異世界恋愛短編集

葵 すみれ

文字の大きさ
14 / 21
白い絹とレースの手袋は幸福をもたらさない

03.素朴な幸福

しおりを挟む
 クロエは一人、蕾をつけた小さな木の世話をしていた。
 結局、クロエが選んだのは『素朴な幸福』だった。
 中に入っていたのは種で、植えてみたところどんどん芽が伸びていき、あっという間に小さな木になったのだ。

 リュシーが開けた『華麗な栄光』には、純白の手袋が入っていた。
 喜んでそれを身に着けたリュシーは、王太子エミリアンに見初められて、側妃となった。
 側妃は準王族であり、大層な出世だと男爵夫妻も大喜びだ。
 王都へと出立するリュシーの勝ち誇った顔が、クロエの脳裏によみがえる。

「……あの子のことなんて、いいのよ。私は……」

「クロエ!」

 物思いにふけるクロエの元に、息を切らせて駆け込んできた姿がある。
 婚約者のジュストだ。

「申し訳なかった!」

 ジュストは突然、クロエの足下に平伏した。
 野外だというのに何をやっているのかと、クロエは唖然とする。

「きみの手のことをけなしてしまった。実はリュシーが仕事を放り出し、その分も全てきみがやっていたと聞く。それを僕は考えなしに、浅はかで愚かなことを……恥じ入るばかりだ……」

 平伏したまま、ジュストはかすかに震える。

「リュシーとは何回か会ったが、手に触れる以上のことはしていない。僕の婚約者はクロエ、きみだけだ。どうか許してくれ……」

 地面に額をこすりつけ、ジュストは許しを請う。
 クロエはしばし呆然とそれを見つめていた。ややあって、膝をかがめてジュストの肩に触れる。

「……いいの……わかってくれたのなら、いいの……」

 少し涙ぐみながら、クロエは囁く。
 これまでの憂いが晴れていくようだった。
 真実に目を向けて反省してくれたのなら、クロエはそれで満足だ。

 二つの箱のどちらを開けるか迷ったとき、頭に浮かんだのはジュストの顔だった。
 素朴で優しく、華麗な栄光とは結びつかない顔。
 だが、穏やかに愛を育んできた、愛しい婚約者の顔だ。

「一緒に、この地を盛り立てていきましょうね」

「クロエ……ありがとう……」

 顔を上げたジュストの瞳は、感動に潤んでいた。
 その手を取り、クロエは優しく微笑む。
 二人の後ろでは、小さな木に宿った蕾が、愛らしい花を開かせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...