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サトウメグミの一生
エピソード36 その6
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「皆様お忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。さて、来期の予算成立後に、わたくし市長を辞職する運びとなりました。志半ばで大変心苦しいのですが、余計な混乱をもたらす前に潔く退くことを決意致しました。応援してくださった市民の方々、ありがとうございました」
定例記者会見で、初っぱなに辞意を表明して席を立った。
辞職の理由については、大病がわかった為、職務遂行が困難になったからと正直に伝えた。
支えて下さった後援会の方々には、もっと詳細な症状を話した。
みな一様に顔を強ばらせ、言葉を失った。
「余命は半年だそうです。身辺整理をしたら、静かに最期を迎えたい、私の我儘をお許しください」
いつもと変わらない笑顔を浮かべた表情で告げると、聞いている人たちはグッと喉を鳴らした。
見れば涙をハンカチで拭っている婦人会の方々も見えて、
「ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
「謝ることなど何も無いじゃない!」
「可哀想に、こんなにまだ若いのに」
「なんでメグちゃんばかりが辛い目にあうんだい」
堰を切ったように泣き声と悲しい呟きが広がっていくのを、他人事のような気持ちで見ていた。
市の職員たちにも別れを告げて、業務の整理をどんどんと進めた。
2ケ月後半に新たな市長が決まって、市庁舎を後にした。
その足で、向かうのは、海の見える有料ホスピスだった。
市長の引き継ぎと会わせて、終の棲みかを見つけて終活に勤しんだ。
元より、物はためない主義だから処分するものは少なく済んだ。
最期だと、今は主婦になっている元ギャル娘の友人たちに会ったり、幼馴染みの映美ちゃんとそのお姉ちゃんたちに会ったり。
その映美ちゃんから連絡が来て、本当に懐かしい彼と再会を果たした。
「メグちゃん、久しぶり。君の活躍は聞いていたんだ。頑張って来たんだね」
見上げるほど背が高くがっしりした体躯になった、あの初恋の彼が遠く離れた他県まで会いにやって来たのは1ケ月前だった。
「本当に久しぶり恵斗くん。今は何しているの?」
片付けを進めていた私の事務所にやって来た彼を目を細めて見つめる。
体は大きくなったけど、顔立ちは昔のままだ。
日本人離れしたハッキリして彫りの深い顔、くっきりした眉、日に焼けた肌に短髪の黒髪。
一緒に朝ランをしたあの日の彼が、25年の時を経て目の前に立っていた。
「サッカー選手には成れなかった。怪我もしたし、才能も足りなかった。だけど俺、メグちゃんのことを忘れたこと無かった。あの時、メグちゃんの助けに、何にも出来なかったことを悔やんでいた。俺、今は弁護士してるんだ」
目を潤ませて声を詰まらせて、彼は名刺を渡した。
「へえ、恵斗くん弁護士さんになったんだね。意外」
驚いて呟きが口から漏れ出た。
「そんなこと言うならメグちゃんこそ、市長になるなんて超意外だったよ!名前も違ってたし、最初は気がつかなかったんだ。当選したニュースの時に地元の話が出て、アレ?と思って調べたらメグちゃんで。名字が変わってたから結婚したのかと思ってた」
私の言葉に反応して、つらつらと恵斗くんが話し出した。
「ええ、それ昔の知人には良く言われる」
苦笑して答えると被せるように、
「俺はずっと地元に戻ってなかったから知らなくて。でも市長辞任のニュースを聞いて、同級生に連絡を取ったんだ。そしたら君の、メグちゃんの病気のこと、身寄りのこと聞いて」
そう言って、目頭を押さえて、嗚咽を溢したのだった。
「うん。自ら望んだ天涯孤独な身の上だからね、今から永代供養の墓を決めて、看取り先を決めて、少ない財産を児童福祉施設に寄付してってまあまあやることあるのよ。死ぬのも楽じゃないわ」
私は意識して軽快な調子で話したのだけど、彼には痛々しく見えたのかもしれない。
