天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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27.静かなる再会、囁かれる過去3

「まぁ……名門のご子息と似ているだなんて、それは夫にとっても光栄なことでしょうね」

 朗らかな声。優美な微笑み。
 けれど、その言葉の裏には、確かな鋼の意志が込められていた。

「似ている、というご印象は人それぞれですもの。お気持ちはわかりますわ。記憶というものは、時に美化されてしまいますし」

 パメラの言葉に重ねるように、ひとりの老貴族が口を開いた。

「レオポルドさまが幼い頃にお会いしたことがあるが……彼は、もう少し柔らかな髪色をなさっていたと記憶しております。あれは……そう、土の香りがしそうな茶でな……それに、小柄だったような……」

 その言葉に、場の緊張が、すうっとほどけてゆく。

 レオの髪は、深く沈んだ黒鉄色。いかなる光の下でも、赤味や茶味を帯びることはない。
 体躯も堂々たるもので、小柄とは言い難い。

「……おや。そうでございましたか」

 男の眉が、わずかに動く。

「ご記憶違いということでしたら……こちらとしては、何もお気になさらずに」

 パメラは柔らかく微笑み、男に軽く会釈を送った。

「きっと、夫の振る舞いが立派でしたからこそ、名門のご子息を思い出されたのでしょう。そう思えば、むしろ光栄なことでございますわ」

 逃げ道は、確かに用意されていた。
 そのうえで──“もうこの話は終わりです”と告げるだけの静かな圧が、そこにはある。

 男はそれ以上言葉を継げなかった。
 グラスを持ち直し、気まずそうに微笑んで話題を逸らす。

 その姿を見送りながら、レオが低く呟いた。

「……助かった」

「ふふ、どういたしまして」

 パメラはくすりと微笑み、何気ない仕草で彼の腕にそっと手を添える。

「あの方には、お心遣いに感謝しませんとね。おかげで夫の品位が、改めて証明されましたもの」

 その優雅な言葉のなかに、鋭さを含ませる余裕を忘れずに。
 パメラはそっと、胸の奥で息を吐いた。

 男は足を引っ張りたいだけで、たまたま話に出てきたアシュフォード侯爵家の次男坊を持ち出しただけだろう。
 しかし、パメラの胸には、ひとつの引っかかりが残った。

 確証のある話ではなかった。
 あの男が口にしたことは、成り上がりを妬んだだけの軽口にすぎない。根拠もなく、ただレオの足を引っ張ろうとした──それだけのこと。

 けれど、妙な胸騒ぎがあった。
 いい加減で、無責任で、根も葉もない話。なのに、それでもどこか──。

(……でたらめのなかに、ほんの一片だけ、真実が交じっていたような気がする)

 笑顔は崩さないまま、グラスの中身をひと口含む。
 冷えた飲み口が、今なお微かに熱を残す胸のざわめきをなだめるようだった。

 夜会はまだ終わらない。
 けれど、パメラのなかでは、もう別の舞台の幕が上がり始めていた。

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