天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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26.静かなる再会、囁かれる過去2

 ミランダの視線がもう一度、隣のレオに向けられる。その目の奥に、飲み込めぬ悔しさが滲んでいた。
 立場の差は、もはや笑みひとつで語れるほど、歴然としていた。
 しかし、それ以上何も言うことなく、ミランダはドレスの裾を引きずるように去っていく。

 その背を見送りながら、パメラは小さく息を吐いた。

「……ありがとうございます、レオさま」

「礼を言うことか?」

「ええ。とても、気分がよろしゅうございますわ」

 ふわりと微笑むパメラに、レオは眉をひそめつつも、どこか満足げに頷いた。

 ミランダが立ち去ったあとも、夜会は終始、華やかな空気に包まれていた。
 パメラとレオは貴族たちに軽く会釈しながら、自然と談笑の輪に加わっていく。

「今年の花々は、開きが早いですね。南庭の藤も、もう咲き始めたとか」

「まあ……昨年より二週間も早いのではありませんか? 王立園芸団体の温室ですら、対応に追われていると聞きましたわ」

 貴族たちは春の花や庭園の話題に笑みを交わし、グラスの傾きを揃えながら、軽やかな声を響かせる。
 パメラも笑顔で応じながら、その中の一人──白髪の老侯爵が話の流れをすっと変えるのを感じ取った。

「春の訪れが早い年というのは……得てして、大きな節目が訪れるものですな」

 唐突にも思えるその言葉に、場がわずかに静まった。
 老侯爵はゆっくり杯を回しながら、低い声で続けた。

「七年前の春も、そうでした。穏やかで、あたたかくて──けれど、アシュフォード侯爵家が粛清されたのも、あの春でしたな」

 その名が出た瞬間、パメラの指先から体温が抜けたような感覚に包まれた。
 場の空気もまた、ひそやかに引き締まる。

 別の貴婦人が、息を潜めるように声を重ねる。

「ええ、あれは……驚きましたわ。まさか名門中の名門が……」

「そうそう。反逆などとは、到底……。でも、実際には色々な噂があって……」

 はっきりした証拠も根拠も出ないまま、さまざまな推測と尾ひれがついた話が交わされる。
 だが、パメラにとってはどんな噂話よりも、ただひとつの事実が胸を刺した。

(……あの年、わたくしの両親も亡くなった)

 偶然にしては、出来すぎている。だが、何も証拠はない。ただ、記憶に焼きついた“違和感”がある。
 急な病とされたが、死の前後の対応はどこか不自然で、誰も多くを語ろうとはしなかった。

 思わず、隣に立つレオに目をやる。彼の横顔は変わらない。けれど、その瞳の奥が、ほんのわずかに陰ったように見えた。

(……聞こえていた。やはり、無関係ではない)

 レオが反応したことに、パメラはすぐに気づいた。
 だが、問いただすことはできない。
 社交の仮面を被ったまま、誰もが穏やかに笑うこの場では、どんなに鋭い疑念も、ただ胸の奥に押し込めるしかなかった。

 そのときだった。

「……アシュフォード侯爵家といえば、次男坊がいましたな。流行り病で亡くなったとされていたが、どこかに生き延びていた……などという噂も、一時期ありましたぞ」

 意地の悪そうな口調で割って入ったのは、パメラも名を知る中級貴族の一人だった。
 顔には笑みを浮かべているものの、その目はあからさまにレオを見据えている。

「レオポルド、という名でしたかな。──レオさま。似ていらっしゃるような……気のせいですかな?」

 会話の輪に、ざわりと波が立つ。

 パメラの脳裏に、一瞬だけ鋭い光が走った。
 その言葉には、確たる証拠も裏付けもない。ただ、成り上がりの男爵の足を引っ張りたいという悪意があった。

 けれど、レオはそれに乗らなかった。
 視線を合わせることもせず、淡く口角を上げるに留めている。

 代わりに──パメラが一歩、優雅に前に出た。

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