52 / 52
chapter4__城、営業中~スタッフ日誌~
間奏のシンフォニー(4)
しおりを挟む――チャリティコンサート当日、朝――
「「なんで家に顔を出さなかったのよー!!」」
「まだ出せねーだろ。とくに父さん母さんには、会ったらさすがに嘘がバレそう」
「「もおおぉこの子はああ~~~」」
道の城まであと半日弱のところに存在する安宿。
そこに同じタイミングで宿泊していた姉たちの馬車に、これ幸いと便乗したとたん(だって定員オーバー気味の低運賃馬車、キッツいんだもん……)、怒りのユニゾンを浴びせられた。
オレが数日前からブレーメ領内にいたのを知らなかった姉たちは、目をまんまるにした直後、口から火を吐く伝説の怪物みたいになってしまった。
それを無の境地で聞き流していると、少し声の調子が落ちてくる。
「リル君がミッションに本気で取り組んでるのは、なんとなくわかったわよ。職場をどーしても辞めたくないってことも」
「だからって隠しごとばかりなら、いくら父さん母さんでも認めてくれないからね」
そうかもな……でも悪いけど、今ほしいのは家族の納得じゃない。
オレがオレらしくあるために。結果をだしたうえで、あの城にいたいんだ。
無言でいると、まじめな顔で二人が言いつのる。
「私たちは意地悪するのが目的でもなければ、リル君の自由を制限したいわけでもないわ。退学の件もはじめは驚いたけど。兄さんとも話して、合わない場所で無理をするくらいなら、やめてよかったんじゃないって結論になったし」
「もっと家族を頼って。将来も、急がずゆっくり考えればいい。今のあなたにはそういう時間が必要だと思ったのよ」
「……ありがとう」
二人の目を見てそれだけ言うと、馬車のなかに沈黙が落ちた。
心底ありがたいと思った。学校のことですさみ、自分勝手な家出をしたオレにはもったいない家族だ。
だけど今は、コンサートを成功させる。それ以外は考えられない。
オレは目を閉じると、頭の中で譜面を追うことだけに集中した。
凹凹†凹凹
開演10分前。メインホールにずらりと並べた椅子はすべて埋まり、ちらほら立ち見もでていた。
予想以上の客の入りに、まずはホッとする。
ただ、いうても入場無料だからなー。
問題はこのうちのどれくらいが投げ銭、つまり寄付金を弾んでくれるかだが……。
正攻法でいくと決めた。音楽の力だけで、金を出したいと思わせなきゃいけない。
気合いを入れ直して振り返ると、複数の不安げな眼差しとぶつかった。
一人ずつ目を合わせ、一字一句に力をこめる。
「無名でも、地位もなにもかも持っていなくても。そんなの音楽には一切関係ねー。オレたちの力で、ここにいる全員にそのことを思い知らせてやるんだ」
それぞれが仲間と視線を交わしあう。
ただひとり、他のメンバーより頭二つぶん大きな姿が、オレと視線を合わせたまま強くうなずいた。皆も恐れを吹っ切るように、それにならう。
よし。これならきっと練習の成果を発揮できる。
開演時刻が迫り、ザラが合図を送ってくる。オレはしっかりとうなずき返した。
ザラが軽く挨拶を済ませると、エンドレに司会進行役を交代した。(あいつ、まじでゆっくりコンサートを楽しむ気だな。)
簡単な紹介のあと、拍手を受けて仮設ステージへ上がり、一礼する。
まずはオレのピアノソロ。
過去の巨匠が作ったド定番の3曲を披露する。どれも飽きるほど弾いた曲だ。
鍵盤に指を置いて呼吸を整える。
飽きるほど弾いた。だけど今日は、ぜんぶの音、ひとつひとつを大切に響かせた。
こんなふうに弾くのは生まれてはじめてかもしれない。
大きな拍手で我に返った。
慌てて立ちあがり、一礼して降壇、舞台袖代わりのついたての中に引っ込む。
曲に没頭しすぎて客の反応見てる余裕なかったけど……。
まだ続く拍手の音。反対側のついたて内にいる姉たちの笑顔に、手応えを感じた。
次はブレーメ家の親戚筋(同じく無名)の音楽家二人、トランペットとチェロ奏者が登壇した。
