ツンデレの弓月先輩はモテ期の後輩ワンコにお悩み中

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第3章 メッセージ

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ふがいないプレーを見せた神矢をかばおうと、必死に声を上げたのは、1年の女子マネージャー、手塚あゆみだった。
小柄で、目立つタイプではないが、マネージャーとしていつも元気に走り回っている印象の、芯の強そうな女子生徒だった。
手塚の目は真っ赤で、握った両のこぶしは、小刻みに震えていた。

(……え……手塚……だったのか?いままでのアレは……)

弓月は意外な思いで、小麦色に日焼けした手塚の顔を見つめた。
中学時代は陸上をやっていたと聞いたことがあった。
そこで神矢との接点はあったのかもしれないが、それにしても、あのレベルの写真を撮影できるようなタイプには見えなかった。
しかも、弓月は同じ部にいて、手塚が神矢に熱い視線を送っている様子を見たことは一度もなかった。
宿舎のホテルに戻ると、弓月と早瀬は手塚から話を聞くため、彼女を一階のロビーに連れ出した。


フロントの前のロビーに、学校関係者の姿は見られなかった。
ミーティングも終わり、もうすぐ夕食の時間になるため、みな部屋で思い思いの時間を過ごしているようだった。
エントランスのガラスの向こうに見える街並みは夕闇に包まれ、行き交う車のヘッドライトが尾を引くように流れはじめていた。
大きな一人掛けソファに小柄な体をおさめた手塚は、意を決したように話しはじめた。

「……幼なじみの親友がいるんです。まゆっていうんですけど……」
「中学の時、彼女、写真部だったんです。それで、私の応援で来た陸上の県大会で、神矢くんを見かけて、一目ぼれしちゃって……」
「でも、おとなしい性格だから、アプローチするとかは全然なくて……」
「ただひたすら練習見に行ったり、大会の応援に行ったり……」
「その後、彼女は地元の高校に進んだんですが、私は偶然神矢くんと同じ暁星国際に入学したので、それもあって、よく遊びに来るようになって。ある意味彼女にとって、神矢くんとの縁も切れなくて……」

弓月と早瀬が静かに見守る中、手塚はうつむきかげんに、ぽつりぽつりと話し続けた。

「だけど彼女、この夏、体調くずして入院しちゃって……」
「はじめは夏バテだろう、じきによくなるとか言ってたんですが、全然よくなる気配が見えなくて……」
「……検査の結果、命にかかわる重い病気だってわかったんです」

手塚の組んだ両手はこわばり、筋が浮いていた。

「……余命宣告もされたって……」
「……聞いた私もショックだったけど、当然本人が一番ショックを受けてて……」
「ものすごく絶望していて、一時は一切なにも食べなくなって……」
「……でも、しばらくしたら、神矢くんの様子は、気にしはじめたんです」
「いままでのように応援したいって……」
「私が送る野球部の練習風景の写真も楽しみにするようになって……」
「ほんとに、今の彼女にとって、神矢くんを応援することが、生きる支えになってるんだなって」

早瀬が差し出した紙コップのコーヒーを受け取ると、手塚は小さく会釈して、一口それを口にした。

「だから私、神矢くんに事情を伝えて、彼女に会いに来て欲しいって思ったんです。きっと、彼女、喜ぶだろうと思って。……だけど」
「それを彼女に伝えたら、それはやめてほしいって」
「使ってる薬のせいでひどい見た目になってしまった今の自分を、絶対に見られたくないし、病気の自分のために神矢くんにあれこれ気を遣わせるのは、絶対にいやだって」
「自分は推しに存在を気づかれないまま、ずっと応援し続けたいんだって」

そういう愛もあるのだろうか。
ふれあうことでしか愛を実感できない弓月には、よく理解できない心理だったが、それが本人にとってとても重要で、尊いことなのだろうということは、なんとなくわかった。

