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第二章
06:ミジンコって何だっけ
こんな夢を見た。
頬を掠める柔らかな風と賑やかな鳥達の囀り。
仄かに漂う植物の香りと甘い果実の誘惑。
天界にある魔界門の庭は、今日も穏やかだ。
ここで私は魔界門の門番天使として過ごす。
人間界の門番は忙しいらしく交代制でやっているが、この魔界門はいつも暇だった。
たまに天使様や神々が魔界へ遊びに出かけると言って通られるだけで、私はいつも近くの泉や他の門番達と暇を潰す。
そんなある日、憧れの天の熾天使様が魔界訪問なさると通達が届き、心躍りながら準備した。
現れた天様はお近くで見ても言葉では言い表せられないほど美しく神々しかった。
神の最高傑作と名高いこのお方は私にも優しく微笑まれ、私は気を失いそうになるほど興奮した。
それからだった。
何故か中央塔の様子がおかしい。
まだ天様がお戻りになっていないにも拘わらず、あちこちから天使が中央塔へ集結する。
休息日で遊びに来ている北の門番天使も訝しげに首を捻り、他の天使に聞いてくると飛び立った。
天様が戻られ私はその事をお伝えしようとしたけれど、お土産の苺を頂くと夢中になりすぎて忘れてしまった。……私のバカ。
それから暫くして、海様からの〝お声〟が鳴り響いた。
天様が魔界へ寝返り天界の敵になると。
そんな訳ない!
私が覗いていた魔界は凄く平和だし、魔王様はとても………何だか懐かしい物を開発していらっしゃる。
……懐かしいって、なんだろう?まぁいいか。
すぐに十枚の白い羽を広げてこちらに向かってくる天様が見えた。
遠くで武装した天使が追ってくるのが見え、非常事態だと判断した。
慌てて言われるがままに魔界門を開き魔界へ繋げ、天様を送る。
でもすぐに武装天使が追って来ていて、彼らが魔界へ行けば大混乱になるだろう。
……あ、閉じちゃえばいいのか!
不思議と自由意志が働き、私は自ら魔界門へ飛び込み天界からの魔界門を閉じた。
そして天様に引っ付いていき、事態を把握した。
同時に私は天使としての役目を放棄したため、天使ではいられなくなった。
私は消滅するのだろうか?
頭が真っ白になる。
下位天使である私の存在意義は、門番だ。
それを放棄すればそうなる事は当然の結果だった。
私の頭では何も考えられなくなった時、魔王様が魔界人になればいいと仰ってくれた。
そう言えば私は三代目の魔界門の天使だ。
みんな魔界に憧れ魔界人に堕天したと聞いた。
ほんの少しの安堵とそれでもこれからどう生きるか不安に思っていた所、天様が衝撃発言をしてきた。
「では、私も堕天しよう」
ぎゃーーーーーーっ!!!
天様っなんて事を!お気を確かに!
天地がひっくり返りそうな発言に失神しそうになりながら、必死に撤回をお願いしたが天様は嬉しそうにしている。
魔王様は気持ちの悪い引き笑いを起こし、大地様はポカンとしている。
創造神様に至っては目をキラキラさせて楽しそうに傍観しているじゃないか!
何が何だか分からないパニック状態の私を他所に、事態は目紛しく動いていった。
気がつけば、私はミラという名を頂き膨大な力が自身に湧き上がるのを感じた。
私をお作りになった、母なる時空の神からのギフトだった。
そして同じく堕天した天様は魔王様からルキフェル様と名付けられ、真っ白だった翼は漆黒に染まった。
それからの魔界人生活は戸惑いしかなかった。
処女のサキュバスは珍しいらしく、何度も他の魔界人に襲われそうになるも、いつでもルキ様が守ってくれた。
ルキ様のお荷物になっているのは心苦しかった。
それでもルキ様のお側に居られるだけで幸せだった。
私が笑うと嬉しそうに微笑むルキ様が眩しかった。
出来るなら離れたくなかった。
大好きなルキ様と一生いたかった。
何故、私は夢魔になってしまったのだろう。
考えても答えはいつも同じだ。
ただ単に能力が近い種族に変換される、それだけだ。
あぁルキ様。
いつも麗しく高潔な貴方に私は憧れていました。
魔界人になってからは憧れが卑しくも愛情に変わりました。
貴方を穢すくらいなら、私は喜んで消滅しよう。
誰にも見つかることのない空間に閉じ籠り、誰にも干渉されない私だけの空間に。
時が私を忘れるまで一生そこにいよう。
憧れであり、私の唯一の存在であるルキ様。
大好き。大好き。大好き。
ハラハラと落ちる背中の羽を一瞥し、私は眠りに堕ちた。
ちくり、と私の古い記憶が何かを言いたげに疼いた。
◆
「かはぁっっっ!!」
何だ何だ何だ!
