二つの刻の中で……。

白い黒猫

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一章

創作の中ではよくある状況

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 ハァ、ハァ。
 ベッドから飛び起き、荒い呼吸を繰り返す。
 窓の外から、激しくガラスを叩きつけるような雨音が聞こえてくる。

「……夢?」

 俺は、サイドテーブルの上にあるAIアシスタントのディスプレイに目を向けた。

【7/11 07:11】

 今日の日付を強調するかのような数字に、思わず顔をしかめる。
 今日はイベントでトークショーをしなければならない日だ。
 自分自身にとっても、我が社にとっても忌々しい日。

 大きくため息をつく。
 俺はこうして生きている。
 だから、やるべきことをやらないといけない。

 気合を入れてベッドから出る。
 コーヒーマシンにカートリッジを入れ、濃いめのコーヒーを淹れて流し込む。
 カフェインを身体に入れたことで、少し気持ちが上向いた気がした。
 昨日買っておいた、スーパーの値下げシールが貼られたパンを齧りながらテレビをつけ、台風情報を見る。
 これだけ激しい雨と風だが、台風の中心はすでに抜けており、午後には晴れるとされていた。

 人前に出る仕事だ。
 洗面所へ行き、顔を洗い、歯を磨く。
 髭を整え、髪に櫛を入れる。
 おっさんなりに、少しはマシに見えるようになった気はした。

 八時を過ぎたあたりで、スマホが鳴る。
 イベント会社のコーディネーター、十和トワ一絵カズエからだ。
 ショートヘアで、くりっとした瞳の可愛い二十代の女の子。
 ハキハキしていて気が利き、仕事もできる女性だ。

 つい、おじさんである俺は【ちゃん】付けで呼び、娘のように接してしまう。
 ……娘が生きていたら、こんなふうになっていただろうか。
 そんな馬鹿なことまで考えてしまう。

『舞原監督、おはようございます! 本日はよろしくお願いします』

 彼女らしい元気な挨拶。
 だが、俺の背筋にゾッと寒気が走る。

『九時頃にお迎えのタクシーをそちらに向かわせる予定です。ただ、こんな天気ですので、少し遅れるかもしれません』

 続く言葉に、さらに恐怖が込み上げてくる。
 今朝見た夢と、まったく同じ言葉。

 いや、もともとそういう予定だったのだから、夢と同じでもおかしくはないはずだ。
 そう、自分に言い聞かせる。

「まあ、イベントは午後からだし、午前中は打ち合わせだけだから問題ないよ。
 十和ちゃんは大丈夫? こんな台風の中、移動は危なくない?」

 ……何で俺まで、夢と同じ言葉を返しているんだ。
 自分自身が怖くなる。

『大丈夫ですよ! なんとスポンサーさんが心配してくださったみたいで、私もタクシー出動なんです』

 十和一絵は、俺の淡い期待を打ち砕くように、夢と同じ返答をしてきた。

「そりゃよかった。今日、電車もかなり遅れているらしいから」

 これはドラマか何かで、俺も台詞を喋らされているのか。
 そう思いながら、俺は大きく溜息を吐く。

『じゃあ、現地でお待ちしています』

 通話はそれで終わった。

 ……ちょっと待て。
 これはどういう状況だ?
 創作でよくある、ループものの始まりそのものじゃないか。

 脳裏に、一冊の本のタイトルが浮かぶ。
 時雨結というラノベ作家が描いた
【11:11:11 ~廻る世界~】。

 11月11日生まれの人物が、7月11日の11時11分11秒に事故に遭い、永遠に同じ日に閉じ込められる男の物語。
 その執筆に協力した、俺の友人・時田は、7月11日の11時11分11秒に事故に遭い、亡くなった。
 俺は苦笑して、頭を横に振る。
 スーツの上着を手に取り、玄関の棚の上にある妻と娘の写真に挨拶してから家を出て、マンションのエントランスへ向かった。
 タクシーは、十時を少し過ぎた頃、七星四季館という美術館に到着する。


<i1086333|36252>


「舞原監督! お待ちしておりました」

 タクシーを降り、ロビーに入ったところで、笑顔で駆け寄ってくる十和一絵の姿が見えた。

「一足先に会場を見てきましたが、なかなか内容も濃くて素敵でしたよ」

 俺は手を上げ、笑顔だけ返す。言葉が出なかったから。
 関係者タグを受け取りながら、心の中で祈る。
(頼むから、これ以上、記憶と同じ言葉を言わないでくれ)
 美術館といえば人で賑わうものだが、台風の影響か、人はまばらだった。
 ここも、夢と同じ。

「やっぱりこの天気だから、人いないな」

 あえて違う言葉を口にしてみる。
 正面から来た二人組の女性とすれ違う。
 ロングヘアの小柄な女性と、ショートボブの長身の女性。
 仲良さそうに手を繋いでいる。
 ……夢に、いたか? いや、確かにいた気がする。

「トークショーのチケットは完売ですし、大丈夫です!
 午後からは晴れそうですし、今日、イベントで監督のお話を聞けるの、楽しみにしています!」

 少し言い回しを変えた程度では、やはり変わらないらしい。
 十和一絵は、同じような言葉を返してくる。

「頑張らないとね」

 俺は、短くそう返した。

 関係者として何度か訪れた展示会
【ANIMATIO : Frames of Life】。

 俺が所属するアニメーション制作会社Decim Animation Studioの十周年記念イベントだ。

 会場奥の関係者エリアにある応接室で、広報部の橘を交えて今日の打ち合わせを行う。
 タイムスケジュールや、トークショーで話す内容の確認。
 声優のウシロ継音ツグネが司会進行を務め、対話形式の予定だ。
 後さんは、この雨で遅れているらしい。

