戦う聖女さま

有栖多于佳

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酷使されていた大王の聖王女

エピソード11

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「ア、アガガガガ、ガアー」

大神官とのやり取りを無理矢理見せられていたアラリコは次に対戦させぼこられるのが自分だと名指しされて恐怖に顔を歪め、奇声を上げた。



「フン!」

赤い手袋をはめた手を振ると、リングの上に先程の大神官と同じように、半裸に短いズボンをはいて、手に赤い手袋をはめた姿で立たされていた。



「あ、あえ?」

足を内股にしてブルブルと体を揺らして震える姿の夫アラリコの容姿を黙ってマルシアは見つめた。



サザランド王国では珍しい濃い金髪に深い青色の瞳で整った顔立ちだが、その身体は大神官程では無いものの腹が出て、顎の下にも肉が弛んだ中年の男だった。



魔力判定の日に23歳の若い神官であったアラリコは、この9年間で高まった神官の位と反対に怠惰な生活が見て取れるだらしない体つきとなっていた。



フエンテ一族の掟で、光属性の者を見つけた場合、見つけた者がその身を預かることとし、聖巫女に相応しい一族の座を与えられるとなっていた。

それは追々、聖巫女の夫となりその血を引く子の親になるのだから当然の帰結とフエンテの者たちには思われていた。



それは聖巫女となる相手の同意など一切無くその必要性すらも考慮していない傲った思考で、聖女リノの初めの子から連なる一族で、他の者たちとは違うのだという特権意識から来るものだった。



そんなサザランド国民を下に見下してきたフエンテ一族、そして今世の聖巫女を妻として見出だしたと、更に驕っていたアラリコだったが、突然上げられた四角い舞台リングの上で、繁々とマルシアを見つめた。



会った時は幼い平民の子供で属性以外に気を引かれる子とも無かったし、婚姻後であっても痩せた鶏ガラみたいな薄い身体に、青白い顔色に疲れ果てて目の落ち窪んだ、肌も髪もパサパサと老婆のような見窄らしい姿だった妻マルシアのはずが、対峙しているマルシアは、引き締まった身体に凹凸のハッキリしたメリハリボティに、溢れ出る聖魔力マナで髪も肌も艶々と光輝いていて、サザランド一の美女と呼んでも誰からも否定の声が上がらないほどの美しい女となっていた。



「愛する我が妻マルシアよ、あなたは誤解している。私はあなたを不当に扱った事など一度も無い。いつも影から見守り、あなたの夫として、責務として善・行・を積んでいただけだ!私があなたから魔力を搾取した事など一度も無いだろう」

美しいマルシアを目を細めて見つめたアラリコは、鼻にかかったような甘い声で話しかけた。



「影・か・ら・見・守・る・ねぇ、魔力の搾・取・し・た・こ・と・は・無・い・ねぇ、私の為に善・行・を積んだと、フフフ、笑止な!戯れ言は拳で語れ!」

マルシアが侮蔑に満ち満ちた顔でアラリコの言葉を真似って、その後、怒声と共にファイティングポーズを取ると、どこからともなく、カーンと言う金属音が鳴り響いた。



その態度にアラリコは恐怖を感じて前屈みとなり腰を引いた。



しかし、その時にはマルシアが大きく一歩前に踏み出して、重たい右ストレートをアラリコの頬に打ち込んだ。

頭が揺れ、意識が一発で飛びそうになる。

すると、黄緑の薄い幕のような物から触手のように一筋が伸びて、アラリコに極弱い回復をかけるので、気絶しそうながら意識が留まった。



そこに、1拍を置いて左手で反対の頬をまた打たれる、と極弱い回復が触覚によって施される。

右、左、右、左、右、左、永遠かと思うほどの連打がアラリコに打ち付けられるが、意識が刈り取られる事はない。



「オラオラオラオラオラ、オラァー!」



マルシアが雄叫びと共に打ち付ける。

同時に微量の回復、また繰り返される打撃と痛み、そして微量の回復、繰り返されるやり取りに、アラリコの脳内に恐怖が重たく蓄積されていく。

打ち付けられる拳の数が、マルシアの心に溜められつづけた憎しみだと、痛みの中で思い知る。



「ごべん、ごべんだざい、ゆずじで、もうゆずじで、ガッ!!!」

切れた瞼から流れ落ちる血に涙が混じり涙で赤く顔中を染めながら謝罪の言葉を述べたがマルシア決して手を止めず、渾身の一発をアラリコの腹に打ち込んだ。



その拳の圧でアラリコの身体は宙を舞い、ドサンと四角い舞台リングに落ちてやっと意識を手放したのだった。



「何が善行だ!良いかフエンテ一族の者よ、いやサザランド国民みなに告げる、婚姻関係にある者が他所の者に子を成したならば、それは不貞である!浮気だ浮気!忌みすることだ、そんなの善行の訳無いだろう!この時より、聖教会リノー派は解散し、フエンテ一族は破門する!これは今世の聖女さまからのご沙汰である、心せよ」

紅い手袋をはめた右の拳を高々と上げて、マルシアが強く声を上げた。



その声はマルシアを包聖魔力マナの黄緑の光を帯びた魔力に乗せられて、サザランド王国民の脳内に、フエンテ一族と対峙したこのやり取り全てを映像として見させたのだった。



この後、フエンテ一族は、マルシアと共に表れた大王とその臣下の聖騎士によって捕縛され、不正蓄財を没収され、マルシアだけでなく、かつての全ての聖巫女たちに行った人格を縛り魔力を搾り取る非情な奴隷契約を白日の下に晒され、聖教国で高位神官となっている者も含め、みな破門となって、サザランド王国と聖教国との間にある魔鳥住まう瘴気溜まりの山岳地帯へと追放の罰を受けて、フエンテ一族はここに跡絶えた。



