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chapter1__城、再誕
回ってきたツケ(2)
しおりを挟む「――ザラ様」
「ひゃっ!?」
ダリルから鍵を預かり、皆で話し合って、金はひとまず鍵付きの部屋で保管することになった。
いずれは他の部屋の扉にも、きちんと鍵を取りつける予定だ。
それから皆で1階まで戻る。と、闇の中から声がかかった。
もう深夜に近い。手持ちランタンの明かり一つでは、5人分の足元を照らすのがやっとだ。
自分たち以外にも人がいたことに驚いたザラは、玄関ホールの東側、厨房に繋がる廊下へランタンを向けた。
「イアン」
うすく照らしだされた人物を確認し、ほっと名前を呼び返す。
彼も元は公爵家で料理人見習いをしていた青年だ。他の使用人たちと同じくザラが雇い、厨房を任せていた。
皆が皆、金を盗んで去っていったわけではなかった。
そう安心して、イアンへ歩みよろうとすると――、
「待て。……様子がおかしい」
ヘルムートに腕を掴まれる。
同時にユージンがザラの隣へ進みでた。
暗い廊下からホールに出て、ザラの正面、十数歩ほど先で立ち止まったイアンが平坦な声で言う。
「ザラ様……俺に嘘をついたんですね」
「えっ?」
「約束したのに……。やっぱり俺のことをからかって、馬鹿にしたんだ」
「待って。何の話? 生死の境をさまよったせいか、記憶があやふやで……」
前世を思い出したことで、以前のザラの記憶にあいまいな部分があるのは事実だ。
言い訳すると、イアンがピクリと肩を揺らし。それまで背中に隠していた片手をまっすぐ前に伸ばした。
皆が息を呑む。
ザラへ向けたその手には、切っ先鋭い包丁が握られていた。
「ここで働いていれば、いつかナタリエ様と結婚させてくださると約束したじゃないですかっ!!!」
「「「「えええええエエエ!!!!?」」」」
驚く一同(ヘルムート以外)。
イアンがますます激昂し、駄々っ子のようにブンブン包丁を振り回す。
「なんでザラ様が驚くんですかあ!! なんでそこのあなただけ驚かないんですかあああーー!!!」
「……まともに話ができる状態ではなさそうだな」
包丁を向けられたヘルムートが硬い声で呟く。
ユージンが前に立った。その影から顔を出したザラが声を張りあげ、深く頭を下げる。
「あ、あの。その件については……、本当にごめんなさいっ!!!」
(記憶はあいまいだけど。ヘッドハンティングする時、そんな口約束をしちゃったような……!?)
イアンは貴族でもなんでもない、ただの平民だ。だがナタリエに身分違いの想いを抱いていた。
公爵家から離れるのを嫌がるイアンを連れて行くため、ザラはできもしない約束をしてしまったのだった。
「ごめんなさい……。謝って済むことじゃないかもしれないけど……」
「その通りですよ! 俺をバカにしやがって……! 絶対に許さないぞおおお!!」
「わっ!?」
「な、なんだぁ!?」
イアンが叫んだ瞬間。悲鳴のような音を響かせ、突風がホールの中を吹き荒れた。
ふつり、と。ガラスで守られているはずのランタンの火が消える。
奇妙な風と訪れた暗闇に、ダリルとエンドレが狼狽した。
(……あれ? 思ったより見える。あたしってこんなに夜目がきいたんだ?)
「ザラ、下がってろ」
「あ、うん……」
真剣な声に頷き、数歩後退する。それを確認すると、ユージンがとびだした。
どうやら彼も相当に夜目がきくようだ。
一瞬でイアンの前に迫り、その手に鋭い手刀を落とす。
呻き声があがる。落ちた包丁が高い音を立てて石の床を転がった。
「……くそぉっ!!」
「待て!」
体勢を崩したところを床に引き倒し、無駄のない動きで取り押さえるユージン。
しかしその拘束をぬるりとした奇妙な動きで逃れたイアンが、厨房の方向へ走り去った。ユージンが追う。
二人分のけたたましい足音が遠ざかった頃。何事もなかったようにランタンの明かりが再びともった。
「お~、びびった。……あいつはユージンに任せておこうぜ」
「ザラ嬢、お怪我はありませんか?」
「あたしは大丈夫……でも、」
ユージンの実力は誰もが知っている。騎士系名家の子息、というだけでは説明のつかない桁外れの強さと身体能力。
抜刀した不良令息同士のケンカを秒でおさめてしまうのを、ザラも何度となく目撃している。
それでもイアンの状態には、なにか嫌なものを感じた。
(あたしを恨んであんなふうになったのに。ユージンにもしものことがあったら……)
「やめておけ。君が行っても足手まといになる。――先程の風は、魔法だ」
「まほうっ!??」
厨房の方へ一歩踏みだした足を、冷静な声が止めた。
クールなヘルムートの口からとびだしたファンタジックな言葉に、ザラが素っ頓狂な声をだす。
「うっそ。あのいかにも凡庸そーな奴が?」
「比較的発現しやすいとされる貴族でも珍しいというのに。まさか平民の彼にその才能があったとは」
「え??え?? 魔法って存在するの??」
「……あぁ。ザラ嬢はたしか、孤児院でお育ちになったのでしたか」
「なにアンタ、この世に魔法なんかないと信じて生きてたの? ウケる」
ケラケラ笑いだしたダリルは放って、ヘルムートがザラに片方の袖をまくって見せる。その手首に、細い銀の腕輪がはまっていた。
「私も多少なら使える。だが普段はこの腕輪で力を抑えている」
「どうして?」
「能力者が好き勝手に使えば世が乱れる。悪質な犯罪も増えるだろうな」
「さらに王都の中枢はユリディス教会と協力し、ほとんどの魔法が無効化されるようになっているんですよ。まぁそもそも使い手自体が稀少なんですけどね」
「……ほえぇ……ぜんっぜん知らなかった……」
「ユリディス教は魔法を忌避している。その影響下にある孤児院では、無垢な者には存在自体を無視した教えを説くと聞いていたが。本当だったんだな」
呆然と呟くザラに、ヘルムートの目元がわずかにほころんだ。
「ザラ。君は孤児院の者に“見込みがある”と思われていたのだろう」
(……その見込みって、まわりの暗黙の了解に一生気付かない、アホの子っていう意味の……??)
なんともいえない気分でいると。ユージンが戻ってきた。
肩にぐったりしたイアンを担いでいる。気絶させたらしい。
見たところ両者とも大した怪我はなく、胸を撫でおろす。
イアンの手足を縄で拘束すると、ユージンが見張りを買ってでた。
「ありがとう。でも魔法使いらしいから、くれぐれも気を付けてね」
「おう。魔法なんぞ、俺の筋肉ではじき返してやるぜ」
「すごい。筋肉は魔法よりつよい」
「信じる方もどうかと思うけど。まじでやれそうなのが怖いんだよなぁ……」
力こぶを披露するユージン。キラキラした瞳で見つめるザラ。そんな二人にダリルが生暖かい視線を向けた。
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