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第19話 交渉7 水偵飛来と艦隊合流4
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令川丸以下の艦隊としては、移動の前にティアマト号から客人を迎えなければならない。
艦長は、立入検査隊へ無線連絡を取らせて、ティアマト号のバース艦長に人選を依頼した。
その結果、選ばれたのは、艦長付きの准男爵アナセンと、同じく王国騎士オーケルマンだった。
大谷地たちが驚いたのは、バース艦長が、二人の随行に、あの魔法使いの美女を付けると言ったことである。
作戦行動中の海軍艦艇に女性、しかも、とびきりの美女が乗ることは、軍紀上、好ましいとは言えないため、大谷地は難色を示したが
「彼女、ソフィア・ノアーナ・デ・ローイは、王国魔術師の中でも屈指の存在、皆様も先刻、言葉の理の術式をご覧になったはず。ほかにも様々な術を使えます故、決してお邪魔にはならないと存じます。」
バースは、そう言って彼女の同行を強く勧めた。
「分かりました。では、当方の艦長が是とするならば、お連れしましょう。」
大谷地はそう言って、立検隊の兵隊に令川丸との通信を命じると、南郷艦長からは、あっさりと
「申し入れの要求に従え。」
との返答が来た。
これでは嫌も応もないので、魔術師ソフィアを同行させることとなった。
令川丸側は、訪船中の大谷地副長が残り、花川少尉は、立入検査隊のうち、清田上等兵曹以下4人を大谷地と共に残して、自身は報告のため令川丸に戻ることにした。
清田上曹と一緒に無線機器も残置したから、手旗や発光信号も合わせて、この先、連絡には困らない算段である。
花川の先導で、アナセン、オーケルマンとソフィアは、待たせてあった内火艇に移乗し、令川丸に向かった。
3人とも、内火艇の速さには驚いた様子であった。
内火艇を舷梯に着けて、これも花川の先導で3人がラッタルを昇り始めると、サイドパイプが
ヒュイー、ヒュイー
と吹かれ、昇り切ると同時に
「捧げー、銃」
の号令で、舷門の衛兵が一斉に捧げ銃の姿勢を取った。
その隊列の先に、いつの間に着替えたのか、第一種軍装の左腰に短剣を差し、白手袋をはめた艦長の南郷大佐が待ち受けていた。
花川に先導されたアナセン、オーケルマンとソフィアが目の前に差し掛かると
「どうぞ、こちらへ。」
と左手の仕草で艦橋の入り口を指し、二人を誘った。
艦橋のトップや見晴らしの利く場所は、来艦者を一目見ようと将兵の人だかりができている。
来艦者の中でも、やはりと言うべきか、ソフィアは一際目立つ存在である。整った顔立ちにブロンドの髪、抜群のスタイルに加え、仕草の一つ一つが妖艶であるから、これは致し方ない。
彼女は、艦橋入口の手前で足を止め、その人だかりをチラリと見遣り
「あらあら、これが二ホン海軍の水兵さんたちなのね。男ってどこの世界でも本当に変わらないわね。でも、殺伐としているより、よっぽどマシだわ。」
そう呟き
「フフフッ。」
と軽く笑い、アナセンたちを追って艦内へ入って行った。
ソフィアの存在は、無粋な艦に花が咲いたようなもので、将兵たちはその余韻に浸っていたが
「貴様ら何をしておる!出港の準備だ、持ち場へ戻れ!」
甲板士官の怒鳴り声が、みんなを現実に引き戻した。
我に返った兵たちは、小走りにそれぞれの持ち場に戻って行った。
南郷は、アナセンたちを、とりあえず羅針盤艦橋へ案内した。艦内を見せるというより、動き始めは、艦長自ら指揮を執らなければならないからである。
艦橋に上がると同時に、南郷はソフィアから、ビーズのような細かい粒でできた腕輪を渡された。
彼が戸惑っていると、ソフィアは、手ずから手首に腕輪をはめてくれた。
「あたしの言っていることがお分かり?ダンディーな艦長さん。」
「?!」
いきなりだから、さすがにドギマギしてしまう。
「艦長さんとお話しが出来ないと、あたしたち、文字どおりお話しにならないでしょう?だから、言葉の理の念を込めたアイテムを進呈したって訳なの。お分かり?」
「ああ、それはどうも。」
