上 下
33 / 44

33.婚約

しおりを挟む
 その後、レイチェルはカーティスと共に王城へ足を運んだ。
 国王から婚約の許可を得るためである。
 謁見の間に入ると、そこには国王夫妻の姿があった。貴族たちもずらりと並んでいるが、王太子グリフィンは不在だ。
 国王夫妻はレイチェルの姿を見て、わずかに目を見開いた。

「カーティス、なぜレイチェル嬢を連れてきた?」

 国王は厳しい表情でカーティスに問いかける。その横では王妃も不安そうな表情で彼を見つめていた。
 しかし、レイチェルとカーティスが互いの色を纏った姿をしていることに気づき、二人は驚きの表情を浮かべる。

「陛下に許可をいただきたく参りました」

 カーティスが口を開いた瞬間、王妃が悲鳴じみた声を上げた。

「レイチェル! グリフィンを裏切るつもり!?」

 王妃は信じられないとばかりに、レイチェルに非難の眼差しを向ける。
 だが、レイチェルは平然とその視線を受け止めた。

「恐れながら王妃陛下、婚約破棄を宣言したのはグリフィン殿下でございますわ。裏切ったのは殿下のほうですし、すでに婚約は正式に解消されております」

 レイチェルが毅然とした態度で答えると、王妃はますます動揺した様子を見せた。

「でも……だからといって、カーティスとなんて……。あなたはグリフィンとの婚約を望んでいたはずでしょう? あの子のことを愛しているのよね?」

 王妃は信じられないといった様子で、震える声で問いかける。
 しかしレイチェルは首を横に振った。

「いいえ、私は四大公爵家の娘として、殿下との婚約が定められただけに過ぎません。そこに私の意思は存在しませんわ」

 レイチェルがきっぱりと告げると、王妃は愕然とした表情を浮かべた。

「それでも私は、婚約者としての義務を精いっぱい果たそうと努力してきました。ですが、殿下はそれを拒絶なさったのです。そして一方的に婚約を破棄し、私など側妃でもお断りだとおっしゃいましたわ」

 さらにレイチェルが淡々と事実を述べていくと、王妃の顔はみるみるうちに青ざめていった。

「そんな……」

 王位継承権第二位であるカーティスが、四大公爵家の直系であるレイチェルを娶れば、次期国王はカーティスでほぼ確定する。
 問題を起こし、資質が疑われているグリフィンでは、とても王位は継げないだろう。
 それがわかるだけに、王妃はショックを受けているようだった。
 王妃が呆然としていると、カーティスが一歩前に出た。

「陛下、私はレイチェルを心から愛しております。どうか婚約の許しをいただきたく存じます」

 カーティスがそう言うと、国王は深いため息をついた。
 そして、険しい表情で口を開く。

「カーティス、お前の気持ちはよくわかった。しかし……レイチェル嬢は納得しているのだろうか?」

 まるで最後の望みに賭けるような国王の問いかけだった。
 しかし、レイチェルはその期待を裏切るように、カーティスに寄り添う。そして彼を見上げると、にっこりと微笑んでみせた。

「はい、陛下。私はカーティスさまと共に歩んでいく覚悟です」

 レイチェルがはっきりと告げると、国王は苦々しい表情を浮かべた。
 そして沈黙が流れる。

「おお、これは素晴らしい! 正統な王家の血筋であるカーティス殿下と、四大公爵家の直系であるレイチェル嬢が結ばれるとは、なんとめでたいことか!」

 沈黙を破るように声を上げたのは、オウムト公爵だった。
 その言葉に、国王の顔色が変わる。
 『正統な王家の血筋』は、国王の前では禁句だった。王家の色とされる紫色の瞳ではなく、青紫色の瞳を持つ国王は、正統な王家の血を引いているとは言えない。
 それは王太子グリフィンも同じだ。彼はさらに遠ざかり、青色の瞳である。

「オウムト公、口が過ぎよう」

 国王が牽制するように言うと、オウムト公爵は不敵な笑みを浮かべた。

「陛下、私は何も間違ったことは言っておりません。あのような場で自ら婚約を破棄するような者より、カーティス殿下が次期国王となるべきではありませんか。そして、正統な四大公爵家の直系であるレイチェル嬢こそが、未来の王妃にふさわしい」

 オウムト公爵はそう言うと、満足げに微笑んだ。
 国王は険しい表情でオウムト公爵を見据えるが、何も言い返せない様子だった。

「オウムト家は、カーティス殿下を支持いたしますぞ」

 オウムト公爵は高らかに宣言する。

「我がリグスーン家も、カーティス殿下を支持いたします」

 すると、すかさずジェイクが声を上げた。

「スーノン家も、だ」

 さらにスーノン公爵が、それに続く。
 彼の姿を初めて見る王妃は、驚いたように目を見開いた。

「スーノン公爵が、なぜここに……?」

「この国の未来を憂えてのことでございますよ、王妃陛下」

 スーノン公爵はそう言うと、優雅に一礼した。

「そんな……あり得ないわ。なんでこんなことになっているの?」

 王妃は混乱しながら叫ぶと、周囲を見回した。しかし、誰も彼女の疑問に答えようとはしない。
 四大公爵家のうち、三つの支持がカーティスに集まったのだ。
 それを見た他の貴族たちも、追従するように声を上げ始める。

「カーティス殿下こそが次期国王にふさわしい!」

「私もカーティス殿下を支持します!」

「カーティス殿下とレイチェル嬢はとてもお似合いだ!」

「カーティス殿下、万歳!」

 謁見の間に、カーティスを支持する声が響き渡る。
 次々と上がる声に、王妃は絶望の表情を浮かべる。そして力なく玉座に座り込んだ。

「陛下……私はどうすれば……」

 王妃が目に涙を浮かべて訴えると、国王は深いため息をついた。
 そして、意を決したように口を開く。

「わかった……二人の婚約を認めよう」

 国王が苦々しい表情で告げると、謁見の間は歓喜の声に包まれた。

「ありがとうございます……陛下」

 カーティスは満面の笑みを浮かべると、レイチェルの手を取って跪く。そして手の甲に口付けた。

「これで私たちは正式な婚約者だ。これから末永くよろしく頼む」

 カーティスはそう言うと、レイチェルの手を握りしめる。

「はい、カーティスさま。こちらこそよろしくお願いします」

 レイチェルも彼の手を握り返し、微笑んでみせた。
 そして二人の様子を見守っていた国王夫妻はうな垂れたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貧乳は婚約破棄の要件に含まれますか?!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:695pt お気に入り:231

ショート朗読シリーズ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:0

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:151,545pt お気に入り:8,038

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:57,623pt お気に入り:53,902

明らかに不倫していますよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,337pt お気に入り:116

私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,781

吸血少女ののんびり気ままなゲームライフ

SF / 連載中 24h.ポイント:1,222pt お気に入り:107

幸介による短編恋愛小説集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:2

処理中です...