今のは夢?! いや、違う記憶だ!
「私、天使だったわ!」
思わず大きな声で叫んでしまった。
「ミラ?思い出したのか?」
え?
見るとベッドには気怠そうに体を起こすルキフェル様。
そうだ。昨晩怒涛の天界事件が起こり魔王城に帰るなりルキフェル様と激しく……♡いやん。
いやいやいや!何やってんだ私!
あれだけ穢すくらいなら消滅しようと決断した私は一体何処に?
今まで何やってたんだ?
何って、夢魔族たる本能の赴くままに魔王様の側近やってたわ。しかもヤンデレ化して魔王ルキフェル様に近づく者皆傷つけていたわ、精神的に!
そして前世の記憶が蘇り、天使時代の記憶も戻って…
イマココ。
呆然とした私の体を抱き寄せ、ルキ様は優しくキスをくれた。
「ミラ?」
「ルキ様………私は今、大混乱中です」
「そうか。何か飲むか?」
ルキ様の言葉に甘え、すっきりとした麦茶を一気に飲み干すワタシ。
ぷはーと人心地着いたところで、頭を切り替える。
目の前には魔王の証である紅い瞳をしたルキ様。
熾天使時代と変わらぬ神々しいお顔と逞しい洗練されたお体………って、全裸じゃん!
「はぁぁぁぁーーーーっ!ルキ様っ!な、何かお召し物をっ!」
「何を今更?いつもの事じゃないか。そういうお前も全裸だが?」
いやぁぁぁーーっ!
慌ててシーツを捲り体を隠すが既に遅く、混乱する私を宥めるように抱きしめるルキ様。
あ、気持ちイイ♡
「落ち着けミラ。天使の記憶が戻ったのか?」
優しく問い掛けるルキ様の声が心地よく響く。
「も、戻った………?戻りすぎたと言いましょうか、この前から前世の記憶まで思い出して、今、天使時代の記憶も戻って絶賛混乱中です……」
そう伝えると、ルキ様は顔を顰め思案する。
「前世の?」
そして小さく『お取り寄せ……』と呟く。
なに?お取り寄せって?贈答品?
それよりも。
「どうしましょうルキ様!私は、ルキ様を穢してしまいました!」
あああああ!せっかく消滅しようと決心して閉じ籠ったのに!
一体何でこんなことに?
もうやだ、消えたい!
いっその事ミジンコに生まれ変わりたい!
あれ?ミジンコって何だっけ?
まぁいいや!とにかく今すぐ消え去りたい!
「ミラ、考えていることが全て口に出ている。とりあえず消える前に一旦落ち着け」
「あれ?口に出ていました?」
「ミジンコが何かは分からんが全て聞こえた」
あ。ヤダ。一旦落ち着こう。
「でも私がルキ様を穢した事実は消えないのです」
少し落ち着き、私はポツリと呟いた。
「ふふふ。ミラ、今更だろう?何年一緒にいると思っている?その間何回私と寝た?」
か、数えきれないくらい……。
かぁぁと顔が赤くなるのがわかる。
今更感があるけど、やっぱり恥ずかしくて下を向いてしまった。
「それに……」
ルキ様は下を向いた私の顎を上げさせ、お顔を近づける。
ふぅぅ!眩しい!
「お前は穢したと言うが違うと思うぞ」
「………?」
何が違うのかな?
ルキ様はふわりと笑い、蠱惑的な唇を私に重ねる。
柔らかい唇がちゅ、と音を出し離れる。
ルビーの様に紅く煌めく瞳が私を見据え、耳元へ囁くルキ様。
「ただ単に、私たちは愛し合っただけだ」
「あ、愛し…………」
……あ、まずい。
鼻血吹きそう!
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