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02.孤児リア
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リアは孤児だった。
物心ついたときには、路地裏で残飯を漁りながら、その日その日を生きていた。
「さあ、お食べ」
幸いにして、貴族の屋敷に勤める心優しい下女が、時々残飯を施しに来てくれる。
どこか優越感に浸った笑みを浮かべる下女が地面にばらまいた残飯を、孤児たちは貪った。
苦い何か、酸っぱい何か、吐き気を催すようなものであっても、リアは口に入れたものを全て飲み込んだ。
もともと丈夫だったのか、食あたりで命を散らしていく子たちもいる中、リアは生き延びた。
そうしたあるとき、リアは孤児狩りに捕まってしまう。
もしリアが美しい少女であったならば、娼婦として売られていたのかもしれない。しかし、幸か不幸かリアは少年にしか見えないような容姿だった。
リアは他の利用価値を探られることとなった。
「魔力測定結果は……素質ありだな」
通常は貴族が持つとされる魔力だが、稀に平民でも発現することがある。
素質を認められたリアは、魔術師としての訓練を受けることとなった。
貴族が嫌がるような汚れ仕事など、使い捨ての駒である平民出身の魔術師だったが、飢えることはない。リアは黙々と仕事をこなした。
同僚たちが次々と命を落としていく中、またもリアは生き延びて成長していった。
ところが、ある任務でリアは足に後遺症が残るほどの傷を負ってしまう。もはや使いものにならないと、処分されるところだった。
「平民出身の魔術師も、待遇を改善するべきだ。彼らはもっと活躍できる」
しかし、折よく平民出身の魔術師の扱いが見直されることとなり、リアは処分を免れた。
これまで適当に仕込まれ、適当に命を扱われてきた平民魔術師も、もっと正しく活用すべきだと唱えるフローレス侯爵によって、養成所が作られた。
リアは今までの経験を活かして後進を育てるということで、養成所の教師となったのだ。
戦闘には耐えられなくなった足だが、歩くなど日常生活は問題ない。教師の仕事に支障はなかった。
「先生って、その年まで生き延びてきたんだろ? 凄いな!」
生徒たちから尊敬の眼差しを向けられるリアだが、自分の正確な年齢を知らない。
おそらく二十代半ば程度のはずだが、これまでの過酷な任務によって老けたのか、リアの外見は三十を超えているように見られることも多々あった。
教師は薄給ではあったが、食べていくには困らない。命の危険もなく、リアは穏やかな日々を過ごすことができた。
「……が殉職した」
時おりもたらされる、生徒の末路に心を痛めることはあった。だが、リアにできることは、生き延びる可能性を少しでも高めるべく、自分の経験を教えることだけだ。
そうして数年が過ぎ、だんだんと不幸な知らせを聞くことは減っていった。
「センセーって、なんで結婚してねーの?」
生徒たちが入れ替わっていくうちに、価値観も変化していくのを感じる。
少し前ならば、平民の魔術師が結婚など、考えもしないようなことだった。どうせすぐに命を失うからだ。
平民の魔術師も未来を描けるようになってきたのかと、リアは感慨深い。
「先生はな、若い頃はそれはもうモテたんだ。たくさんの男たちからのアプローチがあって、一人に決め切れなくてな……気付いたら、こうなっていたというわけだ」
「ウソくせー!」
くだらないことを言って笑い合うことが、日常になった。
養成所ができた頃は悲壮な覚悟を決めた生徒たちが多かったが、今は馬鹿馬鹿しい話に興じる余裕がある。訓練が年々洗練されてきて、効率が上がったこともあるだろう。
養成所は当初からは比べものにならないほど、明るい雰囲気にあふれていた。
「強い魔力の持ち主が入ってきたぞ。数百年に一度の天才だ」
あるとき、天才と言われる少年が養成所にやってきた。
なかなか見ない銀色の髪と紫色の瞳という目立つ外見をした、整った顔立ちの少年はクライブという名だった。
孤児でありながら、どことなく品の漂う佇まいと、何を考えているかわからない無表情は、他人を拒絶する。生徒たちは、彼と距離を置いた。
「クライブ! ここには慣れてきたかな?」
リアは、積極的にクライブに声をかけた。
生徒たちの中で完全に浮いている彼を、放っておけなかったのだ。
魔術の腕だけで言えば、教えることなどないくらいではあるが、他者とのコミュニケーションが皆無であるのは望ましくない。任務では、仲間との連携が生死を左右することもある。
「……はい」
最初はうざったそうにしていたクライブも、だんだん素直に答えるようになってきた。
次第に、周囲の生徒ともぽつりぽつりと会話を交わしている姿を見るようになり、リアは安心する。
そして、クライブが間もなく養成所を卒業するというとき、リアは話があると彼に呼び出された。
他に誰もいないところということで、裏庭だ。よく生徒同士の喧嘩が行われている場所ではあるが、その日は無人だった。
「クライブ、何の用かな? もし決闘なら、あいにく私は戦闘に耐えられない体だ。最初から降参しよう。それとも、殴る蹴る等の暴行を加えることが望みなら……」
「違います! そんなこと、望んでいません!」
リアの問いかけを、クライブは顔を真っ赤にして遮った。
冗談は通じなかったらしい。真面目すぎると、リアは内心でため息をつく。
「では、何かな?」
リアが促すと、クライブは顔を赤くしたまま、俯く。
拳を握り締めて、意を決したように顔を上げると、クライブはまっすぐにリアを見つめる。
