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エピローグ わたしの居場所
第34話 釣り娘たちの来訪
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「ありがとうございました」
仁海は、地元の玄人釣り師のお客さんを送り出し、待機室となっている一階のお勝手に戻るや、やっと、一息つけたのであった。
この日は、十一月五日、土曜の午前中である。
十一月の始め、水曜に高校で授業を受けた後、その日の夜には早くも大洗入りし、木曜の朝から日曜の夜までの四日間、仁海が店をやる事になっていた。
三日の文化の日は、学校は休みだったのだが、翌、金曜日は普通の平日であった。
残念ながら、仁海が通う高校では、四日の金曜は飛び石連休にはならなかったのだが、仁海は、担任に家庭の事情を説明し、学校からの許可も得て、その平日の金曜日には、大洗からオンラインで授業に参加させてもらったのだった。
生前に祖母がしばしば語っていた事なのだが、卸もやっている釣具店が最も忙しくなるのは、実は、土日や祝日の前日であるらしい。
それは、お得意様の釣り船屋さんなどが、土日や祝日に備えて、その前の日の夜にエサを仕入れに来るからなのだそうだ。
だから、仁海は、休みの狭間に東京には戻らずに、四日の金曜には大洗に居る事にしたのである。
この約二か月間、仁海が店をやって来て分かった事は、祖母が語っていたように、エサのパック詰めで多忙になるのは、休日の前と土曜の早朝であるのは間違いない。それ以外の時間帯は、忙しくはないものの間歇的に客が来る、というのが店の実情であった。
だが、そのように偶に来る客の中には、難しい客も少ないながらいる。
ついさっき、この土曜日の午前中に〈ギャング針〉を買いに来た玄人釣り師は実に厳しかった。
そもそもの話、仁海が、ギャング針が何かを知らなかったのが原因なのだが。
ギャング針とは、掌を上にして曲げた親指・人差し指・中指のように、大きな三つの針が上に向かって湾曲に鋭く曲がっている、そんな形の針である。
このギャング針を使った釣り方を〈引っ掛け釣り〉と言うそうなのだが、エサが付いた針に魚の口が掛かるのを待つのではなく、鋭い三つ又の針で、魚の身体を刺すように引っ掛ける、その荒々しさゆえに、その針は〈ギャング針〉と呼ばれているらしい。
玄人のお客様から荒っぽく怒鳴られ、ギャング針に引っ掛かった魚のように、その時には委縮して、シュンとしてしまった仁海ではあったが、いつまでも引きずっているのは精神衛生上よくないし、ここで、発想の転換をする事にしたのだ。
つまり、厳しいお客様からの指摘によって、釣りについて今後勉強すべき新たなテーマが仁海に与えられた、と考える事にした分けだ。
その玄人釣り師が来なければ、仁海は、いつまでもギャング針の事を知らないまま、店に立つことになっていたにちがいない。
何事も考え方一つなのだ。
「だけど、怖いお客さんが来たら、やっぱり涙がでちゃう、女子高生なんだもん」
昔、父と観た魔女っ娘アニメの主題歌のセリフを捩って、独りで冗談を言っていると、来客を告げるピンポンが鳴って、再び仁海は店に出る事になった。
「いらっしゃ……」
仁海は、客を迎えるための挨拶を途中で止めてしまった。
入口に居たのが、女子高生と思しき十代の女の子の三人組であったからだ。
「道をお尋ねですか?」
仁海は、その子達を、客ではなく迷子の観光客だと思ったのだ。
「いえ、ウチら、道に迷った分けじゃなくって、普通にお客ですよ」
「ですです」
「で、アオイソ三パック、くっださいなぁ~」
「えっ! ほんとに、お客さんなのですか? しかもアオっ!」
仁海は驚いてしまった。
彼女達は仁海にとっての初めての若い女子客であった。
仮に、たとえ世の中に釣りをする女子がいるとしても、やるのはルアーやフライで、万が一、活き餌を使うとしても、ウグイやエビで、まさか、イソメを使って釣りをする若い女の子がいるなんて想像だにできない。
「本当に、生きているアオイソメをお求めですか? アオってミミズみたいなヤツですよ。あっ! 欲しいのはイソメを模した作り物の疑似餌なのですね?」
「イミテーションちゃいます」
「生きてるヤツですぅ」
「やっぱ、魚釣りは、生き餌しか勝たんのですよ」
「わ、分かりました。今、お作りします。少々、お待ちください」
そう言うや仁海は、エサ場に入って、アオイソメ三パックの用意を始めた。
重さを計りながら仁海が思ったのは、それでもやはり、十代の女子が、釣りを、しかも、アオイソメでのエサ釣りをするなんて信じられない、という事であった。
「お待たせしました。ところで、みなさん、もしかして、家族旅行とかで大洗に来ていて、お父さんのお使いとかなのですか?」
「いえ、うちらが、三人で釣りをするんですよ」
「みなさん、高校生ですか?」
「そうでぇえええ~す」
「うちら、みんな、高二なんだよ」
「あっ! わたしとタメだ」
「あなたもJKなんだ」
「で、お店のお手伝いとかですか?」
「いやぁぁぁ~~~。実は、私がここの店長なのです」
「「「え、えええぇぇぇ~~~」
「まあ、(仮)が付くんですけどね」
その後しばらくの間、仁海は、お客としてやって来た女子高生三人組とのおしゃべりに興じてしまった。
同い年という事に加え、〈釣り〉という共通の話題があって、話に花が咲き、仁海が大洗でJK店長(仮)を始めてから、こんなに楽しく、また笑ったのは初めてであった。
三人は、水戸に住んでいるそうなのだが、同じ高校の仲間という分けでもないようだ。
「中高の自分の周りだと、女子で釣りをやってる子って一人もいなくってさ、うちとかずっと独りでやってたんよ」
「小学生の頃は、お爺ちゃんやお父さんに釣りに連れてってもらってたんだけどね。いつも、連れてってもらえるわけじゃなくって、そうゆう時にSNSで、釣り好きの女子のサークルを見つけたんよ」
「実は、うちら、お互いの学校も、本名も知らんのよ」
「えっ! それなのに、一緒に釣りに行ったりするの?」
「でもさ。〈釣り〉が好きなら、それだけでヨクなくない?」
「なるほど」
「なんか、ずいぶんと賑やかね」
そんなJK四人の会話に入ってきた大人の女性の声があった。
「あっ! 糸子伯母さんっ! なんで、日本にいるの!?」
「はぁあ~? 『おばさん』だって? 前から言っているでしょ、〈おばさん〉じゃなくて、〈お姉さん〉って」
「はい、イトコねえちゃん」
店に入ってきたのは、仁海の父の長男の仁志、次男の毅という二人兄弟の姉で、アメリカで働いているはずの長子の〈糸子〉であった。
仁海は、地元の玄人釣り師のお客さんを送り出し、待機室となっている一階のお勝手に戻るや、やっと、一息つけたのであった。
この日は、十一月五日、土曜の午前中である。
十一月の始め、水曜に高校で授業を受けた後、その日の夜には早くも大洗入りし、木曜の朝から日曜の夜までの四日間、仁海が店をやる事になっていた。
三日の文化の日は、学校は休みだったのだが、翌、金曜日は普通の平日であった。
残念ながら、仁海が通う高校では、四日の金曜は飛び石連休にはならなかったのだが、仁海は、担任に家庭の事情を説明し、学校からの許可も得て、その平日の金曜日には、大洗からオンラインで授業に参加させてもらったのだった。
生前に祖母がしばしば語っていた事なのだが、卸もやっている釣具店が最も忙しくなるのは、実は、土日や祝日の前日であるらしい。
それは、お得意様の釣り船屋さんなどが、土日や祝日に備えて、その前の日の夜にエサを仕入れに来るからなのだそうだ。
だから、仁海は、休みの狭間に東京には戻らずに、四日の金曜には大洗に居る事にしたのである。
この約二か月間、仁海が店をやって来て分かった事は、祖母が語っていたように、エサのパック詰めで多忙になるのは、休日の前と土曜の早朝であるのは間違いない。それ以外の時間帯は、忙しくはないものの間歇的に客が来る、というのが店の実情であった。
だが、そのように偶に来る客の中には、難しい客も少ないながらいる。
ついさっき、この土曜日の午前中に〈ギャング針〉を買いに来た玄人釣り師は実に厳しかった。
そもそもの話、仁海が、ギャング針が何かを知らなかったのが原因なのだが。
ギャング針とは、掌を上にして曲げた親指・人差し指・中指のように、大きな三つの針が上に向かって湾曲に鋭く曲がっている、そんな形の針である。
このギャング針を使った釣り方を〈引っ掛け釣り〉と言うそうなのだが、エサが付いた針に魚の口が掛かるのを待つのではなく、鋭い三つ又の針で、魚の身体を刺すように引っ掛ける、その荒々しさゆえに、その針は〈ギャング針〉と呼ばれているらしい。
