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AFTRE

黒猫新体制

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 実際この仕事をし始めると勉強すべき事が多く時間がいくらあっても足りない。
 それに俺もとっておいた方が良い資格も多い。試験は苦手ではないもののそっちに時間とられて仕事ができなくなるというのも本末転倒。一つずつこなしてスキルアップしていくしかない。
『時間はあるんだ、急ぐ必要はない。それに仕事しながら学ぶ事多いだろう』
 杜さんのそういう言葉の通り、この商店街には学ぶべき所が多い。近い所では杜さんからは人に合ったお酒を見極める感覚。澄さんからはお客さんへ対するホスピタリティ。篠宮酒店からはお酒の世界の深さと酒愛。とうてつさんや神神飯店からは
それぞれのお店の店舗経営方針から見えてくる商売人魂、そしてトムトムさんからは……。

「本当に良い子なの。それだけでなく黒猫ピッタリでいい感じになると思うの。このダイスケくん♪」
 最近の客さんも増えてきたことで、学生バンドの子に手伝って貰っていた。それも申し訳ないと思っていたところ、トムトムさんから、バイトを雇ってみないかという話をされた。元々トムトムさんの所で募集してきた子なのだが何故かダイスケという名前の子が集中してしまい、その為に泣く泣く雇うのを諦めたらしい。トムトムさんは名前でバイトくんを呼びあっており、既ににダイスケくんが二人いてややこしい所に、更にダイスケくんを増やす訳にはいかないからだ。
 そして紹介された小野大輔くんは、紬さんが一目見て『黒猫にピッタリ!』と思った人材らしい。履歴書は几帳面さを感じる字で書かれ、クールな感じの青年の写真が張り付けてあった。
「あら、カワイイ♪」
 澄さんの弾んだ声に紬さんがニッコリ答える。
「でしょ♪ とってもカワイイの! ホンワカユキくんと並べるとまたいい感じにになりそうでしょ? きっと良いユニットになると思うの♪」
 このくらいの女性のいう『カワイイ』は『イケメンな若者』という意味になる。トムトムのバイトくんは格好良い人が多い。これは紬さんが選んでいたからかと理解した。でもユニットって?
「そこで、衣装も考えたの!」
「どんなの?  いやん、いいじゃない。さすが紬さん」
 なんか話が、変な方向に進みだしている。杜さんは黙ったまま二人の様子を楽しげに見ているだけ。
「ベストを黒のホルターネックっぽいタイプにしてみたの。それに黒い細身のパンツと白のボタンダウンのシャツ着てもらって、ボルドーのソムリエエプロン」
 デザイン画を見せて説明していく紬さんに嬉しげに頷く澄さん。二人でどんどん盛り上がっていく。
「チョコレート色でも良いわね」
「それでね、エプロンにはこんな感じで黒猫の刺繍つけて」
 見た感じ、普通のバーの制服っぽい感じであるのはいいが、このまま二人を暴走させて良いものなのだろうか?
「あの、制服は黒猫には……まだ」
 そう言うと、紬さんにハッタと睨まれる。
「今の黒猫だからいるんじゃない!
 今までは、優しいマスターとママのいう家庭的なジャズバーだったけど、そこにユキくんという要素が加わり状況が変わってきたの。柔和ではにかんだ笑顔がキュートなウェイターがいるってことで、若い女の子も行くようになって、黒猫も転換期を迎えているの!」
 ……はにかんだ笑顔がキュートなウェイターって誰ですか?
「そこに、クール系な美青年を加えることで、ここは魅惑な空間に進化するの!」
 熱く語られて、俺は呆気に取られる。
「……黒猫は、ジャズバーだし、杜さんと澄さんが……」
 紬さんはカウンターをパタンと叩く。
「いい? 喫茶店もバーも同じ! お客様は単に飲み物や料理を楽しみに来ている訳ではないの! そんなんだったら家で楽しめばいい。態々喫茶店やバーで飲む理由ってなに? その空間で飲むことに価値があるからよ。だからこそ、お店はお客様が楽しんでもらえるように色々努力すべきなの! 分かる?
 貴方は誠意をもって笑顔でお客様に接するのもその為でしょ?」
 分かってはいたつもりの事だったけど、改めて言われるとサービス業について本当に分かっていたつもりだけだっことをに気付かされた。
「お酒だけでなく、黒猫全体の魅力でお客様を酔わせてあげないと。制服はその演出の一部。分かる?」
 杜さんがフフと笑う。
「その点、紬さんは名プロデューサーだからな。ユキくんここは紬さんにのるべきだろう」
 単なる勢いとお遊びで制服の話を持ってきたと考えていた自分が恥かしくしくなる。
「はい、制服の件はお任せします。あとお店運営についてこれからも色々ご指導下さい」
 そう頭を下げる俺に紬さんは満足そうに華やかに笑う。
 お蔭で俺の黒猫という店の見方が少し変わった。どうしたいか? というのに加え常にお客様から見たらどう見えているのか? というのを考えるようになった。そうすることで今まで以上にお客様が見えるようになったと思う。
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