南郷は、そう答えるので精一杯だった。
彼はソフィアの方から顔を上げ、顔と気持ちを引き締めると、ティアマト号の方へ探照灯を照射させ、双眼鏡を向けた。
探照灯の光に浮かび上がったティアマト号では、流していた錨が巻かれて、マストには帆が張られ風を受け膨み、前進を始めている。
「よし、機関前進微速。」
「機関、前進びそぉく。」
南郷の号令に復唱が返り、テレグラフが
チリリン
と鳴って、艦が動き出した。
アナセン一行は、そんな艦橋の様子を興味深げに見守っている。
ティアマト号は、帆に風を受けて順調に滑り出したかのように見える。
南郷は、ティアマト号の左舷側300mに令川丸、右舷側300mに天売を占位させて挟み込むようにし、輸送艦第百号、イ第103号と根室は、縦列を組んでティアマト号の後方に着ける「T」の字の体形にさせ、この体形のまま、ティアマト号の速度と進路に合わせて航行を続けるようにし、艦橋を当直将校に任せ、アナセン一行3人を士官食堂へ案内した。
時刻は夜の9時を回っている。
南郷は、来客に備え、主計科に命じて士官食の準備をさせていた。
食堂では、アナセンたち3人が舷窓を背にしてテーブルに着き、南郷以下、艦の航海科、機関科、主計科、医務科、飛行科などの各部責任者が同席し、花川少尉も、通訳兼説明係として相伴することになった。
メニューは、ヒレ肉のステーキ、伊勢海老の叩き焼きとコキール、牡蠣のクリーム和え、塩鱈バター焼き、鰯のポジャルスキーに、デザートとしてアイスクリームとアップルゼリーパイが添えられた。
これに飲料として、ビールに加え、南郷個人所蔵の白ワインとスコッチウィスキーが提供された。
南郷としては、相手が貴族や上流階級に属する人間であると考え、通常の士官食に箔をつけるため、元は洋食のコックだった兵隊を、わざわざ他の艦から招集して調理に当たらせたが、実際、口に合うかどうかが少々不安であった。
しかし、アナセンをはじめ、オーケルマンもソフィアも、相好を崩しているように見受けられた。
それもそのはずで、帆船の食事と言ったら、塩漬けの豚肉や生焼けのパンがあれば良いほうで、下手をすると、カビたパンや虫食いのビスケットが主食になったりするのである。何より、樽詰めの水が腐ってしまうので、臭い水や酸っぱいワインで我慢するしかないのが、辛いところである。
もちろん、南郷が気を利かせたメニューの内容もそうだが、帆船の食事事情を考えると、アナセンたちにとって、航海中にごちそうが食べられるのは、夢のような出来事であった。
ごちそうを前に、機嫌がよくなったアナセン一行から、南郷たちは「この世界」に関して様々な情報を得ることが出来た。
その結果、やはり、自分たちが元いた世界とこの世界は、異質なもの、別なものと判断せざるを得なかった。
そして南郷は、自分たちがこちらの世界で活動するためには、ミズガルズ王国とブリーデヴァンガル島が土台になる、鍵になる、と考えた。
一方、ティアマト号に残留した大谷地副長と立検隊は、バース艦長自らの案内で、艦内を見学していた。
艦長室を出て、上甲板をとおって前楼の方へ歩いていくと、乗客や兵士、水夫たちが物珍しそうに大谷地たちを見ている。
その痛いほどの視線を感じながら、前楼のドアからガンデッキへと降りて行った。
薄暗いランタンの灯りに照らされたガンデッキは、水夫たちの汗と酒の臭いが充満しており、酒盛りや、カード博打に興じる水夫たちの声があちこちから上がっている。
大砲は、大谷地からすれば何百年も昔の骨董品であるが、これがこちらでは最新兵器となるのであろう。
大谷地と立検隊は、バースの後ろを付いて、両舷に据えられた大砲と操作する水夫の間を歩いていたが、大谷地には、目に入る光景が、どうしても現実とは思えないでいた。
そのとき、通りすがりに傍らにいた水夫が、酒臭い息を吐きながら清田上曹にすがり付き
「ねえ、異国の兵隊の旦那。あっしにラム酒を一杯奢ってくだせぇ。」
と言った。
清田は、もとより取り合う気はなく、そのまま通り過ぎようとしたが、その水夫は
「ねえ、旦那ぁ。すかしてないでこっちを見てくだせえよぉ。旦那ぁ。」
そう言って、なおもしつこくすがり付いてくる。
