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白い絹とレースの手袋は幸福をもたらさない
05.素敵な手袋
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「リュシー、残念だったね。でも、嘆くことはない。来年もまた来てくれるだろう。約束はそのときも有効だ」
クロエが退出した後も涙を流し続けるリュシーに、エミリアンが声をかけた。
すると、絶望に染まったリュシーの瞳に、わずかな希望が宿る。
「さて、自室で休むとよい。早く体を治してもらわねば。爪を全て失ったその手では、グラスを持つのもままならぬだろうからね」
エミリアンに促され、リュシーは侍女に連れられて部屋を出ていく。
「……予想外の展開でしたわね」
「ああ、うまいこと逃げられたね。でも、もっと面白くなったよ」
「来年への希望ができましたものね。長持ちしてくれそうですわ。あの絶望の表情と、希望を抱く姿……たまりませんわ」
「姉妹で飼うよりも、こちらのほうがずっと楽しそうだ。それにあの酒……リュシーの涙はまたぜひ飲みたい」
「ええ、そのためにも彼女はそっとしておきましょう。それよりも、早くあの子の可愛い声を聞きたいですわ。代わりがくれば解放されるなんて信じているあの子のいじらしさが、本当に愛おしいのですわ……」
「きみも好きだね……」
にんまりと笑い合う王太子夫妻。
彼らに嗜虐趣味があることは、あまり知られていない。
クロエは王太子宮を離れ、街の宿に戻ってきてやっと一息ついた。
あとは領地に帰るだけだ。
「クロエ、お疲れさま。どうだった?」
ジュストがクロエを気遣う。彼は招かれなかったので、待っていたのだ。
「ええ……緊張したわ。リュシーは側妃として立派になっていたわ……豪華なドレスに絹とレースの手袋を身に着けていたの。そうそう、王太子殿下からお酒の名前もいただいたわ。感動のあまりリュシーが涙を流したことから、リュシーの涙ですって」
「そうか、リュシーも幸せなんだね。よかった」
「……華麗な栄光に包まれていたわ」
含みのあるクロエの言葉には気付かず、ジュストはのほほんとしていた。
そして、思い出したようにジュストは小箱をクロエに差し出す。
「これ、待っている間に買ってきたんだ。これから寒くなるから……」
「まあ、ありがとう」
少し照れたようにジュストが差し出すプレゼントを、クロエは受け取る。
中には厚手の手袋と、クリームが入っていた。
手袋は小さな花の刺繍が可愛らしいが、優雅さはなく、実用品だ。リュシーの身に着けていた絹とレースの長い手袋とは違う。
だが、ジュストの心遣いがとても嬉しく、素晴らしいプレゼントだとクロエは感動する。
「……リュシーの手袋と比べると、みすぼらしいだろうけれど」
「いいえ、そんなことないわ。あんな薄い手袋では何も隠せはしないもの。私にはこの手袋のほうがずっと素敵に見えるわ」
透けて見えるほど繊細な手袋では、傷跡も火傷の跡も、何も隠せはしない。
「……きみの手は、素晴らしいものを作り出す、尊い手だよ。僕はきみのことを誇りに思う」
ジュストは気遣わしげにそう言い、クロエの手をそっとすくいあげると口づける。
宝物に触れるような扱いで、クロエは頬が熱くなるのを感じる。
紅月果の選別作業の時期は過ぎているため、今はクロエの手も汚れなどない綺麗な状態だ。
だが、ジュストはクロエの手が汚れている時期でも、今のように褒め称えてくれる。
己の浅はかさを反省したジュストは、その後とても良い夫となったのだ。
白い絹とレースの手袋など、クロエには必要ない。
クロエにとっては、温かく包み込んでくれるジュストの手こそが、素朴な幸福の形だった。
クロエが退出した後も涙を流し続けるリュシーに、エミリアンが声をかけた。
すると、絶望に染まったリュシーの瞳に、わずかな希望が宿る。
「さて、自室で休むとよい。早く体を治してもらわねば。爪を全て失ったその手では、グラスを持つのもままならぬだろうからね」
エミリアンに促され、リュシーは侍女に連れられて部屋を出ていく。
「……予想外の展開でしたわね」
「ああ、うまいこと逃げられたね。でも、もっと面白くなったよ」
「来年への希望ができましたものね。長持ちしてくれそうですわ。あの絶望の表情と、希望を抱く姿……たまりませんわ」
「姉妹で飼うよりも、こちらのほうがずっと楽しそうだ。それにあの酒……リュシーの涙はまたぜひ飲みたい」
「ええ、そのためにも彼女はそっとしておきましょう。それよりも、早くあの子の可愛い声を聞きたいですわ。代わりがくれば解放されるなんて信じているあの子のいじらしさが、本当に愛おしいのですわ……」
「きみも好きだね……」
にんまりと笑い合う王太子夫妻。
彼らに嗜虐趣味があることは、あまり知られていない。
クロエは王太子宮を離れ、街の宿に戻ってきてやっと一息ついた。
あとは領地に帰るだけだ。
「クロエ、お疲れさま。どうだった?」
ジュストがクロエを気遣う。彼は招かれなかったので、待っていたのだ。
「ええ……緊張したわ。リュシーは側妃として立派になっていたわ……豪華なドレスに絹とレースの手袋を身に着けていたの。そうそう、王太子殿下からお酒の名前もいただいたわ。感動のあまりリュシーが涙を流したことから、リュシーの涙ですって」
「そうか、リュシーも幸せなんだね。よかった」
「……華麗な栄光に包まれていたわ」
含みのあるクロエの言葉には気付かず、ジュストはのほほんとしていた。
そして、思い出したようにジュストは小箱をクロエに差し出す。
「これ、待っている間に買ってきたんだ。これから寒くなるから……」
「まあ、ありがとう」
少し照れたようにジュストが差し出すプレゼントを、クロエは受け取る。
中には厚手の手袋と、クリームが入っていた。
手袋は小さな花の刺繍が可愛らしいが、優雅さはなく、実用品だ。リュシーの身に着けていた絹とレースの長い手袋とは違う。
だが、ジュストの心遣いがとても嬉しく、素晴らしいプレゼントだとクロエは感動する。
「……リュシーの手袋と比べると、みすぼらしいだろうけれど」
「いいえ、そんなことないわ。あんな薄い手袋では何も隠せはしないもの。私にはこの手袋のほうがずっと素敵に見えるわ」
透けて見えるほど繊細な手袋では、傷跡も火傷の跡も、何も隠せはしない。
「……きみの手は、素晴らしいものを作り出す、尊い手だよ。僕はきみのことを誇りに思う」
ジュストは気遣わしげにそう言い、クロエの手をそっとすくいあげると口づける。
宝物に触れるような扱いで、クロエは頬が熱くなるのを感じる。
紅月果の選別作業の時期は過ぎているため、今はクロエの手も汚れなどない綺麗な状態だ。
だが、ジュストはクロエの手が汚れている時期でも、今のように褒め称えてくれる。
己の浅はかさを反省したジュストは、その後とても良い夫となったのだ。
白い絹とレースの手袋など、クロエには必要ない。
クロエにとっては、温かく包み込んでくれるジュストの手こそが、素朴な幸福の形だった。
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