「最期、最期を看取るのが俺じゃダメか。俺と最期の時間を一緒に過ごしてもらえないか」
泣きながらそう言う彼に、驚いて、息を止めて目を見開いて止まってしまった。
「メグちゃん?大丈夫?」
息を止めている私に恵斗くんが声をかけると、
「ビックリして息を忘れちゃったわ。死んじゃうところだったじゃない。驚かさないで」
そう答えながら、傷つけない拒否の仕方を考えていた。
「俺、メグちゃんのこと子供の時好きだったんだ。卒業式の時言えなくて、中二の春休みに告白しようって思ってたんだけど」
恵斗くんが罰の悪そうな顔をして、言葉を切った。
「母が私を殺そうとして大騒動になっちゃってたもんね」
私は、何でもない顔でそう答えてから、姿勢を正して彼を見つめた。
「恵斗くん。突然の告白、ありがとう。私もあなたが初恋だった。中二の春休みに告白されていたら、天にも昇るほど嬉しかったでしょう。でも今は、私はいつ尽きるともわからない命。もしあなたと過ごしたならこの世に未練を持って死んでも死にきれないかもしれない。だから、お気持ちはありがたく受け取らせてもらって、お申し入れはお断りさせてください。但し、」
棚引く煙が煙突から天へと昇っていく。
真冬の寒い寒い晴れた日の、澄み渡った青空に真っ直ぐと昇っていった。
ホスピスに入ったメグミは、まだ余命宣告の半年には半分も残っているのに、ほんの数週間その施設で過ごして呆気なく亡くなってしまった。
彼女の願いで、身辺整理の一切を業務として請け負った俺は、施設の呼び出しに答えて臨終に立ち会ったがその時にはもう意識は無く、話をしたのは、施設に入所する日の送迎の車内で遺言書の文言の確認や彼女のその後を知りたがる人の対処など業務に関することだけで、彼女の瞳に映った自分がどんな顔をしていたかも思い出すことが出来なかった。
施設の人は、彼女は穏やかで静かに死を受け入れていたと口を揃えて言っていた。
彼女の短い生涯を思うと、その前半の苦痛も、やっと訪れた充実した日々も、早すぎる晩年も何もかもが悲しくて、彼女のことを良くも知らない癖に勝手に想像して泣き崩れた。
彼女の遺骨を一人で墓へと納めて、俺の役目は終わった。
たったこれだけ、彼女の人生ノートの数行、いや数文字しか出てこないだろう俺と言う存在の小ささに、
「神様もう一度、どうか彼女とやり直しの人生を歩ませてください」
一心不乱に泣きながらどこかの神様に祈って、祈って、ひたすら祈ったけれど、彼女の居ない明日が今日になっただけだった。
定例記者会見で、初っぱなに辞意を表明して席を立った。
辞職の理由については、大病がわかった為、職務遂行が困難になったからと正直に伝えた。
支えて下さった後援会の方々には、もっと詳細な症状を話した。
みな一様に顔を強ばらせ、言葉を失った。
「余命は半年だそうです。身辺整理をしたら、静かに最期を迎えたい、私の我儘をお許しください」
いつもと変わらない笑顔を浮かべた表情で告げると、聞いている人たちはグッと喉を鳴らした。
見れば涙をハンカチで拭っている婦人会の方々も見えて、
「ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
「謝ることなど何も無いじゃない!」
「可哀想に、こんなにまだ若いのに」
「なんでメグちゃんばかりが辛い目にあうんだい」
堰を切ったように泣き声と悲しい呟きが広がっていくのを、他人事のような気持ちで見ていた。
市の職員たちにも別れを告げて、業務の整理をどんどんと進めた。
2ケ月後半に新たな市長が決まって、市庁舎を後にした。
その足で、向かうのは、海の見える有料ホスピスだった。
市長の引き継ぎと会わせて、終の棲みかを見つけて終活に勤しんだ。
元より、物はためない主義だから処分するものは少なく済んだ。
最期だと、今は主婦になっている元ギャル娘の友人たちに会ったり、幼馴染みの映美ちゃんとそのお姉ちゃんたちに会ったり。
その映美ちゃんから連絡が来て、本当に懐かしい彼と再会を果たした。
「メグちゃん、久しぶり。君の活躍は聞いていたんだ。頑張って来たんだね」
見上げるほど背が高くがっしりした体躯になった、あの初恋の彼が遠く離れた他県まで会いにやって来たのは1ケ月前だった。
