天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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25.静かなる再会、囁かれる過去1

 ミランダがこちらに近づいてくるのを見た瞬間、パメラは胸の奥にわずかな波紋が広がるのを感じた。
 記憶のなかの彼女と、今目の前にいるその姿は、何ひとつ変わっていなかった。
 きらびやかなドレスに身を包み、顎を少し上げた態度。あの頃のように、傲慢さと見下しをそのまま顔に貼りつけている。

「まぁ……やっぱり、あなたでしたのね。まさか本当にここにいらっしゃるなんて」

 艶やかな声に潜むのは、嘲りと驚きの入り交じった響き。
 予想外の再会に、明らかに動揺しているのがわかった。

「ご無沙汰しております、ミランダ。……お変わりなさそうで、何よりですわ」

 パメラはにこやかに応じた。丁寧な言葉に、皮肉をひと雫だけ含ませる。
 ミランダの目が、そのすぐ隣に立つ男へと向けられた。
 そして──その瞬間、目に見えて固まった。

 長身に黒の礼装を纏ったレオは、無言で立っているだけで場の空気を支配する存在感を放っていた。
 鋭さを含んだ深紅の瞳、整った彫りの深い顔立ち。誰よりも堂々とした立ち姿。
 それが、元はミランダに持ちかけられていた縁談の相手だと理解したとき、彼女の目がわずかに見開かれた。

 ──悔しさが、隠しきれず滲んでいた。

「……あら。成り上がりの方にしては……ずいぶんと、立派なご様子ですのね」

 言葉を繕おうとしたのか、皮肉を込めるつもりだったのか。
 だがその声は、思いのほかかすれていた。

「初めまして。男爵レオ・アッシュグレイヴです。ご挨拶の機会をいただき、光栄に存じます」

 レオが静かに一礼した。
 動作は簡潔で無駄がなく、だが完璧に洗練されていた。
 まるで、貴族社会に長年身を置いてきた者の所作のように。

「……ミランダ・ラングリーですわ」

 一方のミランダは、慌ててスカートの裾をつまんだ。
 だがその礼は浅く、手元も目線も不安定だった。

 ──比較すれば明らかだった。

 礼儀作法においてすら、彼女はレオに劣っていた。
 そしてそのことに、ミランダ自身も気づいてしまっている。

「……奥方が礼儀に厳しいもので。多少は身なりにも気を遣うようになりました」

 そう続けたレオの言葉に、パメラはそっと微笑んだ。

 レオが礼儀を身につけたのは、付け焼刃で教わったからではない。
 それは生まれ育った背景に深く根ざしているもの。彼の素地の良さが、こうしてにじみ出ているのだ。

 そして──それを「妻から教わった」と口にすることが、どれほどの遠回しな示威となるか。パメラはよくわかっていた。

「ふふ……そう。礼儀の心得も身につけられているなんて、意外ですわね」

 ミランダは無理に笑った。
 だがその言葉の薄っぺらさは、レオの重厚な所作と並べば一層際立ってしまう。
 あの頃と同じように、口だけは達者でも──今のミランダには、何ひとつとして本物がなかった。

(きっと、今ごろ気づいているのでしょうね。自分が手放したものが、どれほどの価値を持っていたかに)

 パメラは胸の奥で静かにそう思いながら、ひとつ呼吸を整える。

「ミランダこそ、すてきなお召し物ですわ。とても華やかで──まるで今宵の主役のよう」

「えっ、あ……ありがとう……?」

 微笑みとともに返された褒め言葉に、ミランダが戸惑ったように返す。
 その返しにすら、わずかな間があり、会話の型も心得ていないことが露呈する。

(礼も、言葉も、視線も。もう、どこを切り取っても──わたくしが、あなたの下にいた時代ではありませんのよ)

 そんな言葉を、パメラは一切表情に出すことなく、ただ優雅に佇んでいた。

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