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俺は損をするのが嫌いだ。
損が嫌いな29歳独身男性、手尾愛歩。
突然の告白だが月の給料は、手取りで18万円である。この金額、多い少ないは人によって感じ方は異なるだろうが、俺にとっては十分過ぎる。今の会社は、新卒で入ったザ・ブラック企業から決死の覚悟で転職した天職だ。残業はほとんど無いに等しく、それでいて人間関係もそれほど負担でない程度しかなく、ほぼ個人作業のようなものだ。強いて言えば経理のおばちゃん軍団以外に女性が存在していない男子校のような会社であるところぐらいが不満だ。
しかしそれも俺にとっては諦めでなはく当然の環境ともいえる。これまでの人生、小学校と大学以外はすべてホンモノの男子校に通っていたのだから。ちなみに小学校は三年生のお泊り学校でおねしょしてから不登校になったため、学生生活としてはカウントできないだろう。大学生活では「ととのい研究会」というサウナを心から愛するアメフト部部長が兼部で立ち上げた怪しげな研究会に所属し、もちろんのこと他のメンバーが脳ミソまで筋トレが好きなんではないかと疑ってしまうマッチョな面々に囲まれて4年間を過ごしたため、俺の人生でまともに女子、女性、ガール、ウーマンと会話した経験が数えるほどしかない。それでもいいのだ。俺は俺でいいのだ。
そんな俺が社会人となり、前述の通り1社目は月間残業120時間、それでいて残業代は月5000円までしか出ず、足りない分は社長から「現物報酬」という名目で韓国のりが支給されるという謎のブラック企業に入社してしまったため、入社したその日から、転職することだけを心の支えにして働いていた生活を過ごした。そのブラック企業時代から、もう一つ俺の生活に潤いを与えてくれたものの一つが「ポイ活」だった。
ポイ活、それはポイント活動の短縮言葉であり、例えば日常で使うクレジットカード、これをただ支払いの手段として安易に用いるのではなく、クレジットカード発行会社によって毎月設定される特日(5のつく日など)にまとめてお買い物することで普段の1.3倍ものポイントを得ることなどを常に考えて行動することを指す。ここ6年のうち、何も考えずフラッと衝動的に買い物をしたことはほとんどなく、何かお金を使う、経済的なアクションを起こす時には、1円でも、1ポイントでも得をする行動を完全に把握してからでないと動かない。ただのケチと侮るなかれ、この涙ぐましいチマチマした努力は確実に成果を生んでおり、手取り給与18万円にもかかわらず俺の貯金残高は先月200万円に到達した。実家から遠く離れた一人暮らしにとってこの200万円という額は実に快挙なのである。心に余裕のできた俺が何をするか、決まっている、さらにポイ活に精を出すのだ。いや、違うな。もはや生活の軸として、「得するコト=損しないコト」が染みついている。
最近のお気に入りとして、コンビニアプリにハマっている。今はどのコンビニも自社のアプリを出して、そこでクーポンを配り客を囲い込もうとする戦略をとっているのだが、ここまで俺のことを知ってくれた人は「コンビニ」というワードに違和感を覚えたことと思う。それは当然の感想で、コンビニと言えば通常割引なしの価格でかつ、量も少ない商品が多く、何ならスーパーで買うよりも割高で販売されている印象、いや事実そうである。そんなコンビニをこの損嫌いの俺が利用しているのか?それは理論が破綻しているだろうとお思いのことだろう。
安心して欲しい。ここ10年俺はコンビニでお金を出して商品を買ったことはない。むしろコンビニに入店することは、鬼ヶ島に向かう桃太郎よろしく心の底から恐怖心を抱くほどには毛嫌いしている場所の一つなのだから。ではなぜコンビニアプリにハマっているのかというと、実はこのアプリでは新商品の宣伝も兼ねてジュースや缶コーヒー、はたまた軽食・お菓子など低額商品に関して無料クーポンがしばしば配布されるのだ。これが以外にバカにならない頻度で配布されるため、俺はほぼ毎日一回はコンビニアプリを開く習慣が定着している。そして現在時刻夜の11時30分になろうかというタイミングだが、コンビニアプリをチェックするルーティンを今まさに行っている。