周囲の水夫たちもヘラヘラ笑いながら、からかうようにこちらを見ている。
「チッ。」
舌打ちをしながら、清田が水夫を振り払おうとした瞬間、その場に殺気が走った。
左目に眼帯を掛けた大男が近付いて来たかと思うと、思い切りその水夫の顔を拳で殴り飛ばした。
殴られたほうの水夫は、砲の傍らまで飛んで行き、口と鼻から血を流している。
「貴様ーッ、艦長の客人に何たる無礼を働くかーッ!」
どうやら士官らしいその大男は、今度は弾込め用の棒を手に取ると、清田に酒をせびった水夫の尻を目掛け、続け様に振り下ろした。
バシッバシッバシッ
鈍い音が響く度に
「ギャー、ギャー、ギャー」
と、水夫が悲鳴を上げる。
周囲の水夫たちも、顔色を変えて散ってしまった。
「大変お見苦しいところをお見せしてしまった。酔い過ぎで私の姿すら目に入らなかったらしい。申し訳ございません。」
バース艦長が詫びた。
「いえ、お気になさらず。」
清田は、軍服のすがり付かれた辺りをパンパンと手で払いながら言った。
日本海軍も、下級兵に対する体罰は酷いものだったから、清田も若い頃は散々殴られたし、自分も下級兵を殴った覚えがない訳ではない。
いずれにせよ、それは組織にとって恥部と言ってもよいし、清田個人的にも悪夢のようなものだったから、他人事であっても、見せつけられては後味の悪さしか残らなかった。
艦内視察の後、艦長室で夕食を摂ることになった。
艦長主催の体裁で、イザベラ姫とアールト、大谷地のほか、イザベラ姫出迎えの使者として同行していた、ブリーデヴァンガル属領首府庶務尚書のケッペル男爵も同席した。
王侯貴族の夕食ということで、大谷地は多少の期待はしたが、出されたのは、パンと鶏肉料理が数種類に塩漬け豚と野菜、デザートには果物、ワインといった、意外に質素なものであった。
考えてみれば、冷蔵庫も冷凍技術もないのに、船旅に豊富な食材などあるはずもなく、これだけは新鮮だった鶏肉も、艦長自身が艦内で飼育している鶏を絞めたものだった。
大谷地は、料理はともかく、「異世界」に来てから極めて早いうちに、王侯貴族と懇意になる機会が掴めたことに、感謝していたが、ただ一つ、タバコを吸う機会がないのを残念に思っていた。
清田上等兵曹たち立検隊も、一応は艦長の夕食会に招かれたのだが、不釣り合いなので辞退した。
彼らには、アニタたちイザベラの侍女が、別途、乗客用食堂で夕食を用意してくれたが、清田にしてみれば、断然、気が楽で居心地がよかった。
勧められたワインを飲みながら、兵隊たちや侍女4人組と歓談するのは、久し振りに楽しいものであった。
「おい、灰皿を持ってないか。」
清田が傍らの兵に聞くと
「持っていますよ。」
と彼は言って、床に置いてあった背嚢から、空き缶を細工して作った灰皿を取り出した。
「よしよし。」
清田はそう言うと、胸ポケットから「赤道」という銘柄のタバコを取り出し、一本を口に加え、マッチで火を点けると
「スウーッ、ハァー」
と美味そうに吸って吐き出した。
「貴様らも遠慮せずに吸え。俺たちゃ客人らしいからな。おっと、お嬢さんたちはタバコを知らないんだっけ。俺は、火事で燃えている訳じゃあないから、安心してくれ。」
これも美味そうにタバコを吸いだした兵隊たちを横目に、清田がアニタたちを少しからかうように言った。
「いいえ、存じておりますわ。トゥバッコでございますわよね。私の国でも、男性や女性も、吸う方は沢山おられますわ。でも、吸う時は煙管を使いますけど。」
アニタが得意気に言い返した。
「へえ、そいつは凄い。実は、知らない国へ来てタバコが手に入るかどうかが気掛かりだったんだが、こいつは大助かりだ。」
「本当ですね。我々の補給問題が一つ解決されたって訳ですね、先任。」
田岡上等水兵が、上機嫌で言った。
清田も、何か漠然とした不安が一つ解決された思いで、ワインのせいもあるが上機嫌になった。
艦長は、立入検査隊へ無線連絡を取らせて、ティアマト号のバース艦長に人選を依頼した。
その結果、選ばれたのは、艦長付きの准男爵アナセンと、同じく王国騎士オーケルマンだった。