「そ……その……先生のことが好きです! 付き合ってください!」
クライブの叫び声が、裏庭に響いた。
物心ついたときには、路地裏で残飯を漁りながら、その日その日を生きていた。
「さあ、お食べ」
幸いにして、貴族の屋敷に勤める心優しい下女が、時々残飯を施しに来てくれる。
どこか優越感に浸った笑みを浮かべる下女が地面にばらまいた残飯を、孤児たちは貪った。
苦い何か、酸っぱい何か、吐き気を催すようなものであっても、リアは口に入れたものを全て飲み込んだ。
もともと丈夫だったのか、食あたりで命を散らしていく子たちもいる中、リアは生き延びた。
そうしたあるとき、リアは孤児狩りに捕まってしまう。
もしリアが美しい少女であったならば、娼婦として売られていたのかもしれない。しかし、幸か不幸かリアは少年にしか見えないような容姿だった。
リアは他の利用価値を探られることとなった。
「魔力測定結果は……素質ありだな」
通常は貴族が持つとされる魔力だが、稀に平民でも発現することがある。
素質を認められたリアは、魔術師としての訓練を受けることとなった。
貴族が嫌がるような汚れ仕事など、使い捨ての駒である平民出身の魔術師だったが、飢えることはない。リアは黙々と仕事をこなした。
同僚たちが次々と命を落としていく中、またもリアは生き延びて成長していった。
ところが、ある任務でリアは足に後遺症が残るほどの傷を負ってしまう。もはや使いものにならないと、処分されるところだった。
「平民出身の魔術師も、待遇を改善するべきだ。彼らはもっと活躍できる」
しかし、折よく平民出身の魔術師の扱いが見直されることとなり、リアは処分を免れた。
これまで適当に仕込まれ、適当に命を扱われてきた平民魔術師も、もっと正しく活用すべきだと唱えるフローレス侯爵によって、養成所が作られた。
リアは今までの経験を活かして後進を育てるということで、養成所の教師となったのだ。
戦闘には耐えられなくなった足だが、歩くなど日常生活は問題ない。教師の仕事に支障はなかった。
「先生って、その年まで生き延びてきたんだろ? 凄いな!」
生徒たちから尊敬の眼差しを向けられるリアだが、自分の正確な年齢を知らない。
おそらく二十代半ば程度のはずだが、これまでの過酷な任務によって老けたのか、リアの外見は三十を超えているように見られることも多々あった。
教師は薄給ではあったが、食べていくには困らない。命の危険もなく、リアは穏やかな日々を過ごすことができた。
「……が殉職した」
時おりもたらされる、生徒の末路に心を痛めることはあった。だが、リアにできることは、生き延びる可能性を少しでも高めるべく、自分の経験を教えることだけだ。
そうして数年が過ぎ、だんだんと不幸な知らせを聞くことは減っていった。
「センセーって、なんで結婚してねーの?」
生徒たちが入れ替わっていくうちに、価値観も変化していくのを感じる。
少し前ならば、平民の魔術師が結婚など、考えもしないようなことだった。どうせすぐに命を失うからだ。
平民の魔術師も未来を描けるようになってきたのかと、リアは感慨深い。
「先生はな、若い頃はそれはもうモテたんだ。たくさんの男たちからのアプローチがあって、一人に決め切れなくてな……気付いたら、こうなっていたというわけだ」
「ウソくせー!」
くだらないことを言って笑い合うことが、日常になった。
養成所ができた頃は悲壮な覚悟を決めた生徒たちが多かったが、今は馬鹿馬鹿しい話に興じる余裕がある。訓練が年々洗練されてきて、効率が上がったこともあるだろう。
養成所は当初からは比べものにならないほど、明るい雰囲気にあふれていた。
「強い魔力の持ち主が入ってきたぞ。数百年に一度の天才だ」
あるとき、天才と言われる少年が養成所にやってきた。
なかなか見ない銀色の髪と紫色の瞳という目立つ外見をした、整った顔立ちの少年はクライブという名だった。
孤児でありながら、どことなく品の漂う佇まいと、何を考えているかわからない無表情は、他人を拒絶する。生徒たちは、彼と距離を置いた。
「クライブ! ここには慣れてきたかな?」
リアは、積極的にクライブに声をかけた。
生徒たちの中で完全に浮いている彼を、放っておけなかったのだ。
魔術の腕だけで言えば、教えることなどないくらいではあるが、他者とのコミュニケーションが皆無であるのは望ましくない。任務では、仲間との連携が生死を左右することもある。
「……はい」
最初はうざったそうにしていたクライブも、だんだん素直に答えるようになってきた。
次第に、周囲の生徒ともぽつりぽつりと会話を交わしている姿を見るようになり、リアは安心する。
そして、クライブが間もなく養成所を卒業するというとき、リアは話があると彼に呼び出された。
他に誰もいないところということで、裏庭だ。よく生徒同士の喧嘩が行われている場所ではあるが、その日は無人だった。
「クライブ、何の用かな? もし決闘なら、あいにく私は戦闘に耐えられない体だ。最初から降参しよう。それとも、殴る蹴る等の暴行を加えることが望みなら……」
「違います! そんなこと、望んでいません!」
リアの問いかけを、クライブは顔を真っ赤にして遮った。
冗談は通じなかったらしい。真面目すぎると、リアは内心でため息をつく。
「では、何かな?」
リアが促すと、クライブは顔を赤くしたまま、俯く。
拳を握り締めて、意を決したように顔を上げると、クライブはまっすぐにリアを見つめる。
「そ……その……先生のことが好きです! 付き合ってください!」
クライブの叫び声が、裏庭に響いた。
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