「うぅああああああああああ!!!しまったァ!!!!」
アプリを立ち上げるや否や俺は期せずして絶叫してしまった。決して壁が薄くない鉄筋コンクリートのワンルームマンションだけれども、この夜中には歓迎されないヴォリュームを発してしまったのにはもちろん訳がある。
「今日までのクーポン、まだ使ってないじゃん!!!」
アプリを開くと、ポップアップ表示で「今日まで期限のクーポン」とでかでか俺の目に飛び込んできたのはコンビニのカップコーヒー(ホットのみ)無料券だった。なぜだ?なぜ俺はこんなクーポン未使用という凡ミスを仕出かしてしまったのだ?昨日だって一昨日だってアプリはチェックしている。損することが大嫌いな性格上、こんなクーポン管理怠慢はありえないことだ。
意識が錯乱している中、冷静にクーポンの画面に遷移して先ほどのコーヒークーポンを探すが、そこには無かった。「は?」とアプリに向かって、そしてアプリの向こう側にいるコンビニの運営企画チームに向かって怒りを露にする。これはポップアップの誤表示か?俺は損をしていないってことで今日を終えていいよな?今日はもうあと30分もすれば終わってしまう。もし本当に無料クーポンがあるのだとしたら、コーヒー一杯分俺は人生トータルの中で損をしたまま生きていくことになる。そんなことになれば、明日以降の俺に申し訳が立たなくなる。一生懸命生きている生活の中でふと思い出すのだ。仕事に打ち込んでいるとき、通勤の電車でおしくらまんじゅうに参加させられているとき、風呂に入ってリラックスしているとき、そんな各シーンで「あ、俺コーヒー一杯分損してるんだよな
・・・」と。
脳細胞がフル回転を始める。・・・まさか!ピンと一つのアイディアが思い浮かび、アプリ内のクーポンのページではなくキャンペーンページに遷移する。手早く順に上から表示をチェックしていくと、あった。「大抽選会!コンビニジャンボ!」と書かれたポップ内に、「当選!カップコーヒー一杯無料券」の文字があった。これは、先日アプリ内で開催されたコンビニアプリ1周年を記念したイベントで、毎日一回抽選ボタンを押して当たりが出れば何かしらの特典が得られるというものだった。思い出す。確かに俺はこの抽選で当てているわ、コーヒー。
「でもそれクーポンなんだからァ!クーポンページに一括で掲載しろやァ!!」
またしても怒りをぶちまけそうになる。失礼、実際ぶちまけた。しかしふがいないと自覚しつつも怒らずにはいられない。まさか期間限定イベントで獲得したクーポンは、クーポンページにはまとめて表示されない仕様だなんて夢にも思わなかった。これはクーポンを与えつつも、ユーザーが使用せずに腐らせることを狙ったコンビニの運営企画チームのいやらしさに違いない。なんと性格が曲がり切った仕様であることか。俺はすぐにお問合せページからこの仕様についての思いの丈を長文で投稿しようと試みたが、そんなことは後でいい、今はすぐにでもこのクーポンを使い切らなければ!と思い直し早速服をパジャマからジーンズに着替える。この時、時計を見ると夜11時38分だった。
飛び出るようにマンションを出て、コンビニまでダッシュで向かう。自転車は持っているのだけれど、一階のエントランスから駐輪場まで行く時間、および鍵を差して回し解除から自転車をこぎ始める初速を考慮すると、コンビニはわりかしマンションの目の前にあるのだから走った方が早いと即座に判断したのだ。
「いらっしゃいませー!」
コンビニに転がるように飛び込み、アプリを立ち上げてクーポンを再度確認した。あれ、このクーポンの対象は「カップコーヒー」、とな?