大谷地たちが驚いたのは、バース艦長が、二人の随行に、あの魔法使いの美女を付けると言ったことである。
作戦行動中の海軍艦艇に女性、しかも、とびきりの美女が乗ることは、軍紀上、好ましいとは言えないため、大谷地は難色を示したが
「彼女、ソフィア・ノアーナ・デ・ローイは、王国魔術師の中でも屈指の存在、皆様も先刻、言葉の理の術式をご覧になったはず。ほかにも様々な術を使えます故、決してお邪魔にはならないと存じます。」
バースは、そう言って彼女の同行を強く勧めた。
「分かりました。では、当方の艦長が是とするならば、お連れしましょう。」
大谷地はそう言って、立検隊の兵隊に令川丸との通信を命じると、南郷艦長からは、あっさりと
「申し入れの要求に従え。」
との返答が来た。
これでは嫌も応もないので、魔術師ソフィアを同行させることとなった。
令川丸側は、訪船中の大谷地副長が残り、花川少尉は、立入検査隊のうち、清田上等兵曹以下4人を大谷地と共に残して、自身は報告のため令川丸に戻ることにした。
清田上曹と一緒に無線機器も残置したから、手旗や発光信号も合わせて、この先、連絡には困らない算段である。
花川の先導で、アナセン、オーケルマンとソフィアは、待たせてあった内火艇に移乗し、令川丸に向かった。
3人とも、内火艇の速さには驚いた様子であった。
内火艇を舷梯に着けて、これも花川の先導で3人がラッタルを昇り始めると、サイドパイプが
ヒュイー、ヒュイー
と吹かれ、昇り切ると同時に
「捧げー、銃」
の号令で、舷門の衛兵が一斉に捧げ銃の姿勢を取った。
その隊列の先に、いつの間に着替えたのか、第一種軍装の左腰に短剣を差し、白手袋をはめた艦長の南郷大佐が待ち受けていた。
花川に先導されたアナセン、オーケルマンとソフィアが目の前に差し掛かると
「どうぞ、こちらへ。」
と左手の仕草で艦橋の入り口を指し、二人を誘った。
艦橋のトップや見晴らしの利く場所は、来艦者を一目見ようと将兵の人だかりができている。
来艦者の中でも、やはりと言うべきか、ソフィアは一際目立つ存在である。整った顔立ちにブロンドの髪、抜群のスタイルに加え、仕草の一つ一つが妖艶であるから、これは致し方ない。
彼女は、艦橋入口の手前で足を止め、その人だかりをチラリと見遣り
「あらあら、これが二ホン海軍の水兵さんたちなのね。男ってどこの世界でも本当に変わらないわね。でも、殺伐としているより、よっぽどマシだわ。」
そう呟き
「フフフッ。」
と軽く笑い、アナセンたちを追って艦内へ入って行った。
ソフィアの存在は、無粋な艦に花が咲いたようなもので、将兵たちはその余韻に浸っていたが
「貴様ら何をしておる!出港の準備だ、持ち場へ戻れ!」
甲板士官の怒鳴り声が、みんなを現実に引き戻した。
我に返った兵たちは、小走りにそれぞれの持ち場に戻って行った。
南郷は、アナセンたちを、とりあえず羅針盤艦橋へ案内した。艦内を見せるというより、動き始めは、艦長自ら指揮を執らなければならないからである。
艦橋に上がると同時に、南郷はソフィアから、ビーズのような細かい粒でできた腕輪を渡された。
彼が戸惑っていると、ソフィアは、手ずから手首に腕輪をはめてくれた。
「あたしの言っていることがお分かり?ダンディーな艦長さん。」
「?!」
いきなりだから、さすがにドギマギしてしまう。
「艦長さんとお話しが出来ないと、あたしたち、文字どおりお話しにならないでしょう?だから、言葉の理の念を込めたアイテムを進呈したって訳なの。お分かり?」
「ああ、それはどうも。」
南郷は、そう答えるので精一杯だった。
彼はソフィアの方から顔を上げ、顔と気持ちを引き締めると、ティアマト号の方へ探照灯を照射させ、双眼鏡を向けた。
探照灯の光に浮かび上がったティアマト号では、流していた錨が巻かれて、マストには帆が張られ風を受け膨み、前進を始めている。
「よし、機関前進微速。」
「機関、前進びそぉく。」
南郷の号令に復唱が返り、テレグラフが
チリリン
と鳴って、艦が動き出した。
アナセン一行は、そんな艦橋の様子を興味深げに見守っている。
ティアマト号は、帆に風を受けて順調に滑り出したかのように見える。
