88 / 163
第88話 魔術と技術
しおりを挟む
ヴェスターンラント島の中心であるブレイザブリク港に入港した浦賀と利尻は、接岸困難と判断して沖係り、投錨した。
浦賀と利尻が沖係りしている石炭ヤードは、珍しい艦の来航とばかりに人だかりがしている。
浦賀艦長の千葉大佐は、属領主府庶務尚書補佐官のハッケン准男爵を伴い、内火艇で港の中央岸壁を目指した。
「皆様方のボートも速くて便利なものですな。」
同乗のハッケンは、内火艇の速度に驚きの表情を隠さなかった。
停泊中の大小の船舶の間を縫うようにして航走した内火艇は、周囲の奇異の視線に晒されながら中央岸壁の空きスペースに接岸し、艇長の若い少尉の指示で、兵隊が舫い綱を取ってもらおうと岸壁の群衆へ盛んに呼び掛けているが、なかなか誰も応じてくれない。
しばらくして、水夫らしい男が進み出て「綱をこっちへ寄越せ。」と仕草で示したので、ようやく兵隊が舫い綱を投げると、その男は、周囲にいた何人かの男たちと一緒に、手際良く綱を係船柱に巻いてくれた。
ハッケンが先に内火艇を降り、千葉大佐と警護の陸戦隊員5名が続いた。
「先ほどは痛み入る。」
と、ハッケンは舫い綱を取ってくれた水夫たちに礼を述べ、駄賃として何枚かのコインを手渡した。
「なぁに、造作もねえこってがんす。」
水夫の一人が笑って答えた。
「ついでと言っちゃ何だが、皆が乗れる辻馬車がおらんだろうか。代官殿のところへ行きたいのだが。」
「ああ、それなら…。」
ハッケンの頼みに、水夫が「ヒューイッ」と指笛を吹き手招きをすると、10mほど離れたところに停まっていた2頭立て馬車の御者が気付き、こちらへ馬車を近寄せて来た。
「重ね重ねありがとう。」
ハッケンが丁寧に礼を述べ馬車に乗ると、千葉大佐以下の6人が続いた。
ハッケンの指示で馬車は、属領主府属領代官というややこしい肩書を持つイェンス・ファン・ブラ―ウンシュパイク男爵の館へ向かった。
ハッケンの話では、ブラ―ウンシュパイク男爵は、鉱山開発に才覚がある人物で、合理的判断ができる人物とのことであった。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。先刻、沖合に投錨した船、二ホン海軍の皆様ですな。お噂はかねがね聞き及びまする。ハッケン殿も、久方振りでございますな。」
一行を出迎えたブラ―ウンシュパイクは、両手を広げて歓迎の意を示した。
ブラ―ウンシュパイクの館は、2階建ての多いブレイザブリクの街では珍しく3階建てで、その屋上には、港や海が一望できる望楼が設けられており、彼は、浦賀と利尻の入港を見ていたようである。
玄関で千葉と名乗り合った後、ブラ―ウンシュパイクは、一行を応接間へ誘ったが、陸戦隊の5名は、指揮官の上等兵曹が
「私らは外でお待ちします。」
と言って入室を遠慮したため、別途、待機の部屋を与えられた。
応接間で椅子を勧められて座ったハッケンと千葉であったが
「今回、私どもがこちらへ参ったのは…。」
ハッケンが言いかけると、ブラ―ウンシュパイクが
「分かっております。コーラのことですな。」
と発言を遮り、ズバリと言った。
「ほう。お分かりになりますか。」
千葉が反問すると
「やはりそうでしたか。いや何、皆様が乗って来られたあの大きな船ですが、中央の煙筒から盛んに煙を吐いております。帆を掛けずに進んでいる船と思われますが、コーラを焚いて何かの仕掛けを動かしているのではないか、と推察した次第でございます。」
ブラ―ウンシュパイクは、あっさり答えた。
「慧眼、恐れ入ります。あの大きな方の艦、『浦賀』という艦名ですが、これは石炭を燃やして水を温め蒸気を発生させ、その蒸気で機関を動かす仕組みです。」
千葉は
「なるほど、合理的思考の持ち主だな。魔法の『ま』の字も出さない。」
と思いながら言った。
「いやいや。」
ブラ―ウンシュパイクは謙遜した。
