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何もしなかった悪役令嬢と、真実の愛で結ばれた二人の断罪劇
04.零落の幸福
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王太子ファブリスは、家同士の決めごとである婚約を勝手に破棄し、身分の低い娘を妻に望んだ愚か者として、廃嫡された。
しかし、ファブリスが望んだ男爵令嬢ポレットとの結婚は認められた。
王族籍を離脱し、男爵位を授かってのことだが、王妃と第二王子の取りなしがあったという。
公爵令嬢コランティーヌは学院を首席で卒業した優秀さを買われ、新たに王太子となった第二王子ベネディクトの婚約者となった。
優秀で見目麗しい者同士だと、評判になっている。
コランティーヌも、ファブリスの婚約者だったときとは違い、ベネディクトには柔らかい態度を見せているという。
「今日も良い天気ね」
男爵夫人となったポレットは、窓の外を眺めながら、伸びをする。
窓の横にある棚の上には、木彫りの少女像が飾られていた。
ファブリスが授かった男爵領は僻地で、もう二度と王都に顔を出すなといった意図を感じたが、土地はそれなりに肥えていて豊かだ。
左扇とはいかないが、生活に困るようなことはない。
しかも、ファブリスは領地経営の手腕があり、男爵領は徐々に発展してきていた。
一時はどうなることかと思ったが、それなりに良かったのかもしれないと、ポレットは風に吹かれながら考える。
もともとが貧乏暮らしの田舎者だったため、王都にいるよりも今の方が性に合っているだろう。
仮に企みがうまくいって、王太子の愛妾となっていたとしても、王城での生活にはついていけなかったかもしれない。
ドレスの値段を見ても、野菜いくつ分の値段かと換算してしまうのがポレットだ。
「ポレット、一緒に散歩に行かないか!」
窓の下から、夫となったファブリスの声がする。
ポレットがそちらを見ると、すっかり痩せて健康的になったファブリスが手を振っていた。
以前は過食の傾向があったファブリスだが、王都での気苦労の多い暮らしから解放されると、食べる量が減ったのだ。
しかも、近場に小さな山があって、彫刻用の木を自分で物色するようになり、歩くことも増えた。
今ではすっかり体が引き締まり、顔の吹き出物も消えている。
もともと顔立ちは悪くなかったので、領地の若い娘から熱い眼差しを向けられることも多くなっていた。
だが、ファブリスはポレット以外に目移りすることなく、夫婦仲は睦まじい。
「今、行きます!」
ポレットは急いで外に出て行く。
二人でのんびりと散歩を楽しんでいると、領民たちから声をかけられる。
「おはようございます、領主さま、奥方さま!」
「大きなカブがとれたんで、後でお届けしますよ!」
気さくに話しかけてくる領民たちに、ファブリスも笑顔で頷く。
領民たちとの距離が近く、領主とその奥方といっても、村長夫婦くらいの感覚だ。
かつて王太子だったファブリスには考えられない距離感だろう。
しかし、ファブリスはこちらのほうが性に合っているようだった。
王太子のときは出来が悪いなど言われていたが、今では優秀な領主として慕われている。
「あのとき、決断して本当に良かったよ。僕はとても幸せだ」
ファブリスはそう言って、微笑む。
卒業パーティーで婚約破棄を言い出したのは、自分の息子を次期国王にしたい王妃と、王位を望む第二王子との取引でもあった。
先王妃の息子に跡を継がせたいと望む国王も、それがとんでもない馬鹿となれば、廃嫡せざるを得ない。そうすれば第二王子が王太子になれる。
その代わり、ポレットとの結婚と、どこか僻地でよいので領地がほしいとファブリスは望み、それが叶ったのだ。
そして、新たな王太子の婚約者となった公爵令嬢コランティーヌだが、優秀と言われていたのが、無能の烙印を押されつつある。
知識はあり、勉強はできるのだが、人と接する際に傲慢さが滲み出ているという。
客をもてなす場であっても、己の優秀さをひけらかすばかりで、相手を立てるということを知らないとの評判だ。
裏方で働くのならばそれでよいかもしれないが、未来の王妃という国の顔としては不適格である。
だが、指摘されてもコランティーヌは聞き入れない。
自分が優秀だから嫉妬されている、ひがんでいるだけだと、何もしようとしないのだ。
第二王子ベネディクトには、実母である王妃の実家という後ろ盾がある。
後ろ盾の無かったファブリスほど、オリオール公爵家の力を必要としていないのだ。
婚約破棄か、それとも側妃として迎えて正妃は別に選ぶか。
何にせよ、未来の王妃にはなれないようだ。
プライドの高いコランティーヌは受け入れられず、荒れているらしい。
ファブリスの婚約者だったときも、コランティーヌは一番大切な未来の伴侶との関係を構築しようともしていなかった。
王妃としての勉強がどうのと言っていたが、それよりも大切なことがあったはずだと、ポレットは思う。
コランティーヌは、本当に大切なことは何もしていなかったのだ。
自分の落ち度を認められないコランティーヌより、自分の欠点を認めて向き合うことのできたファブリスのほうが、実は賢いのかもしれない。
本当に断罪されたのは、どちらだったのだろう。
数少ない王都の友人からの手紙を思い出し、ポレットは物思いにふける。
「……私も、幸せです」
ポレットは過去の思いを振り払い、微笑む。
愛妾になって贅沢な暮らしをすることはできなかったが、生活に困らない豊かさの中で、愛する人の唯一になれた。
