処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される

葵 すみれ

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07.父親

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 翌朝、ロゼッタは優しい香りで目が覚めた。
 ゆっくりと目を開けると、そこには見覚えのない天井が広がっている。一瞬混乱したが、すぐに昨日のことを思い出す。
 そうだ、ここはコーネリアスの寝室なのだ。

 まだ少しぼうっとする頭を押さえながら、ロゼッタは扉に視線を向ける。
 すると、侍女が花瓶を持って部屋を出ていくところだった。
 花瓶に活けられていたのは白い百合だろうか。すぐに彼女の姿が見えなくなったため、確認することはできなかった。

「ん……」

 ゆっくりと体を起こすと、寝台の横にピンク色の薔薇が置かれていることに気がつく。
 今の侍女は、花瓶ごと花を取り替えていったらしい。
 ロゼッタは、そっと手を伸ばして花弁に触れる。ふわりと漂う甘い香りに、自然と頬が緩んだ。
 その香りが、今が現実であることを教えてくれる。

「……夢じゃなかったのね」

 ぽつりと呟く。
 自分が生きていること、そしてコーネリアスが父親であること、すべてが夢ではなく現実だったということを実感する。

「目が覚めたか?」

 不意に、扉の開く音がしてコーネリアスが入ってきた。手には水の入った桶と布を持っている。
 ロゼッタは、思わず身構えた。しかしコーネリアスはそんなロゼッタの様子に構うことなく寝台に近づくと、そのまま腰を下ろした。

「熱はもう下がったようだな。体はどうだ? まだつらいか?」

 心配そうに顔を覗き込んできたコーネリアスに、ロゼッタは首をぶんぶんと横に振る。

「だいじょうぶです」

 そして、喉を押さえながら答えた。
 喉が渇いていたため、水が欲しいと言えば、コーネリアスはすぐにロゼッタの願いを聞き入れて、水の入ったコップを差し出した。

「あの……」

 それを両手で受け取ったロゼッタは、コーネリアスに声をかけた。

「どうした?」

「どうして、わたしを助けてくれたのですか?」

 そう尋ねたロゼッタに、コーネリアスは一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、微笑を浮かべた。

「自分の娘を助けるのは当然のことだ」

 当たり前のように告げられた言葉に、ロゼッタは目を丸くして固まってしまう。
 そんなロゼッタの頭を優しく撫でながら、コーネリアスは言葉を続けた。

「お前は、私のたった一人の娘だ。だから、私がお前を守るのは当然のことだ」

「でも、わたしなんかを……ずっと放っておかれたのに……」

 ロゼッタは戸惑いながら呟く。
 生まれてから六年間、コーネリアスは一度としてロゼッタに会いに来てはくれなかった。
 それどころか、ロゼッタの存在すら忘れていたのではないかと思うほど、何の音沙汰もなかったのだ。
 なのに、なぜ急に助けてくれる気になったのか、ロゼッタにはわからなかった。
 すると、コーネリアスは苦笑しながら口を開く。

「そうだな、お前には寂しい思いをさせてしまったな。お前の母親を遠ざけていた私のせいだ。すまない、ロゼッタ」

 悲しそうに眉根を寄せたコーネリアスを見つめ、ロゼッタは不思議な感覚を覚えた。
 コーネリアスとこうして話すのは、初めてのことだ。
 前世で婚約者だったときですら、これほどゆっくりと話をしたことはなかった。

 今、自分が見ているコーネリアスは、前世の記憶にある人物とはどこか違う。
 前世の自分が知っている彼は、もっと冷淡で、どこか人を寄せつけないような雰囲気をまとっていた。
 けれど、今目の前にいるコーネリアスは、優しく穏やかな表情を浮かべている。
 それは、とても父親らしい表情だった。
 よく見れば、年齢を重ねた故の深みのある美貌は、かつてとは違う。だが、今のコーネリアスは、前世の記憶にある彼よりもさらに魅力的な人物に思えた。
 この人が今の自分の父親なのだと、ロゼッタは実感する。

「おとうさま……」

 ロゼッタは、小さく呟いた。そして、ゆっくりとコーネリアスに手を伸ばす。

「……どうした?」

 首を傾げるコーネリアスの頬に手を触れさせる。そのまま胸に飛び込めば、コーネリアスは少し驚いたような顔をしたあと、優しく抱き締めてくれた。
 その腕のぬくもりに、ロゼッタは安堵の息を吐く。

「おとうさま」

 コーネリアスの胸に顔を埋めながら、ロゼッタはもう一度彼を呼んだ。

「どうした?」

 コーネリアスは、優しく背中を撫でてくれる。

「わたし、ずっとおとうさまにこうしてほしかった」

 ロゼッタの呟きに、コーネリアスは苦笑したようだ。優しい手つきはそのままに、自嘲交じりの声が降り注ぐ。

「もっと早くこうしていれば良かったな」

 コーネリアスのその言葉は、ロゼッタの心を満たした。
 ずっと自分は愛されたかったのだ。
 それが、今ようやく叶えられた。
 そんな実感に、ロゼッタはコーネリアスの腕の中で目を閉じる。
 そして、この幸福な時間が永遠に続くことを祈った。
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