「だけど私、こんなに神矢くんのことを想ってる彼女の気持ちが、神矢くんに届かないなんて、もどかしくて……」
「それで、無理に彼女にすすめたんです。匿名なら、彼女の存在にはたどりつけない。匿名で贈りたいプレゼントを贈ったり、メッセージを贈ったりして、気持ちを伝えたらどうかって」
「全部私がお膳立てするからって……。そしたら、あんまり私がすすめるもんだから、私の気持ちを汲んで、とうとう彼女も折れて」

考えて見れば、クラスの寄せ書きカードを手に入れ、追加のメッセージを入れてホテルの部屋のデスクの上に置けたのは、カードを保管していた女子マネージャーだけだった。

「だけど、文化祭の写真部の企画に応募したのだけは、本当に私の間違いでした」

手塚は申し訳なさそうにうなだれ、倒れこむようにテーブルの上に両手をついた。

「あれは、以前彼女に見せてもらった写真だったんです」
「彼女が元気だったときに撮影したもので、いい写真だったから、すごく感動して……」
「彼女の愛の結晶みたいな、生きてる証みたいな、すごい写真だったから、どうしてもほかのひとにも見てほしくて……」
「……それで、優勝したらポスターになって貼りだされるとか全然知らずに、彼女にもその辺ちゃんと伝えずに、ただ、いい写真だから文化祭の企画に応募しようってだけ説明して……」

あんな騒動になるとは、思っていなかったのだ。

「神矢くんにも、野球部のみんなにも、本当に迷惑をかけてしまった。特に神矢くんはあの騒動で、肉体的にも精神的にも相当疲れ切ってました」
「今日の試合で神矢くんの状態が悪かったのも当然です。……本当に私のせいです!ごめんなさい!彼女だってこんなこと、まったく望んでなかったのに……」

手塚はとうとうテーブルの上に突っ伏して、泣き出してしまった。
そして、泣きながら何度も、「私のせいです」と繰り返した。
今日の神矢の乱調の直接の責任が、手塚にはないことを知っている弓月は、震える手塚の肩を励ますように小さく叩いた。

「……泣かんでええ。手塚、お前のせいやあらへん」
「……神矢が今日調子悪かったんはな、俺が昨日、しょうもないことで神矢に八つ当たりしてもうたからや」

弓月は自嘲気味な笑みを浮かべてそう言うと、難しい顔でため息をついた早瀬にも、それとなく目配せをした。

「ポスターの写真、ほんまにええ写真やったな。撮った子の気持ち、よう伝わってきたで。お前のおかげや」

お世辞ではなく、心の底からそう思い、弓月は笑顔で、もう一度手塚の肩を叩いた。
神矢の幸せだけを思い、負担になりたくないと、自分の存在を無にして、陰ながら応援しつづけた彼女。
その気持ちが報われて欲しいと、彼女の生きている証を神矢に届けようとした手塚。
どちらもその心の中にあったのは、相手を支配しようとするエゴではなく、相手の幸せだけを願う、純粋な気持ちだった。

(……それにひきかえ、俺たちは……)

清々しいものにふれ、よどんでいた気持ちが少し洗われたような気がして、弓月は顔を上げ、しっかりとした声で言った。

「神矢のことは気にせんでええ。俺と早瀬でなんとかするから。あいつのことや、明日にはきっと立ち直ってる」


(……俺の態度も悪かった。もう一度、ちゃんと広太と向き合って、話しよ)

夕食が終わると、弓月は神矢と早瀬の部屋を訪ね、ドアをノックした。
すると早瀬が出てきて、弓月の顔を見ると、いぶかしそうに眉をひそめた。

「……あれ?神矢、部屋にいないから、てっきりお前と一緒なのかと思ってたけど……違ったのか?」
「……いない?」

弓月はすぐに神矢の番号に電話をかけてみたが、呼び出してはいたものの、つながらなかった。
仕方なく、弓月はホテルの中で神矢が行きそうな場所を手当たり次第に探した。
しかしなぜか、人一倍大きく目立つはずの神矢の姿は、ホテルのどこにも見つからなかった。




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