もしかしたら、その方がずっと贅沢なことなのかもしれない。
あの日描いた未来図とは違ったが、ポレットは確かに幸福になることができたのだ。
しかし、ファブリスが望んだ男爵令嬢ポレットとの結婚は認められた。
王族籍を離脱し、男爵位を授かってのことだが、王妃と第二王子の取りなしがあったという。
公爵令嬢コランティーヌは学院を首席で卒業した優秀さを買われ、新たに王太子となった第二王子ベネディクトの婚約者となった。
優秀で見目麗しい者同士だと、評判になっている。
コランティーヌも、ファブリスの婚約者だったときとは違い、ベネディクトには柔らかい態度を見せているという。
「今日も良い天気ね」
男爵夫人となったポレットは、窓の外を眺めながら、伸びをする。
窓の横にある棚の上には、木彫りの少女像が飾られていた。
ファブリスが授かった男爵領は僻地で、もう二度と王都に顔を出すなといった意図を感じたが、土地はそれなりに肥えていて豊かだ。
左扇とはいかないが、生活に困るようなことはない。
しかも、ファブリスは領地経営の手腕があり、男爵領は徐々に発展してきていた。
一時はどうなることかと思ったが、それなりに良かったのかもしれないと、ポレットは風に吹かれながら考える。
もともとが貧乏暮らしの田舎者だったため、王都にいるよりも今の方が性に合っているだろう。
仮に企みがうまくいって、王太子の愛妾となっていたとしても、王城での生活にはついていけなかったかもしれない。
ドレスの値段を見ても、野菜いくつ分の値段かと換算してしまうのがポレットだ。
「ポレット、一緒に散歩に行かないか!」
窓の下から、夫となったファブリスの声がする。
ポレットがそちらを見ると、すっかり痩せて健康的になったファブリスが手を振っていた。
以前は過食の傾向があったファブリスだが、王都での気苦労の多い暮らしから解放されると、食べる量が減ったのだ。
しかも、近場に小さな山があって、彫刻用の木を自分で物色するようになり、歩くことも増えた。
今ではすっかり体が引き締まり、顔の吹き出物も消えている。
もともと顔立ちは悪くなかったので、領地の若い娘から熱い眼差しを向けられることも多くなっていた。
だが、ファブリスはポレット以外に目移りすることなく、夫婦仲は睦まじい。
「今、行きます!」
ポレットは急いで外に出て行く。
二人でのんびりと散歩を楽しんでいると、領民たちから声をかけられる。
「おはようございます、領主さま、奥方さま!」
「大きなカブがとれたんで、後でお届けしますよ!」
気さくに話しかけてくる領民たちに、ファブリスも笑顔で頷く。
領民たちとの距離が近く、領主とその奥方といっても、村長夫婦くらいの感覚だ。
かつて王太子だったファブリスには考えられない距離感だろう。
しかし、ファブリスはこちらのほうが性に合っているようだった。
王太子のときは出来が悪いなど言われていたが、今では優秀な領主として慕われている。
「あのとき、決断して本当に良かったよ。僕はとても幸せだ」
ファブリスはそう言って、微笑む。
卒業パーティーで婚約破棄を言い出したのは、自分の息子を次期国王にしたい王妃と、王位を望む第二王子との取引でもあった。
先王妃の息子に跡を継がせたいと望む国王も、それがとんでもない馬鹿となれば、廃嫡せざるを得ない。そうすれば第二王子が王太子になれる。
その代わり、ポレットとの結婚と、どこか僻地でよいので領地がほしいとファブリスは望み、それが叶ったのだ。
そして、新たな王太子の婚約者となった公爵令嬢コランティーヌだが、優秀と言われていたのが、無能の烙印を押されつつある。
知識はあり、勉強はできるのだが、人と接する際に傲慢さが滲み出ているという。
客をもてなす場であっても、己の優秀さをひけらかすばかりで、相手を立てるということを知らないとの評判だ。
裏方で働くのならばそれでよいかもしれないが、未来の王妃という国の顔としては不適格である。
だが、指摘されてもコランティーヌは聞き入れない。
自分が優秀だから嫉妬されている、ひがんでいるだけだと、何もしようとしないのだ。
第二王子ベネディクトには、実母である王妃の実家という後ろ盾がある。
後ろ盾の無かったファブリスほど、オリオール公爵家の力を必要としていないのだ。
婚約破棄か、それとも側妃として迎えて正妃は別に選ぶか。
何にせよ、未来の王妃にはなれないようだ。
プライドの高いコランティーヌは受け入れられず、荒れているらしい。
ファブリスの婚約者だったときも、コランティーヌは一番大切な未来の伴侶との関係を構築しようともしていなかった。
王妃としての勉強がどうのと言っていたが、それよりも大切なことがあったはずだと、ポレットは思う。
コランティーヌは、本当に大切なことは何もしていなかったのだ。
自分の落ち度を認められないコランティーヌより、自分の欠点を認めて向き合うことのできたファブリスのほうが、実は賢いのかもしれない。
本当に断罪されたのは、どちらだったのだろう。
数少ない王都の友人からの手紙を思い出し、ポレットは物思いにふける。
「……私も、幸せです」
ポレットは過去の思いを振り払い、微笑む。
愛妾になって贅沢な暮らしをすることはできなかったが、生活に困らない豊かさの中で、愛する人の唯一になれた。
もしかしたら、その方がずっと贅沢なことなのかもしれない。
あの日描いた未来図とは違ったが、ポレットは確かに幸福になることができたのだ。
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