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16話 最終話
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目を覚ましたのは、ベッドの上だった。
側には警察庁長官が座っていた。
「……日野君。目を覚ましたのか」
「ちょ、長官……ご無事でしたか?」
「無事とは何かね? 無事じゃなかったのは君の方だろ」
状況が理解できなかった。目の前に長官がいることが。
僕の頭元には新聞が置かれていて、その日付は、長官が行方不明になる2年前になっていた。
また過去に戻ったというのか。つまり、僕はまた死んだのか。
こんなこと何度繰り返せばいい。もう勘弁してくれ。前の人生のほうが楽な人生だった。ただの気楽さの話なら。
「長官。昨日は……」
「やめたまえ」
長官の声が鋭く遮った。その目からは、さっきまでの温厚さが消えていた。
「これ以上は君に危険が及ぶ。彼らには関わらないほうがいい。これは忠告だ。君のためを思って言っている。頼む」
長官は頭を下げた。
その姿は、どこか怯えているようだった。
だが、この光景は2回目だ。テロ事件が起きたというのに、怯えてばかりいられない。
「長官……お願いします。彼らのことを教えてくれませんか?」
今度は僕が頭を下げた。
「やめてくれ日野君。私は君まで失いたくはない。彼らに関わるということは、正義ではなくなるということだ。正義の光を君にまで失ってほしくない。頼むから、日野君。このことは隠密に頼む」
長官も口が堅い。それだけ簡単な話ではないことだけはわかった。だけど、僕だって引き下がるわけにはいかない。どこかで上野を止めないと、この国は後悔する。
「長官。私は……私は長官官房になった時から、長官と共に歩むことを決めておりました。私の正義は長官でございます。私にも、片棒を担がせてください」
捜査をするには彼らのことを知らなすぎる。もっと情報があれば、もっと的確に判断できたら。さっきまでの未来を、辿ることはなかった。
「それを知って、君はどうするつもりだ」
前回は答えられなかったけど、あの頃の僕とは違う。
「正義のためです。この国の未来のためには、彼らの情報が必要です」
「わかった。夕刻に、長官室にきなさい。そこで全て話そう」
立ち上がった長官は、僕には目もくれず、窓から外を見ながら言った。
「日野君。君は優秀だ。これからも警察庁の中枢で活躍してもらわなければならない。だが、これ以上踏み込むと、君もただじゃ済まない。そして君も知ることになる、絶対的な権力に。ことを荒立てずに大人しくしておくのが、君のためだ」
長官はそう言い残して、病室を後にした。
---
長官に言われた通り、夕刻の16時。僕は長官室を訪れた。
「失礼します」
中に入ると、長官の他に、警察庁次長、警備局長が対面する形でソファーに座っていた。
「日野君。そこに座りなさい」
指示された場所は警備局長の隣。警備局長に会釈をして隣に座った。
僕のことを待っていた長官が、座ったタイミングを見計らって話し出した。
「日野君。初めから言っておくが、私たちも彼らの詳しい正体は知らないんだ。ただ、陸上自衛隊と警察庁警備局の所属ということだけなんだよ。私たちが知っていることは」
続けて警備局長が話し出した。
「警備局警備企画課所属の職員。表向きはそうなっている。だけど、その正体は誰も知らない。長官も次長も、私も、彼らの顔を見たことはない。局長以上の職員しか入ることのできないデータベースに写真は登録されているが、深く帽子を被っていて顔は見られない。日野の知っている顔も、本物である確証はない。彼らはそんな奴らだ」
今度は次長が話し始めた。