玄人のお客様から荒っぽく怒鳴られ、ギャング針に引っ掛かった魚のように、その時には委縮して、シュンとしてしまった仁海ではあったが、いつまでも引きずっているのは精神衛生上よくないし、ここで、発想の転換をする事にしたのだ。
つまり、厳しいお客様からの指摘によって、釣りについて今後勉強すべき新たなテーマが仁海に与えられた、と考える事にした分けだ。
その玄人釣り師が来なければ、仁海は、いつまでもギャング針の事を知らないまま、店に立つことになっていたにちがいない。
何事も考え方一つなのだ。
「だけど、怖いお客さんが来たら、やっぱり涙がでちゃう、女子高生なんだもん」
昔、父と観た魔女っ娘アニメの主題歌のセリフを捩って、独りで冗談を言っていると、来客を告げるピンポンが鳴って、再び仁海は店に出る事になった。
「いらっしゃ……」
仁海は、客を迎えるための挨拶を途中で止めてしまった。
入口に居たのが、女子高生と思しき十代の女の子の三人組であったからだ。
「道をお尋ねですか?」
仁海は、その子達を、客ではなく迷子の観光客だと思ったのだ。
「いえ、ウチら、道に迷った分けじゃなくって、普通にお客ですよ」
「ですです」
「で、アオイソ三パック、くっださいなぁ~」
「えっ! ほんとに、お客さんなのですか? しかもアオっ!」
仁海は驚いてしまった。
彼女達は仁海にとっての初めての若い女子客であった。
仮に、たとえ世の中に釣りをする女子がいるとしても、やるのはルアーやフライで、万が一、活き餌を使うとしても、ウグイやエビで、まさか、イソメを使って釣りをする若い女の子がいるなんて想像だにできない。
「本当に、生きているアオイソメをお求めですか? アオってミミズみたいなヤツですよ。あっ! 欲しいのはイソメを模した作り物の疑似餌なのですね?」
「イミテーションちゃいます」
「生きてるヤツですぅ」
「やっぱ、魚釣りは、生き餌しか勝たんのですよ」
「わ、分かりました。今、お作りします。少々、お待ちください」
そう言うや仁海は、エサ場に入って、アオイソメ三パックの用意を始めた。
重さを計りながら仁海が思ったのは、それでもやはり、十代の女子が、釣りを、しかも、アオイソメでのエサ釣りをするなんて信じられない、という事であった。
「お待たせしました。ところで、みなさん、もしかして、家族旅行とかで大洗に来ていて、お父さんのお使いとかなのですか?」
「いえ、うちらが、三人で釣りをするんですよ」
「みなさん、高校生ですか?」
「そうでぇえええ~す」
「うちら、みんな、高二なんだよ」
「あっ! わたしとタメだ」
「あなたもJKなんだ」
「で、お店のお手伝いとかですか?」
「いやぁぁぁ~~~。実は、私がここの店長なのです」
「「「え、えええぇぇぇ~~~」
「まあ、(仮)が付くんですけどね」
その後しばらくの間、仁海は、お客としてやって来た女子高生三人組とのおしゃべりに興じてしまった。
同い年という事に加え、〈釣り〉という共通の話題があって、話に花が咲き、仁海が大洗でJK店長(仮)を始めてから、こんなに楽しく、また笑ったのは初めてであった。
三人は、水戸に住んでいるそうなのだが、同じ高校の仲間という分けでもないようだ。
「中高の自分の周りだと、女子で釣りをやってる子って一人もいなくってさ、うちとかずっと独りでやってたんよ」
「小学生の頃は、お爺ちゃんやお父さんに釣りに連れてってもらってたんだけどね。いつも、連れてってもらえるわけじゃなくって、そうゆう時にSNSで、釣り好きの女子のサークルを見つけたんよ」
「実は、うちら、お互いの学校も、本名も知らんのよ」
「えっ! それなのに、一緒に釣りに行ったりするの?」
「でもさ。〈釣り〉が好きなら、それだけでヨクなくない?」
「なるほど」
「なんか、ずいぶんと賑やかね」
そんなJK四人の会話に入ってきた大人の女性の声があった。
「あっ! 糸子伯母さんっ! なんで、日本にいるの!?」
「はぁあ~? 『おばさん』だって? 前から言っているでしょ、〈おばさん〉じゃなくて、〈お姉さん〉って」
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店に入ってきたのは、仁海の父の長男の仁志、次男の毅という二人兄弟の姉で、アメリカで働いているはずの長子の〈糸子〉であった。
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