「皆様の世界には、進んだ技術があっても魔術はないと聞き及びます。我々の世界では、あべこべに魔術はございますが、技術の進歩が見られません。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「魔術は、一部の者にしか恩恵をもたらしませんが、技術が進めば万人に恩恵を与えることができます。どちらが人間にとって有益であるかは、自明の理なのですが、魔術と魔術師の特権に拘る連中、遺憾ながら貴族に多く存在いたしますが、この輩には、技術の進歩は邪魔以外の何物でもないのです。」
千葉は、ブラ―ウンシュパイクの言葉に半ば感銘を受けた。
「男爵は、実に開明的なお考えを持っておられますな。」
そう言ってから千葉は、海軍の癖で、男爵に敬称を付け忘れたことに気付いた。
「まあ、開明的かはともかく、私の考えなど、まだ少数意見に過ぎません。物事を合理的、かつ、科学的に探求しようとする者たちは、『錬金術師』などと呼ばれ、無から金を生み出そうとするような怪し気な連中と一括りにされている始末です。」
ブラ―ウンシュパイクは、敬称の付け忘れに気付かず、溜息交じりに言った。
そこで、ハッと気付いたように
「いや、失礼申し上げた。私の思考など別の話でございますな。さて、コーラですが、余分があるとはいえ、ブリーデヴァンガル島へ移出する分がございますので、どの程度の量をお渡しできるかは、積み出しの担当に計算させましょう。十分かどうかはともかく、そこそこの量はお渡しできるものと存じます。」
と言った。
「して、対価は如何に。」
ハッケンが質問すると
「属領主府に引き渡したものとして計算いたします故、ご心配は無用と存じます。」
ブラ―ウンシュパイクは、胸を張って言った。
「では、よろしくお願い申し上げる。」
千葉とハッケンは、揃って頭を下げた。
浦賀と利尻が沖係りしている石炭ヤードは、珍しい艦の来航とばかりに人だかりがしている。
浦賀艦長の千葉大佐は、属領主府庶務尚書補佐官のハッケン准男爵を伴い、内火艇で港の中央岸壁を目指した。
「皆様方のボートも速くて便利なものですな。」
同乗のハッケンは、内火艇の速度に驚きの表情を隠さなかった。
停泊中の大小の船舶の間を縫うようにして航走した内火艇は、周囲の奇異の視線に晒されながら中央岸壁の空きスペースに接岸し、艇長の若い少尉の指示で、兵隊が舫い綱を取ってもらおうと岸壁の群衆へ盛んに呼び掛けているが、なかなか誰も応じてくれない。
しばらくして、水夫らしい男が進み出て「綱をこっちへ寄越せ。」と仕草で示したので、ようやく兵隊が舫い綱を投げると、その男は、周囲にいた何人かの男たちと一緒に、手際良く綱を係船柱に巻いてくれた。
ハッケンが先に内火艇を降り、千葉大佐と警護の陸戦隊員5名が続いた。
「先ほどは痛み入る。」
と、ハッケンは舫い綱を取ってくれた水夫たちに礼を述べ、駄賃として何枚かのコインを手渡した。
「なぁに、造作もねえこってがんす。」
水夫の一人が笑って答えた。
「ついでと言っちゃ何だが、皆が乗れる辻馬車がおらんだろうか。代官殿のところへ行きたいのだが。」
「ああ、それなら…。」
ハッケンの頼みに、水夫が「ヒューイッ」と指笛を吹き手招きをすると、10mほど離れたところに停まっていた2頭立て馬車の御者が気付き、こちらへ馬車を近寄せて来た。
「重ね重ねありがとう。」
ハッケンが丁寧に礼を述べ馬車に乗ると、千葉大佐以下の6人が続いた。
ハッケンの指示で馬車は、属領主府属領代官というややこしい肩書を持つイェンス・ファン・ブラ―ウンシュパイク男爵の館へ向かった。
ハッケンの話では、ブラ―ウンシュパイク男爵は、鉱山開発に才覚がある人物で、合理的判断ができる人物とのことであった。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。先刻、沖合に投錨した船、二ホン海軍の皆様ですな。お噂はかねがね聞き及びまする。ハッケン殿も、久方振りでございますな。」
一行を出迎えたブラ―ウンシュパイクは、両手を広げて歓迎の意を示した。
ブラ―ウンシュパイクの館は、2階建ての多いブレイザブリクの街では珍しく3階建てで、その屋上には、港や海が一望できる望楼が設けられており、彼は、浦賀と利尻の入港を見ていたようである。
玄関で千葉と名乗り合った後、ブラ―ウンシュパイクは、一行を応接間へ誘ったが、陸戦隊の5名は、指揮官の上等兵曹が
「私らは外でお待ちします。」
と言って入室を遠慮したため、別途、待機の部屋を与えられた。
応接間で椅子を勧められて座ったハッケンと千葉であったが
「今回、私どもがこちらへ参ったのは…。」
ハッケンが言いかけると、ブラ―ウンシュパイクが
「分かっております。コーラのことですな。」
と発言を遮り、ズバリと言った。
「ほう。お分かりになりますか。」
千葉が反問すると
「やはりそうでしたか。いや何、皆様が乗って来られたあの大きな船ですが、中央の煙筒から盛んに煙を吐いております。帆を掛けずに進んでいる船と思われますが、コーラを焚いて何かの仕掛けを動かしているのではないか、と推察した次第でございます。」
ブラ―ウンシュパイクは、あっさり答えた。
「慧眼、恐れ入ります。あの大きな方の艦、『浦賀』という艦名ですが、これは石炭を燃やして水を温め蒸気を発生させ、その蒸気で機関を動かす仕組みです。」
千葉は
「なるほど、合理的思考の持ち主だな。魔法の『ま』の字も出さない。」
と思いながら言った。
「いやいや。」
ブラ―ウンシュパイクは謙遜した。
「皆様の世界には、進んだ技術があっても魔術はないと聞き及びます。我々の世界では、あべこべに魔術はございますが、技術の進歩が見られません。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「魔術は、一部の者にしか恩恵をもたらしませんが、技術が進めば万人に恩恵を与えることができます。どちらが人間にとって有益であるかは、自明の理なのですが、魔術と魔術師の特権に拘る連中、遺憾ながら貴族に多く存在いたしますが、この輩には、技術の進歩は邪魔以外の何物でもないのです。」
千葉は、ブラ―ウンシュパイクの言葉に半ば感銘を受けた。
「男爵は、実に開明的なお考えを持っておられますな。」
そう言ってから千葉は、海軍の癖で、男爵に敬称を付け忘れたことに気付いた。
「まあ、開明的かはともかく、私の考えなど、まだ少数意見に過ぎません。物事を合理的、かつ、科学的に探求しようとする者たちは、『錬金術師』などと呼ばれ、無から金を生み出そうとするような怪し気な連中と一括りにされている始末です。」
ブラ―ウンシュパイクは、敬称の付け忘れに気付かず、溜息交じりに言った。
そこで、ハッと気付いたように
「いや、失礼申し上げた。私の思考など別の話でございますな。さて、コーラですが、余分があるとはいえ、ブリーデヴァンガル島へ移出する分がございますので、どの程度の量をお渡しできるかは、積み出しの担当に計算させましょう。十分かどうかはともかく、そこそこの量はお渡しできるものと存じます。」
と言った。
「して、対価は如何に。」
ハッケンが質問すると
「属領主府に引き渡したものとして計算いたします故、ご心配は無用と存じます。」
ブラ―ウンシュパイクは、胸を張って言った。
「では、よろしくお願い申し上げる。」
千葉とハッケンは、揃って頭を下げた。
44
あなたにおすすめの小説
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!
枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕
タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】
3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる