俺の前世が『あやかしの秘宝を奪って人間に転生逃亡した戦闘狂の鬼』と言われても、全く記憶がございません!

紫月花おり

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第ニ章

第57話 想いの果て!!?

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「や…やめろぉぉぉぉッ!!」 

 俺の叫びも虚しく、術は発動し彼方の表情が苦痛に染まっていく。
 
「く…ぅ……っ」

「……おや、やはり術にあらがいますか。……でも…だいぶ苦しそうですね? 無理せず術を受け入れて……眠って良いんですよ?」

 術に抗い意識を失うことなく、星酔を見据えている彼方。星酔は仕方なさそうに溜め息をつくと

「誰にでも一つや二つ思い出したくはないこと、辛いことや悲しいことがあるものです。長く生きていれば尚のこと──……でしょう?」

 含みのある言い方。
 そして、星酔は彼方に少し近づき…だが俺にも聞こえるように囁く。

「聞いていますよ? 紅牙の最期さいご……の貴方のことも」

「!」

 ────え?
 はどういう……?

 明らかに変わった彼方の表情。だが、すぐに星酔を強く睨み返す。

「…っ……星酔の思うよう…な…ことは……何も…な…ぃ……よ」

「どうでしょうね? 忘れてしまっているなら、思い出させて差し上げますよ」 

「…………」

「それに…覚醒のきっかけになるかもしれませんよ? 紅牙自分のせいで壊れ、血を流す彼方貴方を見れば……紅牙は黙っていないのでは?」

 その言葉とともに額に触れる手が纏う青白い光妖気がどんどん強くなる。
 それでも何とか耐えている様子ではあるが……
 
 紅牙の“最期”とは“転生した時”ということだよな?
 その時、そしてその後の彼方に何が??

 そんな疑問が頭を駆け巡るが、今は彼方を術から救うことが先だ。
 まずは結界ここから出ないと……!

 焦る俺に気づいているのか、星酔がチラリと俺を見てから

「大体、おかしいでしょう。本来、紅牙は記憶を持って生まれ変わった後、貴方たちと合流する手筈だったのですよね?」

 そう言うと星酔は邪悪な笑みを浮かべる。

「……紅牙と貴方たちは種族を超えた…なのでしょう? なのに、ようやく再会まで果たしたのに一向に覚醒どころか、貴方たちとの記憶すらも戻らない……つまり、なのでは?」

「「………ッ」」

 星酔の言葉は“仲間だと思ってるのは彼方たちだけで、紅牙自身はそう思ってなかった”と同義──
 
「そもそも、紅牙は大切な仲間に内緒で…独断で妖の秘宝に手を出した。貴方たちを巻き込んでおいて自分は記憶を持たずに人間に生まれ…無責任にも未だ逃亡しているようなものでしょう?」

 星酔は術だけでなく、言葉で彼方を追い詰めていく──が、俺に対しても十分刺さる。
 むしろかなり…痛い。

「紅牙は一族だけでなく、仲間貴方たちまで裏切ったんですよ」

「……違う。紅牙は必ず戻ってくる」

 彼方の強い瞳と言葉を鼻で笑うと

「口では何とでも言える。結局は他種族の集まり……本当に心が通っていたとでも? 紅牙は貴方たちを利用していただけ、自分さえ助かれば良かったんですよ」

 一瞬の沈黙の後、彼方の口元に挑発的な笑みがうかぶ。

「……は… 星酔自分のことを言ってるの?」

「…………な…ッ」

 幻夜に陶酔した星酔──それは星酔自身が一番よく分かっているの心。

 星酔が言葉を詰まらせた直後、その怒りに呼応するように星酔の妖力が、彼方を拘束する鎖の妖気を奪う力が一気に上がり

「……お前らと…一緒にするな……ッ」

 小さく呟くと深呼吸をするように長く息を吐き、改めて彼方を見据える。

「宗一郎は紅牙の記憶も妖力もなくしている。認めたくないのでしょうけど……宗一郎と紅牙は違う。──……あの日、貴方たちのんです」

「……!」

 彼方から血の気が引くように…明らかに表情が固まった。

 ──おそらく、彼方が聞きたくなかった言葉。 

「彼方……!」

 その瞳には明らかな動揺とわずかに混じる絶望。

 このままでは彼方の妖気が尽きるか星酔の術で壊れてしまう…?
 だったら、こんな所で見てる場合じゃない!

 未だ思うように体が動かない上、俺を囲む目の前の見えない結界が立ちはだかる。
 星酔の簡易結界、俺が余裕で立てる…それ以上の高さはありそうだが狭い正方形のようだった。

 どうする……?
 俺はこのまま……いつものように何もできないまま…本当に見ていることしかできないのか?

 いや、ダメだ

 星酔をぶん殴ってでも止めるか、彼方をあの術から救い出すか…どちらでも良い。
 このままでは彼方が危ない──俺が行くしかない!!

 くそっ……動け!

 力が上手く入らない体を何とか動かす。
 体に重くのしかかるような怠さの中、結界の壁を利用して立ち上がった。

 立ち上がるには助かったが、結界の壁これを壊さなければ…………でも、どうやって?
 さっき彼方がやってた……拳で…いけるか?


 バンッ! バンッ!


 くっそ…やっぱり俺じゃどうにもならないのか!?
 何度も両拳で叩いてみたが、びくともしな…い…………

「ぅ──ッ!!?」

 脳裏に一瞬よぎった光景……は…夢で見たあの…??