1曲合奏したあと、続けてアイリス・クラリスが袖から現れる。
双子の心地良い、しかし意外と技巧的な歌声を、伴奏がうまく引き立てている。
美声のコーラスが部屋に響きわたると、盛大な拍手が送られた。
その後オレもステージに上がり、五人でここ数年の流行曲をいくつか披露する。
姉たちが聴衆をうまくのせ、客たちにも一緒に歌わせたりして盛り上げた。
ホールの熱気がおさまらないなか、一度袖に下がり、出番を待つ四人を見回す。
はやく歌いたいって顔だ。オレは思わず微笑んだ。
彼らを壇上へ連れていく。にわかに客席がざわついた。
10歳から13歳の少年少女。質素な身なり。会場にいぶかしげな空気が漂う。
彼らは孤児。寄付先の孤児院で暮らす子どもたちだ。
実はこの数日間、オレは彼らのところに居候していた。
院長にコンサートの件を話し、協力をお願いすると快く受け入れてくれた。
で、期間限定の押しかけ音楽教師をやっていたのだった。
「この空気、ひっくり返してやろうぜ」
口の動きだけで伝えると、四人が大きくうなずいた。
自信を胸にピアノへ向かう。一度視線を交わしあって、最初の一音を鳴らした。
四人の澄んだ声が会場に響いた。聴衆が息を呑む。
どーよ、オレが見込んだ選抜メンバーは! 田舎の歌うまナメんじゃねえぞ~!!
ユリディス教会が運営する孤児院。子どもたちは定期的に教会の祭礼に参加する。
幼い頃から讃美歌を覚え、信者とともに合唱する機会が多いんだ。
今日は彼らが普段歌っている曲の中から、一般人にもなじみのあるものを選んだ。
女子二人はソプラノとアルト。男子二人のうち一人はアルト。
そしてもう一人は……、
「テノール……バリトンも出せるの!? なんて伸びやかな低音」
「すごいな、こんな子が片田舎の孤児院にいたのか……」
独唱がはじまり、オレの優れた耳が客席のごく小さな囁きを拾う。
驚いたか! 一つ年下のくせにオレより頭一つデカい、ロイドの音域と才能!
指導するまで本人は無自覚で、なぜか歌が下手だと思い込んでいた。指導者不足が深刻な田舎あるあるだよなー。
ロイドが独唱を終えると、会場中から割れんばかりの拍手と歓声がわき起こった。
ひと呼吸おき、今度は子どもたち全員で合唱する。
いつの間にか子どもだとか、孤児だとかを気にする者はいなくなっていた。
皆、天使のような歌声に引きこまれ、ただ音楽に身をゆだねている。
気付けばオレの頭からも、寄付金だの成功だのが吹っとんで――、
客席からまっすぐ向けられた、淡いバラ色の瞳がキラキラ輝いているのを視界の端に入れたあとは。
心地よい音の波に、オレも身をゆだねることにした。
凹凹†凹凹
「孤児院の子たちを巻き込むなんて。反則ギリギリって気もするけど」
「ま、こんな結果を出されちゃ、強く非難はできないかな」
「もっと素直に褒めてもいーよ?」
「「調子に乗らないの!!」」
集まった寄付金を前に。
大きく胸を張ってみせると、両側から頭をこぶしでグリグリされた。
いででで。結果を出してみせたんだ、ちょっとくらい調子に乗せてくれよ。
「目標金額を大きく上回って、大成功だね」
「これなら半年以上、充実した食事内容で過ごせるだろう」
「これだけ余裕があれば、孤児院の全員でミルコの飯を食いに来れるな!」
「ミルコさんの料理を一度味わってしまうと、その後が大変かもしれませんが」
姉たちにヘッドロックされながら、なんとなくザラの感想を待つ。
まだコンサートの余韻の残る、蕩けた瞳と視線が合った。思わず鼓動がはねる。
「本当に素晴らしかったわ! あたし、ファンになっちゃった」
ま、まじ……? ザラ、ようやくオレの魅力に気付いて……!!
「あの四人、とくにロイド君♪」
――はあああぁっ!!? そっちかよっ!!!
「「自業自得」」
両側から同時に放たれた、容赦ない一撃がオレの耳にこだました。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる