窓から富士山を眺めながら俺は……

白い黒猫

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気分は囚人

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 今日は朝から雨が降り肌寒い日だった。その雨が足元を濡らしていて気持ち悪い。

 西に向かう廊下の先は一面の窓ガラスでそこから眩しい陽光が指している。
 そんな廊下を俺は少し重いバッグを手にトボトボと恰幅の良い女性のあとをついて歩く。すれ違うのは背筋を丸めた同じ色の衣装に身を包む人達
「この廊下の右側のドアが非常口になっています。
 コチラの窓から条件がいいと富士山が見えるんですよ!
 そしてその窓の右側の427号室が佐藤さんのお部屋になります」
 キビキビと建物を案内する女性に俺は生返事を返す。なんか全てがどうでも良かったから。気分は収監される囚人。
「左の奥から二番目が、佐藤さんのベッドになります。
 コチラの引き出し上の棚を自由に使って下さい」
 テレビを使うにはテレビカードが必要になります。テレビカードは先程のデイルームでお買い求め下さい。余ったらその分は払い戻しも出来ます。あとテレビを観られる時は他の患者さんの迷惑にならないようにイヤホンの利用をお願いしてい ます」
 今日から俺は入院患者。気持ちは大いに凹んでいた。

 電車に間に合いそうもなく走った時におとずれた突然のふらつき。そして会社で失神を起こし倒れて大騒ぎを起こす。それが目に見えた異常だった。今思い返してみるとその前から少しダルいとかいった予兆はあった。
 原因は若さを理由にした仕事の無理とストレスと不摂生? そんなの誰でもあるのに何故俺に?それが正直な気持ち。
 診断されたのは狭心症。カテーテル手術で問題の出た血管を広げる手術をしなければならないらしい。

 まだ二十代後半。まだまだ若いのになんでおっさんとか年寄りになってからやるような病気になるのか? 同期の真鍋とかは見るからに肥満で不健康な体つきをしている。なるならあんな奴では無いのか? 何で俺だけがこんな事になったのか? そんな気持ちで俺の頭の中はいっぱいだった。

 狭いカーテンで区切られたスペースで溜息をついていると直ぐに別の看護師さんがやってくる。
 予め書いてきた様々な書類の提出。アレルギーの有無、入れ歯コンタクト眼鏡などの確認や、タトゥーマニュキアの有無等の聞き取り。どう見ても俺はマニュキアとかタトゥーなんかをしているようには見えないだろう。
 褥瘡に関する説明と万が一そんな状態になったら経過確認の為に写真撮影をしても良いのかの同意書、せん妄等により医療に問題を起こす行動を起こすようになったときの身体抑制の同意書等、複数の不安を煽る書類を説明をうけながら同意のサインをさせられる。
 俺の気持ちはますます落ち込んでいくだけ。

 やっと一人になる。
 指示されたのでパジャマに着替えていると視線を感じる。ふと隣のカーテンの上をみるとスキンヘッドの強面のオッチャンが見えた。俺はギョっとして身体を強ばらせる。
 その男はカーテン越しに手を振ってくるが、その手の指が一本不自然にない。
 そんな俺に気にすることなくその男はニヤリと笑う。
「にいちゃん、あんた何やらかしてここに入れられたん?」
 ここは本当に刑務所だったんだろうか? 俺はそんな錯覚をする。
「……………き、狭心症です……」
 おっさんは眉をギュッと寄せる。
「そりゃ難儀やったな」
 男の目は動き俺や俺のスペースを探るように動く。
「はぁ……」
 どう対応すれば良いのか分からず俺はそんな間の抜けた返事しか出来ない。
「兄ちゃんを見込んで、やってもらいたい事があるんやけどええか?」
 その言葉を聞いて俺の入院生活は『別の意味で終わった……』そう感じた瞬間だった。
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