てっきり「缶コーヒー」だとばっかり思ってこの場にに至る俺は、予想外の展開にさらに動揺した。カップコーヒーってのはあれか、自分でカップを買ってコンビニ内でコーヒーを入れて持って帰るあれのことか・・・。そうか。
「どうやって、かうんだ?」
恥ずかしながら、ケチも極め極めし俺にとって、最後にコンビニに入って普通に買い物をしたのは実に中学か高校かというぐらいだから、いざ買い物をするとなると浦島太郎状態になることも多い。例えば電子マネーのギフト券なんかはもう意味不明のオーパーツ的な存在だ。なぜあんな小さい厚紙が5000円もするのだ?このように俺は常に小売りにおいて時代の最先端を走っているコンビニでは老人と大差ない知識量・対応力しかない。それでもこれまでの獲得した無料クーポンは、お菓子を棚から見つけてそれをレジに持っていき店員さんにピとアプリ画面を読み取ってもらうことで完結してきたから何とかなった。
では、カップコーヒーってどうやって買うのだ?つらつらと飲み物コーナーに行ってみるが、そこにあるのはペットボトルや缶に入ったコーヒーのみであり、そこにカップだけおいてある、なんてことはなかった。そりゃそうだよな、なんで貴重な売り場にカップだけ冷やしたり温めてあったりしたらおかしいもの。冷やしカップ始めましたってかい。おっとバカなことを考えている時間はない。考えろ、ここまできて最悪のパターンはクーポンの有効期限切れでタイムアップ、結局何も手に入りませんでしたパターンだ。それだけは避けねば。
「・・・レジの人に聞くか」
もはやためらっている余裕はなかった。店員とはいえできるだけ人との会話は避けたいものだが、仕方ない。分からないことは素直に聞く。それが”何かを学ぶ”ことの最短の方法であるのは明白なんだ。レジ前の通路に意を決して向かう。店員をチラリと確認し、何もせずまた元の飲み物コーナーに戻ってきた。つまり限られた残り時間を使って俺はコンビニの中を一周したのだ。
―――今日の店員、ガチ白ギャルじゃねぇかァーー!!
無理だった。話しかけられなかった。レジの中にいたのは年は10代後半から20代前半であろう金髪ロングヘア―の小柄なバッチリメイクの女子だった。コーヒーのことを質問しようと目を合わせた瞬間、ウソ偽りなく2秒ほど固まってしまった。いくら女子との対人関係が壊滅している俺だって、店員と商品購入のやり取りをすることくらいできる。しかし今は違う、恐らくは若者にとっては常識である「カップコーヒーを買う」という所作について丸ごと知らないと告白し買い方を教え請う必要があるのだから。いったいどんな反応をされるか分かったものじゃない。
「は~あ?メンドイ客ッ!おじさん、買い方も分かんないモン買いに来たワケ?絶対給料手取り20万切ってるでしょwww」
あああああああああ、絶対こんな風に言われるに違いないよ絶対。何が悪いんだッ!手取り18万で悪いかよ!俺はそれで十分なんだよ小娘ッ!俺の欲しいものを自動で念波かなんかで読み取って無言でスッとコーヒーヨコセヨ!そもそもなんで俺はこんなことぐらいでまごついてるんだよ、情けないッ!
様々な感情が俺の中に渦巻いた。もう恥をかくぐらいなら諦めたらどうだ?コーヒー一杯がなんだ、お前のポイ活お得人生はこれからも長いんだ、少しくらいの取りこぼしは許容範囲だろう?と思う一方で、今日の緩みは明日の緩みに容易につながるゾ!諦めるな、諦めるな、前に進めー!と背中を押すドケチ心からの言葉に背中を強く押された。結局、クーポンの有効期限5分前に俺の心をギリギリで支配したのは、損が大嫌いな、俺の本心だった。
ええい、ままよ。どうにでもなれ。しばらくここの店舗を使わなくなってもいい覚悟で飲むコーヒーは格別の一杯に違いない。俺は、ギャルとの第2戦に歩み出した。
(次回、俺はパツ金ギャルとの問答の末、無事クーポンをお釈迦にすることなく使えるのか?いったいギャルはどんな仕打ちを俺に仕掛けてくるのか?感動の五分間に展開される驚天動地のコーヒー質問編に続くッ!)
