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第2章 心の魔物
3. エゴと罪
しおりを挟む「……北川……お前……何してんねん」
神矢は、低く震えるその声が、自分の口から出ていることに気がついた。
脳のどこかで、甲高く耳障りな警報が鳴り響いているように感じられた。
体中の細胞がざわざわと沸き立つように騒ぎ、心臓が激しく脈打って、息が苦しくなった。
ふいに名前を呼ばれ、はじめて北川はそこに神矢がいることに気がつき、きょとんとした様子を見せた。
「……あれ?なんでお前ここに……」
「……せやから、お前、何してんねん」
ゆっくりと吐き出された神矢の低い声に、どこかヒリヒリとした剣呑な空気を察知した北川は、よく状況がわからないなりにおずおずと弓月の背から降り、神妙な顔つきでベッドに腰を下ろした。
「え?……何って。見ての通り、マッサージだけど……」
ベッドの上にうつ伏せになっていた弓月も、ちらりと神矢の方に冷たい一瞥をくれると、気だるげに上体を起こし、ベッドの縁にだらしなく足を投げ出した。
神矢の存在を無視するかのようにそっぽを向いている弓月の頬は、北川のマッサージで血行がよくなったのか、ほんのりと火照って、しっとりと艶めいている。
そんな姿すら、今の神矢には強烈な痛みの刺激となって、全身の血が逆流するかのような感覚にとらわれた。
「弓月先輩が部屋に来て、マッサージしてくれって言うから……」
なにもやましいことはないのに、人の良い北川はなんとなく弁解するような口調になり、神矢の顔色をうかがった。
「……それが、どうかした……?」
だんだん北川も、神矢と弓月の間に、なにやら一触即発のような危うい緊張感が漂っていることに気づいたらしく、わけもわからないまま、怯えたようにふたりの顔を交互に見比べている。
そんな北川に、神矢は前髪の奥から射殺すような視線をのぞかせて、言った。
「……ちょっと席外せ。……俺は弓月先輩に用があるんや」
「……え」
神矢の剣幕に、北川はびくっと身じろいだ。
しかし、そこで弓月がおもむろに動いた。
怯える北川を庇うように、わざとらしくその体を後ろから抱くと、弓月は甘く囁くように言った。
「ええて。ここにおりや。……こいつの言うことは気にせんでええ」
弓月は、抱きしめた北川の肩越しに、上目遣いで冷やかに神矢を見上げた。
そして、震える北川の耳元に唇を寄せ、淫らな笑みを浮かべながら、なにごとか一言二言、囁いた。
すると、怯えていた北川の頬が一瞬、秘め事の甘さに呆けたように弛緩し、赤くなった。
その瞬間、神矢は、自分の中で、なにかがブツッと音を立てて切れたような気がした。
(……そうゆうの、許されてええのは、俺だけやろ……)
自分が心の奥底でよりどころとし、大事に大事に守っていた「既得権」の侵害を目の当たりにし、暴発した神矢の感情は、あっというまに理性を凌駕した。
気がつくと神矢は、獣のような獰猛さで北川に腕を伸ばしていた。
そして、北川のジャージの襟首を鷲掴みにすると、その大きな体をあっという間にベッドから引きずりおろした。
そのまま、抵抗する北川を恐ろしいまでの腕力で部屋の入口まで引きずっていき、最後には開けたドアからその背を蹴とばすように外に放り出した。
バンッという、ドアが閉まる激しい音が、静まり返った部屋の中に不気味に響いた。
アドレナリンが全開のまま、ゆっくりベッドの前に戻った神矢は、肩で荒く息をし、瞳孔の開いた目で、ベッドの上に座ったままの弓月を見下ろした。
今まで見たこともないような、神矢の狂気じみた目の光に、弓月は一瞬怯む様子を見せたが、なおも気丈な態度でにらみ返した。
「……なんや。……なんか俺に言いたいことでもあるんか」
(……なんでやろ)
(俺、なんでこの人に、こんな冷たい顔されなあかんのやろ)
