転生した公爵令嬢は絵本と共に元の世界に戻りたい

荒瀬夕樹

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序章

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「ターニャ、ここの国はなんて名前だったかしら」

「お嬢様、ここはソロシス王国です」

「ターニャ、私の名前はなんだったかしら」

「お嬢様はハウルムト公爵家の御息女のリディシア様でございます」

「ターニャ、私は今何歳かしら」

「お嬢様は、1週間後に誕生日を迎えられますのでもうじき7歳になられますね」

どうやら、まもなく誕生日を迎えるという時期に風邪を引いてしまい昨日から寝込んでいたようだ。先程、医者が診察しにきたが身体は回復傾向にあるという診断だった。しかし、侍女のターニャはもう一度診察してほしいと医者にお願いしていた。無理もない。まるで記憶喪失になったかのような質問を繰り返す私の様子を見て心配しないわけがない。

「そうよね、私はリディシアよね。変なこと聞いてごめんなさい。とても不思議な夢を見て混乱してしまったの」

そう呟くと、ターニャはやはりもう一度診察を受けましょうと提案してきた。だが、体調は確かに良くなってきてるので必要無いことを告げたのにターニャの顔色は悪くなるばかりだ。

「お嬢様、今までそのような口調ではありませんでしたし………あと、なんと言いますか………今日はまだ一度もロン様を投げたりしていないですから」

ロン様とは私がお気に入りだった熊のぬいぐるみだ。確かに今日は一度も投げてないや、と冷静に考えてしまった。そう、これまでのリディシアの記憶も確かにあるのだ。これまでのリディシアはぬいぐるみやおしゃれが大好きで、父と母からも惜しみなく愛されて、我儘を言ってもあまり咎められたことはなかったように思う。最近は特に母に構って欲しくて頻繁に癇癪を起こしていた気がする。
ようやく、これまでのリディシアの記憶と、夢がきっかけで得た前世の記憶を咀嚼出来たような気がした。

「ターニャ、私はもうすぐ7歳になるし………お姉ちゃんになったから、もうロンを投げるのはやめるの」

そう告げると、ターニャは驚き、そしてだんだんと熱くなってきた目頭を押さえながら、紅茶を用意しに部屋を出ていった。

そう、リディシアが6歳になって半年した頃に弟、アロンが産まれていたのである。私は弟ばかり構う両親に対する反抗的な気持ちで、最近買ってもらった熊のぬいぐるみにロンと名付け、事あるごとに投げつけていた。

「記憶が鮮明になったせいで、つい敬語が混ざったけど、これで誤魔化せたかな………まあ、もうぬいぐるみも投げたりしないし、勉強も真剣にやる口実になるよね………?」

そう、記憶は鮮明になった。確かにこれまで歩んできたリディシアの記憶はあるのだ。しかし、勉強をまともにしてきた記憶がないのだ。基本的な礼儀作法はお母様が毎回教えてくれていたから良かったものの、この国の歴史や状態についてはゲームの知識だけでは使い物にならないのだ。
そして何より、6年間のリディシアの記憶と21年間の前世の記憶ではどうしても前世の記憶の方に比重が傾いてしまっているのだ。

「片瀬 美奈………が前世の私。イベント帰り、バスで事故ったのかな………病院に運ばれた記憶までしかないからきっと死んだんだよね」

初めての遠征だったのに、と小さい身体を震わせて遠い昔のことを嘆いた。死んだあとの身元はどうなったのか、とか家にあったゲームや漫画など見られたく無い遺産はどうしたのか、など思うところはたくさんある。

「ていうか、ようやくあの絵本がイベント限定で発売されたのに!読まずに死んでるし!」

まさに前世最大の後悔だった。
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