「本当に久しぶり恵斗くん。今は何しているの?」
片付けを進めていた私の事務所にやって来た彼を目を細めて見つめる。
体は大きくなったけど、顔立ちは昔のままだ。
日本人離れしたハッキリして彫りの深い顔、くっきりした眉、日に焼けた肌に短髪の黒髪。
一緒に朝ランをしたあの日の彼が、25年の時を経て目の前に立っていた。
「サッカー選手には成れなかった。怪我もしたし、才能も足りなかった。だけど俺、メグちゃんのことを忘れたこと無かった。あの時、メグちゃんの助けに、何にも出来なかったことを悔やんでいた。俺、今は弁護士してるんだ」
目を潤ませて声を詰まらせて、彼は名刺を渡した。
「へえ、恵斗くん弁護士さんになったんだね。意外」
驚いて呟きが口から漏れ出た。
「そんなこと言うならメグちゃんこそ、市長になるなんて超意外だったよ!名前も違ってたし、最初は気がつかなかったんだ。当選したニュースの時に地元の話が出て、アレ?と思って調べたらメグちゃんで。名字が変わってたから結婚したのかと思ってた」
私の言葉に反応して、つらつらと恵斗くんが話し出した。
「ええ、それ昔の知人には良く言われる」
苦笑して答えると被せるように、
「俺はずっと地元に戻ってなかったから知らなくて。でも市長辞任のニュースを聞いて、同級生に連絡を取ったんだ。そしたら君の、メグちゃんの病気のこと、身寄りのこと聞いて」
そう言って、目頭を押さえて、嗚咽を溢したのだった。
「うん。自ら望んだ天涯孤独な身の上だからね、今から永代供養の墓を決めて、看取り先を決めて、少ない財産を児童福祉施設に寄付してってまあまあやることあるのよ。死ぬのも楽じゃないわ」
私は意識して軽快な調子で話したのだけど、彼には痛々しく見えたのかもしれない。
「最期、最期を看取るのが俺じゃダメか。俺と最期の時間を一緒に過ごしてもらえないか」
泣きながらそう言う彼に、驚いて、息を止めて目を見開いて止まってしまった。
「メグちゃん?大丈夫?」
息を止めている私に恵斗くんが声をかけると、
「ビックリして息を忘れちゃったわ。死んじゃうところだったじゃない。驚かさないで」
そう答えながら、傷つけない拒否の仕方を考えていた。
「俺、メグちゃんのこと子供の時好きだったんだ。卒業式の時言えなくて、中二の春休みに告白しようって思ってたんだけど」
恵斗くんが罰の悪そうな顔をして、言葉を切った。
「母が私を殺そうとして大騒動になっちゃってたもんね」
私は、何でもない顔でそう答えてから、姿勢を正して彼を見つめた。
「恵斗くん。突然の告白、ありがとう。私もあなたが初恋だった。中二の春休みに告白されていたら、天にも昇るほど嬉しかったでしょう。でも今は、私はいつ尽きるともわからない命。もしあなたと過ごしたならこの世に未練を持って死んでも死にきれないかもしれない。だから、お気持ちはありがたく受け取らせてもらって、お申し入れはお断りさせてください。但し、」
棚引く煙が煙突から天へと昇っていく。
真冬の寒い寒い晴れた日の、澄み渡った青空に真っ直ぐと昇っていった。
ホスピスに入ったメグミは、まだ余命宣告の半年には半分も残っているのに、ほんの数週間その施設で過ごして呆気なく亡くなってしまった。
彼女の願いで、身辺整理の一切を業務として請け負った俺は、施設の呼び出しに答えて臨終に立ち会ったがその時にはもう意識は無く、話をしたのは、施設に入所する日の送迎の車内で遺言書の文言の確認や彼女のその後を知りたがる人の対処など業務に関することだけで、彼女の瞳に映った自分がどんな顔をしていたかも思い出すことが出来なかった。
施設の人は、彼女は穏やかで静かに死を受け入れていたと口を揃えて言っていた。
彼女の短い生涯を思うと、その前半の苦痛も、やっと訪れた充実した日々も、早すぎる晩年も何もかもが悲しくて、彼女のことを良くも知らない癖に勝手に想像して泣き崩れた。
彼女の遺骨を一人で墓へと納めて、俺の役目は終わった。
たったこれだけ、彼女の人生ノートの数行、いや数文字しか出てこないだろう俺と言う存在の小ささに、
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