「陸上自衛隊員でもあり、警察庁に出向しているというのが体だ。1組24人。補助員も同数。それが10組。合計480人を抱えている。それぞれ管区で管理しているが、どちらが管理しているのか。悩みの種は消えないよ。彼らの犯罪に対する意識は警察官よりも高い。だが、彼らもまた犯罪者の一種。野放しにしたくないが、彼らの行動は自由にしておく。それが政府からの命令だ。我々もその言葉には逆らえない。日野の正義は今までたくさん見てきた。そんな君からしたら、我々など犬同然に見えるかもしれないが、君もいずれ思い知るだろう。どうしようもない権力を。どれだけ屈しないと心に誓っても、権力には結局抗えないんだよ。それが我々というものだ」
3人とも俯いていた。彼らもまた、僕と同じで生半可な正義でこの椅子に座っているわけではない。そんな彼らでも、どうしようもないことが存在する。
「日野君。君が二課長時代に捕まえた玉野たち3人も、捕まえられたのは彼らのおかげなのだよ。君も変だとは思わなかったかね。捜査一課を爆発に巻き込んだ用意周到性。そんな彼らが、至近距離の廃工場に逃げ込んだなんて。確かに君の行動は早かった。検問の設置も迅速だった。だが、狭い道も多いあの場所で、逃げ道を全て塞ぐことはできないだろ。ましてや、本来逃げるべき方向と逆方向に誘導することなんて、簡単にできることではない。それを当たり前にやってのけるのが彼ら──“八咫烏”だ。逃げていた彼らも、運の悪いことに嫌なカラスに出会ってしまった。いや、八咫烏に遭遇したのは、日野君。君かもしれないな。八咫烏は導きの神。運を持っていたのは、君の方かもな」
長官の言葉を聞いて、これまでのことに合点がいった。“導きの神、八咫烏”。間違いない。カラスに出会っているのは、僕だ。
久しぶりに庁舎の屋上に訪れた。夕陽に染まった空に、数匹のカラスが飛んでいた。
これから僕は、どうするべきなんだろうか。作られた正義を執行して、権力に従って。それって、僕が求めていた正義だろうか。正義に犠牲はつきものだと言うけれど、犠牲を伴わない正義もあっていいはずだ。
これは単なる理想論だ。結局は僕も他と同じ犬であることに変わりはない。
側には警察庁長官が座っていた。
「……日野君。目を覚ましたのか」
「ちょ、長官……ご無事でしたか?」
「無事とは何かね? 無事じゃなかったのは君の方だろ」
状況が理解できなかった。目の前に長官がいることが。
僕の頭元には新聞が置かれていて、その日付は、長官が行方不明になる2年前になっていた。
また過去に戻ったというのか。つまり、僕はまた死んだのか。
こんなこと何度繰り返せばいい。もう勘弁してくれ。前の人生のほうが楽な人生だった。ただの気楽さの話なら。
「長官。昨日は……」
「やめたまえ」
長官の声が鋭く遮った。その目からは、さっきまでの温厚さが消えていた。
「これ以上は君に危険が及ぶ。彼らには関わらないほうがいい。これは忠告だ。君のためを思って言っている。頼む」
長官は頭を下げた。
その姿は、どこか怯えているようだった。
だが、この光景は2回目だ。テロ事件が起きたというのに、怯えてばかりいられない。
「長官……お願いします。彼らのことを教えてくれませんか?」
今度は僕が頭を下げた。
「やめてくれ日野君。私は君まで失いたくはない。彼らに関わるということは、正義ではなくなるということだ。正義の光を君にまで失ってほしくない。頼むから、日野君。このことは隠密に頼む」
長官も口が堅い。それだけ簡単な話ではないことだけはわかった。だけど、僕だって引き下がるわけにはいかない。どこかで上野を止めないと、この国は後悔する。
「長官。私は……私は長官官房になった時から、長官と共に歩むことを決めておりました。私の正義は長官でございます。私にも、片棒を担がせてください」
捜査をするには彼らのことを知らなすぎる。もっと情報があれば、もっと的確に判断できたら。さっきまでの未来を、辿ることはなかった。
「それを知って、君はどうするつもりだ」
前回は答えられなかったけど、あの頃の僕とは違う。
「正義のためです。この国の未来のためには、彼らの情報が必要です」