※補足 レジの女の子の名前は作中出ませんが「加藤茉央」ちゃんといいます。
損が嫌いな29歳独身男性、手尾愛歩。
突然の告白だが月の給料は、手取りで18万円である。この金額、多い少ないは人によって感じ方は異なるだろうが、俺にとっては十分過ぎる。今の会社は、新卒で入ったザ・ブラック企業から決死の覚悟で転職した天職だ。残業はほとんど無いに等しく、それでいて人間関係もそれほど負担でない程度しかなく、ほぼ個人作業のようなものだ。強いて言えば経理のおばちゃん軍団以外に女性が存在していない男子校のような会社であるところぐらいが不満だ。
しかしそれも俺にとっては諦めでなはく当然の環境ともいえる。これまでの人生、小学校と大学以外はすべてホンモノの男子校に通っていたのだから。ちなみに小学校は三年生のお泊り学校でおねしょしてから不登校になったため、学生生活としてはカウントできないだろう。大学生活では「ととのい研究会」というサウナを心から愛するアメフト部部長が兼部で立ち上げた怪しげな研究会に所属し、もちろんのこと他のメンバーが脳ミソまで筋トレが好きなんではないかと疑ってしまうマッチョな面々に囲まれて4年間を過ごしたため、俺の人生でまともに女子、女性、ガール、ウーマンと会話した経験が数えるほどしかない。それでもいいのだ。俺は俺でいいのだ。
そんな俺が社会人となり、前述の通り1社目は月間残業120時間、それでいて残業代は月5000円までしか出ず、足りない分は社長から「現物報酬」という名目で韓国のりが支給されるという謎のブラック企業に入社してしまったため、入社したその日から、転職することだけを心の支えにして働いていた生活を過ごした。そのブラック企業時代から、もう一つ俺の生活に潤いを与えてくれたものの一つが「ポイ活」だった。
ポイ活、それはポイント活動の短縮言葉であり、例えば日常で使うクレジットカード、これをただ支払いの手段として安易に用いるのではなく、クレジットカード発行会社によって毎月設定される特日(5のつく日など)にまとめてお買い物することで普段の1.3倍ものポイントを得ることなどを常に考えて行動することを指す。ここ6年のうち、何も考えずフラッと衝動的に買い物をしたことはほとんどなく、何かお金を使う、経済的なアクションを起こす時には、1円でも、1ポイントでも得をする行動を完全に把握してからでないと動かない。ただのケチと侮るなかれ、この涙ぐましいチマチマした努力は確実に成果を生んでおり、手取り給与18万円にもかかわらず俺の貯金残高は先月200万円に到達した。実家から遠く離れた一人暮らしにとってこの200万円という額は実に快挙なのである。心に余裕のできた俺が何をするか、決まっている、さらにポイ活に精を出すのだ。いや、違うな。もはや生活の軸として、「得するコト=損しないコト」が染みついている。
最近のお気に入りとして、コンビニアプリにハマっている。今はどのコンビニも自社のアプリを出して、そこでクーポンを配り客を囲い込もうとする戦略をとっているのだが、ここまで俺のことを知ってくれた人は「コンビニ」というワードに違和感を覚えたことと思う。それは当然の感想で、コンビニと言えば通常割引なしの価格でかつ、量も少ない商品が多く、何ならスーパーで買うよりも割高で販売されている印象、いや事実そうである。そんなコンビニをこの損嫌いの俺が利用しているのか?それは理論が破綻しているだろうとお思いのことだろう。
安心して欲しい。ここ10年俺はコンビニでお金を出して商品を買ったことはない。むしろコンビニに入店することは、鬼ヶ島に向かう桃太郎よろしく心の底から恐怖心を抱くほどには毛嫌いしている場所の一つなのだから。ではなぜコンビニアプリにハマっているのかというと、実はこのアプリでは新商品の宣伝も兼ねてジュースや缶コーヒー、はたまた軽食・お菓子など低額商品に関して無料クーポンがしばしば配布されるのだ。これが以外にバカにならない頻度で配布されるため、俺はほぼ毎日一回はコンビニアプリを開く習慣が定着している。そして現在時刻夜の11時30分になろうかというタイミングだが、コンビニアプリをチェックするルーティンを今まさに行っている。
