僕らのイヴェンター見聞録

隠井迅

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LV1.2 パンデミック下のヲタ活模様

第23イヴェ ハイブリッド・ライヴという未来予想図

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「今日は、配信、いったい何があるんだろう? そうだっ! 〈スギ・ノ〉を参考にしよう」

 そう呟いた冬人は、SNSの検索窓に「#配信スギノ」と打ち込み、今週のアニソン・声優関連の配信予定を確認してみる事にしたのであった。

 杉山さんは、例の配信情報のまとめに、ハッシュタグ「スギノ」と付けるようになっていた。兄の秋人の命名がどうやら、いたく気に入ったらしい。

 ところで、秋人と違って、冬人は、杉山さんと〈F・F〉の関係ではないのだが、それでもやはり、どうしても感謝の意を述べたくて、一念発起して、ツイートにリプライしてみた。すると、その一分後には早くも返事が返ってきた。

 本当に、良い人だな。

「ところでさ、ちょっと気が付いた事があるんだけれど、最近の配信ってさ、春先に比べると有料配信が増えてなくない?」
 〈スギ・ノ〉を参照した結果、冬人が視聴したい、と思っていた配信番組は、その六つのうち四つまでが有料配信だったのだ。

 冬人は、結局、視聴したいという、己が気持ちには勝てず、四つの有料のうち三つの配信をポチってしまっていた。

 だがしかし、一つ問題があった。
 例えば、購入した有料番組の配信の時間帯が被ってしまったとする。その場合、どうすればよいのであろうか?

 どちらを選ぶかの選択基準は、観たい方というよりも、実は、ライヴ配信だけなのか、それとも、アーカイヴが残るのかどうか、つまり、その時にしか観られないのか、後からでも視聴できるかどうかがポイントとなる。

「なるほどね。後からでも視聴できるとか、時間内なら何度でも観られる〈アーカイヴ〉ってのは、例えば、仕事とか別の用事があって、どうしても時間的な都合がつかない場合には、たしかに便利だよね。
 ねえ、シューニー」
「それと、配信が被った時もな。
 でもさ、フユ、ポチった番組が、たとえアーカイヴが残るとしても、なるべく早めに観た方がいいぜ。後からでも観られるって思うと、結局、せっかく課金したのに、観ないまま、気が付くと配信が終わっているって場合も結構あるからさ」

 そう言いながら、一瞬、冬人から視線を外し、秋人は、はあああぁぁぁ~~~っと溜息を洩らしながら苦笑を浮かべていた。
「これって、人間心理の盲点なのかもしれないけれど、ポチっただけで満足して、結局、そのまま放置って珍しくもないので、後から観られるとしても、できるだけ、配信と同時に視聴した方がいいんだよ」

「でもさ、シューニー、最近、なんでこんなに有料配信って増えたんだろ。普通に考えて、有料よりも無料の方が視聴者数って圧倒的に多くない?」
 例えば、先週末、同じ時間帯に配信された無料ライヴと有料ライヴでは、視聴者数が何十倍も異なっていたのだ。

「フユ、考えてもみな。アマチュアが動画サイトに無料で投稿する場合、視聴者の数は自己満足の数値化だよ、でもさ、アニソンシンガーであれ、声優さんであれ、プロが配信する場合、それは商品なんだよ。普通のイヴェントだって、演者の歌唱や接近に、対価を支払ってんじゃん。配信だって同じだよ。基本、プロの歌や接近はタダであっては、いけない」

「金か、世知辛いね。なんかヤダな」
「おいおい、何、言ってんの。演者さんは、歌や演技で生活してるんだよ。収入が無くなったら活動できなくなって、最悪いなくなっちゃう場合だってあるんだ。その活動継続を支えるのが〈ヲタク〉ってものでしょ」
「でもさ、春先は、配信のほとんどが無料だったし、配信サイトの公式チャンネルで無料動画もアップされているじゃん」
「それは、あくまでもプロモーションだよ。無料配信は、CDの発売やライヴのチケット発売とも絡んでんだから。そのプロモーションも兼ねているんだよ」

「でもさ、宣伝と全く関係ないのもあるじゃん」
「そうだな。どう説明したらいいかな。
 緊急事態宣言状況下では、この先の生活面に対する不安が先立って、エンターテインメントどころじゃなくなってた人も多い。それに加え、自宅にいることを余儀なくされていたわけだし、さすがに、そういった時には、お金は取りにくかったと思うんだ。それと……」
「それと?」
「実際に、ライヴも延期・中止も続いているし、件のガイドラインのせいで、ライヴ・ハウスの人数が制限されているわけだから、演者サイドの収益方法の一つとして、これから有料配信はもっともっと増えてくると思うよ」