「わかった。夕刻に、長官室にきなさい。そこで全て話そう」
立ち上がった長官は、僕には目もくれず、窓から外を見ながら言った。
「日野君。君は優秀だ。これからも警察庁の中枢で活躍してもらわなければならない。だが、これ以上踏み込むと、君もただじゃ済まない。そして君も知ることになる、絶対的な権力に。ことを荒立てずに大人しくしておくのが、君のためだ」
長官はそう言い残して、病室を後にした。
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長官に言われた通り、夕刻の16時。僕は長官室を訪れた。
「失礼します」
中に入ると、長官の他に、警察庁次長、警備局長が対面する形でソファーに座っていた。
「日野君。そこに座りなさい」
指示された場所は警備局長の隣。警備局長に会釈をして隣に座った。
僕のことを待っていた長官が、座ったタイミングを見計らって話し出した。
「日野君。初めから言っておくが、私たちも彼らの詳しい正体は知らないんだ。ただ、陸上自衛隊と警察庁警備局の所属ということだけなんだよ。私たちが知っていることは」
続けて警備局長が話し出した。
「警備局警備企画課所属の職員。表向きはそうなっている。だけど、その正体は誰も知らない。長官も次長も、私も、彼らの顔を見たことはない。局長以上の職員しか入ることのできないデータベースに写真は登録されているが、深く帽子を被っていて顔は見られない。日野の知っている顔も、本物である確証はない。彼らはそんな奴らだ」
今度は次長が話し始めた。
「陸上自衛隊員でもあり、警察庁に出向しているというのが体だ。1組24人。補助員も同数。それが10組。合計480人を抱えている。それぞれ管区で管理しているが、どちらが管理しているのか。悩みの種は消えないよ。彼らの犯罪に対する意識は警察官よりも高い。だが、彼らもまた犯罪者の一種。野放しにしたくないが、彼らの行動は自由にしておく。それが政府からの命令だ。我々もその言葉には逆らえない。日野の正義は今までたくさん見てきた。そんな君からしたら、我々など犬同然に見えるかもしれないが、君もいずれ思い知るだろう。どうしようもない権力を。どれだけ屈しないと心に誓っても、権力には結局抗えないんだよ。それが我々というものだ」
3人とも俯いていた。彼らもまた、僕と同じで生半可な正義でこの椅子に座っているわけではない。そんな彼らでも、どうしようもないことが存在する。
「日野君。君が二課長時代に捕まえた玉野たち3人も、捕まえられたのは彼らのおかげなのだよ。君も変だとは思わなかったかね。捜査一課を爆発に巻き込んだ用意周到性。そんな彼らが、至近距離の廃工場に逃げ込んだなんて。確かに君の行動は早かった。検問の設置も迅速だった。だが、狭い道も多いあの場所で、逃げ道を全て塞ぐことはできないだろ。ましてや、本来逃げるべき方向と逆方向に誘導することなんて、簡単にできることではない。それを当たり前にやってのけるのが彼ら──“八咫烏”だ。逃げていた彼らも、運の悪いことに嫌なカラスに出会ってしまった。いや、八咫烏に遭遇したのは、日野君。君かもしれないな。八咫烏は導きの神。運を持っていたのは、君の方かもな」
長官の言葉を聞いて、これまでのことに合点がいった。“導きの神、八咫烏”。間違いない。カラスに出会っているのは、僕だ。
久しぶりに庁舎の屋上に訪れた。夕陽に染まった空に、数匹のカラスが飛んでいた。
これから僕は、どうするべきなんだろうか。作られた正義を執行して、権力に従って。それって、僕が求めていた正義だろうか。正義に犠牲はつきものだと言うけれど、犠牲を伴わない正義もあっていいはずだ。
これは単なる理想論だ。結局は僕も他と同じ犬であることに変わりはない。
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