「うぅああああああああああ!!!しまったァ!!!!」
アプリを立ち上げるや否や俺は期せずして絶叫してしまった。決して壁が薄くない鉄筋コンクリートのワンルームマンションだけれども、この夜中には歓迎されないヴォリュームを発してしまったのにはもちろん訳がある。
「今日までのクーポン、まだ使ってないじゃん!!!」
アプリを開くと、ポップアップ表示で「今日まで期限のクーポン」とでかでか俺の目に飛び込んできたのはコンビニのカップコーヒー(ホットのみ)無料券だった。なぜだ?なぜ俺はこんなクーポン未使用という凡ミスを仕出かしてしまったのだ?昨日だって一昨日だってアプリはチェックしている。損することが大嫌いな性格上、こんなクーポン管理怠慢はありえないことだ。
意識が錯乱している中、冷静にクーポンの画面に遷移して先ほどのコーヒークーポンを探すが、そこには無かった。「は?」とアプリに向かって、そしてアプリの向こう側にいるコンビニの運営企画チームに向かって怒りを露にする。これはポップアップの誤表示か?俺は損をしていないってことで今日を終えていいよな?今日はもうあと30分もすれば終わってしまう。もし本当に無料クーポンがあるのだとしたら、コーヒー一杯分俺は人生トータルの中で損をしたまま生きていくことになる。そんなことになれば、明日以降の俺に申し訳が立たなくなる。一生懸命生きている生活の中でふと思い出すのだ。仕事に打ち込んでいるとき、通勤の電車でおしくらまんじゅうに参加させられているとき、風呂に入ってリラックスしているとき、そんな各シーンで「あ、俺コーヒー一杯分損してるんだよな
・・・」と。
脳細胞がフル回転を始める。・・・まさか!ピンと一つのアイディアが思い浮かび、アプリ内のクーポンのページではなくキャンペーンページに遷移する。手早く順に上から表示をチェックしていくと、あった。「大抽選会!コンビニジャンボ!」と書かれたポップ内に、「当選!カップコーヒー一杯無料券」の文字があった。これは、先日アプリ内で開催されたコンビニアプリ1周年を記念したイベントで、毎日一回抽選ボタンを押して当たりが出れば何かしらの特典が得られるというものだった。思い出す。確かに俺はこの抽選で当てているわ、コーヒー。
「でもそれクーポンなんだからァ!クーポンページに一括で掲載しろやァ!!」
またしても怒りをぶちまけそうになる。失礼、実際ぶちまけた。しかしふがいないと自覚しつつも怒らずにはいられない。まさか期間限定イベントで獲得したクーポンは、クーポンページにはまとめて表示されない仕様だなんて夢にも思わなかった。これはクーポンを与えつつも、ユーザーが使用せずに腐らせることを狙ったコンビニの運営企画チームのいやらしさに違いない。なんと性格が曲がり切った仕様であることか。俺はすぐにお問合せページからこの仕様についての思いの丈を長文で投稿しようと試みたが、そんなことは後でいい、今はすぐにでもこのクーポンを使い切らなければ!と思い直し早速服をパジャマからジーンズに着替える。この時、時計を見ると夜11時38分だった。
飛び出るようにマンションを出て、コンビニまでダッシュで向かう。自転車は持っているのだけれど、一階のエントランスから駐輪場まで行く時間、および鍵を差して回し解除から自転車をこぎ始める初速を考慮すると、コンビニはわりかしマンションの目の前にあるのだから走った方が早いと即座に判断したのだ。
「いらっしゃいませー!」
コンビニに転がるように飛び込み、アプリを立ち上げてクーポンを再度確認した。あれ、このクーポンの対象は「カップコーヒー」、とな?
