界が修正した影響で現れた存在だろう。
 彼の気持ちも、自分の気持ちも、世界に植え付けられたものに過ぎないのではないか。そうは思いながらも、レイチェルは己の気持ちに嘘はつけなかった。

 だが、結ばれてしまった後は、どうなるのだろうか。

 正式な夫婦となってしまえば、あとは愛情がなくても結界は維持できる。
 この感情が植え付けられたものならば、取り去られるのもあっという間になるのではないか。
 カーティスの愛に満ちた眼差しが、冷たく変わってしまうかもしれない。
 そのことを考えると、レイチェルの心は不安と悲しみで塗りつぶされた。

「どうかしたか?」

 急に黙り込んだレイチェルに、カーティスが心配そうに声をかける。

「いえ……なんでもありませんわ」

 レイチェルは慌ててごまかすと、カーティスの胸に顔を埋めた。そして彼の背中に回した手に力を込める。
 もう少しだけこのままでいたかった。この幸せを手放したくなかったのだ。
 そんな気持ちを込めて、ぎゅっと抱きしめ続ける。
 するとカーティスもまた同じように強く抱きしめてくれた。
 それがとても幸福だった。
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