聖マルシアは、大王の養女の王女を辞め、生家へと帰った。



各島々の王たちは、神殿の跡地に集まり、今後のサザランド王国の統治をどうするかを話し合って、結局今まで通り各島々の統治は島の王がそれぞれ行い、大陸の各国との外交や貿易、国の安全保障などは、神殿跡地に集まって各王とその側近による合議制で行うことになり、サザランド王国はサザランド共和国となったのである。



マルシアが生家に戻ると周囲は腫れ物に触るような怖々とした態度だったけれど、島の修道院併設の保育園で働きだしたマルシアに、徐々に慣れて行き親しみを感じるようになった。



それから敬虔な聖女の使徒として過ごしていたマルシアの元へ一人の男が訪ねてやって来た。

「久しぶり、マルシア」

「ロロ!」



その男は、神殿でフエンテ一族に酷使されて魔力切れを起こして倒れていたマルシアを、いつも部屋のベッドへと連れて行って寝かせてくれた、あの護衛の騎士であった。



「マルシア、お前が光属性がわかると直ぐにフエンテに連れ去られて、俺はどうしてもお前を取り返したいと思っていた。魔力を鍛えて大王の騎士となり、その推薦で神殿勤務を命じられた時見つけたお前は、あの気の強い、やられたらやり返す性格がすっかり無くなってしまって、生きた人形のようなお前にどうしたらいいのか、戸惑って。契約魔法で人格を縛られていたなんて気づきもせず助けることもできず、本当にすまなかった」

マルシアに頭を下げるロロに、マルシアはニコリと微笑みをかえした。



「良いのよ、ロロ。あの頃、ロロだけが酷使されていた私を気にしてくれていた、それを思い出したから。ロロ、ありがどう」



「ッつ、マルシア、お、俺、お前が魔力無しのままで居てくれた方が良かったと思わない日は無かった。



お前を魔力無しと虐めていたことも、お前が連れ去られてアラリコの妻にされたと聞いた時に後悔しなかったことは無かった。マルシア、ずっと好きだった。お前は俺の初恋だ。



もし、あ、いや、酷使され搾取続けたお前を今度こそ、俺が幸せにするから、どうか俺と結婚してくれ、お願いだ」

ロロは頭をグワンと下げると上目使いにマルシアを見つめて告白をした。

「まあ、ロロ、あなたアタシのこと、好きだったの!?」

マルシアは朱くなりながら素っ頓狂な声を上げた。



「ああ、好きな子を虐めてしまう、ガキな男の習性だったんだ。でももうそんなことしない。お前を俺が何からも守るから、お願いだよ、マルシア。結婚してくれ」



「ちょっと聞くけど、善・行・は許さないわよ!それでも良い?うちの両親みたいにお互いだけの子を産み育てたいのよ。それ、聖女さま女神さまに誓える?」

マルシアがスッと目を細めてロロに聞いた。



「勿論、そのつもりだよ。リノー派はもう解散したんだし、俺は元々『ギャクハー』とかは受け入れられなかったんだ。マルシアが俺以外の男の子を産むなんて我慢出来ない。俺はマルシアだけだ。マルシアが居てくれさえすれば良い」

ロロはハッキリと言いきって、マルシアの手をギュっと握った。



「わかったわ、ロロのお嫁さんにして下さい。もし、裏切ったらその時は、魔力を込めた泥団子をお見舞いするから、忘れないでね」

ボワっと黄緑の光を繋いだ反対の手から出して見せた。



「お、おう。男に、騎士に二言は無い。そんなことは起きないから、魔力を引っ込めて、引っ込めなさいってば」

慌てた顔のロロを見てアハハとマルシアが笑い声を上げた。



マルシアは5人のロロの子を生み育て、賑やかで騒々しい平民の生活を送った。

聖女の器としてではない、マルシア自身として必要とされる毎日に幸せを感謝して一生を終えたのだった。



サザランド共和国は、緩やかな時間の経過の中で、各島の統治を王から民へと徐々に変化していったのだが、それにはまだ随分と長い時間がかかるのだった。



ー聖女さま、マルシアは国の政にも聖教会にも直接は関わらない判断となったのですが、良いのですか?

タバタが内心で聖女に尋ねると、



ーそりゃ、本人に光属性があろうとが、望まなければ、必要ないでしょ。マルシアはロロとの家庭生活を何よりも大切に考えてそれを選んだのだもの、誰にも非難も文句も言われる筋合い無いでしょう。



ーそう、ですね。マルシアが愛読していた聖女経典コミックは随分とクラリス様とは趣が違うのですね。それに修行の内容も。本当に身体を鍛える修行だったみたいで。

戸惑いながら、タバタがもう一度内心で聖女に話しかけた。



ーそうなのよ。始めは修行部屋美容スパに居たようなのだけれど、身体が回復したら直ぐに修行部屋フィットネスジムに移ってボクシング三昧だったみたい。どう、タバタもやってみる?物理も時には必要なのよ。人生に必要なものは、『気力体力時の運』て言うものね!

聖女の弾んだ声がタバタの脳裏に木霊する。



まあ、何れ機会があったら、とタバタは胸中囁いて、そっと遠くを見るのだった。
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