 ……これも夢と同じ。

 打ち合わせが一段落したところで、十和一絵が俺に笑いかけてくる。

『展示室、午前中に見ておきますか?』

 記憶どおり、十和一絵が誘ってくる。
 俺は苦笑して、首を横に振った。

「橘。後さんが来てから相談しようと思ってたんだが……
 トークショーで、時田のことや月代ツキシロレイさん、ソラタマキさんの話題にも触れるべきかな?」

 案の定、橘は顔を顰める。
 三人の連続死は、会社としても話題にし難いタブーなもの。
 天環は原作者、時田は脚本家、月代は声優。
 全員、我が社の作品に関わっていたクリエイターで、三人とも7月11日に亡くなっている。
 天環は2028年、月代は2029年、時田は昨年の2030年。
 三年連続、同じ日に関係者が亡くなる……さすがに異常だ。

「まあ、時ちゃんの追悼コーナーもあるし、完全に無視は難しいな。
 後ちゃんはフォルトナ役を引き継いだ時、色々苦労してたみたいだし……
 後ちゃんの話も聞いてから決めよう」

 営業畑の人間の得意な必殺技“後送り”。
 橘は他に挨拶があると言って、その場を離れた。

 ……多分、この話し合いは行われない。

 そんな予感を抱きながら、俺は溜息をつき、手元の空の紙コップを握り潰した。

 壁の時計を見る。
 10時46分。

「コーヒー、お代わりいかがですか?」

 十和一絵がそう声をかけてくる。
 記憶と少し違う展開だ。

「あ、悪い。コップ潰しちゃった」

 フフ。
 十和一絵が笑う。

「さっき飲んだのと違って、今見ると淹れたてがあるんですよ。
 新しいコップで飲みましょう!
 私、緊張で寝不足なので、カフェイン注入したいんです。付き合ってください!」

 その言い方に、思わず笑ってしまう。

「喜んでご相伴させてもらうよ」

 彼女は笑顔で、コーヒーサーバーの棚へ向かい、二杯分注いで戻ってきた。

 あの壁に近づくのが怖い。
 つい、ダラダラしてしまう。

 壁の時計を見る。
 11時05分。

 恐怖と同時に、あることに気づく。
 もし、あの部屋に人がいたら……危なくないか?

 俺はコップのコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。

「少し展示会場を見てくる」

 そう声をかけ、応接室を出る。

 本当は、ここに残っていてほしいが、十和一絵はついてくる。
 彼女は俺のアテンド役だから。
 一人でのんびりコーヒーを飲むわけにもいかない。

 緊張で重くなった足を動かし、展示会場へ向かう。

 台風の中でも来場者はいて、皆オーディオコメントを聞きながら展示に見入っている。
 入口付近は人気作品のコーナーで人が溜まり、奥へ行くほど人は少ない。

 時計を見る。
 11時09分。

 時田の追悼コーナーの一つ手前のゾーンに、女の子が二人いるだけだった。
 追悼コーナーの反対側の壁に設置されたディスプレイ動画を、熱心に見つめている。

 ドキドキしながら、追悼コーナーを覗く。
 ……誰もいない。

 俺はほっとして、コーナーには入らず、入口から時田の写真を眺めた。

 立ち止まった俺を、十和一絵が不思議そうに見上げてくる。
 曖昧な笑みを返し、腕時計に視線を落とす。

 11時10分40秒。

 俺は、壁を見つめる。

 ――来るな。

 ガシャァァァアアーン!

 壁の向こうから、破壊音。

 咄嗟に、隣にいる十和一絵を抱き寄せ、エリアから引き離す。

 ドゴォォォォン!

 爆発するような音とともに、赤い車が壁を突き破って飛び込んできた。

「危ない! 入口の方へ!」

 俺は十和一絵を庇いながら移動し、部屋にいた女性たちにも声をかける。
 何が起こったのか分からない様子だが、ただ事ではないと察したのだろう。
 彼女たちは入口へ向かおうとする。

 その瞬間、こちらの部屋の壁にも鈍く大きな衝撃が走り、床が震えた。
 衝撃と音で、女の子たちは座り込んでしまう。

 幸い、間の壁は思ったより丈夫だったらしく、こちらまでは突き破られなかった。

 腕の中で、十和一絵が震えている。

「あの子たちを避難させて!」

 俺の声に、十和一絵はハッとしたように頷き、彼女たちの元へ駆け寄った。

「怪我はありませんか?」

 立ち上がるのを手伝う姿を横目に、俺はそっと追悼コーナーへ戻る。

 赤いキッチンカーらしき車が、壁に激突して止まっていた。
 運転席は完全に潰れ、中の人間が生きているとは、とても思えない。

 運転席だった場所から、赤い液体が垂れている。

「何があったんだ!」

 橘が駆けつけてくる。

「車が突っ込んできた! 救急車を呼べ!」

 俺は叫び、指示を出す。

「危険です! 戻ってください!」

 そして、何が起こったのか見に来ようとする来場客たちに、声をかけ押し戻した。
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