異世界恋愛短編集

葵 すみれ

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英雄となった幼なじみに婚約破棄された見習い聖女は、白い花を胸に抱いて追放される

01.婚約破棄

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「カーラ、きみとの婚約を破棄させてもらう」

 北の魔王を倒し、救国の英雄となったアルトが冷たい声で告げる。
 その隣には、第一王女にして高位聖女であるイライザ姫が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っていた。
 国に結界を張り、魔物たちの侵入を防ぐという重要な役割を果たしたイライザは、身分だけではなく実力に美貌も兼ね備えた、完璧な姫との評判だ。
 平民出身の見習い聖女に過ぎないカーラは、黙って立ち尽くすことしかできない。

 もともとアルトとカーラは共に平民で、同じ孤児院で育った幼なじみだった。
 二人は聖なる力を認められ、アルトは勇者候補として、カーラは見習い聖女として城に仕えることとなった。
 共に励まし合い、愛を育んできたのだ。

 やがて北の魔王が目覚め、アルトが勇者の一人として討伐に旅立つこととなったとき、人々は末席の勇者になど期待していなかった。
 カーラも、本当は危険なことなどしないでほしかった。
 だが、アルトはカーラに花を捧げて求婚し、自分を信じて欲しいと言ったのだ。
 涙ながらに頷き、それからカーラは毎日彼の無事を願って祈りを捧げてきた。
 そしてとうとう、アルトは北の魔王を討伐したのだ。

 すると、アルトは英雄として祭り上げられ、ただの見習い聖女でしかないカーラには遠い存在となってしまった。
 二人で会うことも減っていき、イライザ姫との噂も流れるようになった。
 結婚の約束など、夢の出来事だったのだろうかと思えてきた頃に、このアルトからの婚約破棄だ。
 来たるべきときが来てしまったのかと、カーラは愕然とする。

「そもそも、あなたごときが彼の婚約者だったというのが、おかしな話ですのよ。身の程をわきまえなさいな」

 豪奢な深紅のドレスを纏い、イライザは高慢に言い放つ。
 そのドレスはカーラが一生働いたところで手が届かないだろう、高価な品だ。
 今や救国の英雄となったアルトの隣には、カーラのようなみすぼらしい娘など、不釣り合いだろう。

「僕の婚約者だったきみを見るのは、姫が不快なことだろう。だから、悪いけれどどこか遠くに行ってくれないか」

 そう言って、アルトは袋をカーラに向かって放り投げる。
 床に落ちた袋からは、いくつもの金貨がこぼれ落ちた。
 手切れ金で追放ということか。カーラは悔しさと情けなさで、涙があふれそうになってしまう。
 袋を叩き返してやろうかと思い、床に屈んだところで、ふとカーラは手を止めた。

 目に映るものが、アルトの気持ちを表しているのだと、わかってしまったのだ。
 カーラは胸に渦巻く怒りをぐっと飲み込み、袋をそっと拾い上げた。

「……承知いたしました。私は北の果て、辺境の聖堂に身を寄せて、祈りを捧げたいと存じます」

 俯きながら、カーラは全てを受け入れる。
 決して離さないというように、大切に袋を胸に抱く。

「まあ、賢いこと。もっとも、わたくしでしたら、愛をお金に換算するなんてごめんですわ。所詮、その程度の想いだったということなのかしら。それとも、性根が娼婦のごとく卑しいだけかしら。まあ、どうでもよいわ。さっさと消えなさい」

 イライザが虫を払うように手を振る。
 一礼すると、カーラは袋を抱えながら背を向けて立ち去っていった。
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