理不尽な敵意のこもった弓月の態度が、傷ついた神矢の心をさらに逆なでした。
そして、本来自分が所有していたはずの大事なものを、力づくで回復しなければならないという雄の衝動が、神矢の全身を襲った。
それは、一種の自己防衛本能だった。
(……俺のやから)
神矢は物も言わずにのっそりとベッドに上ると、反射的に逃げようと背を向けた弓月の首を、後ろから力任せに掴み、激しくシーツの上に押さえつけた。
「……くッ!……やめ……っ」
大きな体でのしかかる神矢の、あまりに強い腕力に抵抗できず、弓月は呼吸が苦しくなって顔をゆがめ、喘いだ。
その苦悶の表情に一瞬、本気の恐怖がのぞいて見えた。
その瞬間、神矢は、弓月を支配出来たような錯覚に陥った。
神矢の背筋に偽りの快感が走り、さらにその興奮を煽った。
もっと官能の刺激が欲しくて、神矢は餓えた獣が獲物にむしゃぶりつくように、弓月に襲いかかった。
「……いややッ!……広太……やめ……っ!」
食らいつくすような勢いの神矢の暴力的な口づけから、弓月は逃げまどうように身をよじった。
しかし、逃げても逃げても執拗に追いかけてくる、神矢の凶暴な唇と舌と歯に犯され、弓月の口内はどちらのものともわからない血と唾液にまみれ、さらに男の欲情を煽るように熱くぬめった。
「……ンンッ!……うっ……ふ……っ!」
弓月の上にまたがり、その腕をきつく縛めながら、傍若無人な舌でその口腔を蹂躙しているうちに、神矢は、その粘膜の淫猥な熱さに、どうしようもなく劣情をかき立てられるのを感じた。
思うさま犯した唇をいったん解放すると、せわしく息継ぎをはじめた弓月の口内に、間髪入れずに人差し指と中指と薬指の、太い三本の指を無遠慮に突っ込んだ。
噛みついてくるかと思いきや、苦し気に呼吸をするのがせいいっぱいの弓月は、もはや抵抗する気力を失ったのか、恥辱に紅く頬を染めながら、神矢の三本の指を咥えこみ、無意識におずおずとしゃぶりだした。
(……やらしい顔して……どんな気持ちでしゃぶってんのやろ……)
(……もしかして、こんな無理やりでも感じてるんやろか……)
(……骨の髄まで男好きやん。淫乱なんや……)
喉の奥までぐいぐいと指を突っ込んでも、弓月は目尻に涙を浮かべながら、神矢の大きな手を両手で包み、唾液まみれの指を慰撫するように、やわやわと舐めあげた。
いつも気高く美しい弓月の、屈辱的で卑猥な奉仕の姿に、神矢はゾクゾクするような背徳的な悦びをおぼえた。
(……口でしてもらうのも、ええかもな……)
神矢は、ネジがほぼ飛びかかっている頭の片隅で、ぼんやりとそんなことを考えた。
弓月の口から濡れた三本の指を引き抜いて半身を起こすと、神矢は、放心状態の弓月の頭をシーツの上に押さえつけたまま、左手で自分のジャージのパンツを下着ごと一気に膝まで下ろした。
とっくの昔に天を衝いていた神矢の快楽の中心は、解放を待ちわびたように勢いよく外に飛び出した。
神矢は弓月の体を抱き起し、シーツの上にひざまずかせると、その顎を鷲掴みにして、口を強引に開けさせた。
そして、自分の太く怒張した雄の証を、熱く湿って心地よさそうなそこへ、無理やりねじ込んだ。
「……ウ……ッ!……ぐっ」
(……キレイな顔がぐちゃぐちゃやん……めっちゃそそるわ……)
尊厳も何もない、痛々しい弓月の姿に、そんなことを思った。
一番大事なひとを汚し、傷つけて、気持ちよくなっている自分は、狂ったのだろうかと思った。
神矢は思う存分、弓月の喉の奥深くまで犯し、絶頂の瞬間、その顔面に向け、おびただしい量の精液をぶちまけた。
そして、大事なひとの美しい顔が、己の欲望の残滓でドロリと白く汚れていくのを見つめながら、神矢は、自分が子どものように泣いていることに気がついた。
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