南郷は、ティアマト号の左舷側300mに令川丸、右舷側300mに天売を占位させて挟み込むようにし、輸送艦第百号、イ第103号と根室は、縦列を組んでティアマト号の後方に着ける「T」の字の体形にさせ、この体形のまま、ティアマト号の速度と進路に合わせて航行を続けるようにし、艦橋を当直将校に任せ、アナセン一行3人を士官食堂へ案内した。
時刻は夜の9時を回っている。
南郷は、来客に備え、主計科に命じて士官食の準備をさせていた。
食堂では、アナセンたち3人が舷窓を背にしてテーブルに着き、南郷以下、艦の航海科、機関科、主計科、医務科、飛行科などの各部責任者が同席し、花川少尉も、通訳兼説明係として相伴することになった。
メニューは、ヒレ肉のステーキ、伊勢海老の叩き焼きとコキール、牡蠣のクリーム和え、塩鱈バター焼き、鰯のポジャルスキーに、デザートとしてアイスクリームとアップルゼリーパイが添えられた。
これに飲料として、ビールに加え、南郷個人所蔵の白ワインとスコッチウィスキーが提供された。
南郷としては、相手が貴族や上流階級に属する人間であると考え、通常の士官食に箔をつけるため、元は洋食のコックだった兵隊を、わざわざ他の艦から招集して調理に当たらせたが、実際、口に合うかどうかが少々不安であった。
しかし、アナセンをはじめ、オーケルマンもソフィアも、相好を崩しているように見受けられた。
それもそのはずで、帆船の食事と言ったら、塩漬けの豚肉や生焼けのパンがあれば良いほうで、下手をすると、カビたパンや虫食いのビスケットが主食になったりするのである。何より、樽詰めの水が腐ってしまうので、臭い水や酸っぱいワインで我慢するしかないのが、辛いところである。
もちろん、南郷が気を利かせたメニューの内容もそうだが、帆船の食事事情を考えると、アナセンたちにとって、航海中にごちそうが食べられるのは、夢のような出来事であった。
ごちそうを前に、機嫌がよくなったアナセン一行から、南郷たちは「この世界」に関して様々な情報を得ることが出来た。
その結果、やはり、自分たちが元いた世界とこの世界は、異質なもの、別なものと判断せざるを得なかった。
そして南郷は、自分たちがこちらの世界で活動するためには、ミズガルズ王国とブリーデヴァンガル島が土台になる、鍵になる、と考えた。
一方、ティアマト号に残留した大谷地副長と立検隊は、バース艦長自らの案内で、艦内を見学していた。
艦長室を出て、上甲板をとおって前楼の方へ歩いていくと、乗客や兵士、水夫たちが物珍しそうに大谷地たちを見ている。
その痛いほどの視線を感じながら、前楼のドアからガンデッキへと降りて行った。
薄暗いランタンの灯りに照らされたガンデッキは、水夫たちの汗と酒の臭いが充満しており、酒盛りや、カード博打に興じる水夫たちの声があちこちから上がっている。
大砲は、大谷地からすれば何百年も昔の骨董品であるが、これがこちらでは最新兵器となるのであろう。
大谷地と立検隊は、バースの後ろを付いて、両舷に据えられた大砲と操作する水夫の間を歩いていたが、大谷地には、目に入る光景が、どうしても現実とは思えないでいた。
そのとき、通りすがりに傍らにいた水夫が、酒臭い息を吐きながら清田上曹にすがり付き
「ねえ、異国の兵隊の旦那。あっしにラム酒を一杯奢ってくだせぇ。」
と言った。
清田は、もとより取り合う気はなく、そのまま通り過ぎようとしたが、その水夫は
「ねえ、旦那ぁ。すかしてないでこっちを見てくだせえよぉ。旦那ぁ。」
そう言って、なおもしつこくすがり付いてくる。
周囲の水夫たちもヘラヘラ笑いながら、からかうようにこちらを見ている。
「チッ。」
舌打ちをしながら、清田が水夫を振り払おうとした瞬間、その場に殺気が走った。
左目に眼帯を掛けた大男が近付いて来たかと思うと、思い切りその水夫の顔を拳で殴り飛ばした。
殴られたほうの水夫は、砲の傍らまで飛んで行き、口と鼻から血を流している。
「貴様ーッ、艦長の客人に何たる無礼を働くかーッ!」
どうやら士官らしいその大男は、今度は弾込め用の棒を手に取ると、清田に酒をせびった水夫の尻を目掛け、続け様に振り下ろした。
バシッバシッバシッ
鈍い音が響く度に
「ギャー、ギャー、ギャー」
と、水夫が悲鳴を上げる。
周囲の水夫たちも、顔色を変えて散ってしまった。
「大変お見苦しいところをお見せしてしまった。酔い過ぎで私の姿すら目に入らなかったらしい。申し訳ございません。」
バース艦長が詫びた。
「いえ、お気になさらず。」
清田は、軍服のすがり付かれた辺りをパンパンと手で払いながら言った。
日本海軍も、下級兵に対する体罰は酷いものだったから、清田も若い頃は散々殴られたし、自分も下級兵を殴った覚えがない訳ではない。
いずれにせよ、それは組織にとって恥部と言ってもよいし、清田個人的にも悪夢のようなものだったから、他人事であっても、見せつけられては後味の悪さしか残らなかった。
艦内視察の後、艦長室で夕食を摂ることになった。
艦長主催の体裁で、イザベラ姫とアールト、大谷地のほか、イザベラ姫出迎えの使者として同行していた、ブリーデヴァンガル属領首府庶務尚書のケッペル男爵も同席した。
王侯貴族の夕食ということで、大谷地は多少の期待はしたが、出されたのは、パンと鶏肉料理が数種類に塩漬け豚と野菜、デザートには果物、ワインといった、意外に質素なものであった。
考えてみれば、冷蔵庫も冷凍技術もないのに、船旅に豊富な食材などあるはずもなく、これだけは新鮮だった鶏肉も、艦長自身が艦内で飼育している鶏を絞めたものだった。
大谷地は、料理はともかく、「異世界」に来てから極めて早いうちに、王侯貴族と懇意になる機会が掴めたことに、感謝していたが、ただ一つ、タバコを吸う機会がないのを残念に思っていた。
清田上等兵曹たち立検隊も、一応は艦長の夕食会に招かれたのだが、不釣り合いなので辞退した。
彼らには、アニタたちイザベラの侍女が、別途、乗客用食堂で夕食を用意してくれたが、清田にしてみれば、断然、気が楽で居心地がよかった。
勧められたワインを飲みながら、兵隊たちや侍女4人組と歓談するのは、久し振りに楽しいものであった。
「おい、灰皿を持ってないか。」
清田が傍らの兵に聞くと
「持っていますよ。」
と彼は言って、床に置いてあった背嚢から、空き缶を細工して作った灰皿を取り出した。
「よしよし。」
清田はそう言うと、胸ポケットから「赤道」という銘柄のタバコを取り出し、一本を口に加え、マッチで火を点けると
「スウーッ、ハァー」
と美味そうに吸って吐き出した。
「貴様らも遠慮せずに吸え。俺たちゃ客人らしいからな。おっと、お嬢さんたちはタバコを知らないんだっけ。俺は、火事で燃えている訳じゃあないから、安心してくれ。」
これも美味そうにタバコを吸いだした兵隊たちを横目に、清田がアニタたちを少しからかうように言った。
「いいえ、存じておりますわ。トゥバッコでございますわよね。私の国でも、男性や女性も、吸う方は沢山おられますわ。でも、吸う時は煙管を使いますけど。」
アニタが得意気に言い返した。
「へえ、そいつは凄い。実は、知らない国へ来てタバコが手に入るかどうかが気掛かりだったんだが、こいつは大助かりだ。」
「本当ですね。我々の補給問題が一つ解決されたって訳ですね、先任。」
田岡上等水兵が、上機嫌で言った。
清田も、何か漠然とした不安が一つ解決された思いで、ワインのせいもあるが上機嫌になった。
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商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
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車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
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異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
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