てっきり「缶コーヒー」だとばっかり思ってこの場にに至る俺は、予想外の展開にさらに動揺した。カップコーヒーってのはあれか、自分でカップを買ってコンビニ内でコーヒーを入れて持って帰るあれのことか・・・。そうか。
「どうやって、かうんだ?」
恥ずかしながら、ケチも極め極めし俺にとって、最後にコンビニに入って普通に買い物をしたのは実に中学か高校かというぐらいだから、いざ買い物をするとなると浦島太郎状態になることも多い。例えば電子マネーのギフト券なんかはもう意味不明のオーパーツ的な存在だ。なぜあんな小さい厚紙が5000円もするのだ?このように俺は常に小売りにおいて時代の最先端を走っているコンビニでは老人と大差ない知識量・対応力しかない。それでもこれまでの獲得した無料クーポンは、お菓子を棚から見つけてそれをレジに持っていき店員さんにピとアプリ画面を読み取ってもらうことで完結してきたから何とかなった。
では、カップコーヒーってどうやって買うのだ?つらつらと飲み物コーナーに行ってみるが、そこにあるのはペットボトルや缶に入ったコーヒーのみであり、そこにカップだけおいてある、なんてことはなかった。そりゃそうだよな、なんで貴重な売り場にカップだけ冷やしたり温めてあったりしたらおかしいもの。冷やしカップ始めましたってかい。おっとバカなことを考えている時間はない。考えろ、ここまできて最悪のパターンはクーポンの有効期限切れでタイムアップ、結局何も手に入りませんでしたパターンだ。それだけは避けねば。
「・・・レジの人に聞くか」
もはやためらっている余裕はなかった。店員とはいえできるだけ人との会話は避けたいものだが、仕方ない。分からないことは素直に聞く。それが”何かを学ぶ”ことの最短の方法であるのは明白なんだ。レジ前の通路に意を決して向かう。店員をチラリと確認し、何もせずまた元の飲み物コーナーに戻ってきた。つまり限られた残り時間を使って俺はコンビニの中を一周したのだ。
―――今日の店員、ガチ白ギャルじゃねぇかァーー!!
無理だった。話しかけられなかった。レジの中にいたのは年は10代後半から20代前半であろう金髪ロングヘア―の小柄なバッチリメイクの女子だった。コーヒーのことを質問しようと目を合わせた瞬間、ウソ偽りなく2秒ほど固まってしまった。いくら女子との対人関係が壊滅している俺だって、店員と商品購入のやり取りをすることくらいできる。しかし今は違う、恐らくは若者にとっては常識である「カップコーヒーを買う」という所作について丸ごと知らないと告白し買い方を教え請う必要があるのだから。いったいどんな反応をされるか分かったものじゃない。
「は~あ?メンドイ客ッ!おじさん、買い方も分かんないモン買いに来たワケ?絶対給料手取り20万切ってるでしょwww」
あああああああああ、絶対こんな風に言われるに違いないよ絶対。何が悪いんだッ!手取り18万で悪いかよ!俺はそれで十分なんだよ小娘ッ!俺の欲しいものを自動で念波かなんかで読み取って無言でスッとコーヒーヨコセヨ!そもそもなんで俺はこんなことぐらいでまごついてるんだよ、情けないッ!
様々な感情が俺の中に渦巻いた。もう恥をかくぐらいなら諦めたらどうだ?コーヒー一杯がなんだ、お前のポイ活お得人生はこれからも長いんだ、少しくらいの取りこぼしは許容範囲だろう?と思う一方で、今日の緩みは明日の緩みに容易につながるゾ!諦めるな、諦めるな、前に進めー!と背中を押すドケチ心からの言葉に背中を強く押された。結局、クーポンの有効期限5分前に俺の心をギリギリで支配したのは、損が大嫌いな、俺の本心だった。
ええい、ままよ。どうにでもなれ。しばらくここの店舗を使わなくなってもいい覚悟で飲むコーヒーは格別の一杯に違いない。俺は、ギャルとの第2戦に歩み出した。
(次回、俺はパツ金ギャルとの問答の末、無事クーポンをお釈迦にすることなく使えるのか?いったいギャルはどんな仕打ちを俺に仕掛けてくるのか?感動の五分間に展開される驚天動地のコーヒー質問編に続くッ!)
※補足 レジの女の子の名前は作中出ませんが「加藤茉央」ちゃんといいます。
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