 ドクン

 ドクドクドクドク…


 鼓動が早くなる。自分の耳にも聞こえる…響くほど。
 呼吸が乱れ、冷たい汗が流れる。

 …………違う! は違う!!

 俺は自分に…に言い聞かせるように繰り返した。

 落ち着け落ち着け落ち着け……
 今すべきことを思い出せ!
 俺は結界ここを出て、彼方の元へ行くんだ……!!

 気持ちを切り替えるように深呼吸をしてから再び壁を叩くが

「…………くそっ」

 硬い壁は何も変わらず、拳に痛みが走るだけ。
 このままじゃ彼方が星酔の術に……!
 もう一度、を込めて……拳に集中するんだ!

 彼方のピンチなんだぞ!?
 俺の中にいるんだろ? 紅牙!!
 頼むから力を貸してくれ──!!
 

 ガン!!


「!」

 ……え? あれ!?
 今、拳が当たった一瞬だけ、俺の体が…拳が青白い光を……?


 バリン


「何!?」

 星酔の驚愕の表情が視界に入ってきたが、俺だって何故出来たのかなんて分からない。
 本当に……紅牙が…?
 だが理由は分からなくても目の前の結界は砕け散り、俺は必死に彼方の元へと走った。
 無我夢中で動かなかったことなど忘れたように…彼方を捕らえている円陣に入った、その瞬間とき

「な!?」

 ガクリと一気に力が抜けた……が、グッと踏ん張る。

 ここで、負けるわけにはいかない!

「彼方から離れろ!!」

 俺は気合いで足を動かし、そのまま驚く星酔を体当たりで彼方から引き離した。

「くっ…!?」

 とりあえずトラウマの術は止められた…のか?
 それでも未だ辛そうな彼方に手を伸ばす。

「彼方!」

 彼方に巻き付く鎖を外し、解放しなければ!!

 その一心だった。
 だが、彼方を拘束する妖気の鎖に触れた瞬間

「ぇ……!?」

 ぐらりと視界が歪むほどの眩暈めまい
 一気に全身から力が抜けるような感覚に思わず手を離す。
 円の中に入ってから感じたものより遥かに強い脱力感……一瞬触れただけでもこれ!?
 じゃあ…に巻きつかれている彼方は……?
 
 どうしたものかと困惑する俺に、彼方は驚きの視線を向けた。

「宗一郎……どう…やって……結界は…?」

「殴ったら壊せた」

「………え」

 困惑する様子の彼方だが、俺にも何故できたのか分からない。
 彼方の真似をしたところで妖気の出ない俺が……いや、もしかしたらあの一瞬だけ妖気を出せたのかもしれない…紅牙のおかげで。

「よく出られましたね…宗一郎、ですがでは立っているのがやっとではないですか? この術は妖気だけではなく生命力も奪える、と言ってませんでしたかね」

 体制を立て直し、動けないままの俺たちへ向き直ると星酔は冷笑をうかべる。

「……っ…宗一郎…ここから出て……ッ」

「な…っ…………?」

 妖力の鎖はないが足元の図形に俺から出ている淡い光が吸収されていく?
 あまりの脱力感に膝をつく俺。

「その腕輪のせいか……妖気は無理そうですが、生命力は問題なく吸収出来ますよ」

「妖気も生命力も…オレからだけで充分でしょ……」

 彼方の言葉に星酔は盛大な溜め息をついた。

「紅牙に恨みがないとでも?」

「!」

「私は貴方はもちろん、紅牙にも消えて欲しいと願い続けてますよ──ずぅっと以前まえから」

 “紅牙が消え、仲間が再び集うことがなくなること”
 それが星酔の願いであり、そう信じていたかったであろうことは伝わってきた。痛いほど。

 そのままゆっくりと俺たちへ近づく。

「天狗への仇討ちは私だけじゃない、一族にとっても死んだ仲間たちにとっても悲願──貴方が仲間を大切に思うように、私も一族が大切なのです」

「…………そう…だろうね」

 どちらが悪いとか、正しいとかは関係ない。
 はお互いに分かっているはず。それだけに、退くこともできないのだろう。
 そうなるとやはり最後に立つものがだ。

 一瞬の睨み合い。
 直後、星酔の手に妖気が集中し、やがて剣のように形作っていく。

「我らがかたき…天狗軍副大将・彼方、紅牙とともに死ね……っ」

 星酔が右手右手の刃を振り上げた瞬間

「……ッ」

 彼方の瞳が琥珀色から金色に変わったかと思うと、拘束する鎖が一際青白い光を放つ。
 それは、一瞬の殺気のぶつかり合い──

「彼方ダメだ!! やめろぉぉぉぉッ!!」

 咄嗟に俺が叫んだ…と同時

「──は僕も黙っていないよ? 星酔」

「な……ッ…」
 
 俺と彼方に攻撃が届く寸前で妖気の刃が消えていった。

 そして、星酔の細い首を横から貫いているのは──

 驚きと全てを悟ったような星酔の瞳が錫杖の先を辿たどる先、声の…錫杖の主は何の感情も持たないような冷たい瞳で

「星酔、残念だ。お前はもう少し…賢いと思っていたよ」

 幻夜の言葉と同時に、持つ錫杖が青白く光り……その光が一気に強まる。

「……幻夜…さ…」

 そして、強まった光が収まる──黒い霧と共に。
 が星酔の最期だった。
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