「シューニー、そういえば、レジェンド級のJポップのバンドも、この前、無観客の有料ライヴをやったよね?」
「あれな、チケットの値段はさすがに、リアル・ライヴよりは安くって、確か四割くらいだったかな? 細かい計算はめんどいんで、数は大雑把にするよ、たとえば、チケット代金が一万円だったら、配信では四千円くらいになるよね」
「それで、チケット代金は安くはなったし、チケの抽選漏れも、座席の位置も無関係になったよね」
「ちょっと計算してみるか、めんどくさいんで売り上げだけな。リアルの場合、チケ一万円でキャパ一万人なら、売り上げ一億円だよな。で、有料配信だと、同じ売り上げをあげるためには、一億円割る四千円で、視聴者が二万五千人以上にならなければ、トントンには、ならないって事になる」

「結局、視聴者って、どのくらいだったのかな?」
「たしか、記事がアップされていたよ。
 えっ! チケット購入者、まじかよ、約二十万人だってよ」
「てことは、売り上げは八億円っ! リアル・ライヴの約十倍じゃんっ!」
「まあ、大物スターによる有料の無観客ライヴってのが、初の試みってことも理由だと思うんだ。この先、同じ視聴者数が続くかどうかは分からんけれど、これは嬉しい誤算だよね、
 きっと。問題は、〈現場〉で有観客ライヴが再開された後の事だと思うんだ」
「人数の制限などのガイドラインの問題もあるしね」
「現時点において、たとえば、コンサート・ホールやライヴ・ハウスに観客を半分しか入れられないって話だったよな」

「そういえば、その打開策として、チケット代を倍にした演者もいたよね」
「それな。
 例えば、一万円のチケットが二倍の二万円になるとする。ちゃんと、〈おし〉ているヲタクならばまだしも、ちょっと好きな程度のファンには、参加を悩んでしまう価格だよ。
 それでも、〈最おし〉の〈現場〉なら、幾ら払ってでも行くけどね。いずれにせよ、リアル・ライヴが復活したとしても、人数制限の問題があって、チケの価格が上がって、さらに抽選が厳しくなるって流れは仕方がないと思うんだ。少なくとも、チケ代金据え置きのままで客が半分だと、売り上げ半分になるし、それじゃ、ライヴの開催自体が不可能になっちゃう」

「それじゃ、運営はどうすりゃいんだろう? チケ代をあげても、人が来なくなって、収益減ってこともあり得ると思うんだ」
「どの位の料金アップならば、人数減を食い止められるかは分からないけれど、減った人数分は、有料配信で補うっ事になるって俺は思うんだ」
「つまり、今後のライヴは、<現場>と<配信>の組み合わせになるってこと?」
「そう。さらに、配信を完全なリアルタイム配信だけではなくて、一定期間、アーカイヴも残すことにすれば、〈現場〉でリアルタイムでライヴを観たイヴェンターの中にも、もう一度観たくて、有料チケットを購入する人も一定数以上いると思うんだよね」
「なるほど」

「問題は抽選に外れてしまった場合、なんとかして〈現場〉で観られれば、それがベターだけど、どうしても叶わない場合には、せめて〈配信〉では観たいんだよ、俺は。人数制限のライヴを、同時に有料配信するという〈ハイブリッド〉ってのが今後のライヴの在り方になるっていう〈未来予想図〉が見えるんだよね。まあ、だけどさ……」
「だけど?」
「これは俺の願望だけど、どんな形であれ、〈最おし〉のライヴは絶対に観たい、それだけって話さ」

              *

 十三時から開始された〈LiONa〉のワンマン・ライブの物販の開始まで、残り一時間を切った時の事である。

 SNSで、物販お管理する運営から、突如、物販に関する〈お知らせ〉が入った。
 同一品種のグッズに関しては、一人五点まで、そして、会場限定の販売品である、シリアル・ナンバー入りの指輪に関しては二限までと発表されたのだ。

 突然の方針変更である。

 念の為、冬人は、この日のライヴに関するサイトや過去もツイートも見てみたのだが、やはり、購入品の限定の関する記述は無かった。
 物販待機列が予想以上に伸びていたので、運営は、もしかしたら、急遽、限定数を設定する事にしたのかもしれない。

 物販列に最前待機の冬人は、遠方地在住のため、物販開始時刻までの到着できない何人かの知人から代理購入を頼まれたいた。
 しかし、数が限定となっては状況が違って来る。

 冬人は、スマフォを取り出し、まずは〈杉山〉に〈線〉電話をし、購入品の調整について話し合う事にしたのであった。
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